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二人の聖女と悪魔の亡霊編

side ジェラルド(3)

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「あなたにこの機体と共に歩む覚悟はありますか?」

 静かに問われて、ジェラルドはニコリと微笑む。
 それ以上の言葉は不要だろう。

「そうですわ、ジェラルド様にもう一つお願いがございますの」
「はい?」

 シャルロットに「ちょっと大きいですが、あれを[空間倉庫]しまっていただいてよろしいでしょうか?」と指さされたものに一瞬固まる。
 しかし笑顔のシャルロットに逆らえるはずもなく。
 ジェラルドが頼まれたものを[空間倉庫]にしまってから、いよいよ三号機に乗り込んだ。
 外から中を覗き込んだことはあるが、乗ったのは初めて。
 ヒューバートに「登録者以外が乗ると体調が悪くなるし、下手すると死ぬ」という話を聞いていたから。
 椅子が前方部屋や傾き、ガチャン、とシートベルトが自動で膨らむ。
 360度のリアルタイムモニターが展開したあと、前方に見たことのない文字が現れた。
 不思議なことに『名前を言え』という意味だと感じる。
 もうここから進めば、おそらく——。

「ジェラルド・ミラー!」

 とうに覚悟している。
 迷わず名前を叫ぶと、モニターが星空に変わった。
 目を丸くするジェラルドは、ふと、その星が急速に自分の方へと迫ってくる感覚に襲われる。

(あ、まずい)

 奪われる。
 なにか、自分が、自分でなくなる。
 そんな感覚を、一人の男の背中が阻んだ。
 守ってもらった。
 一瞬怯えて閉じた目を、開ける。
 白い背中に毛の先端が新緑で、瑠璃紺色の髪を靡かせた逞しい背中。

『もし、このメッセージを見ている人が、新しい登録者で——世界がまだ滅んでいなかったら、急いでほしい。もう、多分時間がない』
「?」

 背中越しに話しかけてくる。
 おそらく“三号機の新しい登録者”へ話しかけていると思われる、その半透明な男の背中は振り返ることなく話し続けた。

『この世界の核となる神は、この世界を見捨てていなくなってしまった。核となる神——創世神は、いわば世界のエネルギーという概念。ザードの提唱した“神性領域”が真実ならば、ギア・フィーネの登録者は新たな核となる可能性を秘めている』
「あ? あの……?」
『王苑寺ギアンはそれを見越した上で、ギア・フィーネを造ったのだと思う。今、君の中に入り込もうとした王苑寺ギアンの人格データは僕が遮断した。君自身の意思で決めてほしいんだ』

 ゆっくりと振り返る。
 ジェラルドによく似た顔立ち。
 ああ、この人が——と悟る。

『でも、僕も信じてる』

 キラキラと星が消えていく。
 王苑寺ギアンの人格データ。“彼”が遮断してくれたそれが、再びどこかへ。

『誰も犠牲にならなくて済む世界を、ギア・フィーネとギア・フィーネの登録者たちなら見つけ出せるって。未来ではもう、ギア・フィーネ同士が殺し合うことはないって』

 そう言い残して、“彼”も消えてしまった。
 おそらく王苑寺ギアンの人格データが、新しい登録者に無断で移植されるのを防ぐためのワクチン。
 そんなことができるのもまた、『神の手を持つ悪魔』と、『神の手を持つ悪魔』の記憶を共有する何者か。
 件の悪魔が最後まで守り抜いた唯一。
 悪魔に守り抜かれて、その恩返しのようにこの国を守り続けた本物のこの国の守護神にして“悪魔の亡霊”。

「……うん、大丈夫。ヒューバートがギア・フィーネの登録者をみんな集めて守っているから。これからは、僕も一緒にみんなを守る」

 操縦桿を握る。
 ゆっくり消えていく亡霊の幻影は、笑っていたと思う。
 彼の言っていたことは、気になるけれど……今は、ヒューバートたちを助けにいかなければ。

(操縦方法が、頭の中に流れ込むみたい)

 あくまでも知識として入ってくる。
 実践できるかどうかはわからない。

「——あの、音声サポートというのをお願いしたい、です」

 ヒューバートが言っていた、「操縦難しすぎて音声サポートお願いしてる」というあれ。
 本当に難しい。
 石晶巨兵クォーツドールに搭載している操縦補助AIに慣れていると、補助が一切ないギア・フィーネの操縦は一歩踏み出すだけでも大変だ。

『僕が担当してもいい?』
「あ……は、はい! ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 ふわり、とまた先ほどの亡霊が現れる。
 でも今度は、姿は見えずうっすらと気配だけ感じた。

『僕のことはアレンと呼んで』
「……僕のご先祖様の、弟……?」
『——! ……そうか、姉さんの……』

 つまり、この亡霊はミレルダの直系。
 ギア・フィーネ三号機の、かつての登録者。

『僕はあまり説明が得意ではないから、君の脳波に干渉して操縦を手伝うね。君はやりたいことを考えてくれるだけでいいよ』
「はい、わかりました。……あの、これってヒューバート……四号機には同じ機能?としてついていないんですか?」
『他の機体にはついてないかな。僕はザードにもう一度会いたくて、自分の記憶と人格をなんかこう、アレな感じにまとめて機体になんとかした感じだから』
「…………。なるほど~」

 マジで説明下手というのが理解できた以外なにもわからなかった。

『ジェラルドくん! 大丈夫かな!? 操縦できそう!?』
「あ、ミレルダ嬢……はい、大丈夫です! いけます!」
『では、参りましょう!』
「え?」

 シャルロット様?
 そう質問する前に、天井が開く。

(そうだ、ヒューバートを助けに行かなきゃ)

 これからは隣で、もっと彼に寄り添っていける。
 大切なジェラルドの“きょうだい”。

「——今行くよ、ヒューバート」


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