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地獄の果実(2)
しおりを挟むこの頃になると、裏組織の人間はシドを一目置くようになってきていた。
あらゆる犯罪組織からスカウトを受け、アッシュには女との遊び方、酒の楽しみ方まで先輩ヅラで誘ってくる。
シドも精通は遅い方だ。
女との遊び方と言って娼館に連れて行かれ性的なことを一通り教わった翌日に、来た。
前日に教わった通りに処理をして、それが弟を犯す“大人の男”の証と言われると嫌悪感しかない。
誰に会っても、なにを言われても、シドが最優先するのはダロアログを殺して弟を助けることだ。
ただ明確に――大人の男としての機能を備えたことで変わったことが一つ。
(子ども)
目につくようになった、幼い子どもたち。
エレスラ帝国に滞在していた時、【鬼仙国シルクアース】の小鬼が貴族に連れて行かれるのを見かけて不快感を覚えた。
ついていくと、その小鬼を人質に流入召喚魔が隠れる屋敷に乗り込み、そこにいた上位召喚魔――鬼忍を無理やり従わせようとしている。
眉を寄せて、様子を伺う。
流入召喚魔に召喚主はなく、適性世界の召喚魔法師がその世界の魔石と召喚魔の同意を得てようやく通常のような契約状態となる。
だから元の世界に帰りたければ、召喚魔法師と契約する――というのは、一つの手ではあった。
だが、それは召喚魔たちにとって賭けでもある。
まともな召喚魔法師と契約できなければ、元の世界に帰すことはされず奴隷のように扱われるからだ。
特に内紛の激しいこの帝国では、流入召喚魔に権利の一切が与えられていない。
魔獣と同じ“資源”という扱いだ。
その中であの召喚魔法師たちは、鬼忍を得ようとしている。
屋敷の奥には何十という【鬼仙国シルクアース】の妖怪たち。
小鬼は外に出ていたところを捕らえられ、人質にされている。
鬼忍が小鬼を助けるために、ゴミのような品性の召喚魔法師と契約すると言う。
「その必要はない」
「は? ぐぁっ!?」
怒りが勝った。
弱い子どもの鬼は生まれて数年。
いわゆる“二世”だ。
よくもまあ、この国で産まれて、ここまで育てたものである。
三人いた召喚魔法師たちを叩きのめし、小鬼を解放してやると鬼忍が「なぜ」と聞いてきた。
(罪滅ぼしのつもりか?)
父が犯した罪の。
そんな殊勝な性格ではない。
自分は弟を助けられればそれでいい。
それ以外を助けてなんとかできるほど、力もない。
だから「帝国の召喚魔法師がみっともなくて、気まぐれ」と答え、ウォレスティー王国の王都付近には流入召喚魔保護を謳う町がいくつかあることを教えて立ち去る。
だがそれがトドメだったようにも思う。
ダロアログがリグを追ってくるシドを目障りに思い、シドの正体を触れ周りいつの間にか立派な賞金首に仕立て上げられていたのだ。
しかも今回のやつら以外にも、幼い頃に石を投げてきた警騎士たちが勝手にシドに強姦や強盗の罪を押しつけており、知らぬところで500万ラームを超える懸賞額に跳ね上がっていた。
(アホらし……)
チリも積もれば山となる。
帝国国内、レンブランズ連合国内で日常が被るような罪もシドがやったものとされて、記載されて公開されていた。
あまりにもガバガバすぎる。
貴族とはこれほど無能だったのかと、引いた。
ただそれでもこの歳でこの金額はさすがに些か多い。
ダンジョンにも潜りづらくなり、一度潜ったら数週間出られない、なんてことも増えてしまった。
おかげで逃げ回るダロアログを探すのも大変で、一年近く行方を見失ってしまった。
歳の頃も十六くらいになり、やっとウォレスティー王国の南の端でリグとガウバス、スエアロを見つけられた時だ。
外で焚き火をしながら、スエアロが焼き魚にバクついている。
その隣にガウバスと、リグ。
力が抜ける。
安堵のような息を吐き、隣に座るとリグも安堵したような目で見上げてきた。
「外に出られるようになったのか」
「……今の生活に……困っていないから……」
眉を寄せる。
収納宝具から鍋やら食材やら取り出して、焚き火で帝国で覚えた料理を作った。
皿に盛って差し出すと、ぼうっとそれを眺めてリグが「……ダロアログが持ってきた食糧でないと、口にできない」と言う。
「は? 呪いか?」
「そう。逃げたら、飢えて死ぬように」
「……そうか」
「ごめん」
