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この国でしたいこと
しおりを挟むそして気がつけばジードの淹れてくれたハーブティー、五杯目に突入。
やばい、時間が経つの早い。
早すぎる。
まだ半分しか終わってない……。
「リット様、そろそろ夕飯の——」
と、ジードが告げた時、執務室の扉がノックされる。
「リット様」という女性の声は、クーリーのものではないか。
「入れ。どうした?」
「失礼いたします。申し訳ございません、執務の最中に……フォリア様がお帰りになられましたが……その……」
「うん?」
クーリーの少し言いづらそうな空気。
なんだろう、今日のフォリアはバジリスクを単身撃破と絶好調なのでは?
「! まさかどこか怪我でもしていたのか!?」
「いえ、フォリア様は無傷でおられます」
「あ、そう……」
バジリスク単身で無傷ってそれはそれでやべーけどなぁ……。
って、無事ならそれでいいじゃないか。
じゃあどうしたんだ、と首を傾げると——。
「実はバジリスクと戦って倒した直後、最後の力とばかりに【石化の魔眼】を使われまして」
「怪我はなかったのだろう?」
「はい。お持ちの剣で受け止められまして……。しかし、その際フォリア様が持参された剣が折れてしまいましたの」
「なんと……」
そして帰ってくる途中、城の近くの『アリスの丘』で「ちょっとだけ一人になりたい」と座り込んでしまったそうだ。
つまり、フォリアは今一人……ということ。
仮にも俺の妻なのだが?
一人にしてくる? 普通。
なんのためにクーリーをつけたと思ってるの?
おお、マジか。
「いっ……」
「だ、大丈夫ですか、リット様っ」
ギリリリリッとキターーーー!
痛い痛い痛い!
めちゃくちゃ胃にキたコレ!
あぅぐぐぐぐぐぐっ!
「も、申し訳ありません! で、ですがあの……」
「い、いや、いい……。ジード、俺は少しばかり一人で散歩してくる。お供は不要だ。そういえば今日、一度も休憩してないからな……」
「あ、は、はい、そ、そうですね」
「夕飯の準備を頼む……今日は隣の部屋で摂るから……一応二人分な」
「! かしこまりました」
執務室を出る直前、壁にかけてある自分の剣を取り、腰に下げていく。
ちなみに胃を押さえっぱなしである。
「さて、と」
城から出て徒歩五分。
城下町と隣接する丘が『アリスの丘』だ。
アリスとは、古の聖女が持ってきたぬいぐるみの名前。
召喚された聖女はぬいぐるみに聖なる力を注ぎ込み、聖獣として使役したと言われている。
そして、聖女が世界を浄化し尽くしたあと、この場所に埋められた。
……死を迎えたのだ。
ぬいぐるみが、聖なる力で聖獣として命を与えられ、死んだ場所。
だからここは、墓だ。
『アリス』は巨大な聖樹となり、邪樹の森からこの国を今も守り続けている。
ただ、その力は決して強いわけではなく、邪樹の森がこれ以上広がらないように、押し留める力。
だから魔物は平気で国内にも、さらにその先のシーヴェスター王国にも現れる。
仕方ないことだ。
邪樹の森がこれ以上広がるよりはずっとマシだからな。
「フォリア」
「!」
そして、そんな伝承のことなど知らないのだろう、フォリアが聖樹の根本に膝を抱えてうずくまっていた。
声をかけると、膝から勢いよく顔が上がる。
「あ——」
息が止まった。
胃の痛みも奇跡的に、その瞬間気にならなくなる。
そのくらい衝撃的なものを見た。
フォリアが泣いていた。
抱えていたのは膝だけでなく剣も。
鞘に入ってはいるが、折れた剣とはこれのことだろう。
昨日使っているのを見たから。
「剣が折れたと聞いた」
「あ、う、お……う、うん」
問答無用で隣に座る。
剣を抱き締め直して、涙も拭う。
ああ、けど……まだ十八の女の子であることに変わりはない。
来たこともない国に突然来て、不安だったから無理に元気に振る舞っていたのかも。
剣は——彼女を守る盾でもあったのかもしれないな。
なるほど、それが折れればそりゃ泣きたくもなる。
「この剣は、お父様がくれたんだ」
「え、そうだったのか? それは大切なものが壊れてしまったな」
「うん、いや……」
と、歯切れ悪く押し黙る。
こういう時は根比べ。
彼女が話し出すのを待つ。
「……リットは、シーヴェスターで会った私の両親のことを覚えているか?」
「え? ああ、まあ……」
表向きはまともそうな両親だったな、と思う。表向きは。
母親は美人で優しそうだったが、父親は気が弱そうに見えた。
あの両親、どちらも優しそうな顔立ちで、フォリアのように獣人の血を引いてるようには思えなかったが。
「実はな、一緒にいたお母様は後妻なんだ。お母様はシーヴェスター王国の侯爵令嬢で、お父様はすっかり言いなりでな。私と私の産みのお母様は馬小屋の横の倉庫に追いやられて、そこで生活していた」
「え? ……は?」
なんで?
純粋に疑問が口から出た。
フォリアの家は辺境伯のはず。
なぜシーヴェスター王国の侯爵家がそんなことを?
「なんだか難しい話をしてたからよくわからない。でも、あとから来たお母様は子どもが産めないって言ってた。だからもう、跡取りのいる家に来たみたいなこと……」
「フォリアは一人娘ではないのか?」
「ううん、弟がいるんだ。二人。弟二人はお屋敷の方で暮らしていたし、あとから来たお母様は弟たちをとても可愛がってる。だから私も産みのお母様も、まあいいか、って、思ってた。弟たちが幸せならそれでいいかなって」
「ふーん」
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