親友に「花嫁を交換しよう」と言われまして

古森きり

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本番の日

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 キリキリキリと、胃が痛む朝。
 緊張によるものではない。

「リット様、胃薬です」
「あ、ありがとうジード……」

 いや、本当に申し訳ない。
 ジードだって今日卒業式で、婚約者をエスコートする予定があるのだ。
 こんなことになるなら父の言う通り護衛兼従者を連れてくればよかった。
 卒業後は国に戻って、本格的に次期国王としての職務を覚えていかなければならない。
 その時傍らにいるのは、幼馴染のジードだけでいいと思っていたが……。
 これではジードの負担が大きすぎる。
 国に帰ったら従者をもう一人増やそう。

「! そうだ、国に帰ったらといえば——フォリア嬢のことはエーヴァスに連絡したか!?」
「はい、すでに。ミリー様のご実家の方にも連絡済みです。ことがことだけに、一度両国、両家の話し合いの場を設けてはいかがか、と提案も織り込み済みです」
「さ、さすがジードだ。ありがとう……」
「……殿下、顔色が……。本当に出席なさるのですか?」
「メインイベントの添え物が逃げるわけにはいかないだろう?」

 食事は味がしなかった。
 胃痛の薬のおかげで、だいぶキリキリした胃痛は穏やかになりつつある。
 頭が痛いが、耐えられる程度。
 それよりもスケジュールが吹っ飛んでないか心配だ。
 着替えながらジードにスケジュールの確認をして、そのハードさにまた意識が飛びそうになる。
 午前中は卒業式。
 その後そのままダンスホールで卒業パーティー。
 さらにその流れでアグラストと俺の合同結婚式。
 これにはアグラストと俺、そして婚約者たちの家族も同席する。
 当然だ、これはエーヴァス公国とシーヴェスター王国、両国の親睦会も兼ねているのだから。
 次期国王である両国の王太子とその妃が、同じ日に同じ場所で結婚式を挙げる——それを他の諸国に見せて、親密さのアピールを行う。
 シーヴェスター王国側としては、わざわざ作ったエーヴァス公国は属国ではない、我が国は帝国とは違うアピールにもなる。
 無論、我が国エーヴァス公国の要人の中には「帝国の前に突き出された餌」だの「飼い犬に餌をやるつもりだ」などと悲観的な声も多いが……そんなのは今更だ。
 建国の理由がシーヴェスター本国を守るための盾なのだから、そんなことを嘆いても仕方ない。
 ……そう、我々は対等ではない。
 けれど俺はアグラストは親友だと思っている。
 あいつもそれを理解した上で、俺に無茶振りなどしてきたことはない。
 今回が初めてだ。
 だから——本気なのだろう。
 本気でミリーを、愛してるんだろう。

「殿下……」
「時間的に話し合いは今夜になるのだろう?」
「は、はい」
「なら、昨日の打ち合わせ通り婚約者としての最後の仕事をしよう」

 卒業式、卒業パーティーは、俺がミリーをエスコートする。
 だが、案の定ミリーの心はここにあらず、といった様子だった。
 まあ、無理もない。
 ミリーの視線は始終アグラストの方へ向けられていた。
 そんなに心配しなくても、もうすぐあの男は君のものになるよ、と。

「ミリー、そろそろ着替えてくるといい。手筈は覚えてるだろう?」
「は、はい。ありがとうございました」
「いや。……まだすべて解決したわけじゃない。最後まで頑張ろう」
「は、はいっ」

 卒業パーティーはつつがなく。
 結婚式の準備が進められ、俺とミリーは一度控え室に戻って純白のタキシードと花嫁衣装に着替える。
 まあ、ミリーをエスコートするのは俺ではなくアグラストだが。
 俺がエスコートするのは——フォリア嬢。
 花嫁は長いヴェールで顔を隠し、誓いの口づけもヴェールの上から行う。
 そういえば……嘘か本当かどうかはわからないが、この世界には大昔、邪樹の森が今より遥かに広大な広さを誇っていたらしい。
 当然魔物の数も多く、強さも桁違い。
 瘴気が溢れ、大地は腐り、作物は育たない。
 生き物は死を待つばかりとなり、神はそんな我らに異界から聖女を連れて現れた。
 かの聖女の浄化の力により瘴気は払われ邪樹の森は今ぐらいに縮まり、魔物も弱体化したという。
 そして、結婚式の作法はその異界の聖女の希望で今の形となったとか。
 花嫁は純白のドレスとヴェールで顔を覆い、花束を持つ。
 花束は結婚式のあと、背を向けた状態で未婚の女性たちが待つ後ろに投げる。
 花束を受け取った未婚女性は近く結婚できるとか……。

「よし、着替え完了だな」
「はい」
「では——……その前に胃薬を飲んでいいか?」
「も、もちろんでございます」

 昼食はパーティー会場で摘んできたが、やはり味はしない。
 というか食べた記憶も曖昧だ。
 もう本当早くもまた胃が痛くなってきた。
 だってこれから言葉を交わした程度の他国のご令嬢と結婚するのだ、俺は。
 いや、政略結婚なのだから、今更なのだが……それでも見知っている相手とほとんど知らない相手では気の持ちようが違う。
 それに、一番はそのあとだ。
 結婚式が終わったら、『花嫁交換』を両家両国の身内に相談して正式に手続きしなければならない。
 両国の親密アピールが主な目的である結婚式と違い、王子の婚約者、及び結婚は四方八方の利害が関わってくる。
 果たしてうまくことが運ぶだろうか。

「胃が痛い……」
「す、すぐに効いてきますよ」
「そ、そうだな」

 そうであれ。
 そう思いながら、俺は会場へ戻る。
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