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新たな任務
しおりを挟む「はい、リグ。あーん」
「あ、あーん……?」
「うっっっわ……」
と、スプーンに載せたスクランブルエッグを、フィリックスがリグの口に運ぶ。
そのデレッデレの表情に、向かいの座ったノインが声漏らす。
さすがのノインも両思いになったらしいフィリックスとリグのイチャイチャは胸焼けがする。
なら、向かいに座らなければいいのにと思うだろう。
席が他にないわけでもないのだが、他の席に座ろうとするとリークスとガーウィルがつき纏ってきてゆっくり食べられない。
リークスとガーウィルは最近配置された二等級の騎士。
ノイン直属の従騎士で、レイオンに「お前もそろそろ人の使い方を覚えた方がいい」ということでつけられた。
一人の方が楽だよぅ、と言ったが、レイオンには「年上の部下はやりづらいかもしれないが、剣聖で部下の一人もいないのはちょっと」と言われたので仕方ない。
フィリックスは三等級なのと、ノインの旧知。
そしてこのイチャイチャオーラに空気を読み、この二人の側にいる時は寄ってこない。
とはいえ、食べている食事が全部甘く感じる程度には自分にも多少ダメージがあるのだけれど。
「リグは可愛いなぁ。世界一可愛い」
「そ、そんなことは、ないような……」
「いやいや、リグが世界一可愛いよ」
前言撤回。
凄まじいダメージがある。
(ユオグレイブの町にいた頃のフィリックスさんからは考えられない腑抜けヅラ……いや、幸せそうだからいいんだけど)
騎士フィリックスといえば、ユオグレイブの町の召喚警騎士唯一の良心とも言うべき第七部隊の隊長。
召喚魔法師学校を三年間首席で卒業し、貴族の誘いも蹴り飛ばし現場重視で召喚警騎士になった。
貴族の召喚警騎士が働かない分の皺寄せを一手に担い、過労になりつつも常に召喚魔とエーデルラームの人々のために奔走する現場でも活躍する超実力派。
その上、この甘いルックス。
肩まで伸びた鶸色緑色寄りの黄色い髪はハーフアップで結われ、萱草色の瞳は彼の人格を表すように優しい。
仕事一筋で浮いた話はついぞ聞いたことこそないが、町人の若い女性からは時折「フィリックスさんとミルアさんっていつも一緒にいるけれど、恋人なの?」とノインに質問が飛んでくることもあった。
なお、ミルアは学校時代からの腐れ縁。
断じて恋人などではなく、フィリックスの方は「アレはミルアという生き物であって女ではない」と死んだ目で語っていたのを聞いたことがあるので――まあ、お察しだ。
そんな彼はやはりノインが知っていた通り真面目で一途な人だった。
ユオグレイブの町から離れた、【獣人国パルテ】の居住特区付近の塔にいた黒髪紫眼の美青年――リグ・エルセイドと“再会”してからというもの、彼が大罪人ハロルド・エルセイドの息子だろうが関係なく支えになって力になりたいと召喚警騎士を辞めて自由騎士団にまでついてきた。
なんでも、フィリックスが九歳の時に彼の両親は流入召喚魔に殺害され天涯孤独になってしまったという。
そして、両親を殺された恨みを別の流入召喚魔で晴らそうとしたところ返り討ちに合い、殺されそうになったがリグに助けてもらった。
その時に「流入召喚魔も、急に知らぬ世界に無理矢理連れてこられて帰れなくて混乱している」と言われ「流入召喚魔も自分と同じで、知らないところに放り出されて不安で悲しいんだ」と悟ったそうだ。
幼いリグは名を名乗ることはなく、フィリックスと別れてしまったけれど――フィリックス・ジードという騎士は、その時の思い出を糧に生まれたようなもの。
憎しみに囚われることなく、召喚魔とエーデルラームの人々の架け橋となるような、そんな騎士になる。
目標の通りの立派な騎士となった彼は、そのきっかけをくれた初恋の人……リグに、ずっと恩を返したかったそうだ。
おかげで、萱草色の優しげな瞳は今や初恋の人ただ一人だけを見つめる。
