【R18】召喚されたΩと建国の英雄

古森きり

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召喚されたΩと建国の英雄

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『α型』と『Ω型』。
 この世界に当然のように定着した『新性』。
 ミスカは『Ω型』と診断されて以降、人生が変わった。悪い方に。
 今は、かつて友人だと思っていた男たちに監禁されている。

「あーもー、また違う」
「もういいじゃん? ヤれりゃいいんだし」
「まぁなぁ……」

 髪を掴まれ、上向かされる。
 押しつけられる男の性器。
 亀頭部を、口の中へと押し込まれていく。
 歯を立てずにただ、彼らの自慰行為を受け入れる。
 吸え、とさえ言われなければ吸う事はない。
 じゅ、じゅ、といやらしい水音を立て始めたが、ミスカはなにも感じない。
 手錠がじゃら、と掴み上げられる。

「ほーら、ミルクの時間だぜ~」
「ぎゃはははは!」
「飲め!」
「——っ!」

 この世界は狂っていると思う。
 男として生まれたはずなのに、『Ω型』というだけでここまで人権がなくなるものなのか。
 犯されて、犯されて、弄ばれて、犯されて。
 自分がどんな人生送ってきたのか、もう、覚えていない。
 今は三人の男がミスカを
 時折思い出したようにコンビニの弁当を買ってきて与えられるが、それ以外は彼らの精液を飲まされる。

(多分、そろそろ死ぬな)

 でも、いい。
 それでいい。
 親はミスカが『Ω型』だと診断された日にミスカを病院の前に捨てた。
 あの時は気づかなかったが、それ以来親の顔を見ていない。
 病院ではうなじを守る保護首輪をつけられたが、外すための暗証番号は教わらなかった。
 うなじは——『Ω型』にとって大切な場所だ。
 発情期での性行為中『Ω型』は『α型』にうなじを噛まれると『番』となる。
『番』になると『番』の『α型』以外に発情期しなくなるのだそうだ。
 今ミスカを監禁している者たちは恐らく『α型』でも『Ω型』でもない『β型』だろう。
 三ヶ月に一度の発情期に煽られれば彼らもまた発情するが、『α型』の『匂い』はしない。

「はあ、はあ」

 ベッドに突き飛ばされ、前を寛げる男を見る事もなくぼうっと目を閉じようとした。
 口の中は苦い精液の味。
 笑う他の二人は、酒の缶を開ける。
 テーブルにはポテトチップやスルメなどのコンビニで買ってきたらしいつまみが並んでいた。
 美味しそうだな、とぼんやり思う。
 精液以外の味は、いつものコンビニ弁当だけ。
 酒の匂い。
 勝手に興奮して、足首を掴んでくる男。
 顔はみんな同じに見える。
 忘れた。いや、もう名前も知らない。覚えない。興味もない。

「あ?」

 目を閉じた。
 早く終わればいい。こんな、人生は。

 そう、思った。



 ————なのに。

「?」

 背中が急に冷える。
 なんだ、と顔だけで辺りを見回すと見知らぬ壁。
 そして背中にはとても薄く水を張った石畳。
 周りは薄いレースのカーテンに覆われている。
 柑橘類のような香でも焚かれているのか、不思議な香りがした。

(なに? なんだ? なんか変……)

 ミスカを飼っていた男たちがいなくなっている。
 さすがにすべて異様で上半身を起こし、周りを探った。
 水だと思っていたものは香油のようで、手や背中がベタベタする。
 その時、カーテンの奥の扉が開く。

「本当に来たのか……」
「?」
「いや、失礼した」

 声からして、男。
 その男は跪くと、頭を下げたようだ。
 カーテン越しでなんとなくしか分からないが、黒い影が縮こまる。

「俺……いや、私の名は海燕かいえん幽柳ゆうなぎの国の王。あなたをこの世界に招いた者だ」
「……招いた?」
「! 失礼」
「!?」

 聞き返した途端、海燕と名乗った男は立ち上がってカーテンを開く。
 その時初めてミスカは海燕の姿を見上げ、海燕
 もまたミスカの姿を見下ろした。

「男、だと……」
「……?」

 ひどく驚嘆し、その後しゃがみ込んで頭を抱えるほど落胆する海燕。
 確かに全裸で座り込むミスカの姿は、どこからどう見ても男だろう。
 しかもちょうど海燕に向かって足を開いている状態。
 いわゆる丸見え。

