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トラウマ(1)
しおりを挟む「猿、訓練つけてやるから表に来い」
「あ、ハイ……」
「ず、ずるいーーーー!」
翌朝、リグの部屋にシドがノインを放り込んでフィリックスを連れて出ていった。
ベルトで両手両足を縛り上げられ、ガラティーンが『お前が悪いぞ、ノイン……』と呆れた声で言っているのを見るに部屋に侵入したのだろうか。
容赦なく閉められる扉。
キィルーを肩に乗せ、ノインの糾弾するような声を背に「すまん」と心の中で謝るフィリックス。
訓練場に行くと、早速シドが【無銘の魔双剣】を引き抜いた。
「全力で来い。多少はマシになってるだろう?」
「ッ……ご期待に添えるよう頑張るよ! 我、フィリックス・ジードの盟友よ、わが盾となり拳となり、助けとなれ! 来い! キィルー!」
『ウギィー!』
憑依召喚魔法。
相棒――専属召喚魔とのみ使える召喚魔法。
三メートルはあるキィルーの腕が宙に浮くように、フィリックスの肩から生える。
シドに今まで指導されたのは、足腰への身体強化魔法の強化。
腕を始め、上半身の身体強化はキィルーに任せ、踏み込みを特に訓練した。
リグに魔力を供給――もちろん性的なことでたっぷり満足いくまで、中に出して――して、魔力量を成長させて、現在のフィリックスの総魔力量は通常の召喚魔法師よりもかなり多い70。
それでもシドには程遠い。
リグの言う通り「50を越えると伸びが悪くなる……というか、魔力回復に時間がかかるようになる」ので、最近は魔力を完全回復できていない。
なお、魔力量100を越えると魔力の回復速度が速くなるらしいので、今のフィリックスはそれを目指しているところ。
ただ、それは本当にとんでもない努力が必要。
リグに魔力供給しているからこそ、伸びてはいるけれど100ともなると体に負担が増える。
人の体の魔力量限界値というものがあるからだ。
上限値がないのは、[異界の愛し子]ぐらいなもの。
シドでさえ「110くらいで多分止まる」と言っている。
だから【無銘の魔双剣】のような無限の魔力を生成できる魔剣は、シドの強さの上限を跳ね上げるもの。
――故に、最強。
「うおおお!」
踏み込むと、以前よりもスピードと飛距離が出る。
一瞬で距離を詰め、間合いに入り込めるようになった。
だが相手は世界最強。
双剣が目にも止まらぬ速さで振り下ろされる。
キィルーの腕の表皮強化を――最大に。
鎧のように膨れ上がった皮膚が、剣を受け止める。
訓練場の周りに本部に帰城している騎士が増えていく。
元々シド・エルセイドか、ノイン・キルトという剣聖が手合わせしていれば、その見学に野次馬は城にいる騎士全員というくらいに集まる。
フィリックスもまた、自由召喚騎士の中ではトップの実力。
おそらく、世界的に見ても五本指には入る実力者になっている。
本人はまだ、その自覚がないけれど。
「ハッ! だいぶまともに踏み込みができるようになったんじゃねぇ、の!」
「そりゃ、ありがとう、よ!」
力任せで拳を振り下ろす。
が、綺麗に魔剣で角度を逸らされて地面に拳が埋まる。
反対の剣が飛んでくるのを、身体強化した右足で蹴り上げる……が、触れた瞬間凄まじい痺れ。
「ぅ!」
「ばぁか、【無銘の魔双剣】は触れただけで麻痺効果あり――召喚魔法無効化効果ありだ」
「ぐあっ!」
だが一瞬だったおかげか、キィルーとの憑依は外れなかった。
外れなかったが、憑依時間が激削りしたのがわかる。
その上、腹に重い蹴りが入り、全身が宙に浮く。
「ぐううう!」
吹っ飛んで、壁に背中を強打する。
キィルーが受け身を取ってくれていなければ、もっとダメージが大きかった。
すぐに次の攻撃が来ると体が理解していて、落ちながら体勢を整える。
腕を前に出してガードの構えをしていたおかげで、シドの魔双剣を完全に防いだ――つもりだった。
「お前に魔双剣は早かったな?」
「くっ……! ぁあああああ!」
『うぎぃーーーー!』
全身に雷の痛み。
触れるだけで感電してくる、正しく凶器の魔剣。
しかも召喚魔法を無効化する効果付き。
「ぐっ……ぞぅ……」
「ウ、ウキィー」
憑依が剥がれて、倒れたフィリックスの上にキィルーが落ちる。
一人と一匹がビリビリ痺れに苛まれていると、周囲の野次馬が「あ、あれが魔双剣か」「ヤバすぎないか?」「反則では?」「アレ勝てるやついる?」「剣聖キルトでも勝てないのでは?」という声が聞こえてきた。
(無理だろ……召喚魔法師殺しじゃんマジで……ちくしょおおお……!)
本当に、勝てるやついるの? という感じだ。
剣を鞘に納めたシドに担がれて、ベンチに放り投げられる。
痺れが回復するまで休ませてくれるらしい。
「痺れ取れたら普通の鉄剣召喚してそれで訓練つけてやるわ。鉄剣の俺なら勝てると思うなよ」
「う、うぎぎ……」
「キイイィ……!」
どか、と隣のベンチに座って、なにか本を収納宝具から取り出すシド。
それを読み始めると、チラホラ空いた訓練場に野次馬の騎士たちが入ってきて訓練を始めた。
それを眺めながら、動かない体に暇を持て余したフィリックスはふと、シドを目線で見上げる。
「あの、さぁ……ノインのやつどうしたんだ、あれ」
「反動のように思春期がいきなり来て、一気に頭ピンク色のお花畑に支配されたっぽいな」
「な、なるほど……?」
わかるような、わからないような。
「今日の発情もシドがなんとかするんだろう?」
「朝来て終わらせた」
「あ、そ……それで、アレかぁ」
でも両手両足を拘束していたあの意味は……?
聞くのが怖くて聞けない。
「な、なんかその……シドと……シ、シたいって、ずっと言ってたけど……」
「ガキは無理」
シンプルな一言。
まあ、確かに子ども――未成年はちょっとなぁ、とフィリックスも思う。
そのあたりは大人としての“節度”だ。
「……昔」
「ん……?」
「いや、昔から……ダロアログのクソ野郎はわざと俺に見えるところでリグを犯してた」
「っ――!」
「一度アレを連れて逃げようとして、あの頃は俺もガキでボコボコにされて地面に転がされたことがある。あのクズ野郎は俺の見える窓にリグを繋いで、胸にピアス開けやがったことがある」
「…………」
は、と声がうまく出なかった。
本から目を離さず、ページを捲る音。
胸にピアス。
胸に開けるピアスといえば、乳首に着けるものだろうか。
恐る恐る「ち、乳首に開けるやつ?」と聞くと「そお」と肯定されてちょっと吐き気がした。
「あの時の悲鳴が今も耳に残ってる」
「……それ、は……」
無理もなかろう。
フィリックスも魔力操作補助の耳ピアスを開けている。
耳に補助系の魔石道具としてピアスを開けるのは、一般的。
シドも耳ピアスは開いているし、ミルアやスフレも開けて補助魔石道具を装飾品として身につけている。
けれど乳首の、いわゆるニップルピアスはかなり上級者向けだ。
補助系魔石道具のピアスを好んでつける召喚魔法師は、もちろん少ないわけではない。
それでも胴体や顔はかなり勇気がいる。
増やすことを検討しても、耳たぶに三つ、耳の軟骨に、という感じだ。
胴なら臍が多いだろうが、やはり乳首につけるのはかなり悩む者が多いだろう。
まして、ダロアログがリグにそんなことをしたのは子どもの頃というではないか。
シドがまだダロアログに勝てない頃の、幼い頃にそんなものを開けるなんて。
「ぶっちゃけ、指挿れて魔力供給すんのも、いつも吐きそうなんだよなぁ」
「え……」
「あのクズクソ野郎と、同じことしてるみてぇでマジで気持ち悪い。代われるものなら代わってもらいてぇけど――お前無理だよなぁ?」
「……そ、れは……」
シドがこんなことを言うなんて、と少し痺れの取れた頭をシドの方に向けると、顔色が悪い。
少し無理した笑みが見えて、喉が詰まる。
(でも……それはそうだよな……)
リグだけが傷を負っているわけではない。
弟を陵辱され続けたのを目の前で見せられたら、トラウマになるに決まっている。
シドが強いから、シドに弱点はないと思っていたけれど――心になんの傷も持っていないわけがない。
むしろ、傷ついていたからこそ、強く、誰よりも、世界の誰も勝てないほどに強くなったのだろう。
(あ……)
以前、ユオグレイブの町でシドがノインに言っていた「ガキはガキらしく守られることも覚えろ。でないと本当の意味で守る側にはなれない」という言葉の重みがここに来てズッシリとくる。
守られることがなかった二人。
シドはその痛みを糧に守るのではなく、救う者になったんだろう。
だが、騎士とは守る者だ。
シドは、騎士になりたかったんだろうなと、この時理解した。
ノインの姿は生まれながらの騎士。
シドが理想の騎士の姿。
だから余計に、ノインに“大人の男”として求められるのが――しんどいのだろう。
(それは……キツイ)
大事な弟を陵辱する“大人の男”。
年齢と体格が似ているレイオンが近くに来ると、リグは未だに一瞬ビクッと怯えて固まる。
それはもう仕方なのないこと。
一生消えない傷だ。
でもそれは、リグだけじゃなくシドにもちゃんと刻まれていた。
「ん、ぐぅうう……ふ、ふう……」
体の痺れも、最低限動かせるくらいに取れたのでベンチに座り直す。
シドは先程のように涼しい顔で本を読んでいた。
ノインの「シドとえっちしたい」というのは、シドにとってトラウマをど真ん中で抉るもの。
「それ、ノインにもちゃんと話してやった方がいいと思う……」
「思い出すのもしんどい」
「それは……そうだと思う、けど……」
「あと俺あんまセックス興味ねぇんだよなぁ。興味なさすぎて勃たねぇし」
「エ」
まだ痺れているのに思い切り顔をシドの方に向けてしまった。
マジか! と。
「セックスとか気持ち悪ぃ」
「……あ……」
ダロアログが弟を犯すのを見せつけられて、生きてきた。
それではセックスにいい感情などあるわけがない。
むしろ嫌悪の対象でしかないだろう。
(……そ、そうだよなぁ)
ノインが子どもだから、というのももちろん大きな理由だろうけれど、シド自身の性行為に対する考え方も仕方のないもの。
だからシドもフィリックスに自分の話を込みで、ノインへの魔力供給について打診してきたのだ。
では、フィリックスがノインに魔力供給をするのか。
やり方は尻から唾液で濡らした指を挿れ、直接流し込む。
「……ちょっとおれも、精神的に……キツイなぁ」
「だよなぁ」
リグに操立てているし、未成年のもっと小さな頃から知っている子にそういうことをするのは……考えただけで吐き気を催すほどキツイ。
それを考えたら、レイオンの顔も一緒に浮かんでくるので本当にしんどい。
「リグなら淡々とやりそうだが……」
「リグにさせるのも、なんか……」
「……だよな」
「う、うん」
未成年の頃からダロアログに犯されてきたリグに、それをやらせるというのは二人の精神衛生面で非常にアレなものがある。
絶対にしてほしくない。
「まあ、ヤるヤらねぇの話はガキにもさっきの話をして諦めさせるとしても……回数はなんとか減らせないものか……せめて月一……いや、週一でも……」
「リグは無理って言ってたしなぁ」
「淫紋の特質上仕方ないのもわかるんだが、こっちの心が先に折れそうなんだよなァ……」
「リグにもう一度話してみるよ……」
きっとそれを込みで、フィリックスに話したのだろう。
弟に自分のトラウマの話をするのは、プライド的にも兄として弟を思いやる心的にも相当心に負担になる。
フィリックスから、それとなくさっくりと「シドにとっては大人が子どもを犯すのはトラウマ」という部分だけ伝えれば、優秀なリグには十分伝わるはず。
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