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29話

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 なるほど、職人も結構厳重に管理しなければならないのね?
 言われてみれば希少職だからそれも当然だろうか。

「こちらの中型緑魔石は一年ほど畑が水や肥料を与えずともよくなります。こちらを五つ、結婚祝い金として贈呈いたします。どうぞお役立てください」
「そ、そんなにもらえるんですか!」
「結婚は御入用ですものね。我が国では子をもうけるには、最西端の町にある『生命樹』の御前に行って祈らなければなりませんが、あなたたちは人間。そんなことをなさらなくても、子を作ることができる。とても素晴らしいことです」
「っ」

 受付のお嬢さんが、手を合わせて祈る。
 この国の人たちは『魂の入れ物』だから、子を成すには夫婦であっても『生命樹』に行って双方の血を捧げて祈らなければならないそうだ。
 そうして、人間の国——コバルト王国で死んだものの魂を新しい『入れ物』に入れる。
『生命樹』はそういう“機関”。
 人間がこの世界で子どもを得るということは、自我を持った『入れ物』を新たに生み出し、壊すということ。
 いえ、不慮の事故や魔物と戦って亡くなる人だっているとはいうけれど、それでも。

「……そうですね」

 私やリオのように、異世界から招かれた魂でなければこの国の誰かの犠牲で生まれてくる。
 それが人間という生き物。
 誰かの命日は誰かの誕生日。
 そんなの、前世でも当たり前のことだったじゃない。
 なのに、なんでこんなに切ないのだろう。

「本来なら、西の都への旅費などにもお使いいただければと思ってお渡ししているお祝い金ですが、ティータさんは飲食店をオープンなさるとのこと! 町に住む者として楽しみにしておりますね!」
「は、はい。ご希望に添えられますよう、がんばります!」

 そうだった、気分を切り替えよう。
 お金が手に入ったのだし、お店に必要なものを買い揃えなければ。
 アーキさんとマチトさん、ルイさんにつき合ってもらい、この町の家具屋さんや大工さんに相談しに行く。
 私の無計画っぷりが露呈しまくるだけだったけれど、お店をやる先輩たちに囲まれていたおかげで足りないところをかなり補足してもらえた。
 リオがお乳やオムツ交換の時もその都度協力してもらったし、本当にありがたい限りというか!

「お帰りなさい。赤ちゃんってこんなに頻繁にご飯食べたりオムツ変えたりするんだね?」
「そうなのよー。でも、生まれた頃よりはだいぶ楽なの。1.5時間置きにミルク、オムツ替え、夜は沐浴、オムツ替えの時は温めたタオルで丁寧にお尻を拭かないとうちの子はすぐかぶれてしまって……」
「お、おおぉう……」
「それに私、母乳はよく出るので助かるんだけど少食らしくてすぐお腹いっぱいになってしまうのよね。その分ミルクの時間が頻繁だったみたいで睡眠時間が一時間半ぐらいしかなくて。人に頼んで一週間に一度だけ三時間、四時間確保したりはしてたけど今考えるとそれでも足りないよね」
「え、あ、う、うん」
「この国に来てからはアーキさんや従業員さんが面倒を積極的な見ててくれるからぐっすり眠れるし、ご飯も作ってくれるから本当に助かります」
「ははは、いいってことよ」

 大工さんのところでリオのオムツ替えをさせてもらい、汚れた布などを袋に入れる。
 匂いがきついけど、白い魔石を入れれば無臭化できるからとても便利!
 コバルト王国では、こんなに魔石が日常使いできなかったもの。
 まあ、ルイさんが道の小石を拾ってその場で作ってくれたのだけれど。
 この白の魔石と水色の魔石を合わせて水にれれば、なんと石鹸要らずで汚れが落ちるらしい。
 魔石、すごすぎる。
 そしてこんなに便利ならコバルト王国でももっと使えたら助かったのに……!
 トイニェスティン家は侯爵家だったのに、魔石がなかったのかな?
 それとも、“私”には魔石を与えないよう父が言っていたのかも。
 ありえる……。
 どちらにしても、魔石がこんなに便利だなんて。

「それにしてもルイさんはこんなに多種多様な魔石が作れるのに、どうしてお皿や洗濯物を洗わず放置したりするんですか……?」
「えっ!? い、いやー、そのー……」
「この子、洗ったあと食器棚に戻すとか、洗濯物を畳んでしまうとか、そういう後々の作業が面倒くさいみたいなんだよ。もちろん洗うこと自体も面倒くさがってるけどね」
「え……」
「うう……」

 そうか、面倒くさがりな人なのか……。

「い、いや、その、だって俺、元の世界にいた頃から音楽ばっかりで……! 家事とか、手に怪我でもしたら大変だからって、やらせてももらえなかったし!」
「音楽?」
「……ピアノとヴァイオリンとフルート、あとサックスとドラムとギターと……」
「え、楽器? それ、全部ですか?」
「親が音楽好きで……俺をどうにかして音楽関係の仕事に就かせたかったらしくて……まあ、強制的に、というか……」

 ルイさんの両親は優しい人だったけれど、子どもを音楽関係者にしたくて必死だったらしい。
 あらゆる楽器を演奏できるよう一通り練習させられ、絶対音感が身につくように家は防音で一日中クラシックが流れている。
 海外にも連れて行かれて、本場の音を聴かせてもらったり、演奏会に参加させられて演奏したり。
 一部では『天才少年』と持て囃されて、雑誌の表紙を飾ったこともあるとか。
 わー、すごい!

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