「やはり神は我等を許すつもりはないという事なのか……」
「?」

 ミスカの姿とは異なり話の方はまったく見えない。
 体勢を変えて膝を抱えた座り方にする。
 それを見て海燕は「あ、気づかずすまない」と言って近くにかけてあった、バスローブのような服を手渡した。
 滑らかな素材だが、絹など触った事もないので断言は出来ない。

(そもそもここはどこ? この人誰? どういう状況なのこれ……)

 ぐるぐる疑問は浮かぶがどれも口には出さなかった。
 目線を下げる。
 自分の身に起きた事であっても、ミスカの中では「どうせなるようにしかならない」と諦めが先にくるのだ。
 そしてその「なるようにしかならない」は、『Ω型』として男の性の捌け口に使われる……そんな未来しか自分にはないのだろうという諦め。

「えーと、すまない。事情を話す前に名前を聞いてもいいだろうか」
「………………ミスカ?」
「ミスカ? ……ん? ミスカ、でいいのか?」
「……」

 こくん、頷く。
 正直、もう自分の名前もうろ覚えになりつつあった。
 数年ぶりに呼ばれたように思う。
 それこそ、人らしい会話をしたのも……久しぶりだった。

「ミスカ、か。とりあえずそこへ座ってくれ」

 そう促されたのは、カーテンを出てすぐの庭を見渡せるウッドデッキ。
 石造りのテーブルと椅子があり、椅子にはふわふわのクッションが置いてある。
 指示通りにそこへ座ると、海燕はワインの瓶のようなものとグラスを二つ持ってきた。

「エングルという果汁の飲み物だ。口に合えばいいが……」
「……どうも」

 精液とコンビニ弁当以外は久しぶりなので、少しだけ目を見開いてグラスに流し込まれるそれを見つめる。
 甘い香りのする赤い液体。
 注ぎ終わると海燕は手前の椅子に座った。

「まず、冷静に聞いて欲しいのだが、君は元の世界に帰れない。それは本当にすまなく思う」
「…………美味しい」
「もちろん君の怒りはごもっとも……って、え?」
「甘い……」
「あ、ああ、気に入ってくれたのならなによりだ。……えーと、それで、だな」
「?」

 帰れないと言われて「あ、そうなんだ」くらいしか思わなかった。
 あの世界に、未練も執着もない。
 あそこにはミスカの居場所も保証されているはずの権利の類もなにもないのだ。
 むしろ今は与えられるものを楽しもう。
 どうせ長くは続かないのだから、と。

「……元の世界に帰れない事を、怒らないのか?」
「別に。興味ないし……」

 ただ『元の世界』と言われてほんの少しだけ驚いた。
 ここは異世界。
 ミスカのいた世界とは別な世界。
 ミスカの態度に少しだけ困惑したような海燕だが、少しずつ説明を始めた。
 この世界、惑星『號地球ごうちきゅう』は多種多様な人種、生き物が生息する緑と水の豊かな場所だった。
 だが、文明が進み種族同士が戦争を行うようになった頃から真っ白な木が世界中に生えるようになったそうだ。

「神罰の木、と言われている。その木は水に毒を混ぜ、女を殺していった。争いを繰り返すのは女を奪い合うものが多かったからだ。……水を飲ませぬために作ったこのエングルも、材料に使われている果実が水を吸っているためか……結局……」
「…………」

 それはそうだろう、人間に限らず生き物というものは水がなければ生きていけない。
 原因を突き止めた時には世界中の女が死滅寸前。
 だが原因の白い木……神罰の木は普通の方法では倒れなかった。
 生き延びた女を括って燃やさなければ、燃えない。
 掘り返そうとすれば根が抵抗してくる。
 海燕は女を括って焼いた神罰の木を削り、斧を作って他の神罰の木を倒す事に成功した。
 ようやく、神罰の木の倒し方が分かったのだ。
 だが、その頃には——。

「女性はすべて死に絶えたのだ」
「…………」
「だから異世界から女性を……召喚しようとしたのだが……」
「オレが来ちゃったと……」
「…………」

 無言は肯定だろう。
 なるほど、と頷いて、ではどうしたらいいんだろうと考える。
 ミスカは、『Ω型』だ。
 彼はその確認をしてこない。
 不思議に思い、しかしふと、ミスカは見た限りでは『β型』の男と言い張れなくもないのだと気づく。

(……ああ、なるほど……女はこの世界では生きていけない。だから男でも妊娠出来る『Ω型』のオレが召喚されたって感じ? ……でも、言わなきゃバレない……?)

