終末革命ギア・フィーネ〜転生先が婚約破棄した聖女を追放してザマァされる悪役王子なんだが、破滅したくないので彼女と幸せになります!〜

古森きり

文字の大きさ
上 下
62 / 385
12歳編

結界の中への帰還

しおりを挟む
 しかし光は、その俺の手にもう片方の手を乗せて、しっかりと握ってくれた。
「俺は、俺なりになりふり構ってらんなかったんだけど、な」
 知っている、そんなこと。手放してしまったのは、俺の方なのだ。
 握った手を手繰り寄せて、光は俺を抱き締めた。自然な流れで、じんわりと腕に力を加えて。
「そうしたくても、俺は弱いから。鞍が必要とするまでに届かなかった。ごめんね、寂しい想いばかりさせて」
 違う。決してそんなことはない。腕の中で、懸命に首を横に振る。
「うぅん?光は優しいけど、弱くなんかないよ!」
 弱いのは、俺だ。優しさにもなりきれない。単に、弱いだけなのは。
 弱くて、意気地がなくて、不甲斐なくて、なのに我欲だけは通して。愛してくれだの、繋いでくれだの、相手にしてもらうことばかりを求めた。その意味さえも判らないくせに。
 なのに光も晃も、辛抱強く付き合ってくれた。俺自身ですら見えなかった深層の感情を、引き上げて、聞き出してくれようとした。俺は、二人に甘えていたのだ。
「それなのに、俺……っ。俺は、わがままを通してしまったんだ。……ごめん」
 目尻に熱がこみ上げた。混沌や、昂ぶりから来たものではない涙は、それらよりずっと静かに、素直に頬を伝い落ちる。もしかしたらこれまで流したものよりも格段に透き通っているのではないかと、我ながら感じる。
「わがままなんて思っちゃいないよ。それに、釈君とこへ行っても、また俺が恋しくなるかもしれないでしょ?」
 くすりと笑って、光は俺の背を撫でた。
「俺は、鞍に寂しい想いなんてさせる気ねぇけど」
 横から、晃の挑戦的な声。戯けた言い合いのようだが、このひとの明白な言葉も俺には心強い。
「なに、宣戦布告?」
「さぁな?」
 二人の顔へ順に目を遣れば、険悪さなどない笑顔。敵対というよりも、むしろ共同戦線を張る同志のようで。
 彼等が俺を導いてくれる。手を差し伸べて、道筋を示してくれている。もったいないようで、畏れ多いようで、それでいて、この上なく嬉しくて。
 彼等にいつか、俺は何かを返せるだろうか。真剣に、それを考え始めた。家事や、仕事のことだけではない。もっと深い、精神的な何かを。
 今はなにもできている気がしない。俺は、彼等を照らす灯になり得るだろうか。

 突如、和の愛らしい顔が浮かぶ。あいつみたいに。あいつに、負けないくらいに。

「とにかく、鞍が釈君と一緒に住むくらいで、俺は取られたなんて思ってない。釈君なんかに負けてるつもりはないからね。それだけは覚えてて?」
 肩から頭を上げた俺の鼻を、光は軽く突く。
 一人になったら、瞳の影に押しつぶされてどうにかなってしまうのではないかと思った光。怒りと悲しみで、壊れてしまうように見えた光。そんな彼の姿は、俺の思い込みの像に過ぎなかった。自身の話をはぐらかし、臆病に触れる光は、もはや目の前にはいない。
「やっぱり、光は弱くなんかねぇよ。ありがと、ちゃんと覚えとく」
 自分は今、微笑んでいるのだろうと初めて自覚する。涙がわずかに残った頬が、何の抗いもなく緩やかに上がるのを。
「でもまぁ、鞍がいなくなったらしばらくは枕が涙で濡れちゃいそうだけどねー」
「思う存分濡らしとけ。大体、取られるとか言ってるけど、そもそもお前のもんでもねぇだろ?俺は取るなんて思ってねぇし」
「うっ、痛いとこ突くね」
「気のせいじゃねぇの?」
「釈君、なんかキャラ変わってない?!」
 二人のやりとりに、身を縮める。申し訳無くも、おかしく思えてしまって。
「そういうことだから、俺は平気だよ。鞍の事、これからも大事に思えるから」
「ありがと……ほんとにありがと、光」
 再度、相手をぎゅっと抱き締めた。絶対に、俺は忘れない。彼の感触、彼の想い、彼が、俺にくれたもの。

「そんじゃ、帰るか、鞍」
 晃の呼びかけに、名残惜しく腕を解く。光も一緒に立ち上がって、俺の背を押した。
「またね、鞍。カフェには通うからさ」
「けっ、ケーキは食い過ぎんなよ?身体には、気をつけて」
「わかってるって。鞍のお許しが出た時だけにするよ」
 三和土に下り、光は外に出てバイクに跨がる俺達を見送った。
「じゃあ光一郎、そういうことで」
 ヘルメットを被った晃が、エンジンをかける。俺も倣って、頭にメットを乗せた瞬間。

 ……あぁ、あれは……。

 あれは、光がいつか和に向けていたのと同じ目だ。信頼と、絆と……揺らぐことの無い、繋がり。俺が、無意識に憧れて止まなかった兄弟の。
 スモークのかかったシェードを上げ、もう一度確かめようとしたときには、バイクはすでに走り出していた。
 和に投げかけていた視線と同じか否かは、確認できない。けれど、俺を見る光の眼は明らかに今までと違っていた。願望も加算されているかもしれない。それでも光は、俺を信じてくれた。そう感じた。和と、同じように。
「……待ってる。待ってるからな!光!!」
 後ろを向いたまま、俺は叫んだ。何を待つのかは、自分でも判然としない。だけど、口から出たのはこの言葉だった。

 光の立ち姿は、あっという間に小さくなってしまったけれど。

 一時停止でエンジン音が鎮まると、晃がぼそりと呟く声が聞こえた。
「鞍……お前を繋ぎ止めた俺の紐、長いからな。行きたいとこに行けよ」
 返事の代わりに、背中に巻き付けた腕に力を込めた。
「朝飯、まだだったな。帰ったら食おうぜ?」

 俺の居場所は、未だ不確定だ。けれど、「戻っても良い」場所はできた。できたのだと思う。迷うばかりだった道の途中。帰路のみは、明るく照らされた。そこだけは、俺は安心して一人でも歩ける。
 もう一度、俺は後ろを振り返る。その先で手を振って、迎えてくれるひとの面影を確かに見据えて。

── 北極星(ポラリス)・完
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します

あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。 異世界パルメディアは、大魔法文明時代。 だが、その時代は崩壊寸前だった。 なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。 マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。 追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。 ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。 世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。 無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。 化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。 そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。 当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。 ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。

タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

処理中です...