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砂塵の研究所(1)

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「見て」
自由騎士団フリーナイツね」
「あんなに若くてかっこいいの?」
「金髪碧眼よ、かっこいい」
「なんでこんな田舎に?」
 
「「………………」」
 
 すごい、全部聞こえてる。
 と、思いながらちらりと隣を見ると、レンブランズ連合国最南端の町オップの住人に見られすぎて嫌気がさしたのか、外套のフードを被ってしまう。
 さらに口元を隠すフェイスベールまで取りつけて、完全防備。
 陽射しが強い地域なので、フードは被っている人間の方が多いが、ノインは暑いのでここまで覆いたくはない。
 と、思っていたら――
 
「被れ」
「うわ。なんで?」
「被ってた方がむしろ涼しい」
「あ、本当だ」
 
 ノインの外套のフードを、シドが被せてきた。
 後ろでリークスとガーウィルが焦った気配がしたけれど、ノインがすぐに賛同したので身を引いたようだ。
 こういうところが、苦手なのだ。
 シドを敵視している。
 いや、シドに限らずノインの側にいる者へ警戒のような眼差しを向けるところ。
 シドに対しては如実であり、シドもそれに気づいていてわざとノインにはこれまで通り振る舞っているような気がする。
 ノインに気づかせないように。気を遣わせないように。
 
(あー……こういうとこ、大人だなぁ……)
 
 尊敬する大人は多い。
 師匠であるレイオン、兄弟子のアスカ、騎士としてフィリックス。
 他の大人も尊敬すべき点が色々ある。
 ただ、シドはそんなノインの周りにいる大人とは違う。
 世間の“罪悪”であっても、守るためならば迷いなく実行する。
 外道と言えば外道。
 だが、騎士として『定めたたった一人を守り抜く』と決めた姿勢は尊敬すべきところ。
 他者のことをちゃんと見ている。
 
「んー……」
「どうしたの?」
「方角を確認すると――この方角……」
「なになに? 気になるんだけど」
「『蛇女メデューサの唇』じゃなく、『聖者の粛清』の拠点の一つがあった場所だ。しかも……」
「え? 『聖者の粛清』ってレンブランズ連合国にも拠点があったの?」
 
 首を傾げて聞くと、ジト目で睨まれる。
 仕方ないではないか、ノインが生まれる前の戦争の話なのだ。
 シドだって終戦した時は、生まれているかいないかの頃のはず。
 
「『聖者の粛清』は世界中に複数の拠点を持っている。メインメンバーは散り散りになっているが、そいつらが新たに作った隠れ家もあるはずだ。だが、建物の写真は古い。多分『聖者の粛清』の古い方だろう」
「砂の中に隠れてたのが、出てきたってこと?」
「おそらく。だがハロルドの使っていた施設だとするなら、すでに中は廃棄されていてろくなものは残ってないだろうな。【機雷国シドレス】の召喚魔法師が中心に建設したのだとすると、責任者はベレス・ケレスか」
「あー……」
 
 ベレス・ケレス。
 元『聖者の粛清』の違法召喚魔法師で、【機雷国シドレス】の適性を持つ。
 機械兵士への強い憧れがあり、自分に機械兵士を憑依させ、擬似サイボーグとして利用する新技術を研究していた。
 残念ながらリグの黒魔石を用いても至らず、逆に半死半生となって現在も意識不明の植物人間状態でウォレスティー王国の召喚魔法研究所に収容されている。
 その技術力は相当のものだったので、今回の依頼の施設で研究をしていたのかもしれない。
 
「結構危なそう?」
「どうだろうな。もしかしたら俺が探していた施設の可能性もある」
「シドが探していた施設?」
「確証もないから、とりあえず施設に行くのを最優先にする。いいな?」
「え、あ、うん。いいよ」
 
 いいよね、とリークスたちを振り返ると、やや不満は残ったような表情だが「ノイン様のご意向に従います」とのことだ。
 表情に隠しきれていない、シドへの不快感。
 
(カッコ悪ぅ)
 
 直接リークスたちに言うことはないけれど、どうしても彼らの器の小ささが気になる。
 大人としてカッコ悪いな、と思ってしまう。
 年上の部下を御するのも大変だからこそ、ついそう思うのかもしれないが。
 シドが位置情報を確認しながらサクサク進むので、ノインたちもついていくがあまりにも――暑い。
 水はかなり大量に持ってきたが、飲みすぎて体が重くなってしまうのもよくない。
 フードを被っていてもジリジリと焼かれるような暑さ。
 ラクダを借りるまでもない距離、とシドは言っていたけれど、ここからまた町まで徒歩で帰ると思うと今からしんどい。
 
「見えた。あれだな」
「え、あ……町から意外と近い」
「だから見つかったんだろうけれど……」
 
 砂塵に埋もれて、建物の一部が露出している。
 写真よりも埋もれていて、シドが位置情報を確認していなければ見逃していたかもしれない。
 砂丘を滑り降り、一部見えている部分に近づくとシドが端末を取り出してぽちぽちとなにかをやっている。
 
