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勇者から聖女に転職(TS)しました。

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「な、なにを始めるんですか……?」

中学二年の夏休み。
終業式を終えて帰宅すると家の庭に魔法陣が出来ていた。
いや、シャレではなくマジで。
その周りに立っていた幼女と小学四年生と高校一年生の同居人は、呆気としたユギの声に振り返った。
幼女、篠崎上総しのざきかずさ(五歳)がマントを翻し振り返る。
今日はいつものスクール水着にビーサンではなく、赤いビキニ水着にビーサンだ。
……いや、大して変化はなかった。

「ふはははははは! 今日からお兄ちゃんたちが夏休みだから異世界へ冒険に行くのだ! わらわが頼み込んだのだ! ありがたくはいけいするがよいぞ!」
「拝命って言いたかったんですか? 拝命の意味は謹んで任務を受ける事なのでまず任務を与えなければ使い所としては間違っていますよ、上総」
「うっ……!」

そしてそんな妹へ的確通り越して辛辣な現実を突きつけるのは上総の兄、篠崎伊織しのざきいおり(九歳)。
たった一人の相手を除き、表情筋が裸足で逃げ出したような無表情と、豊富な知識、徹底的な敬語の美少年。
常に本を持ち歩き、五歳にして早くも厨二病と廃ゲーオタを拗らせ、保育園も幼稚園も不登校ならぬ不登園の引きこもりになった妹を容赦なく言葉の刃でぶった斬る。
この魔法陣を作ったのは絶対に彼だ。

「というわけでユギも準備しておいでよ。奈々には許可もらったから大丈夫だよ」
「許可⁉︎」

と、最年少の上総並みにノリノリで行く気満々なのは最年長の篠崎遥しのざきはるか(十六歳)。
黒い髪、黒い瞳のややきつめな顔立ち……というよりは妖艶、という表現の方がしっくりくるだろうか。
長い髪をポニーテールにして、親指で魔法陣を指差している。
そして『夏休みに異世界に行く』許可を出しちゃう上総と伊織の母、遥の叔母である篠崎奈々。
ユギを引き取った女性。
相変わらず篠崎家は一般家庭から色々かけ離れている。

「…………。あの、でも、その……夏休みの宿題が……」

ダメ元で抵抗を試みてみた。

「え? そんなの向こうでやればいいじゃん。っていうか俺は伊織にやってもらうんだけど」
「小学生に⁉︎」

斜め上の答えが返ってきた。

「持ち物は最低限の着替えと宿題、食糧。そんなもので大丈夫です。キャンプ用具等はアイテムボックスに収納済みですので」
「そ、そういう事ではないんだけど……。い、伊織くん、なんで止めてくれなかったんですか……」
「我が王がお望みなのですから仕方ないのです。まあ、言い出しっぺは上総ですけど。上総は上総で夏休み明けに僕の用意したひらがなとカタカナのドリルを一冊やる、一人で普通の服を着られるようになる、と約束しましたので、まあそれで」
「…………」

不登園になっている上総はお勉強が遅れている。
このままでは小学校でどえらいデビューとなるのは間違いない。
お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに妹の未来を案じておられるようだ。
条件がリアルすぎてぐうの音も出ない。

「そっ。面白そうだからユギも強制参加。ハイけってーい。さっさと準備しておいで~」
「…………。はい」

王がそう申されるのなら致し方ない。


ーー『魔王セレン』。
人から発生した魔王の魂。
篠崎遥という人間の中身はーー異界の魔王。
そして、かの魔王に仕える魔神、イレインの魂を持つ者……伊織である。

(そうだね、仕方ない。王がお望みならボクも付き合わないとね)

制服を着替え、言われた通り宿題と着替えを鞄に詰め込み、必要と思われる水や食糧、毛布などを自分のアイテムボックスに放り込んだ。
伊織のアイテムボックスでもいいのだろうが、彼はきっと妹の分も用意しているだろう。
ごっちゃになっては後が大変になりそうだった。

