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代わりに、胸に

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 はぁ、と溜息を吐いて、一度目を閉じて顔を手で覆って上から下に動かして、目元だけ出してシドが顔から手を離す。
 そんなシドを見て、ノインが頰に手を伸ばすが掴まれてベッドに戻される。
 
「アレは俺が殺す。だが、まずはお前をリグのところまで送る」
「ボ、ボク……足手纏い……」
「どっちみち資料の解析のためや解体ロボをリグに召喚してもらうために、一度戻るつもりだったから気にする必要はない。ただ、お前が思っている以上にお前の状況は危険な状態だ。一応『一日に一度だけ発情する』ってことは覚えておくといい。俺が淫紋の条件を緩和してできたのはこれが限界だった」
「い、一日一度発情……」
「一日一度の発情は、腹の中に魔力を最低でも約50ほど注がれないと治らない。普通の召喚魔法師でも平均は40前後。自由騎士団フリーナイツ内の騎士の平均は10前後。召喚魔法師なら二人、騎士なら五~六人分」
「い……いや!!」
 
 ブンブンと顔を青くして首を左右に振る。
 しかも騎士の魔力は基本的に身体強化魔法にしか回さないので、10を下回る者の方が多いぐらいだ。
 一日にそんな数の騎士と性行為をしなければいけないなんて、正気に戻っている状況では拒否感の方が強い。
 
「ちなみに猿騎士の魔力量は最近リグにくれてやっていて70ほどまで成長している」
「フィリックスさんはリグさんと恋人じゃん! 無理!」
「じゃあもう俺とリグしかいねぇよ」
「え!? あ、うっ……あっ……」
 
 リグは――リグはフィリックスの。
 そうなると、もうシドしか――。
 
「あ……だ、だから、さっき……」
「まあ。そう。医療行為だと思えば……まあ。それに、別にモノを突っ込まずとも唾液を媒体に魔力を送り込めばいいみたいだし」
「そ、そう、なんだ」
 
 もじ、と足をピッタリくっつけてモジ……と動くノイン。
 思うところがあるらしいが、安全に一日一度の発情を乗り越えるのに一番安全なのはシドに頼むこと。
 しかし、薄暗い室内でもシドの顔色があまりよくないのがわかる。
 
「あ……あのさ……ボクどのくらい寝てた?」
「三日」
「……ほっ……本当にごめんなさい」
「もういい。高い勉強代を今後支払うのはお前だしな」
「うう……」
 
 そんなに寝ていたのか、といよいよ申し訳なさそうにするノインは、しかしそれでも意を決したようにシドを見上げてくる。
 
「あ、あのさ、それでさ」
「なに」
「発情とか、性行為ってなに? 魔力を注ぐとか、あの、お、お尻におちんちんとか指入れるのとか、関係あるの?」
「…………。……………………。うん、そんな気はしてた」
 
 深々と、今までで一番深い溜息を吐き出してから、シドはそれはもう丁寧に、男女の体の違いから妊娠までの過程、第二異次元エクテカで妊娠した場合、出産に至った場合のことを二時間かけて解説、説明を受けた。
 本当に授業のように専門的な用語も交えつつ、ノインにわかるように噛み砕いて。
 一通り説明を終わった頃、風磨フウマが部屋に入ってくる。
 
「収納宝具を回収して参りました――ノイン殿、目を覚ましましたか。体調は大丈夫ですか?」
「あ、う、うん! ありがとう……! 今は……大丈夫……」
「さようですか。二階の騎士お二人はいかがしますか?」
「そうだな……まあ、今日の分の発情は終わったし、もう自分の身は自分で守れるだろうけれど……」
 
 シドがチラリとノインを見る。
 ノインも「うん、大丈夫、だけど……」と風磨フウマとシドを交互に見た。
 状況がよくわからないのだろう。
 三日眠っていた、その間のことはまだ説明していない。
 仕方なく、シドが二階を捜索していたリークスとガーウィルの二人がノインに会わせろとしつこく言ってくると説明した。
 施設内にはまだロラ・エルセイドがいる。
 男であっても、剣聖であっても、こんな目に遭う。
 迂闊に動かないように言い含めた三日だが、二人は限界のよう。
 それを聞いてげっそりとするノイン。
 
「発情中は魔力を取り込むことを第一に考えるようになっている。から、あの二人をお前に近づけないようにしていた」
「そ、そうだったんだ」
「とりあえず今日はもう大丈夫だが、明日またさっきのようなことになった時は俺のところに来るといい。あの二人とヤっても多分足りないだろう」
「ッ……」
 