 グラスが空になる。
 海燕が気を遣って、またグラスに瓶の中身を注いでくれた。
 疲れたような笑顔。
 目元にはクマ。

(バース性の事、知らないのかな……教えてあげるべき? でも、発情期が来たらどうせバレるか……)

 空を見上げた。
 とても澄んだ青い空なのに、ミスカの瞳には鮮やかには映らない。
 この世界も同じなのだ。

「女が召喚されてたら……この世界の男全員で襲ってたの?」
「まさか! ……ただ、子を産んでもらうのは……それは、頼もうと思っていた」
「ふぅん」

 やはりそれが目的。
 グラスを口につけて傾ける。
 甘い、果実の匂い。爽やかで優しい味。

「それしかないのだ、この世界の人類が生き延びるには……」
「そうだね」

 それしかないだろう。
 ミスカが喚ばれた理由は、しっかり理解した。
 しかし……。

「しかし、召喚は失敗してしまったようだ。男の君がくるなんて……。やはり神は我らを滅ぼすつもりなのだろう」
「…………」

 海燕はやはり気づいていない、ミスカが『Ω型』だという事を。
 それとなく「バース性は?」と聞いてみたが首を傾げられた。
 聞き返されるのも嫌なので「分からないならいいよ」とごまかす。
 最後に発情期になったのはいつだろう?
 思い出せないが、三ヶ月以内に発情期は来る。
 そうなれば自ずとばれるだろう。
 なら、別段今それを話す必要はない。
 遅いか早いかなら、遅い方がいい。

「だが、帰れなくなった君の生活の保障はしよう。……すまなかった」
「…………別に」
 
 そのあとすぐに、ミスカに庭つきの離れを与えてもらえる事になった。
 元々召喚されてきた『花嫁』用に準備されていたのだろう、「ひとまずは」とつけられていたので新しい『花嫁召喚』ののちに別室を与えられる事になるはずだ。
 それは構わない。
 次の部屋は地下牢か、それとも孕むまで町の中心部に繋がれるのか……。

(女の子の方がいいだろうしなぁ)

 部屋を眺めながら思う。
 きれいに整えられ、掃除され、女性が好みそうなぬいぐるみや淡い花柄のクッションや、天蓋つきベッド。
 テーブルや椅子などの家具は白で統一され清潔感がある。
『男』には可愛すぎる部屋だ。

「すまない、すぐ別な部屋を用意する。今日だけここを使ってくれ」
「うん、まあ、いいけど……どこでも……」

 どうせ行く宛はない。
 三ヶ月に一度の発情期で、『Ω型』は働く事さえ難しく、生活はいつも困窮している。
 国の支援で学校に行く事は出来たが、気づけば男たちに性奴隷として飼われていた。
 そのぐらい、『Ω型』に人権はない。
 ここでもそうなのだろう。
 きっとすぐに……。

「……ちなみに、だが……ミスカはどんな仕事をしていたのだ?」
「働けって事?」
「いや、働きたくないなら仕方ない。拐ってきたも同然だからな。だが、ずっとなにもせずにいるのも退屈だろう? もしよければしばらくはこの世界について学んでみないか? もうこの国以外、人類が暮らす国はないけれど……」
「いい。興味ない」
「……」

 しゅん、とあからさまに落ち込まれた。
 だがなにも感じない。
 この男は子を産ませる胎が欲しいのだ。
 ミスカは男だがそれを持ち合わせている。
 その事がバレるまでは、ほんの少しだけでもいい……懐かしい『人間らしい生活』というのをしてみたい。

(ああ、早く死にたい)

