終末革命ギア・フィーネ〜転生先が婚約破棄した聖女を追放してザマァされる悪役王子なんだが、破滅したくないので彼女と幸せになります!〜

古森きり

文字の大きさ
上 下
290 / 385
18歳編

婚前最後のお忍びデート(2)

しおりを挟む
 薄暗い父の寝室に入ったのは初めてだった。両親の寝室には子供の頃入ったことがあるけれど、父のそれは立ち入り禁止と子どもの頃からきつく言い聞かせられていたからだけど……

「この絵……お姉様……?」

 最初に目に入ったのは壁に所狭しと飾られている金の髪をした女性の絵姿だった。大きさは様々で子どもの姿もあれば成人したものもある。どれも似たような雰囲気だから同一人物かしら。姉に似ているけれど素顔はもっと大人びて綺麗に見えるし、衣装からして姉ではないわね。姉はあんなシンプルなドレスなんか着ないもの。

「旦那様っ?!」

 バナンが悲鳴のような声を上げて私の後ろから駆け出し、床に転がっている誰かの側に膝をついた。ベッドの脇にあるサイドテーブルの側に誰かが倒れていた。その近くにはワインの空き瓶が無造作に転がって床に赤黒いシミを広げていた。バナンが抱き起すと声を詰まらせる音が耳に届いた。

「……っ!!」
「お父様?」

 抱き起して顔を上に向けたのは確かに父だったわ。だけどその額は赤く塗りつぶされていて後ろから侍女たちの悲鳴が上がった。

「侍医を、誰か先生を呼んできて!!」
「……は、はいっ!!」

 近くにいた使用人が一瞬の間の後、弾けるように飛び出していった。

「とにかく旦那様をベッドへ。誰か手を貸してくれ!」
「は、はい」

 バナンの声を聞きつけて駆けつけた侍女たちがその声に促されて部屋に入ってきた。バナンと侍女二人の三人がかりで父をベッドに運んだ。額は血で染まっているけれど既に固まっているようでそれほどの出血ではなさそうに見えるわ。床には小さな血のシミが出来ているくらいで、その事実に安堵する自分がいた。あんな人でも父親なのだなと変なことに感心していた。
 それと同時に部屋に入った時から感じていた薄気味悪さが湧き上がってきた。父の向こう側にある絵の人物と目が合ったせいかしら。どの絵もこちらを見ている様に見える。それが気持ち悪い……

 ふと床に散らばった紙が目についたので拾い上げるとそれは領地にいる兄からの手紙だった。他の二枚をロッテが拾って渡してくれた。人の手紙を見るのはマナー違反だけど今は緊急時だからいいわよね。何か手掛かりがあるかもしれない。

「お姉様……」

 その中に記されていたのは……姉の妊娠の報告だった。クラウス様のお子だろう。純潔を捧げたと言っていたから可能性はあると思っていたわ。
 でも、あれから一月以上経ったけれどそんな話は出てこなかったのでもう大丈夫だと思っていたわ。手紙の内容からして姉はその事実を隠していたみたいね。元より生理不順で、だからリシェル様の薬も飲んでいたから気付かなかったかもしれないけれど。母もいつものことだし今は精神的なショックを受けているからと調べようともしなかったのでしょうね。
 嬉しいはずの子の誕生も時と場合によるのね。お腹の子に罪はないけれどアルトナーの血を引く子……扱いに困るわ。知られたらアルトナーは引き渡せというでしょうね、殺すために。罪人になった者の血なんか残せないもの。これは口外出来ないわね。でもヴォルフ様には報告しないと……

 父はまだ目を覚まさない。バナンがお湯に浸した布で父の額の血をゆっくりと拭っていった。思ったより傷は大きくなさそうね。これは打撲かしら? 酒瓶が転がっていたしムッとする程の酒臭い息を吐く父は泥酔して転び、サイドボードにでも頭をぶつけたってとこかしら? 誰かに殴られた……ようには見えないわね。

「ザーラ、念のためヴォルフ様にも報告してくれる?」
「はい、イルーゼ様」

 多分大したことはないのだろうけれど、何かあったら直ぐに知らせるように言われているものね。何もしなくても誰かが報告してくれるだろうけれど、自ら知らせようとしたのは不安だったからかもしれない。あんな父でも当主だもの。

