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アイドル第一歩(3)

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 レッスンスタジオの解除をやってみるよう促され、ホーム画面のロック解除QRコードをかざして解錠する。
 QRコードは24時に自動変更されるそうだ。
 
(でも、それもそうか。アイドル――しかも芸能科のアイドルといえばセミプロがほとんど。卒業後に人気が出たあと、私物がフリマサイトとかで売り出されたらものすごい値段になるだろうし……自分がそうなるとは思わないけれど、今すでに人気が出ている綾城先輩の私物なんて盗まれたらまずいもんね)
 
 そしてレッスン室。
 全面鏡張り。
 床にコンセントに繋がったノートパソコン。
 そこから流れる音楽に合わせてダンスをする黒髪薄紅色の瞳の小柄な美少年。
 
(うあーーー! 星光騎士団第一部隊唯一の二年生! 宇月美桜うづきみお先輩ー!)
 
 右側のもみあげを三つ編み、左の髪には編み込みのある艶やかな黒髪を揺らし、振り返る。
 大きな桜のような瞳はキツめ。
 黒猫のような印象を覚える宇月は淳を見るなり目を細めた。
 
「はあ? 誰? ひま先輩、部外者をレッスン実に入れないでよ!」
「いや、昨日チャット欄にメッセージ入ってたやん?」
「どうせ辞めちゃうでしょ。名前なんて覚えるだけ無駄だね」
「もー。ほんとみーちゃんは器のちっちゃいやっちゃなぁ。ちっちゃいのは背丈だけにしとき?」
「ハァーーーーーー!?」
 
 ギョッとしてしまった。
 そんな、人の容姿をいじるような直接的な言い方を先輩アイドルが後輩アイドルに言うなんて。
 驚いていると顔を真っ赤にした美桜がズンズン近づいてきて、花崗の胸ぐらを掴む。
 
「うるさいうるさいうるさい! まだ成長期終わってない! 自分が180センチだからって!」
 
 と、叫ぶ宇月に淳の脳内から宇月美桜のプロフィールが照会された。
 宇月美桜、誕生日:四月七日。A型。身長:167センチ。体重:54キロ。部活:調理部。趣味:写真。特技:ダンス。二歳からバレエを習っていたしなやかなダンスを踊る。可憐な容姿だが声優オタクの一面があり、卒業後は声優志望。星光騎士団第一部隊唯一の二年生。
 
(我ながら星光騎士団ドルオタだなぁ)
 
 と思いつつ、ステージ外の二人のやり取りに手を合わせたくなる。
 ドルオタの本能。
 
「えー? 言うて今から伸びても美桜ちゃんがわしを追い抜かすなんて無理やーん? わし、身長まだ一センチ伸びとったわ。こりゃ来年も一センチ二センチ伸びとるかもなぁ?」
「んぎいいいいいー!」
 
 あわ……あわ……。
 なんで煽るんだろうか。
 完全に花崗の表情が好きな子にちょっかいをかける小学生男子。
 ニヤニヤ笑いながら、宇月の身長をいじり続ける。
 
「んぃっす」
「あれ? こーちゃん?」
「っ!?」
 
 入り口にいた淳の横から、ヌッと背の高い、体格のいい男がレッスンスタジオに入ってきた。
 前髪が長く、緑色に染めている。
 前髪以外は茶髪。
 メカクレというやつであり、大きなリュックを丁寧に入り口のそばに下ろすと花崗に「こーちゃん」と呼ばれて声をかけられた。
 
(ご――後藤琥太郎ごとうこたろうだぁー!)
 
 東雲学院芸能科、二年。
 星光騎士団第二部隊の隊長。
 いわゆる“二軍”のトップ。
 といっても、現在星光騎士団第二部隊は後藤と淳の二人だけ。
 つまり、直属の先輩なのだ。
 声をかけようとした瞬間、リュックから小さな木箱をと取り出した。
 その木箱から、人形を取り出して木箱の上に座らせる。
 
(あ……スーパードルフィー……)
 
 後藤琥太郎、誕生日:八月六日。AB型。身長:178センチ。体重:61キロ。部活:服飾部。趣味:スーパードルフィー。特技:スポーツ全般、裁縫。尊敬する人:綾城珀。寡黙な性格でスーパードルフィーと綾城珀にのみ心を開く、ミステリアスなアイドル。SDの衣装はすべて手作り。卒業後は進学予定。星光騎士団第二部隊隊長の二年生。
 スラッと頭の中に表示される後藤琥太郎のプロフィール。
 そう、この後藤琥太郎という二年生は、愛するスーパードルフィーを常に連れ歩いている。
 練習中も飾って練習を眺めてもらう――らしい。
 
(人形に練習を見せるって、本当だったんだ……)
 
 危なくないのかなぁ、と思ったりもしたけれど、スタジオの隅に設置したので大丈夫……なのだろうか?
 スーパードルフィーといえば、お高い子は一般家庭の月収くらいのお値段と聞いたことがある。
 もし、そんな高額な子にぶつかって壊したりしたら――と、考えるとガタガタ震えてしまう。
 
「あ、あの……」
「お待たせ。練習始まってるかな? 試験が全員終わったんだけど――あれ? 琥太郎くん、今日部活でお休みだったんじゃなかったの?」
 
 それでも意を決して話しかけたら、また扉が開いて綾城がタブレットを片手に入ってきた。
 そういえば後藤は本日練習欠席の予定と聞いていたが、振り返った瞬間満面の笑みを浮かべて膝歩きして綾城の腰に抱きつく。
 
「バレー部の先輩とバスケ部の先輩が喧嘩始めちゃった」
「ああ、麻野くんと柴くんだね」
「うぃ」
「麻野くん喧嘩っ早いからなぁ。怖かったねぇ?」
「うぃ」
 
 デカい犬か?
 綾城珀様大好き、とは聞いていたけれど飼い主じゃないか。
 ポカン、と見ていると、今度は「「ずるい!」」と花崗と宇月が叫んだ。
 
「珀ちゃん、わしの頭も撫で撫でしてええぇっ!」
「!?」
「綾城先輩! こたちゃんばっかりずるいです! 美桜の頭も撫で撫でしてください! 美桜はとっても練習頑張ってたんですよー!」
「!?」
 
 先程まで喧嘩していた二人が淳をダッシュで通り過ぎる。
 空いている右側に宇月と背後に花崗がしがみつき、綾城に頭を撫でろと叫ぶ。
 綾城はにこやかに二人の頭も撫でる。
 
(え……? なに? この時間……)
 
 綾城珀の背後に後光が見えた。
 さながら、聖母――
 
「あ、淳くん、ジャージもらった?」
「は――!?」
 
 綾城珀に。
 星光騎士団第一部隊の騎士団長に。
 地上波にもその名を轟かせるアイドルに。
 
(し……下の名前を呼ばれた……!?)
 
 昨日は「音無くん」だったのに。
 急に距離を詰められて、膝から崩れ落ちる淳。
 
「え!? ど、どうしたの!?」
「あ……あ……綾城珀様に下の名前呼ばれた……」
「へ?」
 
 これは妹に拳でボコられる。
 だが、それも仕方ない。
 あの綾城珀に下の名前を呼ばれたのだから!
 
「えーと……まあ、とりあえず偶然にもメンバー揃っているし、みんなブリーフィングルームに来てくれていい?」
「おお、ええで」
「はい! もちろんです、綾城先輩」
「うぃ」
「淳くんも、大丈夫そうなら来てくれる?」
「は、はい!」


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