「お前が謝ることではない」
どこまでも、あの男は。
殺す理由ばかり増やす。
自分で作ったものを、自分で食べるしかなく……かと思えばスエアロが涎をダラダラと垂れ流しているので「自分の皿に自分で盛れ」と言ってやった。
「あ」
「あ? ……どうした……?」
自分で自分の首を絞めるリグ。
そのままニィ、と笑いリグ自身の声で「今回は遅かったなぁ」と言い出した。
その言い方……口調は――。
「ダロアログ」
「そ! ついでに[肉体操作]の呪いも重ねがけさせてもらったぜぇ?」
「……ふぅーーーん……」
ケタケタと、リグの体で笑う。
腹の中に怒りが、憎しみが溜まる。
もう、これ以上ないほどにダロアログを殺したくなった。
まだこれ以上があるのか、と平静を装いながら周辺を見回す。
「ぐぁ、ぁ……」
「おい!?」
「あ、は、はは、はははは! じゃあまあ、そういうことだから……」
いきなり首を締め始めたリグにシドが立ち上がる。
反応すれば思う壺だとわかっていても無視はできなかった。
楽しげに嘲笑い、リグの体を操作してリグ自身で隠れ家の中に入っていく。
怒りを抑え込めるほど、まだ大人ではない。
「ぜってぇ、殺す」
どうしたら、リグにかけられた呪いや呪縛を解放できるのか。
より召喚魔法への学習に力を入れ、剣がなくとも戦えるような訓練もしつつ、しつこく追尾を始めた特殊警騎士を振り払うパルクールも覚えた。
召喚魔法については、弟が[異界の愛し子]であるからか自信がなかなかつかない。
だが、逆に言うと手の内をすべて晒さなくて済む。
世間はシド・エルセイドが召喚魔法を使えると知らないのだ。
だがおかげで解呪の目処が立つ。
幸いにも、リグの呪いを含めたあらゆる呪縛はハロルド・エルセイドの遺産の中にあった。
――治化狸と稲荷狐。
【鬼仙国シルクアース】の伝説存在。
これを召喚できれば、リグの状態異常を一瞬で回復できる。
だが、それをやるのはダロアログを殺したあとだ。
でなければ、元の木阿弥になりかねない。
シドが召喚魔法を覚えたことも、ダロアログには知られない方が好都合。
その術があると知れば、物理的に閉じ込める日々に逆戻りする。
「バイトしねェ?」
「中身による」
それからまた、リグを見失った。
ダロアログの居所を捜すのに金が必要。
だからふらりとウォレスティー王国の田舎のスラムに行ってみると、アッシュに声をかけられた。
いいタイミングで現れる。
「【機雷国シドレス】の施設があってよォ、うちの組織の人間はお手上げなんだわ」
「なんで『赤い靴跡』がそんなところを探る?」
「シンプルに【機雷国シドレス】の 機械人形がほしい。王都地下で【機雷国シドレス】の人形展がら行われるんだと。珍しい機械人形や機械兵……レアモンがオークションにかけられるんだと。レアモンが手に入れば兄貴たちを出し抜ける」
「ふーん」
「できれば動くヤツ。報酬は売上の半分。どうよ?」
「……まあいいか」
機械人形はサイボーグや機械兵士に比べるとランクの低いAIしか積んでいないため扱いやすい。
召喚魔である自覚があり、元の世界に帰るよりも“人間”に仕えることを好む。
好む、というよりは、それが自分たちの存在意義のようにすら思っている節があった。
そういうところは【戦界イグディア】の武具のようであり、彼らは非常に高い能力の割には契約せずとも“人間”の役に立とうとする。
そんな機械人形にも当然、ランクやレア度があった。
流入召喚魔の中にその珍しいモノが、何体かあったようだ。
中には保管施設ごと流入したものがあり、今回『赤い靴跡』がたまたま発見したのはその施設。
施設を守る“ガーディアン”と呼ばれる機械兵士がいたため、レアなモノがある、と確信した。
だがガーディアンは人間相手よりも、任務プログラムを最優先にする。
ガーディアンの強さ、数の多さが施設の重要性を表すと言っても過言ではない。
――だが……。
「……嘘だろ、お前」
全長五メートルの二足歩行戦車型。
これは脚を叩き斬ってバランスを一度崩し、車輪が出る前にセンサーとカメラを破壊。
武器の類は無視して、駆動部の隙間を縫って動力を通すコードを遮断する。
ガーディアンの上に登り、足蹴にしているシドにアッシュとアッシュが連れてきた三十人以上の部下たちが口を開けて固まっていた。
施設に入ると低ランクの機械人形しかない。
