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地獄の果実(3)
しおりを挟む「主人」
「…………」
「主人、二階の騎士たちが頑なに騎士ノインに会わせろと。でなくば町には戻らぬと」
「……はぁ」
目を閉じて、考えていた。
自分の人生はこうして弟のためだけに存在していた。
ようやく弟と暮らしていけると思ったのに、その途端に猿の騎士に掻っ攫われて。
しかし、デレデレとリグに鼻の下を伸ばすフィリックスに、なにも思わないわけではない。
リグの様子もだいぶ固さがなくなっている気がする。
だから、この施設にリグを連れてくるのは嫌だった。
リグに解体用の機械人形を召喚してもらい、それで終わりになったのだが、ノインの淫紋はリグに色々と思うところを作るだろう。
今だにスヤスヤ眠るノインは不安定だ。
この状況のノインに男を会わせるのは危険度が高すぎる。
自分が側にいれば、万が一もないけれど。
「……勝手に探しにこられても困るしな……」
「抑えるのも限界かと。いかがしますか?」
「最低限こいつのフォローをしておきたい。資料集めの仕事は終わってるのか?」
「ほぼ、終わっておりますね」
「じゃあ、それコレに入れとけ」
「かしこまりました。しかし、すぐに終わりそうですね」
「今は時間を稼いでくれ」
「……そうですね」
風磨はシドの意図をちゃんと理解してくれている。
だから、シドが渡した収納宝具を預かり、含みのある返事をして部屋を出ていく。
シドがノインの方に顔を向ける。
まるで風磨が部屋を出ていくのを待っていたかのようなタイミングで、ノインが呻き声を上げた。
「あ……う」
「水を飲むか?」
「ん……ぁ」
声にならないらしいノインの上半身を支え起こし、水を飲ませてやる。
ふあ、とすべて飲み干してからぼんやりと視度を見上げてきた。
「精子……精液……飲ませて」
「…………。あー……」
『ノ、ノイン!?』
ガラティーンが叫ぶ。
すると、ノインの瞳に光が宿る。
「え? あ? ボ、ク、なに、言って……?」
「淫紋の効果だ。常時発動状態を、一日に一度だけに限定した。淫紋自体を取り外さないと、発情を消すことはできない」
「淫紋……って、な、なに?」
「腹を見てみろ」
シドに言われて、ノインは自分の服を捲る。
腹には複雑な形の紋様が刻まれていた。
それが淫紋。
「【神霊国ミスティオード】の一部悪魔が用いる魔術で、リグでも外せるかどうかわからない。第二異次元に繋がっていて、おそらく子を産まなければ第二異次元も淫紋も消すことはできない」
「エ、ちょ、待って待って! 全然事態が飲み込めないんだけど!?」
「まあ、次に目が覚めた時には発情状態になると思っていたから、その時に説明をするつもりではあったが……」
と言ってシドが顔を背ける。
ノインが恐る恐る下半身を見ると、性器がバキバキにボッキしていた。
顔から血の気が引くノイン。
その上、息が上がって全身が震え始めた。
「先に熱を発散させてから説明した方がいい、か?」
「はぁ、はぁ……うう……はぁっ、お、お尻の奥……疼く……」
「自分でできるか?」
「え、あ? わ、わかんない……」
そう言って袖を掴んでくるノインに、シドが心底困った顔をする。
こんなに困った様子のシドは、ノインも初めて見た。
けれどノインも困っている。
それが伝わってくるので、シドも深く深く溜息を吐く。
「脱がすぞ」
「ん……う、うん」
「噛んでもいい」
腕でノインの体を抱えて、がっしりと抱き締めてズボンのをずらす。
噛んでもいい、というのは肩にノインの顎を乗せたからだろう。
ノインが迷わず腕をシドの背中に回す。
シドは自分の人差し指と中指を口に含み、たっぷり唾液を絡ませてから尻穴に沿わせる。
「ん、う……」
「挿れる」
「ん、ん……」
コク、と頷いたノイン。