(人間に転生してから生き生きしておられる。良かった。……人間では制限が多いから、あの方には逆に好都合。このまま覚醒せずに……いられればいいな)

お互いに。
そう思って真白ユギは目を閉じた。
遥か昔、それはもう昔。
かつて名もなき異世界で、雪深い田舎の村から騎士になった自分。
最初の任務はその国の皇子のお世話だった。
友となった黒い獣と共に、人に心を閉ざした幼い彼とゆっくり絆を育んだ。
けれど皇子の父、国の皇帝は皇子の『真の力』を利用する為に自分と彼を近付けたのだった。
『魔王の力』ーー魔物を増やし、操る力。
いつしか彼を守るはずの騎士だった自分は彼に守られ、彼が操る魔物たちが敵を蹂躙する生活が続いた。
壊れていく。
自分の心も、彼の心も、世界も。
それを肌で感じながら、絶望にもがきながら、黒い獣に力を願う。
彼を救う力を。
どうか、どうか。

『ぼくを殺して』

彼に乞われた最後のわがままを叶える為に。
彼が彼のまま死ねるように。

ーーーーそれから自分は『大英雄』、『勇者』、『聖人』……様々な賞賛の言葉で呼ばれたが、何一つ、嬉しいと思う事はなかった。
世界の在り方まで変え、人間にはなかった力を手に入れ、広め、根付かせ。
いつしか『デュアディード・ル・エイクス』と、自分の名前が世界の名の一部に使われるほどに人々に崇められ感謝されるようになっても……ただの一度も嬉しい、ありがとう、と思わなかった。
『聖界十二勇者』最強の勇者、と殿堂入りしたらしいがそれにも興味はない。
自分は救えなかったのだ。
なんの賞賛も響く事はなかった。

(まあ、これ全部覚えていないんだけど)

らしい、という話だ。
契約した幻獣ケルベロス族の白夜や、伊織に聞いた。
自分が『聖界十二勇者』の座標でただ眠るのではなく、記憶も力も武装の九割も置き去りにして、人間に転生した『魔王』の側に寄り添いたいと願った、と。
しかし『らしい』とも思った。
自分らしい、とも。
その感覚は不可思議なものだったが、選択自体は好ましい。
勇者の力とやらは未だ自分の中で目覚めぬまま。
騎士としていかがなものなのか。
そう、その感覚は根強い。
物心ついた頃には児童養護施設で暮らしており、このお屋敷の主人である未婚の母、篠崎奈々にどんな手を使われたのかこうして引き取られ、かつての『魔王』とその忠臣の転生者に引き合わされた。
それは感謝すべき事。
心から感謝している。
篠崎奈々がどれだけ自分たちの事情を知っているのか知らないが、恐らく彼女も前世で所縁があるのだろう。

「…………。異世界かぁ……」

心の底から嫌だな、と思いつつ、表に戻る。
なにがきっかけで王の記憶が蘇るか分かったものではない。
それを案じて伊織を見るが、あいも変わらず涼しい顔。
一度こびりついた因果、因縁は容易く解消など出来はしない。
それを知っているはずなのに……。

「よーし! サクッと大暴れできるモンスター溢れる殺伐とした異世界にレッツらゴー!」
「もっと穏やかな世界に行きましょうよ! 牧場とか、畑とか! 緑の公園とか! 動物と触れ合って平和で静かに過ごせる感じの! ……っていうか、どんな世界に行くとか決まってるんですか⁈」
「うん! 面白そうな世界を見つけたからここに決めたよ」
「い、嫌な予感しかしない」
「同じく」
「そんなことないわ! 遥かお兄ちゃんが選んだ世界ならわらわがオトナの美女になって機関銃と大剣を振り回して無双できる世界に違いないもの!」
((またろくでもない……!))
「うーん、残念ながら上総が考えてるような世界じゃないよ」
「え~~~」