 死ぬ気はまったくないのだが、願うくらいは出来る。
『Ω型』というのは『性の象徴』。
 性奴隷のように扱われているが、妊娠が出来るという点で命——生きる事にとても執着する生態があるのだ。
 だからどんなに『死にたい』と願っても実行に移す気は起きない。
 本能で『自死』を否定される。
『Ω型』が死ぬには『α型』から番にされ、その番契約を解除されるか、事故か、はたまた出産による負荷死か、寿命か。
 だが寿命で死ぬ『Ω型』などいるのだろうか、とミスカはずっと疑問に思っている。
『運命の番』という、特別な『α型』と番になった『Ω型』は幸せになって寿命で死ぬと言われているが、そんなのは都市伝説だろう。
 性玩具であり続ける事に疲れ、精神を守るべく作り出された幻想。
 少なくとも、異世界に来てしまったミスカにはそんな相手は現れる事はない——永遠に。

「……興味ない……か」
「?」
「どんな事なら興味があるんだ?」
「……なんにも」
「なんにもない事はないだろう? 前の仕事は……」
「なんにもない」

 本当に、なにもない。
 なに一つ持たない。
 黙らせるように遮って、部屋に入る。

「女の子、召喚出来るといいね」
「……、……あ、ああ」

 扉が閉められ、部屋が暗くなる。
 壁かけ時計がカチカチと音を立てている。
 少しだけ古臭い、西洋の文化が濃い場所。
 男しかいない世界。
 扉の前に佇んだ。
 早く死にたいと思うのに、人らしく生活してみたいと思うのは本能だろうか。
『Ω型』は『性の象徴』などと言われるが、勝手な事を言うと思う。
 少なくとも発情期以外で性行為をしたいと思った事はない。
 他の『Ω型』もきっとそうだろう。
 普段は面白いほど性行為に興味がないのだ。
 嫌悪感すら感じる。
 発情期があるから——ただそれだけで『Ω型』は『性の象徴』……淫乱な本能を持つ生き物だとされてきた。

(そんな事ないのに……)

 もう腹も立たない。
 昔は怒りから悲しみを感じた事もあった気がする。
 今はなにも感じない。

(仕事……孕む仕事なら出来ると思うけどね……)

 それまではゆっくり過ごそう。
 束の間の平穏を楽しんでなにが悪い。
 そう開き直る事にして、その日からミスカはのんびり過ごす事にした。
 
 召喚されて翌日には城の一室を借りられるようになり、散歩や図書館で文字を勉強したり昼寝をしたりとのんびりだらだらした生活が一ヶ月ほど続いた。
 海燕は毎日忙しそうなのにも関わらず、必ず一日一度はミスカに会いに来て様子を聞いてくる。
 彼はこの国の事をミスカに「好きになってもらいたい」「この国に興味を持って欲しい」と言う。
 そんなのは不可能だ。
 この国は間もなく搾取者になる。
 ミスカを殺すまで赤子を作る装置にする。

(男なんてどこの世界も同じ……)

『Ω型』の事を知れば、みんなそうする。
『運命の番』なんて幻想。

「はあ……はあ……」

 その日、わずかに体が熱を帯び始めた。
 思ったよりも早く来たようだ。
 図書館から借りてきた本を置いて、カーテンを閉める。

(まずい、今日……まだ海燕来てない……)

 これから来るはずの彼は、ミスカに『発情期』があると知らない。
『Ω型』の発情期フェロモンは『β型』の男にも効果を発揮する。
 このままではミスカは海燕を求めるだろう。
 発情期は、性行為をする事しか頭にない。
 それ以外はすべて消える。
 なにも持ち合わせていないミスカが持っているのは『Ω型』の体と本能だけ。

(お誂え向きだよな……この世界に)