 程なくして侍医が駆けつけてくれた。もう暗くなっていたのに申し訳ないけれど来てくれて気が楽になったわ。既に父の顔の血は綺麗に拭き取られ、侍医が傷口を消毒して薬を塗ってくれた。処置が終わったので侍女と護衛を残して近くの客間に移動した。侍医と向かい合わせに座るとバナンがお茶を淹れてくれた。お茶を一口含む。喉が渇いていたらしく一気に飲み干したいのを我慢して少しずつ喉へ流し込んだ。

「傷自体は大したことはございません。既に血も止まっております。ただ……」
「ただ?」
「頭をぶつけておられるようです。直ぐに目を覚まして下さればいいのですが……」

 侍医が眉の間に皴を刻んで言葉を濁した。

「それは……このまま目を覚まさない可能性もあると?」
「何とも申し上げられません。あくまでも可能性でございますれば……それよりも……」
「まだ何かあると?」

 不安が心を灰色に染めていくのを感じた。先日の診察ではどこも悪いところはないと言われていたわよ?

「酒の飲み過ぎです。傷よりもこちらの方が問題かもしれません」
「お酒?」
「はい、酒も飲み過ぎれば中毒を起こして死を招くこともあります。旦那様はそれほどお強くありませんから……」
「そ、そう……」

 どんな深刻なことかと思ったらお酒の飲み過ぎだなんて……いえ、それで命に関わるのは問題だけど、子供でもあるまいしそんな指摘を受けるなんて情けなくなってくるわよ。

「このままでは危険です。お許しを頂けるので今夜は私がお側に控えても? 少しでも水分をとっていただきたいので」
「そうしてくれると助かるわ。ごめんなさいね、こんな夜に急に」
「いえ、これが私の役目でございますから」

 バナンに頼んで父の部屋の一角に簡易のソファを運び込んで貰った。今夜は侍女と護衛を寝ずの番に付けて様子を見ることになったわ。後は侍医が看てくれると言うし、私も顔色が悪いから休んだ方がいいと言われたので自室に戻った。
 バナンやザーラたちと共に部屋に戻っていつものソファに座ると一気に力が抜けたわ。目の前にマルガが淹れてくれたお茶が湯気を立てていた。

「イルーゼ様、気持ちが落ち着くお茶です」
「ありがとう」

 まださっきの光景が目に焼き付いていて目を閉じても消えてくれなかった。その残像を振り払うように頭を振ってカップを手にした。あの部屋の臭いもまだ鼻にこびりついているような気がする。カップを顔に近付けて湯気と共に立ち上る花の香りを胸に吸い込んだ。このままこの香りだけを記憶に残したいわ。

「バナン、あの絵の女性は誰?」

 父のことは先生に任せるしかないし、姉の妊娠をここで話していいのかもわからないわね。その件は私が決められる話じゃないもの。そうなると気になったのはあの壁一面に飾られた女性の絵だった。姉に似ているけれど姉じゃないあの人は一体……

「それは……」

 口籠ったバナンに、彼があの絵の女性を知っているのだとわかった。わざわざ寝室にあんなに絵を飾るってことはもしかして父の想い人なのかしら? そんな話を聞いたことはなかったけれどあんなに飾っているのなら相当に執着しているように見えるわ。母は知っているのかしら? 自分の夫があんなにも他の女性の絵を寝室に飾っていると知ったら……私だったら気持ち悪く感じてしまうし信頼関係も失せるわね。
 ヴォルフ様の寝室はどうかしら? 絶対に結ばれることが出来ない秘めた想い人がいて、その上で愛や恋を求めるなと仰っている可能性は……ないとは言えないわよね。私よりずっと大人で怖そうに見えるけれど実際は優しくて素敵な方だもの……



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

アポカリプスな時代はマイペースな俺に合っていたらしい

黒城白爵
ファンタジー
 ーーある日、平穏な世界は終わった。  そうとしか表現できないほどに世界にモンスターという異物が溢れ返り、平穏かつ醜い世界は崩壊した。  そんな世界を自称凡人な男がマイペースに生きる、これはそんな話である。

処理中です...