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兄弟喧嘩

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(なーんて、ハッピーエンドを見守ったつもりでいたこともありました!)
 
 ノイン・キルト、二ヶ月後に十六歳になる。
 その前に、レンブランズ連合国南部にある件の施設を完全解体のために、シドがリグに解体用ロボの召喚を頼んでいた。
 そしてノインは留守番。
 シドに淫紋による一日一度の発情を抑え込んでいてもらったが、先日リグに『完全勃起したシドのモノを模したディルド』をいただいて絶賛最高のオナニーライフを一週間ほど過ごして完全に油断していた。
 
「出せ」
「い、嫌」
「俺は作るなと言ったはずだ」
「僕は作らないとは言ってないし、シドが留守の間のノインの発情処理に媒体として必要だと判断したから作った。媒体があればシドの負担も減るだろう」
「そういう話はしてねぇんだよ」
 
 なお、場所は食堂である。
 縮こまったノインと、その隣にいつもの無表情で座るリグと、リグと一緒に来たリョウとフィリックス。
 テーブルを挟んだ反対側にレイオンとシド。
 食事を楽しんでいた騎士たちの、真っ青な顔。
 それはそうだろう、あのドロドロ溺愛の弟に、世界最強がブチギレている。
 よりにもよってリグがノインに渡したディルドの件で――!
 
「えーと、話を遮って悪いんだが……その媒体っていうのはあった方がいいモノなんだろう? なんでシドがそれを怒ってるんだ?」
 
 と、手を挙げて仲介しようとするレイオンにノインはさすがに消えてなくなりたい気持ちになった。
 シドの完全勃起したモノを模したディルド、とは言えない。
 ノインがオナニーライフをウキウキ気分で満喫していることを、うっかりリグにお礼という形で伝えなければ……。
 そしてその現場を見て、シドが“察した”。
 
「俺は許可してねぇモンだからだ」
「え? あ、ああ、なんかダメなモンなのか? でも……リグはいいっつったんだよな? ノインもなんか喜んでるみたいだし」
「媒体があれば僕やフィーでも手軽に魔力供給ができる」
「できればおれはやりたくないけど……まあ、そうだな、シドが留守の間くらいなら……がんばるよ。実物は正直マジで見たくないけど」
「媒体って一体なんなんだ?」
「シドの……」
 
 バシッと、ノインが慌ててリグの口を塞いだ。
 ちらり、と目線でうかがわれたので全力で首を横に振る。
 ココ、食堂。相手、師匠。ダメ、絶対。
 
「さっさと出せ。消し炭にする」
「なんでそんなに怒ってるんだ?」
「ヤダヤダ、絶対ヤダ! アレがないとボクもう生きていけない自信がある!」
「ふっっっっさげんなよ! テメェのシモの人生のことなんざ知るか! とにかく気色悪い! さっさと出せ! 燃やす!」
「ノイン、正直おれもシドに返した方がいいんじゃないかなぁ、と思う……」
「フィリックスさん!? 裏切るの!?」
「裏切るというか……リグの言ってることもわかるんだけど別にシドに迷惑かけてまでっていうのと、それをやるならシドの許可は絶対必要かなって思う」
 
 さすがど真面目騎士、フィリックス・ジード。
 ど正論である。
 
「ノインくんは魔力を第二異次元エクテカっていうところに入れないと大変なんだよね? えっと、その媒体? がないと大変なんでしょう? でもその媒体の許可をシドが出すの? 許可が必要なものなら、ちゃんと許可してもらった方がいいんじゃないかな?」
 
 と、モノがなんなのか知らないリョウもシドの側に参戦。
 女性に言われると胸にくるものがある。
 
「でもでもリョウちゃん、ボクもうアレがないとダメなんだよぅ……シドは『ガキは無理』ってらボクが成人するまで許してくれないし」
「よくわからないけど成人したらいいの?」
「成人したらいいんだろうけどあと二年二ヶ月もあるんだよ!? 我慢できないよ!」
第二異次元エクテカの停止措置は更新したんだよな?」
「した。けど、それは今どうでもいい。このガキが持っている“媒体”は許せん。せめて別のにしろ! ソレでなくても媒体としての役割は果たせるだろうが!」
「ヤダヤダコレがいいの!」
 
 すごくやんわりとオブラートに包み、必死に隠しているが、全員なんとなく“媒体”に関しての正体には気づいているだろう。
 問題は、なんでそれに対してシドがブチギレているか、ということ。
 いくら弟のお手製とはいえ無許可なので怒られるのは当たり前である。
 
(だってせっかく擬似的にでもシドとえっちできるのに……!)
 