 ゆっくり滅びゆく世界なのだ、ここは。
 神罰の木は倒しても倒しても生え続ける。
 もう共生していく以外に道はない。
 女が消え、男だけで子孫は残せないからだ。
 だから異世界から連れてこよう、なんてだいぶぶっ飛んでいると思う。
 だがここはそういう事が可能な世界。
 実際ミスカはそうしてここに来た。
 天井を眺めながら、荒くなる呼吸と高まる熱を持て余し始めた体を呪う。
 短い平穏だった。
 でも、人らしい生活が出来たように思う。
 たった一ヶ月だけだが、これまでの生活を思い返すと悪くない。
 毎日海燕が会いに来て、人間らしい会話をした。
 受け答えは素っ気なくなったが、ミスカにとっては『会話』が数年ぶりなので仕方ない。
 前の生活をあまり話す事はしなかったが、海燕はこの国の事や世界の現状、未来の話までよく喋る男だった。
 だから……海燕にならいいかもしれないとぼんやり思う。
 最初に産むなら海燕の子どもがいい、と。

「ミスカ、今日は城の外に行ってみないか? ……ミスカ?」

 扉がノックされる。
 返事はいつもしないので、海燕はすぐに扉を開けた。
 ベッドに横たわるミスカに目を丸くして、優しい声色で「具合が悪いのか?」と聞いてくる。
 だが、次第に目がぼんやりとしてきた。
『Ω型』のフェロモンが効いているのだ。

「……なんだ、変な匂いが……」
「……オレの世界……バース性っていうのがあるんだよ……」
「バース性?」
「簡単に言うと……女が男を孕ませたり、妊娠出来る男の体質……みたいなのがある。色々難しいけど、とりあえず妊娠出来る体質の男は三ヶ月に一度、発情期が来るんだよ。オレは今日から一週間、発情期……」
「……? ……え、ど、どういう事だ? 妊娠……って……」
「……」

 意識が薄れる。
 理性が削れるように、霞にかかるように。
 熱が欲しい。体の中に。熱く、猛り狂う熱が。

(笑ってる)

 自分が笑っているのが分かる。
 それに困惑する海燕も。
 この笑みはどんな意味の笑みなのだろう。
『Ω型』として男を受け入れられる歓び?
 それとも、諦めだろうか?

「オレが海燕の子どもを産んであげるって事……さあ、おいで……天国に連れてってあげる……」
「!?」

 手を引く。
 簡単にベッドの中に連れ込めた。
 海燕の体躯ならば簡単に拒めただろうに、それをしなかったのはつまり発情フェロモンに当てられているからだろう。
 目がうつろ。そして、押し倒されたように寝そべると海燕の表情が次第に獣のように変わっていく。
 そう、それでいい。

「たくさん気持ちよくなろうね」

 そう言って首に腕を回す。
 理性を手放すのなんて簡単なのだ。



 そうして交わって、交わり続けて意識が浮上してきたのは数日後。
 水を飲んだ瞬間に「あれ?」と瞬きをした。
 ミスカの唇から口を離したのは海燕だ。
 そのどことなく切なそうな表情でだいたい理解した。
 一線を超えた。
 最悪な形だろうか?
 それとも、この男とこの世界にとっては最高だろうか?

「ミスカ」
「…………美味しい……水……もっと」
「あ、ああ……」
「自分で飲むよ」
「!」

 コップを受け取り、中身を流し込む。
 五臓六腑に染み渡るとはこの事だろうか。
 ミスカの発情期は一週間。
 つまり、意識が浮上したという事は発情期から四、五日は経っている。
 残り二、三日は発情期後期。
 発情がゆっくり収まっていくのだが、普段よりも性行為をしたいと思う。
 理性が飛ぶほどではないけれど。

「ミスカ……あの……す……」
「謝罪はいらない。ああなると抗えるわけないから」
「……、……その、どういう事だ? 結局よく分からないままだったんだが……」
「ああ……ちゃんと説明してなかったから……。えーと、少し、分かりづらいかもだけど……」

 バース性。
 男女の肉体性の他に、肉体に影響を及ぼす別名『本能性』。
『α型』、優秀な能力、リーダーシップを持つ。肉体性が女であっても『Ω型』男性を妊娠させられる。孕ませる側だ。
『β型』、肉体性に従う。最も数が多く、約八割を占める。
『Ω型』、通称『性の象徴』。肉体が男性でも妊娠する事が出来る。
 三ヶ月に一度、三日から一週間の発情期があり——。