 ノインの体がビクッと体が震える。
 風磨フウマもシドも俯いて顔を青くするノインを見て、顔を見合わせた。
 
「なにはともあれ、一度無事なお姿を見せる必要があるかと。少なくとも今日はもう大丈夫なのでしょう?」
「そうだな。俺は信用がねぇし」
「う……うん。わかった。今日は……大丈夫、だもんね」
 
 震える体と青い顔で笑顔を作る。
 それをジッと見下ろすシドに、ノインが唇を震わせた。
 ゆっくり隣から立ちあがろうとしたが、ノインがギョッとしてシドの腕を掴む。
 
「違う!」
「なにが」
「シ、シドは怖くないよ!」
 
 目を細める。
 ふう、と溜息を吐いてから、また隣に座った。
 ゆっくり、手を伸ばして頬に人差し指で触れる。
 ノインは怯える様子はない。
 涙を浮かべた青い眼で、ジッと見上げてくる。
 
「俺は、親の罪は背負わない」
「え」
「俺の注告を聞かなかったお前が悪い」
「……、……う、ん」
「でも、お前をしたあの女が一番悪い」
「っ……」
「助けるのが遅くなったのも淫紋を除去してやれないのも俺の力不足。明日からいつ発情がきて、男の精液欲しさに理性を飛ばすのかわからない恐怖をガキのお前が感じるのも、どうにもしてやれない」
「……うん。ボクが……馬鹿だった」
 
 けれど、という言葉を飲み込んだのが見える。
 指だけでなく、手のひらに頬を添えると目を閉じたノインが子犬のように擦り寄ってきた。
 
「怖かっただろう」
「……!? ……こ、怖……っ……う……っ……う、うん……うん、こわかっ……た」
「痛かったし、苦しかっただろう」
「……!!」
 
 そう聞くと、ぶわりと涙を溢れさせた。
 肩を震わせて、両手で涙を拭い始める。
 こくこく、と頷くノインに目を閉じて思い出す。
 格子の埋まった窓は踵立ちしても届かなくて、中を覗くとベットの上で弟がぐったりと倒れて動かない。
 何度殺されてしまうのだろうと、不安に思ったことか。
 怖いだろう、痛いだろう、苦しいだろう。
 自分が代わってやれれば――なんて思うことはなく、ただただダロアログを憎んだ。
 悪いのは加害する方。
 それはどんな屁理屈を並べても絶対的な真理。
 シドも善人ではないので、傷つけるなり殺すなりした責任を問われれば真正面から受けて立つ。
 けれど、それでも。
 
(一度でいいから――)
 
 格子の中に手を伸ばして、弟の体を抱き締めて、頭をたくさん撫でてやりたかった。
 兄として。
 今はもう、その役目は十五年前から弟に片恋していた騎士が務めているので自分はお払い箱だけれど。
 背中に手を回して、抱き寄せる。
 ずっと弟にこうしてやりたかった。
 一瞬、ノインの体はこわばったように感じたけれど、すぐに胸にしがみついて声を出して泣き始める。
 頭と背中を撫で「大丈夫だ」と宥めた。
 なにも大丈夫なことなんてない。
 明日からも一日一度の発情で、望まぬ行為を強要させられる。
 年端も行かない“子ども”が。
 消去法とはいえ、医療行為とはいえ――“大人の男”に。
 吐き気がするほど嫌いなシチュエーションだ。
 
「体が勝手に暴かれて、どうすることもできなくて、お前の心がどんなにつらかったのか俺には全部わかってやれないけれど、もし、夢でも体を無理矢理暴かれるようなら俺のことを思い出せ。夢の中くらいなら助けてやる」
「……っ! ……う、うっ、うう……うううっ」
 
 コクン、と胸元で頷くノイン。
 きっと、リグも幸せな日々の中で今後思い出すこともあるだろう。
 けれどダロアログとの日々を悪夢に見ても、怯えたリグを抱き締めるのはシドではなくあの騎士だ。
 とろとろに甘やかして、優しく囁いて、震えが止まるまでずっと抱き締め続けることだろう。
 だから今は――シドがノインを抱き締める。
 怯えて震える子どもを、大人が抱き締めるのは当然だろう。
 
「……ぐず……ぐす……」
「少し落ち着いたか?」
「……ん、うん……あ、ありがとう……」
「リグに相談して、事態がよくなるまでは俺が魔力を注ぐ。ひとまず一人きりになるな」
「うん……ありがとう……」
 
 一度体を離すけれど、またすぐにぽすん、とシドの胸に飛び込んできた。
 泣き止んだノインは額を胸に擦りつけて、ようやく安堵に満ちた様子で微笑んだ。
 
「ノイン殿、落ち着いたようでしたら――」
風磨フウマ、とりあえず水を。顔から出るもん全部出したから」
「あ、ハイ。すぐに」



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