 シドが“子どもを犯す大人”になりたくないのはわかる。
 フィリックスがリグの胸にピアスを開けた時に見た表情から考えても、シドに刻まれているトラウマもかなり根深い。
 だからノインだって、シドに直接抱いてほしいとせがむのをやめたのだ。
 それなのに、ディルドまで奪われたら――。
 
「どうもお前さんがブチギレる理由がわからんな。シドの許可がいるものなら、ちゃんと説得して許してもらった方がいいんじゃないか?」
「ヤダ! シドに渡したら二度と帰ってこないんだよ!?」
「大丈夫だ、ノイン。全部記憶しているから同じものを作ればいい」
「リグ!」
 
 なるほど? と納得しかけたがシドの怒気に食堂の空気がビリビリと揺れた。
 こんなに……溺愛の弟を怒るほど――。
 
「リグ、お前……どういうつもりだ? 言いたいことがあるなら言えばいいだろう?」
「では言うが、なぜロラ・エルセイド所縁の研究施設だと伏せている? 僕に知られたくないのはなぜだ? 僕にも無関係ではない」
「……!」
 
 ヒュ、と喉が鳴る。
 立ち上がったリグの言葉にシドが硬直した。
 けれど、ノインはリグにシドがあの研究施設の話をしなかった理由を聞いている。
 あまりにも、胸糞が悪い研究内容。
 ダロアログに十五年間、性的虐待を受けていたリグには聞かせたくない。
 それに関しては、ノインも完全同意。
 だが、リグはどうやってかロラが関わっていることを知ったのだ。
 
(ヤバい……犯人ボクかもしれない)
 
 なんかディルドに釣られて、口を滑らせた記憶があるようにないような。
 それが原因で今、食堂が修羅場になっている。
 つまりリグがシドに嫌がらせの如くシドの完全勃起ディルドを作ってノインに渡したのは、不満を言うため――。
 
(ボクめちゃくちゃ兄弟喧嘩に巻き込まれてる……?)
 
 が、自業自得の感も否めない。
 
「――あの女は俺が殺す。お前には関係ない」
「無関係ではない、と言っている。解体用ロボを家契召喚かけいしょうかんで契約しても、【機雷国シドレス】の召喚魔は適性のないシドでは能力も召喚時間にも制限がかかる。僕が同行した方が確実だ。シドの言いたいこともわかる。あの女の研究はろくでもない。シドが僕に見せたくないのも理解できる。でも……いつも置いていかれる側の気持ちも、わかってほしい。シドはいつか、と言ったきりで……約束を忘れているように思う」
「っ……」
 
 あ、とノインとリョウの視線がリグの手元に注がれる。
 フィリックスの上着の肩を掴んで握っていた。
 兄には向かうのはやはり怖いのだろう。
 
「もう守らなくて大丈夫だから……僕も連れて行って」
 
 レイオンとフィリックスが目を見開いた。
 リグが――自己主張した。
 ノインもチラリとシドを見ると、こちらも見たことのないような間抜け面で目を見開いている。
 すぐに仏頂面になったけれど、意味はしっかり伝わっているだろう。
 
「【聖杯】は置いていけ」
「……リョウ、本部で待っていてもらってもいいだろうか?」
「う、うん! 大丈夫だよ」
「待て、リグが行くならおれも行く!」
「いいんじゃねぇの」
 
 つまり次の研究施設解体任務には、シドの他にリグとフィリックスが行くと――。
 
「ボクは!?」
 
 一日一回の発情がある以上、条件を満たせる魔力量五十以上の男に全員留守にされると困るのだが。
 
「それなのだが、淫紋のことは専門家に聞いてみて試してみたいことがある」
「せ、専門家?」
 
 リグはそこのところちゃんと考えていてくれたらしい。
 【神霊国ミスティオード】の悪魔に色々聞いてみたところ、淫紋を覆うチェーンベルトや「貞操た――」と、途中からシドとフィリックスに口を塞がれたため結局なにかはわからなかったが他にもいくつか改善に使用できそうなグッズがあるようだ。
 レイオンの表情もどことなく不穏なものを見る目だったけれど、リグがいうのなら間違いはないだろう。
 