伊織が珍しく眉を寄せて頭を抱えている。
ユギも全く同じ気持ちだ。
彼女の望む世界だろうが、王が望む世界だろうが、結局はろくでもない。
そもそもゲーム感覚で『異世界行こう☆』なんて、この人が望まなければ賛同しなかった。
いや心から賛同しているかと言われれば否だけれど。

「さあ、張り切って行ってみよーう!」
「「はあ……」」
「行ってみよーう!」



魔法陣の中に入る。
魔神の言語で唱えられる詠唱。
『魔王』が自由に異世界を行き来出来るのは、この『魔神原語』によるもの。
これを扱えるのは『魔王族』と呼ばれる魔王の血族とそれに連なる者。
本来であれば『人間の枠から堕ちた魔王』よりも、『魔神イレイン』の方が格としては上だろう。
魔神や魔王の格云々は、知識を置いてきてしまったユギには推し量ることしか出来ない。
ただ伊織は遥に懐いているし、遥は伊織をとても甘やかす。
側から見ると『人間の枠から堕ちた魔王』に格上の『魔神』が飼い慣らされている構図。
とりあえずなにかしら、彼らの間にはあったんだろうと思われる。

光渦巻く転移の間、その流れる異界の間の景色をどこか懐かしく思いながら目を閉じた。

(…………なんだろう、この感じ……。嫌な感じがする)

それは今回の件とは違う。
今より幾分未来の景色。
過去ではない。
これは、数年後の未来だ。

(……人がたくさんいる。魔王。ボク。ダンジョン。塔。子どもと大人。獣人。剣。魔法。勇者。それから……)

ありふれたファンタジーと括られる世界の様子だが、自分も子ども同じ『制服』を纏っている。
詳しくは分からない。
通り過ぎてしまった。

(未来透視? 本来のボクにはこんな力もあるのか……すごいなぁ)

どれほど強かったのだろう。
そして、こんな力を得る程にもがき苦しんだのだと感じた。
足元に地面の感触。
重力に引かれる感覚。
五感が機能し始める。
聴覚が鳥の声を、感触が地面と風、空気を。
視覚……瞳を開ければ青い空と森。
嗅覚で、森と風の香りを。

「…………ここは……」
「うん、やっぱり可愛い!」
「…………。なにがですか?」

おや?
なんか変だな?
いつもより遥の身長が高くなっている気がする。
伊織を見れば、珍しく目を見開いてドン引きしているようだ。
上総に至っては着地を失敗して前のめりに倒れている。
まあ、初めて異世界転移したのでは致し方ないだろう。

「は、は、は、ははは遥……この世界は一体なんなのですか?」

……本気で珍しく、狼狽えたように喋る伊織。
あの伊織が、ここまで狼狽えるとは。
頭にはてなマークを浮かべたまま、ユギは遥を見上げた。

「?」

 んん?
気のせいだろうか。
いや、気のせいではない。
遥の胸元に二つの膨らみがある。
サー……と血の気が引く。
察した。
そして確認した。
もちろん自分の体を。

「…………お、お、お、お、おおおお王よ……な、な、な、なにゆえにこ、このような仕打ちを我らになさるのでしょうか……」

動揺しすぎてやや噛んだ。
でも仕方がない。
伊織もまたふるふると震えている。
その横でガバリと起き上がった上総。

「いたーい! おにーちゃーん!」
「「ひぇ……」」

伊織の引いた声もまた珍しい。
だがユギも似たような声を漏らしていた。
ビ、ビ、ビ……ビキニのパンツが……盛り上がっている。
顔から血の気が引く。
いつもよりも細身になった遥と、自分。
伊織は全く分からないが、先程喋った時よりも幾分声が高かった。
そして、この胸についた二つのささやかな膨らみ。