ユオグレイブの町にいた頃の『デキる男』らしいフィリックスは、見る影もなくただ、今はもう恋人にデロデロ甘々なゲロ甘彼氏になってしまった。
(ユオグレイブの町のフィリックスさんファンの人たちが見たら泣くだろうなぁ、これ)
そろそろ目の前が甘すぎて食事の味がわからなくなってきた。
「ご、ごちそうさまー」
「え? ノイン、食べ終わるの早いな」
「ああ、うん。なんか師匠が任務の話があるから、早めに執務室に来るようにって」
「そうなのか。忙しいな」
「うん、まあね」
そりゃあ、リグの腰に手を回し、がっちりホールドにしていちいち「あーん」で食べさせていたら時間もかかるだろうさ。
リグも存外「効率が悪いと思うのだが」と呟きながら、フィリックスの好きにさせている。
赤い顔を見る限り、満更でもないのだろう。
「……シドがいなくてよかったね……」
「え? シド? なんで?」
「いや、うん。じゃあ、ボクはこれで」
「え? う、うん?」
リグの実兄、シド・エルセイド。
リグが自由騎士団に保護されることが決まった時、ウォレスティー王国、レンブランズ連合国、エレスラ帝国の国家と『聖者の粛清』、『赤い靴跡』、『蛇女の唇』、『海龍の牙』など世界に蔓延る犯罪組織への抑止力として自由騎士団の騎士となった世界最強の男。
彼もまた大罪人ハロルド・エルセイドの息子であり、エルセイド家の家契召喚魔を受け継いだだけでなくリグが作った【無銘の魔双剣】を使いこなし、さらに上位召喚魔である鬼忍の風磨と契約をしている召喚魔法師でもある。
リグほどではないがフィリックス以上に知識も豊富で、剣士としても召喚魔法師としてもエリート。
弱い者相手には剣を抜くことすらせず、三回までは見逃す――という独自のルールを持っている。
剣を抜かずとも拳での戦闘が可能で、生身で相棒と憑依したフィリックスの拳を受け止め、殴り返したことがあるほどの戦闘能力。
かつてノインの師、レイオンと肩を並べた剣聖を二人同時に相手にし、倒してしまった名実ともに、なんの装飾もなく世界最強と呼ばれるに相応しい男なのだ。
正直、召喚魔法や魔剣を使わなくても強い。
ノインは木剣で彼と手合わせして、七割型負ける。
自分が負ける相手は、もうシドしかいない。
レイオンと手合わせしても「もう儂より強いからなぁ」と言われる始末。
だからノインにとって、シドは特別。
もっとたくさん手合わせしたい。
――だが、そんなシドの弱点ともいうべき相手が弟のリグ・エルセイド。
フィリックスの恋人だが、そもそもフィリックスとリグが恋人になったのもシドが後押ししたという経緯がある。
なぜなら、リグは十五年間ダロアログ・エゼドという犯罪者に囚われ、洗脳や暗示、呪いをかけられて人らしい生き方をしてこれなかった。
“自分の意思で決める”ことができないほどに自分を“道具”と例えてきた彼に、人らしい生活をさせるためにシドはリグに「恋人を作ればいい」と助言したのだ。
なので、あのイチャイチャカップルは世界最強のお兄ちゃん公認。
しかし公認だからなにをしてもいいわけではない。
「あ」
「お前も呼ばれたのか」
「うん。シドも? ボクとシド二人に任務だなんてなんかヤバそーだね」
レイオンの執務室に行く途中、シドに遭遇した。
淡黄の髪を腰の近くまで伸ばし、それが朝日に透けてキラキラと光って美しい。
同じく透明感のあるガラス玉のような白緑瞳は切れ長く、一瞥されただけで精神の弱い者は逃げ出してしまうだろう。
だが、そのあまりにも整った顔立ちはさすがリグの双子の兄というべきか。
顔は同じなのに、洗練された空気が突き刺すようでノインには心地がいい。
無駄のない筋肉。高身長で手足も長い。
敵であれば震え上がるような空気感も、味方であればこの上ない安心感。
(いいなぁ……ボクも早くこのくらい背が伸びないかなぁ)
剣士として、あまりにも完璧な背中。
レイオンのことはもちろん尊敬しているけれど、目の前に剣士としての究極型がいるとやはりそう思ってしまう。
――ノインには魔力がなく、普通の騎士が当然のように使う身体強化魔法が使えない。