「発情期中に『α型』が『Ω型』のうなじを噛むと、『番契約』が成立する。番契約は『α型』側からしか解除出来ない。番契約を解除された『Ω型』は死ぬ」
「!?」
「でも番契約をすると……番になった『α型』にしか発情フェロモンが効かなくなるんだって。こんな風に誰彼構わずにセックスしなくて済むようになるのは……いいなぁ、と思った事もあるけど……この世界にはバース性もないみたいだし……? オレにはもう関係ないかな」
「…………」
「ねえ、それよりもう少しシよ? 最初は海燕の子どもを産んであげる。お前たちが欲しかったのはオレみたいな存在だろ?」

 オレは女じゃないから死なないみたいだし、とつけ加えて海燕の股の間に顔を近づける。
 だが、海燕に肩を掴まれた。
 顔を上げると、苦しそうな表情。

「……ミスカは、子を産める体という事なのか?」
「そう言ってるじゃん。発情期の時にヤると確率上がるんだよ。『α型』が相手だと妊娠率100%、とかだったかな? 『β型』相手だと50~70とか……なに? やっぱり女が良かった?」
「違う! そうじゃない……そうじゃなくて……」
「産んだ事ならあるから心配しなくていいよ」
「……!?」
「まあ…………、……どうなったかは知らないけど……」

 あの男三人に飼われていた時に、発情期で何度か妊娠した事がある。
 薬で流されてばかりだったが、一度だけ『金が必要だ』と言われて産んだ事があった。
 その子は生まれてすぐにどこかへ連れて行かれたが、産まされた理由が『金』なら……きっとろくな事にはなっていないだろう。
 あれを見た時、心が欠けた音を聞いた。
 自分だけでなく、自分が産んだ命を——『お金』として持ち去られた、この世界は……自分の周りの世界は……。

「発情期は三ヶ月に一度だけ……狙うならその時。でも妊娠していたら十月はお腹の中で赤ん坊を育てなきゃいけない。お前らが欲しいのは赤ん坊だろう? そこ、我慢出来る?」
「……妊娠、したのか?」
「それは分からない。三ヶ月後に発情期が来なかったら妊娠してる」
「…………」

 海燕の表情は、ミスカが見た事のないものだった。
 ショックを受けているような、悲しんでいるような、そんな表情。

「?」
「……産んでくれるのか?」
「え? ……まあ、オレは『Ω型』だから……」

 子どもを産み、育てる事は『Ω型』の至福と言われている。
 ミスカは出産こそした事はあるが育児はない。
 妊娠中は確かに幸せを感じる事が多かった。
 激痛どころではない出産も、赤ん坊の顔を見た時なにもかもがどうでも良くなるほど多幸感に包まれたのを覚えている。
 だから、海燕の子どもも、妊娠していればいいと思う。
 きっとこの男ならちゃんと育ててくれる。
 あの男たちのように『お金にする』とは言わないだろう。

「……でも、まだ分からないよ? 妊娠してるかどうか……」
「だが、可能性は高いのだろう?」
「……うん、まあ……バース性がなくとも……オレが『Ω型』なのは変えようがないし……」

 発情期がきた。
 異世界であっても、『Ω型』は『Ω型』でしかないのだ。
 両肩を掴まれ、そして——当然抱きしめられた。

「?」

 誰かに、抱きしめられる。
 そんな事は初めてで、ミスカは固まった。
 理解が追いつかない。

「ありがとう……! ミスカ、君は、この世界の……希望だ……!!」
「…………」
「大事にする、君も、君が妊娠したかもしれない子どもも! あ、いや、もちろん君が他に好きな相手が出来たら俺も身は引くが……子どもはちゃんと育てるから! じゃ、なくて……いや、待ってくれ、頭が……まだ混乱してる……信じられない、ミスカは妊娠出来たなんて……『Ω型』? すごすぎる! まさにこの世界の救世主だ!」

 今度ははしゃぎ始めた。
 頭を抱えたり、手を見つめたり、ミスカを抱きしめたり、離れたり、ニコニコ笑ったり……。

「召喚は成功していたんだな……神は我らを許しはしないのかもしれないが、それでも我らは自分たちの力で未来を手に入れる事が出来たのだ! ミスカ! 君は我らの……この世界の希望だ!」
「…………」
「この世界に来てくれてありがとう。俺の子を産んでくれると言ってくれて、ありがとう! ……ありがとう……本当に……受け入れてくれて……」
「……海燕……」