「ど、どーゆー事ですか本当に~~~⁉︎」
「性転換する世界? 一度女の子になってみたくって」
「ご、五歳の幼女もいたんですよ……! な、なぜそんな世界をご所望になられてしまわれたのですか遥……!」
「ああ、そういえばそうだったねー。……そうだったね」
「「忘れてたんですか!」」

あの伊織までもが叫ぶ事態。
そして、上総もまた自らに起きた異変に目を見開いた。

「お、お、お、おにぃーーちゃあぁぁぁぁぁあんんん!」
「あああ……」

……まずは上総を落ち着かせるところから。
頭痛と胃痛を感じながら、ユギも伊織と共に上総に近付いた。



そして、上総が落ち着いてから一時間ほど。
泣き疲れて寝た上総を、ユギが背負いながら森の道を歩く。

「……やっと村らしきものが見えてきました」
「つまんないねー、モンスターみたいなの全然出ないんだもん。モンスターがいない世界なのかな」
「モンスターがいない世界だったら帰りませんか、遥」
「ボクも帰りたいです。一秒でも早く」
「……でも血は見たいよね?」
「「えぇ……」」

記憶はないはずなのに、というよりも『魔王セレン』だった時よりも魔王らしいのはなにゆえに。
聞き返されても「はい」とは答えられない。
目が本気の笑顔。
このまま村へと入っていいのか心配になる笑顔。

「い、言っておきますけど村人を襲ったりしちゃダメですよ、遥さん」
「え、でも生意気な奴は殺されても文句言えないよね?」
「ダメです!」
「そうですね、余計なトラブルは避ける方向でお願いします。上総の教育に良くないので」
「あ、うーん、それは言えてるかな。ゲームの中で無双無双とか言ってるけど、ぶちまけられた内臓とか解体された人間とかはさすがに見た事ないだろうしね」
「当然です。上総がやっているネットゲームは僕が検閲したものだけですから」
「…………」

この中身魔神のお兄ちゃんはシスコンになっている自覚が本当にないのだろうか。
そしてユギは、上総がパソコンを二台隠し持っていてR-12のネトゲを毎晩やっている件、やはり告げた方がいいのかなぁ、と悩む。
口止めはされているが、そもそも伊織なら知っていそうだと思ったのだが。

「そ、そもそも、ボクらってどういう職業の集団見えるんでしょうか……」

どう見ても子どもの集団。
一番年上の遥でさえ十六歳。
性別が変わったので幼女が幼児になって、ますますわけが分からない。

「無難に出稼ぎに行った親を探してる、で良いんじゃないの? 面倒臭くなったら暗示でごまかせばいいよ」
「………………」

本当に……なぜ『魔王』時代より『魔王』らしいのか……。

「……まあ、そうはならなさそうだけど」
「え?」

村に入ったところで、ようやくユギも異変に気が付いた。
シン……と静まり返った村。
時折、家の中から咳が聞こえる。
人は誰も歩いておらず、閑散としていた。
これは……。

「流行病……! ボク、見てきます!」
「よろしく~」
「では上総は僕が預かります」

『魔王』と『魔神』は闇の魔力で流行病とは悪い方向に相性が抜群。
上総の場合はそもそも魔法などとは無縁の世界の人間だ。
自分たちのように前世の記憶があるわけでもなし。
それに、もし持っていたとしてもあまりにも幼い。

「もし、もし、どなたかいらっしゃいますか? 旅の者なのですが」

一番近い家の扉をノックする。
すると中から布ずれの音が聞こえた。
生きている。

「……旅人……? おお、なんと間の悪い……」
「あの、もしや病が流行って……?」
「そうじゃ……一刻も早くこの村を旅立たれよ。この村は間もなく死ぬ。この村は素通りして……数日歩けばソソン村という村が、げほげほ!」
「! 失礼します!」
「なんと……」

扉を開ける。
現代のように鍵がかかる扉というわけでもない。
古い日本家屋のようなシンプルな作りの家は、地面にすのこが貼られ、その上にマットレスに似た布の塊。
そこに、老人と老婆、若い男と女、子どもが横たわっている。
家族が全滅、という様子だ。
特に子どもがひどい。
全員全身に青紫色の斑点が現れていた。

(鑑定眼……!)