聖剣ガラティーンの魔力補助で身体強化魔法が使えるが、ノイン自身に魔力があるわけではないので外部からの付与――憑依のようなもの。
当然、そこにはラグが出て、ノインとしてはそれが課題だと思っている。
生来の魔力があれば、そんな悩みはないのだが。
「おはようございますー。師匠ー。ノイン・キルトとシド・エルセイドが来ましたー」
「おー入れ入れ」
ゆるい。
シドがジト目で見てくるのも気にせず、執務室に入る二人。
そこにはやや疲れた表情のレイオン。
「ボクとシド二人に任務?」
「そう。実はレンブランズ連合国で奇妙な遺跡が発見されたらしくてな」
「奇妙な遺跡? それってダンジョンとかじゃなく?」
「いや、ダンジョン化はしていない。まあ、見てみろ」
「――これは……【機雷国シドレス】の建築物か?」
「やっぱりそう見えるよな」
レイオンが写真を投げて見せる。
そこに写っているのは、ドーム状の建物。
エーデルラームのどの国の建設物とも、雰囲気が違う。
上手く砂漠地帯の周囲に溶け込むよう砂のような色と材質を装っているが、シドの目から見ると間違いなく異世界【機雷国シドレス】のものらしい。
「ボクには全然わかんない」
「まあ、素人にはわからないだろうな。半分以上砂塵に埋もれているが、間違いなく【機雷国シドレス】の技術で作られた建物だ。レンブランズ連合国のどのあたりだ?」
「最南端の場所だな。オールゴーズの領国内にあるが、砂漠地帯になり『蛇女の唇』の領土のようになっている。やつらの拠点の一つではないかと垂れ込みなんだが、知っての通り改革中のウォレスティー王国以外の二ヶ国は貴族が相変わらず現地へ行って働くことはしない」
「え? まさか……」
「そのまさかだ」
現地で汗水垂らして働くのは、平民の召喚魔法師や召喚警騎士、警騎士というのが貴族の認識。
平民たちがあくせく現場で集めた情報や、成果を横取りして楽をするのが貴族というもの。
二十一年前の『消失戦争』――フィリックスが両親を殺されたり、今も路頭に迷っている流入召喚魔がいる原因となったあの戦争は、その貴族たちへの反乱から始まったというのになにも反省していない。
「しかし、場所が場所だ。ウチの騎士だけで行かせるには環境が環境だ。足場が悪く、三等級以上が必要と判断した。さらに建物の形状から、召喚魔法に詳しい者も必要。で、ノインとシド、お前らならまあ間違いないだろう。剣聖が二人行けば平民にシワを強いるアホ貴族どもへの牽制にもなるしな」
「自由召喚騎士の連中……は、【機雷国シドレス】属性のやつがいないしな」
「それ言ったらシドも【鬼仙国シルクアース】適性じゃん」
「……機械弄りは結構得意」
「ええ……ずる……ヤバ……」
剣の腕、格闘技、召喚魔法、さらに機械についても明るい、だと。
さらに言うと、シドはその辺りの貴族召喚魔法師よりも知識が豊富。
リグほどではないと言っても、フィリックスさえ認める知識量。
今回の任務に一番向いているといえる。
「でもまあ、一応他にも三等級以上のやつ二、三人は連れてけよ。結構広そうだからな」
「リークスとガーウィル連れてけって言ってます?」
「まあ、あの二人なら間違いねぇだろ」
「……はあ」
任務では仕方ないだろう。
とはいえ気が重くて深く溜息を吐く。
ノインの様子にレイオンが眉を寄せる。
「リークスたちと上手くいってないのか?」
「えー……なんか、しつこい」
「しつこい」
「確かに金魚のフンみてぇにつき纏ってんな」
「そうなの。しんどい」
「マジか。本当に無理そうなら別の人間をつけるが」
「んー……でも今回は任務だし、連れてくよ」
「そうか? じゃあ、その辺は帰ってきたら話し合おうか」
「うん」
さすがは師匠、と安堵を覚える。
笑顔で答えてから、任務内容のデータを端末に送ってもらい各自で確認。
出発は明日、ということになった。
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