流星群の落下地点〜子どもの初恋が大人の恋になるまでの二年間〜

古森きり

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子どもの時間の終わり

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「え? ウォレスティー王国に?」
「ああ、今回は王都。王太子殿下の専属護衛依頼だ。期限は王太子殿下の王位継承まで。予定では十五歳になったら陛下は退位。レオスフィード殿下が即位予定。つまりまあ、任期は五年」
「っ……」
 
 どうして、と口に出しそうになったけれど、師の選別は間違っていない。
 ウォレスティー王国は世代交代で貴族の膿を出し切るために、大きな変革をする予定だ。
 ついてこれない者は、容赦なく切り捨てる。
 それがウォレスティー王国の守護召喚魔エンシェントウォレスティードラゴンとの約束。
 今は城で座学やマナーを中心に学んでいるが、もうすぐ幼年学校への入学とお茶会デビューが始まる。
 そうなると、確実に暗殺の機会が増えていく。
 
「レオスフィード殿下としては相変わらずリグに『家庭教師になってほしい』と希望を書いて送ってくれているんだが、世界の情勢的にも任務以外で他国にリグを派遣するのは危険すぎる。今回の任務で裏社会の組織の動きがどうなるかも検証を兼ねてはいるが……シドが一緒だから、そう大事になるとも思えん。が――やはりリグを外に出すのは慎重にならざるを得ない」
「うん。それは……わかってる」
 
 今回の件はリグが自分から「連れてって」と言い出した。
 レイオンはリグに「人としての意思を持てるように」と言いきさせた張本人。
 その主張を聞き届ける義務がある。
 ただ、その動きに伴う世界の対応はまだまだ予測がつかない。
 そして、リグが外に出ている隙にウォレスティー王国は新たな王となるレオスフィードの警備を強化したい、ということ。
 
自由騎士団フリーナイツから今出せる最強はお前だ。顔を合わせたこともあるし、ウォレスティー王国にはお前も滞在したことがあるし、王都にも行ったことがあるだろう? 幸いリグのおかげで体調も問題はないよな? やはりお前が適任だと思ってな」
「――うん」
 
 言っていることはわかる。
 でも、一つだけ心残りがある。
 
「でもさ、あの……師匠……それ、着任ってシドが帰ってきたあとじゃダメ……だよね?」
 
 ガラティーンを握り締める。
 自分の気持ちを自覚した。
 だからちゃんと伝えて、シドに待っていてほしいと頼んでおきたい。
 その時間が本当にほしかった。
 
「リグが表に出ている今、レオスフィード殿下の守りを固めたい、という先方の意向だ。こっちもそれが最良だと思っている。――施設の解体には二ヶ月ほど時間がかかるという、経過報告ももらってるし」
「二ヶ月も……?」
「施設の規模が想像以上に根深かったそうだ。施設内に雲隠れしているロラの討伐もまだ、とのことだ。ただ、討伐に関してはおそらく問題はない。世界最強と[異界の愛し子]、フィリックスがいるからな」
「っ、う、うん」
 
 ノインに第二異次元エクテカと婬紋を刻んだ女。
 ハロルド・エルセイドの妻で、シドとリグの母。
 確かに放置はできない。
 だが、その決着はシドがつけると言っていた。
 どんな戦いになろうとも、シドなら言ったことはやり遂げるだろう。
 ならば、騎士としてノインがやるべきことは一つ。
 
「明日には出発できるように、準備するね」
「――ああ。悪いな」
「ううん。大丈夫」
 
 通信端末でも話せるし、と言葉にしかけて、やめた。
 ノインが大人になるまで、待っていてほしい。
 その話は直接したかった。
 任務で死別する可能性もあるのに、シドに対してはその可能性を微塵も感じない。
 
「ノイン」
「はいー?」
「お前――あー……いや、お前なら大丈夫だろ。一時期ちょっと混乱してたみたいだけど」
「うっ……」
 
 その自覚はあるので反論が一切できない。
 だが、それを踏まえた上でレイオンは「信頼してるよ」と手を振って送り出してくれる。
 
(……思えばユオグレイブの事件で色々変わったな……)
 
 世界もさることながら、あの大量の星が落ちた日にノインを含めて色々なことが。
 そしてこれからも変わり続ける。
 腹を撫で、魔石道具の感触に息を吐いた。
 ここ数ヶ月で怒涛の如く変わってしまった、ノインの世界。
 常識も知識もひっくり返って、性体験と初恋までして。
 
(初体験は……最悪だったけど――)
 
 けれど、あの時の夢を見ても、最後は必ずシドが助けに来てくれる。
 シドが言ってくれた通り、夢の中にも助けに来てくれるのだ。
 そんなの好きになるに決まっている。
 それなのに幼すぎたノインはそれが恋慕だと気づくのが遅すぎて、結局あれから一言も言葉を交わせないままになってしまった。
 自室に帰ってから、便箋と封筒を取り出して一言書く。
 封筒にしまってから、シドの部屋に行ってドアノブを渡すが当然鍵は閉まっていた。
 
(ま、当然かぁ)
 
 扉下の隙間から手紙を差し込んで、部屋に戻って荷物をまとめる。
 ちゃんと読んでもらえるかはわからないけれど、ダメならその時はまた直接口で言えばいい。
 
「……行ってきます」
 
 
 