目を細め、その病を鑑定する。

【ノガル出血熱】
蛙型のモンスター、ノガルが持つウイルスにより空気感染する。
高熱と粘膜からの出血により、出欠多量で死に至る。
致死率は78%、完治しても内出血による痣が残る。
特効薬はモンスター、イガボアの血。


「…………」
「た、旅人よ、なんという事を……あ、あなたも死んでしまう……」
「大丈夫ですよ、ボクは。耐病スキルがありますから」
「た、たいびょう、スキル……?」

どうやらこの世界には『スキル』がないらしい。
『デュアディード・ル・エイクス』にもそういったものは存在しなかったが、『聖界』には存在していた。
というよりも、そういう世界から『十二勇者』となった勇者が何人かいた為、一つの基準としてユギの魂も『スキル』という形の概念を取得したのだ。
『聖界十二勇者』そのものが基準の外側にはみ出た勇者でありながら、それに基準を設ける事には無駄を感じるが致し方ない。

「ウイルス性ならば……我がマナよ、我が活力よ、弱き民の憂いを打ち砕き、健やかなる息吹で病の露を打ち払え! ファウンズアーボ!」

病を打ち消す魔法である。
恐らく、この世界の言語ではなく彼らには聞こえている事だろう。
ユギは因果故なのか、この手の事象の対処は得意だ。
何しろ魔王とは『災いの塊』。
それを倒した者は、あらゆる『災い』への耐性と対処法、そして悲しいが特攻も持ち合わせる。
この程度の『疫病』ならば大した事はなかった。

「ふう。これでよし。他の村の人たちもこの病に?」
「あ、え? な、治っ……?」
「ええ。では、他の方も治してきますね」
「⁉︎ ま、待ってください、あなたは一体……」
「すみません、手遅れになるかもしれないので」

人とは脆い。
病は特に、蝕まれ過ぎれば瞬く間だ。
命とは有限。
無辜の命はその時間を大切に生きて欲しい。

(それをしたくて、出来ない人もいるのだから……)




そうして一軒一軒を回り、その家その家の住人を快方に向かわせて一時間近く。
どうやら起きて話せそうな住民もおらず、ただ水を村の中央にある井戸から汲んで、それぞれの家の水瓶に入れて、入口へ戻った。

「収穫はなさげだね」

遥には目を細められたが、間違った事をしたとは思っていない。
彼のあの表情が何を意味するのかは、いまいち測りかねる。

「すみません」
「いいけどね。ユギの『勇者の資質』はおかしいから」
「……はあ……」

自分ではその辺りが曖昧だ。
この人はどこまで覚えていて……そういう事を言うのだろう。

「あ、けど……反対側の出入り口から進むとソソンという村に着くそうですよ。それから、モンスターは出るそうです。この辺りはあまり強くないそうですが、毒を持っているものが多いらしくて毒消しは必須と言われました」
「毒? ふーん。だってよ? 伊織」
「…………」

つまらなさそうな表情だ。
ああ、そういえば『魔神イレイン』は『幻夢の魔神』とも呼ばれているのだったか。
神経毒を操り、甘い夢に誘い、数多の戦士を飲み干してきた。
『魔王時代』にはその毒霧は世界を覆い、一つの世界を滅ぼした事すらある。
蛙程度の毒では痛くも痒くもないだろうな、と微笑む。

「そうか。そういえばそうでしたね」
「情報収集は次の村で行いましょうか。……あまり楽しい事もなさそうな世界ですけど」
「そんな事言わずに女体を楽しもうよ。大きい町とか行ったらスカート履いておしゃれして髪をいじってみて……」
「「なんでそんなにそういう事には積極的なんですか」」

そういう願望でもあったのか?
確かに去年の冬に突然「見て見て猫耳パーカー見つけた~!」とあざとい黒猫耳パーカーを着て見せてきた時は「可愛いです」と即答してしまったけれど!