三十人の部下が隅々まで調べたが、結局アッシュたちのお目当てのものは手に入らなかった。
仕方なく、ガーディアンを修理してアッシュに引き渡してやった。
もちろんプログラムは変更して、正式に契約した者をマスターと認識するようにしたけれど。
「お前、機械兵士の修理なんてできたのかよ?」
「言っても機械兵士って面倒くせぇぞ。メンテナンスは必要だし弾薬やミサイルは補充しなきゃならんし、【機雷国シドレス】の適性があっても【機雷国シドレス】に補給地点を確保できてないなら、まずそれを確保するところからだったり――」
「あー、そういうのいい、いい。どうせ売っぱらっても使いこなせる貴族なんざいねェんだからよォ」
と笑う。
それに対して「それもそうだけどなぁ」と思う反面、この機械兵士は展示品になる運命だと思うと多少哀れにも思えた。
ガーディアンは施設を護るのがその役割。
それをもう二度と、果たせない。
「恨んでもいいぞ」
アッシュに引き渡す前に、ガーディアンにそう呟く。
少しずつ、麻痺していくのを感じながら、この感覚が摩耗してなくなることだけは嫌だった。
かと言って、リグのように自罰的になるつもりもない。
生き延びて、弟を助けるまで必要ならばなんでもするつもりだ。
ただ、もっと上手く立ち回れたのではないか……と思うことがどうしても多い。
それが“今”の自分の限界だというのなら、やはりもっと強く賢くならねばと思う。
「げ」
その一年後、十八になった時。
帝国と連合国の国境の狭間でリグから「ダロアログが【機雷国シドレス】の兵器を造れと言ってきた」というので、情報屋を辿って潰してきた帰りだ。
二人の男が近づいてきた。
それは自由騎士団の制服。
しかも、専用の制服と【戦界イグディア】の宝剣。
明らかな待ち伏せ。
(マジか。面倒くせぇ)
だが、タイミングがいいと言えば――タイミングがいい。
リグお手製の兵器破壊のために、【戦界イグディア】の妖刀を召喚して腰に下げていたのだ。
シドが召喚魔法を使えることは隠しておきたかったから。
「シド・エルセイドだな?」
「懸賞金1000万ラーム。その歳で大したものだ」
「剣聖が二人も同時に相手をしてくれるとは光栄だな――」
妖刀を抜く。
普段は重めの長剣を使うので、刀は不慣れだ。
それでもやはり、【戦界イグディア】の武器は強力だった。
丸一日、激闘は続いた。
人生でこれほどまでにキツかった戦いは他にない。
さすがは剣聖。
剣聖の部下たちが、剣聖たちの腕を切り落とした途端襲ってきた。
正直、余裕がない。
額の血が目に入る。
もう、殺すしかない――。
「ぐあ!」
「うがっ」
四人の部下騎士が倒される。
誰が、と思ったがそこにいたのはいつかの鬼忍。
(血を……流しすぎて……っ)
どうして、と聞きそうになるが、その前に一人の剣聖がなにかを呟く。
膝を折って座り込んだシドには聞こえた。
「正々堂々、我らと戦い抜いた……貴殿は誇り高き剣士だ。素晴らしい剣技であった」
「ああ……最後に戦えたのが貴殿で我らは騎士として、剣士として……誉れだ」
騎士として、剣聖に賞賛を得たことを息を呑むほど心が震えた。
意識が飛ぶ。
倒れ込んだシドを抱えた鬼忍のおかげで、その場から離れる。
目を開けると、手当てを受けて洞窟の中にいた。
「お目覚めか」
「お前……どうして……」
「あなたのおかげで、同胞たちをウォレスティー王国に送り、安全な町に住まわせることができました。このご恩をお返ししようと――」
「本気か?」
「剣聖に認められた剣技。感服しました。どうぞこの風磨の主人となってください」
「……もう返してもらっている」
命を助けられた、と言うと「このまままた、あのような者たちに契約を強要されるのは困るのです」と反論された。
そう言って赤い魔石を差し出す。
「俺は……お前たちを、無理矢理このエーデルラームに連れてきたハロルド・エルセイドの息子だぞ」
「我が忠義はあなたに捧げたいのです。どうか我が忠義をお受け取りください」
「……馬鹿なヤツ」
その手に手を重ねた。
「我、シド・エルセイドの盾となり刃となり、助けとなる者よ。魂が二つ、この限りある命の寄り添う果てまで共にあることをここに誓おう。風磨」
「御意に。シド・エルセイド。我が主人」
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