「え、本当に機械系強いんだ……?」
「信じてなかったのかよ」
「だってー」
 
 シドの適性が【鬼仙国シルクアース】なので、あまり機械に強いイメージがないのだ。
 ものすごく嫌そうな目で見下ろされ、舌打ちされる。
 
「エルセイドの家名にて盟約を交わせし異界の者よ、その力を今こそ示せ――ローエル」
『オ呼ビデショウカ、ゴ主人様』
「おわーっ」
 
 外套の下のポシェットから、灰色の契約魔石を取り出して召喚したのは【機雷国シドレス】の機械人形。
 ノインが驚いて「え? なんで?」とシドと機械人形を見比べる。
 
「シドの適性って【鬼仙国シルクアース】だけなんじゃなかったの!? なんで【機雷国シドレス】の召喚魔を召喚できるの!? なんで!?」
家契召喚魔かけいしょうかんまは“家との契約”だから適性がなくても召喚できる。適性ない状態の召喚だと、能力に制限がかかるけれどな」
「そうなのーーー!?」
「お前召喚魔法のことマジで知らねぇのな」
「でも、だって……ウォレスティー王国の守護竜エンシェント・ウォレスティー・ドラゴンは……!」
「あれは伝説級だぞ。適性があっても最低限のコストになる魔力がなければ、召喚できない。召喚魔のランクが適当に定められてるとでも思ってたのか?」
 
 んぐ、と何度目かの閉口。
 つまり、家契召喚かけいしょうかんで低ランクの召喚魔ならば、適性がなくとも召喚ができる、ということらしい。
 そんなの知らないよぅ、と頰を膨らませるノイン。
 
「まあ、元々はリグのやつが面倒くさがって世話をさせている用なんだが」
「あー。今はフィリックスさんがお世話しているもんね」
「そうなんだよな」
 
 そんなわけで、ローエルは今お役御免の状態。
 エルセイド家の家契召喚魔かけいしょうかんまとして契約して、シドも使えるようにしたそうだ。
 
「ローエル、この建物の全体図や入口、内部の情報はわかるか?」
『確認イタシマス。少々オ待チクダサイ』
「頼む」
 
 ノインがチラリと後ろに控えていたリークスたちを盗み見る。
 フードでわかりづらいが、悔しげに歪む表情。
 シドが有能なのは、どんなに妬んでも変えようがない。
 
『データ ヲ 端末ヘ転送シマス』
「……確認した」
『申シ訳ゴザイマセン。ワタクシ ノ 性能デハ、コレガ限界デシテ』
「構わん。思ったよりも鮮明に取れている。暑い中悪かったな」
『モッタイナイオ言葉。イツデモオ呼ビクダサイ』
 
 頭を下げた機械人形が送還されていく。
 適性がないので、長時間の召喚も無理らしい。
 
「内部データをお前らの端末にも送る」
「あ、うん」
「了解した」
 
 そう言って、ノインたちにも共有してくれる。
 送られたデータは欠損した部分も多いが、一階と二階の建物内の部屋割り情報。
 
「ひっっっろ! 広すぎない?」
「二階は居住スペース。一階は共有スペース。二階の西側は陽光を利用した自家栽培施設っぽいな」
「ええ……内装見ただけでそこまでわかるもんなの……?」
「他のアジトも比較的似たような感じで、引きこもって研究に集中できるようになっているんだ。国所属の召喚魔法師は国立の研究所で研究すると、その研究成果を貴族に奪われるからな」
「うぁぁ……」
 
 それこそノインが生まれるよりも、シドが生まれるよりも前からずっと。
 なんの成長も改善もされない“国”と“貴族”の性質から隠れて、召喚魔法師は違法召喚魔法師になってでも己の夢を追い続けていた。
 この施設は、そういう召喚魔法師たちの夢の跡――というやつなのかもしれない。
 
「ただまあ……国立でできない分、違法性の高い研究が行われていたケースが多い。この施設も地下が研究所として使われていたと思う。地下へ下りる階段かエレベーターがあるはずだが……居住スペースも確認しておいた方がいいな。研究員の研究資料や研究データが残っている可能性もある」
「二手に分かれた方がいい?」
「効率を考えるとそれがいい。二階の様子にもよるが、この規模となるとこの人数で調査するのに数日はほしい」
「だよね。……けど、ボクらに研究データとかわからないと思うんだよね」
 
 と、後ろの二人を振り返る。
 二人はわかる? という意味で視線を投げたが、リークスたちの表情は明らかに「あ、う」と言わんばかり。
 だろうな、という感じだ。
 
「とりあえず手帳や本などのアナログ物資は、一つの部屋にまとめておいてくれればこっちで確認する。施設自体は廃棄されているから、それほど重要なものが残っているとは思えないが……残っていたらそこから散っている『聖者の粛清』メンバーのことがわかると思う。研究所の方はガチで危険地帯だから、俺と風磨フウマで調べてからお前らにも手伝ってもらう」
「じゃあボクらは一階と二階を調べて資料っぽいのを集めて、寝床の確保?」
「だな。ただ一階の調査は慎重に進めろ。地下への入り口があるはずだ。お前らが思っている以上に、人間がどうこうできる施設じゃないかもしれない」
 
 フェイスベールを外したシドの表情は、真顔だ。
 研究所の調査はそれほど危険を伴うのか。
 ごくり、と見上げるノインに対して「入り口は多分こっち」とシドが歩き始める。
 
「違法召喚魔法師ってそんなヤバいことしてんの?」
「まあ、普通に罠とかもある。貴族に研究成果を奪われたくないっていうのと、研究を守るためならなんでもやるからな」
「うぉん……」
 
 切なさを感じる。
 研究成果自体がまずいものもあるが、基本的には研究を守るための必死度が桁違いだという。
 殺意が高めで、正しい手順でなければ辿り着けないようになっていることが多いとか。


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