 どうしていいのか分からない。
 こんなに感謝された事はなかった。
 だから困惑して祈るように握られた手を、そのままにしてしまう。

「…………」

 胸が弾むような感覚。
 忘れていた『喜び』。
 それを否定する。
 そんな感情、裏切られるに決まっているのだ。
 子どもを産める体だと分かればきっと、そういう仕事をする事になるだろう。

「いいよ。別に。『Ω型』はそういう役割なんだ。何人でも産める間に産んであげる。どうせこの世界に喚ばれたのはそういう役割のためなんだろう? オレなんてうってつけだもんな」
「……ミスカ?」
「発情期のない時も妊娠してなければ相手してあげる。『Ω型』はそれしか役に立たないから……」
「…………まさか……」

 海燕が表情を険しくする。
 しばらくの沈黙。

(罵られるのは慣れてるし……)

 軽蔑され、汚物を見るように見下ろされるのも、もう慣れた。
 けれど海燕の行動はミスカの予想を超えてくる。
 また、抱きしめられた。

「……それで仕事について聞くと、いつもはぐらかしていたのか」
「…………」
「すまない。無神経だった。……俺は君にそんな事はさせない」
「海燕……」

 なにを言われているのか、分からない。
 自分が抱きしめられている、この状況も。

「俺は、君のその、番とやらには、なれないだろう。バース性というのも正直よく分からない。けれど、滅びを待つばかりだったこの世界で君はまさしく希望なんだ。もっと多くの人間と知り合って、この世界を好きになって欲しい。もうこの世界にはこの国しかない。本当にただ、滅びを待つばかりだったんだ。……君はそんなこの世界に来てくれた。本意ではなかったかもしれない。誘拐も同然だ。だから、心を開いてくれないのだろうと……思っていた」
「…………」
「でも違ったんだな。ここに来る前から君の心は絶望していた。……もっと早く気づいてやれていれば……」
「やめろ……」
「やめない。……『Ω』というものが、どんな扱いを受けていたのかは……きっと俺の想像を絶するのだろう? 気がつかなくてすまない」

 腕に力が込められる。
 切ない声だった。
 心の底から、後悔するような……。

「約束する。この世界では……君をそんな風には扱わない。嫌な事は遠慮せずに言ってくれ。君が嫌がる事、辛いと感じる事を、したくはない」
「…………」
「信じてくれ」

 信じる。
 とうの昔に忘れた言葉だ。

「……どうやって?」

 純粋な疑問。
 信じるとは、どうやるのだろう。
 体が離れ、顔を真っ正面から覗かれる。
 だから聞き返した。
 本当に分からない。

「信じ方とか、分からない」
「…………。……君が望むままを口にして欲しい」
「……分からない……」
「さっき、水が飲みたいと言っただろう? あんな感じだよ」
「…………」

 優しく諭すように告げられて、顔を上げる。
 少しだけ戸惑ってから……もう一度考えて、それから俯きつつ唇を開いた。

「赤ん坊、産まれたら……最初の授乳だけは……させて欲しい……。一週間だけでもいいから、育てさせて……」
「……ああ……一週間と言わず……その子が一緒に大人になるまで育てよう」
「…………」

 顔を上げた。
 優しく微笑む海燕に、ミスカはようやく少しだけ微笑み返す事が出来た。
 まだ完全には信じられないが、その言葉が単純に嬉しい。
 そうならないとしても、その言葉を支えに生きていく事が出来る。


 その後、彼らの間には八人の男児が生まれた。
 彼らの子どもは皆、バース性が備わっており内三人は『Ω型』。
 幽柳ゆうなぎの国はその子らによって繋がってゆく。
 少しずつ、ゆっくりと、いつ絶えてもおかしくはない、人の血。
 それを繋ぐ『Ω型』の者たち。
 滅びを待つばかりだった世界が変わる。
 のちに伝えられる、最初の『Ω型』——ミスカ。


 建国の英雄と、世界を救った聖母の物語として……脈々と語り継がれるだろう。
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ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。 この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。 界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。 そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
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親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

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