人差し指を先に挿れるが、難なく入っていく。
中指も一緒に挿れて、奥へ。
あまりにも柔らかくなっていて、吐き気を覚えた。
(キッチィ……)
子どもの尻に、唾液を纏わせた指を挿れるという行為に凄まじい嫌悪感。
痛みは、と聞くと「大丈夫」と震えた声で返ってきた。
「淫紋は魔力の含まれた精液を取り込み、第二異次元に送ることを目的に刻まれている。魔力は体液に流れているから、唾液を媒体にして一定量、魔力を送り込むことと性的な満足感を与えて沈静化させる。と、いうことは理解できるか?」
「あ、え? あ……な、な、にぃ?」
「……あとで改めて説明する。とりあえず、治療行為だと思え」
「ん、あ……う、わ、わかっ、た……」
ノインにそう言い聞かせるフリをしながら、自分に言い聞かせた。
ノインの中を指で解しながら、前立腺を探っていく。
「そ、そこ、奥、もっと、奥の、左の方……っ」
「……ここか?」
「あっ! あ、ああっ……そ、そこっそこっ!」
わざわざ教えてくれるので、案外あっさりと見つけられた。
そこを執拗に擦り上げるとノインの声が一気に甘く変わる。
腰が揺れ、上下に動く。
淫紋のせいもあるだろうが、ノイン自身が若すぎて体の快楽に染まりやすいのだろう。
堪らないように「気持ちいい、気持ちいい、気持ちいいぃ」と泣きじゃくる。
「魔力を送り込む。快感が増すだろうが、イきたければいくらでもイケ」
「へ、あ、あ……あ――ああっ!?」
淫紋の効果の中には精液でより強く発情する、というものがある。
この効果は削除できなかったが、初期よりも弱くすることはできた。
迫り上がってくるものを無理に飲み込み、歯を食いしばって魔力を注ぐ。
前立腺を強く擦り上げながら、魔力を流し続けるとあまりの快感にノインが啜り泣きし始める。
「あ、あーっ! う、あああっ! や、ヤダァ、やたぁ! 頭おかしくなる! 頭おかしくなるぅ! ま、またぁ! イッちゃうよぉ!」
「っ」
もう、早く終わらせてしまえ。
目を閉じて、抱える腕に力を入れすぎないように細心の注意を払いながら指の動きを早くしていく。
一際大きく体が痙攣したので、達したのだろう。
けれど、まだ発情が治らないらしく「イ、イクのとまんないぃ」と泣く。
気分の悪さで脂汗が滲む。
「あ――ああぁっ、ま、また、すぐ、イ、イッ……イッ……イク――!」
この短期間で二度も絶頂する。
娼婦でもここまで敏感ではないだろう。
本当に、厄介なと舌打ちしそうになる。
シドの腹にノインの性器が擦りつけられて、自分でも腰が止まらなくなっているのかスンスンと鼻を啜る音。
これはあと一、二回は達するだろうな、と思った途端魔力をごっそり抜き取られた。
(なんだ?)
シドの意思とは関係なく、もしも平均的な魔力量しか持たない男なら今のですべての魔力を抜かれて倒れるレベル。
魔力量でいうと50ほど。
シドの魔力量の半分は持っていかれた。
「あああああぁっ!」
そしてそれがトドメであったかのように、ノインの体が激しく痙攣して倒れ込む。
シドに回していた腕が脱力したことで剥がれ、ぐったりとした体をベッドに寝かせる。
尻穴から指を抜き、シーツをノインの体にかけてやってからトイレに直行。
便座に手を当てて、耐えていたものを全部盛大に吐き出した。
「……ゲホ、ケボ! オェ……ぐっ、クソがっ! ……は、はぁ……はぁっ」
幼少期から、弟が大人の男に陵辱の限りを尽くされてきた。
毎晩、毎晩、あの悲鳴を聴いて歯を食いしばり、ダロアログへの憎しみを募らせて生きてきたのだ。
もうとっくに性的なことへの関心はなく、大人の男が子どもに性的なことをする、ということに関しては嫌悪感しかない。
それを自分が行う。
ダロアログと、同じ。
医療行為と自分を納得させたが、自分が思っていた以上に体と心の拒絶反応が強い。
いっそノインに心酔している、リークスとガーウィルに任せてしまえばよかったのか?