「はあ? そんなの当たり前じゃん。伊織もユギも絶対可愛くなるもん。ああ、楽しみだなぁ!」
「「……………………」」

今、絶対にユギと伊織は顔面蒼白になった事だろう。
忘れていたけれど自分たちも女の子になっているのだった。
そして、遥の目的は伊織とユギを着飾って『遊ぶ』事!
逃げ場はない。
そして、彼を『王』と崇める自分たちに拒否権もない!

「…………なんという事……そうだ、こんな世界は滅ぼしてしまいましょう……」
「ほ、滅ぼす理由が悲しすぎる! ダメだよ伊織くん!」
「お待ちください!」

伊織から闇が立ち込め始めたのをなんとか宥め、さて次の村へと出発する直前、最初の家にいた老人と若い男が現れた。
立ち上がれるほどに回復した、様には見えないので、きっと無理を押してきたのだろう。
休んでいればいいのに。

「大丈夫ですか⁉︎ まだ無理しないでください!」
「そ、そうはいきません。せめてお名前を……」
「え、いえ、そういうのはいいので。奥様と子どもさんの側にいてあげてください」
「な、なんと慈悲深い」
(勇者だからね)
(勇者ですからね)

などと後ろの『魔王』と『魔神』が突っ込んでいるとはつゆ知らず。
本気で困り果て、何度も何度も二人を追い返そうとした。
結局「せめてお見送りさせてください。聖女様」などと言われる始末。
それも本気で「やめてください」と音程低めでお願いした。

「……聖女だなんて冗談じゃないです。ボク、本来は男なのですから」
「ふふふふふ……」
「い、伊織くん、無表情で笑わないでください。怖いです」
「失礼。……そういえば、この世界でステータスを確認していませんね」
「あ、そうですね」
「モンスター殺……探すの優先してたからねー」

今、殺そうと思ってた、と言いそうにならなかっただろうか、この最年長。
しかし、伊織の言う事はごもっとも。
確認しておけば戦闘の際、何が出来て何が出来なくなっているかが分かる。
異世界に来ると、その世界その世界の『基準』にある程度収まるように『調整』がなされるのだ。
それは『勇者』や『魔王』、『魔神』であっても同じ事。
その『調節』の影響を受けて、尚本来の力で戦おうとするのならばその世界で改めて『調節』し直さねばならない。
『魔王』が異世界にやってきて、最初からマックスパワーでその世界を滅ぼさないのには『部下を増やす』『魂を集めて魔力にして取り込む』『戦力増強』の他にそういった裏事情もあったりする。

「ステータスオープン……で開くかな? あ、開いた」

まず遥が試してみる。
生活魔法の一部として、ステータス機能は存在するようだ。
これは上総が起きたらうひゃひゃひゃひゃあひゃあ! と大喜びする事だろう。
上総がプレイしているのは、こういう王道系が多いので。

「え、なにこれ。俺の職業『学生』になってる」
「僕は『小学生』です。どうやら自分の認識する職業が情報として反映されるようですね。……ああ、ステータスはだいぶ低く設定されてますね……まあいいですけど」
「馬鹿な。俺が自分を『学生』だと思っているというの? 伊織」
「そこ堂々と宣言しないでください」
「とか言って二人とも絶対この世界の基準に合わないーーあれ?」
「どうしました?」

二人が『学生』と『小学生』なら、ユギもまた『中学生』だろう。
そう、思っていた。
だが、ユギのステータス欄の職業には『聖女』。
そして、下の段に称号一覧があり、真っ先に『聖女』の基準が…………。

「なんでーーーー!」















このあと半年くらいむちゃくちゃいじり倒されたし、元の世界に戻った後も一度取得した称号として消える事はなかった。
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