 ◆◇◆◇◆
 
 
 
「ノイン様! ノイン様ー! どちらですかー!」
「おい、いたか!?」
「いや、いない。くっそ、冗談だろう、こんな日に……! いくら剣聖とはいえお一人でどこに行ったんだ!?」
「ああ、アスカ様と斬り合い、近衛騎士五十人が二分で全滅させられたのを見た時はゾッとしたよな。あれで魔力ないなんて反則すぎんだろ」
「けど、今日の誕生日パーティーはレオスフィード殿下発案の剣聖ノイン様の成人を祝うパーティーだろ!? その本人が行方くらますってどういうことだよ!?」
「ああ、もう! まさか町の方に行ったんじゃないよな!? 創作範囲を広げるしか――」
 
 バタバタバタ、と城の騎士たちが玄関ホールから城内へ戻っていく。
 庭の木の上、一際太い枝に跨っていた金髪碧眼の男に抱きついていた銀髪青眼の騎士がゆっくり体を離す。
 
「……ズルくない? 今日来るって言ってなかったじゃん」
「じゃあ帰っていいか?」
「ヤダ。嘘。嬉しい」
「――別にたまたま……いや、まあ、どこぞの英雄剣聖様が、ウォレスティー王国の王都で『赤い靴跡』が暗躍しているから調べろって――任務出してきたから、ついでに顔見にきただけだし?」
「うん」
「……で……俺はお前が大人になった時、なにを聞けばいいんだっけ?」
「うん……」
 
 頰を包むように手を伸ばす。
 振り払われると思ったけれどそれもなく、顔を近づけても拒まれない。
 
「ボク、シドが好き。恋人になってほしい」
 
 任務で二年間、会えなかった。
 その間に前よりも強くなったと思う。
 それでもシドには勝てるかどうかわからないけれど、少なくとも、二年前に比べればもう子どもではなくなった。
 ちゃんと自分の気持ちと向き合い続けて、答えを出して告げている。
 
「そしてそのままボクを孕ませて」
「重……」
「伊達に二年拗らせてないから」
「く……それでも猿騎士よりは軽いのか……」
 
 向こうは十五年拗らせである。
 
「返事は今聞きたいんだけど」
 
 これを言うことは、もう二年前から決めていたし伝えていた。
 あの日、シドの部屋に入れた手紙に一言『二年後好きって言うから、それまで待ってて』と書いておいたので。
 シドだって、二年間ずっと考えていてくれた――はず。
 頰を包んでいた手を掴まれて、外される。
 
「ノイン様ーーー! もう本当、どこ行ったんだ」
「パーティー始まるまであと一時間しかないぞ」
「やっぱり町まで探しにいくしか――」
 
 バタバタ、人の走る音が聞こえた。
 でも、もうパーティーに出るつもりはない。
 もちろんパーティーを催してもらったのは、ありがたいと思うけれど。
 
(それどころじゃない)
 
 後頭部を掴まれて、ぐい、と引き寄せられたかと思うと鼻先が触れそうなほどに顔が近い。
 目を見開いて驚くと白緑の瞳が細まる。
 
「恋愛とかわからん。口説き落としてみろ」
「な――っ」
「ただ、第二異次元エクテカの件は責任を取るつもりだったから……ちゃんと孕ませてやるよ。お前の望むように付き合う」
「……っ」
 
 目を瞑れ、と言われた気がして目を閉じる。
 唇に柔らかくて、熱い感触。
 最初は触れるだけ。
 
「鼻で息しろよ」
「ん……」
 
 角度を変えたあと、唇を舐められて驚いて声を出しそうになった。
 その隙間から舌が入ってきて、唇の裏を舐められる。
 ぞわ、と腰が浮く。
 後頭部に手を回されているから逃げ場はなく、舌が入り込むと全身から熱が噴射でもしたかのような感覚に苛まれる。
 鼻で息をしろ、なんて簡単に言ってくれるけれど、初めてで上手くいくわけがない。
 
(う……っ、上顎のざらざら、舐められるのヤバ……っ)
 
 舌の裏側もゾワゾワがすごいが、上顎のざらざらが一番まずい気がする。
 舌を無理矢理シドの口の中に誘導されて、先端を甘く噛まれた。
 その瞬間、また腰がビクッと跳ねる。
 
「あ……む、り、ちょっ……た、勃つ……から、ぁ」
「もう勃ってんじゃん」
「っ!?」
 
 ツン、と指先で股間を突かれてギョッとした。
 いくらこういうことが久しぶりといっても、まさかキスだけで勃つとは。
 
「はしたないやつ」
「う……」
 
 睨むように見つめられて、蔑むように言葉をかけられて、ますます股間に熱がこもる。
 耳元で声がするのもまずい。
 
(こんなの……まるで婬紋で発情した時みたい)
 
 呼吸が荒くなる。
 唾液が溢れそうになるのを、無理に飲み込む。
 
「だって……二年、我慢してた……ん、だから……っ」
「ああ、そうだな。よく我慢したもんだ。――それは褒めてやるよ。偉かったな」
「う、うう」
「ご褒美になにが欲しい?」
「そ、そんなの……決まってる……! わかってるくせにっ!」
 
 子どもの時間はもう終わったんだから。






 終
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