(けど、あの吸われた魔力量は……)
それに一日一度の発情には100以上の魔力量がある“人間”に限定した。
あの二人の前で発情しても、魔力が足りずに発情が治らないだろう。
対してシドは一晩眠れば50程度の魔力量は回復する。
リグに任せたら一度で妊娠まで行きかねない。
結局シドが一番ちょうどいい。
吐いたものを流し、口を濯いでから部屋に戻る。
まだ吐き気が残っているが、ノインをあまり長く一人にして置けない。
案の定、ぼんやりと目を開けて天井を見ていた。
隣に座ると、「めっちゃ気持ちよかった」といらん感想をもらう。
「頭は? 少しスッキリしたか?」
「ぼんやりしてるぅ」
「正直そろそろお前の部下の騎士たちを押さえておくのが限界だから、先に説明する」
「んえ……なに?」
「お前の身になにが起きたのか。そして、お前が会った、あのカプセルに入った女は誰で、なにがしたかったのか」
まだ起き上がれないノインが、目を細めてシドを見上げる。
不安気な表情。
「あの女の人、誰なの」
「ロラ・エルセイド。ハロルド・エルセイドの正式な妻で、俺とリグの生物学的な“母親”だ」
「っ――!?」
産んだ女をそう呼ぶのは知っている。
だが、リグもシドも女の顔を見たことがない。
それでも、心底自分の人生は親に生きるのを邪魔されていると思う。
頭を抱えているシドに、ノインが上半身を起こす。
「実を言うと、俺が探していたのがあの女だ。死体だけでもと思っていた」
「あ……シドが探してた施設って……」
「どうせお前のことだから、あの毒婦を助けようとしたんだろう。ガラティーンに聞いた」
「え、あ、あの……」
余計なことを、とも思う。
ろくな親ではない、父も母も。
貴族に復讐するために、あらゆる倫理観をかなぐり捨てている。
そんな怪物のような感性の女でも、年若い騎士は助けようとして手を伸ばした。
「助けようとしてくれたことは、礼を言う。ありがとな」
「っ……」
「だが、あの女の感性はハロルドと同じで腐りきっている。自分の胚――赤ん坊の素になる物質を使って『国を統治する能力』に特化した者と[異界の愛し子]を……“作った”」
「……作った……?」
「人間は遺伝子という設計図でできている。あの女は【機雷国シドレス】の技術力を用いて、その遺伝子に手を加えた。それだけではなく、魔石や属性を付与して人工的に。まあ、簡単に言えば『自分たちに都合のいい人間を作る研究』をここでしていた。あの女は、その実行者」
ノインの喉が鳴る。
生唾を飲み込み、少し怯えたような目。
「あの女は自分の胚を全部使い果たしているはずだ。だから代わりになる“胎”を探してお前に白羽の矢を立てた。淫紋を刻み、第二異次元――いわゆる擬似子宮を植えつけ、人だろうが召喚魔だろうが、なんなら魔獣でもいいからとにかく魔力が高い生き物に魔力を含む精液を注がせ続けて、目的の『子ども』を作ろうとしている。さっき発情したのは淫紋の効果。俺が淫紋の命令系統を弄りはしたが、あのままならお前は魔力の高い生き物にところ構わず発情して、性交を繰り返すことになっていた」
「……ぇ、あ……あ……」
顔が真っ青になるノイン。
話を聞くだけで、寒気がするのだろう。
実際、スライムに犯されていた時の自分は「気持ちいい」と拒みもしなかった。
今も――。
『だ、だが、その目的の子どもというのはそなたらのことではないのか?』
自分たちの作る理想の国を統治する子ども。
国を守るための[異界の愛し子]。
シドとリグのことだ。
「あの女は俺たちが生まれたことを知らないし、生まれていたとしても興味がない」
「え? ど、どういうこと?」
「根っから研究者なんだ。たとえ目的の能力を持った子が生まれていても、関係ない。もっと能力の高い個体を生み出すことに固執し続ける。その子どもがどんな人生を送ろうが興味がない。“生み出すこと”が目的なんだ」
『聖者の粛清』を調べていて、自分とリグの母が“そういう人間”だと知った。
もう正気ではないのだろう。
当然母親としての母性などない。
育てることも想定していないので、産んだら産みっぱなし。
「だから探していた。……止めなければ、俺やリグよりもまともな人生を送れない弟妹が生まれてくる。あの女は、俺が殺す」
「………………」
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