42 / 50
アマリの戦い 2
しおりを挟む滅多にないが、それでも暴れるようならそれはもう人の言葉が通じない怪物である。
法的処置の通告対象となり、そこまでくると会社での対応だ。
アマリは手を引いてもらって問題ない。
ライバー自ら怪物の相手などする必要もないのだから。
最後は必ず会社が守るので、手心など加える必要はない、と説明する。
もちろん、今回は初期対応。
やんわりとしたら注意喚起を雑談配信に混ぜて行う。
冒頭で行うパターンもあるが、今回は人が増えてきた中盤あたりに「あ、そういえば言いたいことがあったんだけど」と、思い出したかのような流れで伝えるのがいいだろう。
明星はかなり切羽詰まっていて、雑談配信冒頭で注意喚起を行ったがアマリの場合は「なんとなく今思い出した」風の、あまり重要視しているわけではない感を演出する。
理性のなさそうなやつ相手では通用しない方法だが、理性のある相手ならば「ヤバい、自分だ」とすぐにわかるからな。
「わかった。じゃあ、私も台本作った方がいい?」
「台本というか……言いたいことをまとめておく方がいいな。余計なアドリブは入れずに、言うべき要点をまとめてメモして付箋で貼りつけておこう。今回アマリのパターンだと『織星との関係については今のところ交際するつもりはない。今後織星のことを知っていって、交際に発展する場合は改めて報告したいと思うが、今のところその予定はない』という旨を説明する。もう一つ『また、最近チャット欄やコメント欄に織星と交際しろ、というコメントが残ってるが今のところ予定もないことだし織星くんの配信でも注意されていると思いますが、見守っていただければと思います』――って感じで“今のところその予定がない”っていうのを強調しよう」
恋愛リアリティ、面倒だけど踏襲しておいた方がいいなぁ、と反省しつつ『未来のことはわからない』『今のところ織星に恋愛感情はない』『今のところ交際するつもりはない』というのを明確に悪質リスナーに告げることに重点を置いた。
コメントの内容を見る限り、甘梨リンと織星ハルトをくっつけ隊、っていうタイプの正義マン。
まじ余計な世話だよバーカ! って思うんだが、自分たちが正義だと思ってるので話は通じなさそう。
とはいえ日本語が通じない知性なき化け物レベルではないので、こう言えばおそらく鎮まる。
アマリには言っていないが、織星のガチ恋勢による嫌がらせの場合――無理やりくっつけようとすることで、逆に甘梨リンの気持ちを織星ハルトから遠ざけるも目的の狡猾なタイプだとしても、この言い方をすればおとなしくはなるだろう。
どうやったって今は甘梨リンは織星にそこまでの興味がない、ということなのだから。
正直、それなりにクソなクレーマーリスナーを見てきた俺からすると、注意喚起するレベルに見えないぐらいだ。
だが、ライバーの心身を守るのもスタッフの仕事だしアマリは俺の可愛い妹なので、このくらいならしてもよかろう。
あまり底辺悪質リスナーを見過ぎで、俺の感覚がおかしくなっている可能性もなきにしもあらずだしな。
悪意に慣れすぎていたのかもしれない。
俺が「こんな程度でも傷ついてしまうのか」とちょっとだけ驚いたのは、内緒にしておく。
感じる痛みは人それぞれだもんな。
アマリは繊細なのだから、そのくらい傷ついていても仕方ない。
「う、うん。わかった。えっと……織星くんとは今のところなにもないこと。じゃなくて、最初は織星くんとの関係についてのコメントが目立ちます……からの、織星くんとは今のところ連絡先を交換したのみで、仕事の同僚、みたいな感じ……的な?」
「そうだな」
「……ねぇ、お兄ちゃんはこういうコメントを流してる人たちはどんな気持ちでやってるのかな……」
「は?」
心の底から「は?」って聞き返しちゃった。
アマリ、なんでそんなことを。
まさか、言葉が通じる生き物だと思っているのか?
……聖女か? 心が清らかすぎてびっくりしたわ。
「えーと、うーん、そうだなぁ……ネットという匿名性の高い場所ならなに言ってもいいと思ってるんじゃないかな。……実はさ、俺マザーテレサの言葉が結構好きなんだけどさ」
「うん?」
『思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから』
『言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから』
『行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから』
『習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから』
『性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから』
――っていうやつ。
俺はこれ、ネット社会においてとても重要だと思っている。
一部で『ネット初心者は三年ROMれ』ってのも、この言葉を体現しているのではないか?
様々な思想の飛び交うネット社会において、三年ROMってどういう思考の人がいるのかを観察し、客観的に見られるようになること。
匿名性が高いからと好き放題している人間もいれば、匿名性の高い場所でも他者に対して礼儀正しく振る舞う人間もいる。
自分がどっち側になりたいのかをゆっくり吟味する時間というのは大切だ。
それこそが『思考』。
ROMったあと、いざそのネットの中で発言するようになった時、三年のROM時間の中で培ったものが現れる。
それが『言葉』。
言葉は誰かに届けるものして発せられる。
わかりやすく、ライバーに対しての対応が投げかける言葉で人間性が現れるよな。
そして今回のような、相手に『悪意がある』と、受け取られる『行動』に繋がる場合。
初めてのやつもいるかもしれないが、そういう自分本位に育ったリスナーは他のライバーのところでも同じように暴れるだろう。
そう、『習慣』だ。
繰り返されていく悪質行為を改善できず、自分が正しいと凝り固まった思考、性格、行動、習慣は……ネットの中だけではなくなる。
もう、現実でもそういう『性格』になるのだ。
ネット内だけでなく、現実でもそんな『性格』の人間がどうなるか、なんて……考えるまでもないだろう。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2024.8.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
ただ巻き芳賀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる