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魔性

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「シドの意地悪いじわるイジワルー!」
「悪かったって。そんな限界とかわかんねーよ」
「っていうか、また指だけでイカされて、なんか! なんか! 変にスッキリしてない! お尻がまだ変な感じに疼いてる! シドのせいだぁぁあぁ!」
「めんどくせ……」
 
 気がつくと、体の発情は治っていた。
 治っているはずなのに、尻の奥や弱いところが疼いて仕方がない。
 ほしかったモノが与えられずに、焦らされたままのようなモヤモヤとした感覚が体に残っている。
 枕でテーブルに向き合うシドを殴るが、相変わらずこちらを見ることもない。
 
「ねぇー! ボクおちんちん挿れてって言ったよねえ!? なんで挿れてくれなかったの!?」
「俺はガキには勃たねぇんだよ」
「なんでぇー! こんなの続けられたらお尻切なくて眠れなくなるんだけど!?」
「マジで知らねーよ。つーかお前、無理やり犯されるのは嫌だったんじゃねぇの?」
「嫌だけど――でも、お腹とお尻がずっと切ないのもつらいし……」
 
 残念ながら俺にはその感覚わからんし、と言い放たれる。
 発情が治っているはずなのに、釈然としない。
 これはおそらく、体が満足していないからだ。
 
(さっきのも……気絶するほど気持ちよかった、けど……だけどっ!)
 
 股を擦り合わせて、枕を抱き締める。
 まだ寝台に横たわってもいないだろう枕は洗剤の匂いしかしない。
 ノインがほしいのは、あの弱いところを強く何度も執拗に擦り上げられて達する快感だ。
 弱点も奥も放置されたままイカされるのは、乳首や性器だけで達する感覚に近い。
 つまり、物足りないのだ。
 
「ちゃんとイきたい……」
「イッてたじゃん」
「イッてたけれども! おっ……おちんちんでお尻の中ぐちゃぐちゃにされてイきたいの!」
「ウワァ……」
 
 お前なに言ってんの、と言わんばかりの冷たい目で振り返られる。
 その冷たい眼差しにじんわりとお尻が熱くなった。
 なんだ、この感覚は。
 
「ボクだってこんなこと言いたくないけど……っ、でも! シドが変に焦らすから……!」
「……完全に思春期に突入しやがったな……」
「ししゅんき……?」
「ガキが通過する色ボケ期だ」
「い、色ボケ……」
 
 なんて酷い言い方だ。
 そう思ったが、その言い方だとまるで子どもは誰でもそうなるかのように聞こえる。
 
「みんななるの?」
「……ああ、まあ、大人の階段の一つだな。お前くらいのガキになると、自我と自立で保護者に反発・反抗的になる反抗期と性への目覚め、繁殖可能になった体の繁殖本能に苛まれる思春期っていうがほとんど同時に来る。性に関しては正しい知識を身につけないと、自分も他人も傷つけることになりかねない。本部に帰ってから調べてみるといい。わからないことがあれば俺かリグに聞けば教える」
「……そうなんだ……」
 
 みんながなるものなのか、と少し安堵感を覚えた。
 しかしその安心感をシドがしれっと「けどお前の場合淫紋で一日一度の発情があるから、普通の思春期とはちょっと違うぞ」と言う。
 異性愛者なら異性に興味を示し、同性愛者は同性に恋愛感情を覚え始める。
 どちらにしても性交、妊娠などを自分から知ろうとするのだそうだ。
 
「昨日言ってたやつ……?」
「まあ、そうだな」
 
 昨日、ノインの体に起きたことを含めて色々性的なことも教わった。
 男子と女子の体の違いから、精通と初潮について。
 性交から妊娠がどのようにして成立するのか。
 妊娠した母胎の胎の中ではどのようなことが起こるのか。
 陣痛から出産まで。
 出産から床上げまで。
 男女の避妊の仕方について。
 そして男同士の性交の仕方と、男が尻でどのように快感を得るのか。
 男同士での妊娠の仕方は特殊で、召喚魔法師の中でもかなり高位な者により産む側の男の腹に第二異次元エクテカという擬似子宮を生成してそこに尻から魔力を注ぐよう性交を繰り返し、一定の魔力が溜まると第二異次元エクテカ内で胎児が製造される。
 さらに魔力を注ぎ続けて成長を促し、胎児が順調に大きくなれば輪廻転生オドボスの輪の中から転生魂ポゥアが入ってくるそうだ。
 魂が入れば胎児は完全に“生き物”として成立する。
 安全に誕生ができるようになるまで魔力を注ぎ、だいたい3500gから4000gほどに成長したら第二異次元エクテカから大事を取り出す。
 いわゆる出産だ。
 
(魔力を注ぐっていうのが、性交……えっちすること……なんだよね)
 
 男女の妊娠とは違い、男同士の第二異次元エクテカでの妊娠は多くの性交と大量の魔力が必要。
 召喚魔法師の平均魔力量が40と言われており、男同士の第二異次元エクテカでの妊娠期間は一日に一度、一人との性交を行ったとしても女性の妊娠日数と変わらない。
 早い出産を行うために、何人もの召喚魔法師が母胎となる男を一日に何回も犯すこともある。
 女性の妊娠と違い、そういう無理が利くのが第二異次元エクテカ妊娠の利点だが、母体への負担はどうしても大きくなってしまう。
 
「ロラ・エルセイドがいたあの施設は、主にロラ自身の胚を用いた俺たちのような“量産”の他に健康な歳若い孤児の男児を使用した第二異次元エクテカ妊娠による人外児製造が研究されていたみたいだな。まあ、案の定胸糞悪い研究内容だ」
「人外児製造ってなに?」
「人間ベースに召喚魔や魔獣の遺伝子と魔力を注ぎ、新種の生き物を生み出せないか……っていう、クソみたいな研究。お前が閉じ込められた部屋はまだ小さい部屋で、淫紋を刻み第二異次元エクテカへの道……肛門から直腸、結腸の“ならし”を行う部屋。“ならし”が終わると広い『交尾部屋』に移動させられ、投薬で興奮させられた大型の魔獣に何十日と犯されて魔獣の子どもを出産させられる――っていうのを繰り返していたらしい」
「…………」
 
 血の気が引いた。
 ロラ・エルセイドの言葉がいかに残酷か、思い知る。
 自分も、もしかしたら――そう思うと吐きそうだ。
 
「でも……なんでそんな……魔獣の子どもとか……」
「魔獣の子を産ませていたのは、手軽な生物兵器への転用を見据えての研究のようだ。人工獣人といえばいいのか……魔石を持つ巨人を造ろうとしていたみたいだな。魔石が体内にある人間は魔獣のように巨大化するのではないか。その巨大な人間を洗脳し、貴族をたくさん殺せば褒めてやる。扱いやすいよう、脳の一部の機能を削り、進化させたり……読むのもしんどくなってきたな」
「休んだら?」
「そうだな」
 
 読んでいた手帳の束を放り投げて、深く溜息を吐くシド。
 聞いているだけで胸が重くなる話だ。
『聖者の粛清』が犯罪組織なのは周知の事実とはいえ、もはや倫理観にも反するようなことをしていたとは。
 
「リグにも解析頼もうと思ってたけどやめるわ。胸糞悪くて見せたくねぇや」
「うん……」
 
 ベッドに横たわるシドの顔色を見て、心なしか白い。
 眉間を揉み解すが、眉間の皺が深すぎる。
 
「膝枕してあげようか」
「いらね」
「むー……」
 
 
 
  ◆◇◆◇◆
 
 
 
 丸二日寝台列車に揺られて、そこからさらにバスを乗り継ぎ自由騎士団フリーナイツ本部シャリーオド山脈総本山へと辿り着いた。
 
(結局昨日も今日も指しか挿れてくれなかった……)
 
 と、ノインがイライラと頬を膨らませるので、リークスとガーウィルはハラハラした表情でついてくる。
 ノインをイライラさせる男は涼しい顔でスタスタと玄関ホールを先んじて歩いていく。
 ジトリと睨みつけていると、シドがふと、立ち止まる。
 なんだ、と背中から前方へ向けて顔を向けてみると、リグが三等級騎士のマクシミリオンに鉢植えの花を手渡されていた。
 近くにフィリックスはいないが、リグの肩にはキィルーが乗っているのでたまたま僅かに離れているのだろう。
 マクシミリオンはがっしりとした背の高い男。
 身長は二メートル近くあり、ダロアログのような大男。
 頬を染めてなにか話しているが、さすがに距離があって話は聞こえない。
 が――あの眼差しはフィリックスがリグを見ている時のモノそのものだ。
 つまり、愛の告白でもしているのだろうか。
 自由騎士団フリーナイツも男所帯。
 女騎士もいないわけではないが、すでに全員パートナーがいる。
 男色家になる者はあとを絶たず、ノインも男同士で恋仲になった、という話は一応聞いたことがあった。
 なお、自分がその対象として見られている自覚はなく、剣聖の弟子ですでに剣聖となっているノインは高嶺の花すぎて“敬愛”と“尊敬”がほとんど。
 性的に見るなど畏れ多い――というわけで告白などされたこともなければ迫られたこともない。
 だからああいう場面に知り合いがいると、不思議な感じがしてしまう。
 
「リグさんがフィリックスさんと付き合ってるの知らないのかな?」
 
 首を傾げる。
 あれだけ毎日人のいるところでイチャイチャしているのだから、知らないのは最近帰城してきた騎士くらいだと思うのだけれど。
 そんなマクシミリオンに対して、リグが見上げて僅かに微笑む。
 フィリックスと恋仲になってから、感情が表情に現れやすくなったからだろう。
 その笑顔にマクシミリオンの耳や首まで赤くなった。
 対してキィルーの絶対零度の眼差し。
 相棒の恋人に色目を使われれば、あんな顔にもなるだろう。
 そして、ノインの隣の男からも薄寒い気配が漏れる。
 ギョッとして見上げると、わかりやすく機嫌の悪い鋭い眼差し。
 
「え、あ、シ、シド?」
 
 ノインが名前を呼んだ男は、リグの兄。
 フィリックスは、シドにちゃんと了承を得てからリグに告白をして恋人になった。
 だが見た限りマクシミリオンはフィリックス不在を狙って、ちょっかいを出しているように見える。
 それが気に入らないのだろうか?
 シドの威圧感が増す。
 遠く離れた場所にいるリグとマクシミリオンにも感じられるほどの、強い視線。
 さすがに三等級の騎士であるマクシミリオンはすぐに気づいて、ノインとシドの姿を見つけると慌てて頭を下げる。
 リグに対しても一言言って、場内へ帰って行ってしまった。
 あれではナンパしていたと言っているようなものだ。
 だが、リグも遅まきながらシドに気がつく。
 鉢を抱えたまま、普段より少し高い声で「シド」と兄の方に歩み寄ってくる。
 
「お帰り。怪我は」
「ない」
 
 と、言ってシドも歩み寄るとリグの手から鉢を奪い取った。
 さりげなくシドが「なんだこれ」と聞くと「図書室の窓辺に緑を置くといいのではないか、と提案されて、貰った」とのこと。
 言ってることは納得がいくのだが、あのマクシミリオンの表情を見たあとだと「上手く考えたな」と思ってしまう。
 
「猿騎士は?」
「ミルア・コルクが恋人を作ったそうなのだが、振られて、追いかけて、それを見かけて恋人を助けに行った」
「……はあ?」
 
 なんだそりゃ、と困惑のシド。
 ノインはミルアともそれなりの付き合いなので、「女日照りで告られて付き合い始めたはいいけどミルアさんの面倒くささに根を上げた相手にミルアさんがキレたんだな」と察した。
 そして、そんな相手を助けに走ったのだろう、フィリックスは。
 稀によくあることだ。
 今のところ、ミルアに彼氏ができると終わりはだいたいそうなる。
 
「――ガキの頃に一度ダロアログに、なんで俺じゃなくてお前を閉じ込めているのか聞いたことがある」
「え? あ、うん……? 僕の方がおとなしいからとか言っていた、からだろう?」
「それもある」
 
 突然なんの話、とノインたちも首を傾げた。
 なぜシドではなく、リグを閉じ込めて陵辱していたのか。
 確かに同じ顔、同じ歳のシドではなく、なぜリグの方だったのかは兄として疑問だろう。
 
「他にも理由があったのか?」
「お前は“魔性”なんだとさ」
「魔性? 僕が?」
「そう。自覚がない、魔性。けれどもし、自覚をしたらそれはもう、傾国の怪物になるだろう――とか言ってた」
「傾国……?」
 
 心底理解できないと言わんばかりにリグが首を傾げる。
 ノインは「けいこく……? 渓谷?」と脳内変換が失敗していた。
 
「俺は気味が悪い“正しい怪物”になるが、お前は無自覚に人を誑し込んで破滅させる。王を甘い毒で蕩け溶かして、城を血に染めるような“怪物”に」
「え、ええと……」
「自覚する必要はない。自覚すればそれこそ能力とは別種の怪物になる。……ただ、勝手に魅了されるような未熟者は根性叩き直す必要がある――よなぁ?」
 
 困った表情のリグと、鉢植えを手にしたまま笑顔を浮かべたシドに顔を青くするノインとリークスとガーウィル。
 ノインたちの方はシドの言ってることがなんとなくわかるので、それはそうだけれども、と言いたげ。
 
「お前ここで猿騎士待ってるんだろう。あとで頼むことあるから部屋で待ってろ」
「え? あ、ああ、わかった……?」
「報告行くぞクソガキ」
「クソは余計なんだけど。もー……」


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