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2話
しおりを挟む一ヶ月後、私は男の子の赤ちゃんを産んだ。
取り上げられてすぐに連れていかれると思ったが、お兄様が駆けつけてくれたおかげで顔を見ることは叶った。
そして、赤ちゃんの顔を見た瞬間、痛みとは別の——幸福とも違う涙が溢れる。
「あなただったのね……また、私の……」
私の赤ちゃん。
前世で育てることの叶わなかった、あの子。
また私の子どもとして、生まれてきてくれたのね。
再会に歓喜して、涙が止まらなくなる。
兄が私の頭を撫でながら「よく頑張ったな」と褒めてくれた。
「お兄様、私やっぱりこの子を自分の手で育てたいですっ」
「アンジェリカ……それは……」
「お願いします! なんでもしますから!」
「ふん! そこまで言うのなら世話係にでもなってもらおうか」
ばたん、と部屋に入ってきたのはお父様。
恰幅の良い方で、葉巻を口に咥えている。
出産直後に葉巻の香りはしんどいものがあるけれど、我が家の実権を握っているお父様が目の前にいらっしゃるのは僥倖だ。
私にまるで興味がなく、お兄様の誕生日であっても話しかけられることはない。
私から話しかけても適当な相槌のみ。
そんな方と、直接交渉できる!
「だがその前に赤子の『天性スキル』を鑑定させてもらうぞ。おい!」
「はっ」
産婆やメイドたちを押し退けて、役人らしき男が三人入ってくる。
その内の濃い金髪の男性が私の赤ちゃんをじっと覗き込む。
目が光り、[鑑定]の魔法で見られているのだとわかった。
「…………こ、これは! す、素晴らしい! 侯爵、この子の『天性スキル』は素晴らしいですよ!」
「おお、一体どのようなスキルだったのだ!?」
「【召喚】魔法です! 本来であれば数年の準備と生贄の必要な大魔法を、この子はたった一人で使うことができるのです! この子ならば勇者や聖女を異世界から一人で召喚することも、今は我が国になき霊獣を召喚することも可能となるでしょう!」
「お、おおおおおお!!」
「なんということだ!」
「素晴らしい!」
お父様と役人たちが手を組んで喜び合う。
勇者、聖女、霊獣などを、召喚できる?
それは——本当にすごいことだ。
あまりのことに体が震えて血の気が引く。
赤ちゃんを覆うように身を起こしていたけれど、目の前が暗くなって俯いてしまう。
お兄様が私の肩を支えてくれる。
勇者、聖女、霊獣……それらは異世界から召喚されるもの。
霊石という、古の霊獣が遺した魔力を貯めることのできる特別な石に、多くの王宮魔法使いが長い年月をかけて魔力を貯める。
それを強く大きな魔獣、あるいは邪霊獣を生捕にして生贄として捧げ、異世界から勇者、聖女の『天性スキル』を持つ人間を召喚したり、霊獣界から霊獣を召喚するのが【召喚】。
それをたった一人で行うなんて……とんでもないことだ。
「うっ」
「アンジェリカ! ……父様、いい加減出て行ってくれ! 怪我に障る!」
「あぁ?」
「あぎゃあー! あぎゃぁー!」
部屋の中は葉巻の煙の匂いと、お父様と役人たちの騒ぐ声であまりいい状態とは言えない。
お父様たちの「これでトイニェスティン侯爵家は安泰ですな!」「この赤子の婚約者にアメジスト王女殿下を据えれば、この国の将来のためにもなりましょう!」と政治的な話が始まっているのも気になる。
でも、もう決めたの。
私はこの子のお母さんとして、今度こそこの子を一人ぼっちにはしない。
今度こそ、今世こそ! 私はこの子を育てあげて見せる……!
もう絶対離れない!
父の低い声に赤ちゃんに覆い被さり顔を埋める。
お兄様がお父様との間に立ってくれているのも心強い。
ああ、本当にありがとう、お兄様。
「エイシン、お前はトイニェスティン家の次期当主。それを忘れるなよ。『天性スキル』を持つ赤子にはわしが名前をつける。いいか、逃げようなどとは決しても思うな? さもなくば——」
「!? 父様、なにを!?」
「きゃぁぁぁああああっ!」
メイドが「ヒィ」と声を上げる。
当然だ、この時お父様は私に隷属紋章をつけたのだ。
隷属紋章——他者を拘束する紋章魔法の一種。いわゆるステータス異常魔法。
とはいえ、お父様の魔法はそれほど強いわけではない。
特に[隷属紋魔法]は危険な魔法だし、一定以上の魔力を常に消費し続けるものだから、お父様としても簡単な“条件”で“縛り”を設けているはず。
そうでなければ常に家にいないと同じお父様が、隷属紋章魔法など使い続けられるはずはない。
痛みで逆に冷静になった頭でそこまではわかるけれど、苦しく痛いものは痛い。
喉が熱い輪に締め上げられているかのよう。
「なんということを! アンジェリカはあなたの実の娘だぞ!」
「この屋敷から出なければ数日で解ける! いいか、わしは国王陛下に『天性スキル』のことを話してくる。その赤子はこの屋敷で育てるからな! アンジェリカ、お前は赤子の世話係りだ! いいか、魔法を最優先で覚えさせろ!」
「父様!」
言うだけ言って、お父様は役人とともに部屋から出ていく。
葉巻を入り口に吐き捨てて踏み潰していくあたり、侯爵家の当主としてずいぶん品がないと思うのだけれど……。
「よかった……ありがとうございます、お兄様……」
「アンジェリカ? なにがよかったというんだ?」
「このこと引き離されずに済みました。嬉しい……本当に嬉しいです……よかった……ありがとう、ございます……」
「アンジェリカ、お前……」
赤ちゃんはリオハルトと名づけられた。
リオハルト・トイニェスティン。
それがこの子の名前。
屋敷から出ることは叶わないけれど、この子といられるのならそれでいい。
この時私は、この世界に生まれてきたことを心の底から幸せだと思った。
その幸せが、まさかたった半年で壊れるなんて——この時は夢にも思わなかったのだ。
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