「それで、何種類か作ってみたのであとで僕の部屋に来て確認してくれないだろうか?」
「う、うん。わかった」
 
 口を押さえていたフィリックスの手を掴み、ぎゅっと抱き締めながらそういうことを言うリグに「クソゥ、隙あらばイチャイチャしやがってぇ……! でもあわよくばこのまま逃げ切れるかも」と思っていると――。
 
「その前に今使ってるブツを出せ。塵も残さず消し去っておく」
「……ッチ……!」
 
 忘れられていなかった。
 レイオンの真後ろからガチギレのシドがノインを見下ろして、話を元に戻しやがる。
 
「…………ヤダ」
「ヤダじゃねぇんだよ! そもそもこの話が終わってねぇ! リグを連れていく話は了承したがそれ以前に! テメェが持ってるモンを処分する話が先なんだ、ごまかせると思うなよ!」
「ダメだったか。じゃあ僕はこれ以上フォローができない。諦めてほしい、ノイン」
「イヤァァアァ! リグさんここまできて見捨てないでぇー!」
 
 リグの渾身の話逸らしは失敗に終わった。
 ついに味方がいなくなって、リグに縋りつくが顔を背けられてしまったので本格的にピンチだ。
 ガラティーンも『早く差し出せ』と言う始末。
 味方がいなすぎではないか?
 
「リグに婬紋を抑え込んでもらえるんならもういらねぇだろうが! さっさと出せ!」
「ヤダヤダ! 婬紋抜きにしてもボクの宝物だもん!」
「キッッッッッショイ!! これ以上ごねるようなら出すまで放置するぞ!?」
「ヒィッ……そ、それは……!」
 
 限界になれば絶対に頼りたくなる。
 そこを狙われるということか。
 正直婬紋をどうにかしても、あの快感を覚えている以上若い体は自慰をしたくなる。
 その時に『シドのフル勃起ディルド』がないのは死活問題。
 かと言って「じゃあ抱いてよ!」と、リョウやレイオンのいる前で叫ぶのは最後の理性が「それだけは!」と懇願しているので無理。
 
「こ、これくらい許してくれてもいいじゃん! シドがシてくれないから、これでボクはボクを慰めてるんだぞ!」
「本人の許可がないところでヤってんのが問題つってんだよ!」
「じゃあ許してよ!」
「断る! お前がアレを今も持っていると考えただけで鳥肌止まらん!」
「ひ、ひどい!」
「出せ!」
「イヤだ!」
 
 硬直状態。
 だが、シドの青筋が見たこともない量で浮かんでいる。ヤバい。
 
「……リグ、コイツの婬紋にはしばらく触るな。思い知らせてやる」
「あ、あばば……」
「ノインくん、今日の発情終わったの?」
「……ま、まだ」
「ええ……」
 
 ついにシドが、キレた。
 なんとか守り抜いたけれど、今日を無事に乗り越えられる気がしない。
 リョウが心配そうに覗き込むが、本日の発情はまだ来ていない。
 おそらく夜だろう。
 発情はランダムで、朝早い時もあれば夜遅い時もある。
 真昼間、訓練中に突然……ということもあった。
 さすがに体が恐怖で震える。
 
「どうしよう、リグさん……取られちゃう……」
「また作ればいいと思う。形状は記憶しているから」
「本当!? また作ってくれる!?」
「シドに怒られたから、シドの許可が出たら何個でもいいぞ」
「うわああああああぁん!」
「いったいシドの許可がいる媒体ってどんなモンなんだ?」
 
 なんとなく予想はしていても、そこがよくわからないレイオンが腕を組んで首を傾げる。
 師匠の様子に涙が引っ込む。
 
「それは……あのーーー……」
「シドのモノを模している」
「リグさん!」
 
 しれっと言っちゃった。
 思い切り言わないで、って言ったのにぃ! と叫ぶがもう遅い。
 これで完全に察したレイオンが、虚無の表情になったあと眉間を親指で揉みほぐし始めた。
 フィリックスも目線が天井に向かって泳いでいる。
 
「シドの……?」
「なんでもないなんでもないの! リョウちゃんだけは、お願いこれ以上は突っ込まないで!?」
「う、うん、わかった……?」
 
 男性陣が全員完全に察したところで、リョウにだけは、と懇願するノイン。
 師匠からの視線が特に冷たい。
 
「それは……シドの許しが絶対に必要なやつだな」
「ですよね」
「うえええぇん……!」



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