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絶望の中の希望

【6】

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手にした妖刀から黒い靄……霧炎が噴き出す。
それが人の形を成し、一晴と似た着物の少年の姿が現れた。
少年の出現と共に、一晴の瞳に少年の瞳の中の斜め十字の紋様が同じように浮かび上がる。

(……『紅派』の紋様……! ……これは……驚いた。紅静火の妖力を使った時の優弥よりも――……!)
『なぁんか弱ってるみたいだけど、相応の報いは受けてもらうから』
「…………よ、妖刀……だ、と……! ……確かに、殺して分離したはず……な、なぜ……! …………まさか、明人様……貴方が……!?」
(! ……そうか、この空間は彗の神器『サカトキノミツルギ』が生み出しているもの。彗がこの空間に来たことで無意識に一晴の事を助けようとしたのか……)

そして恐らく、生き伸びようとした一晴自身が諦めなかった結果無事に甦れたのだ。
諦めなければ、希望を与える。
それがトリシェの奇跡。

(……どうやら無駄ではなかったみたいだね……)

どんなに絶望的な状況であっても、諦めないものには希望の光を。
だが、その希望の光は覚悟のないものには掴めない。
風が木偶を身に纏いながら、なんとか立ち上がる。
この男もまだ、諦めていない。
諦めないものには希望の光を与える。
それはどんな立場の人間であっても同じ。

『フン! おうじょーぎわがわっる~~~い。……神器が持ち主に戻った以上、木偶が操れるのも時間の問題なのにまだやる気なの? 諦めて首を差し出せば痛みを感じる間も無く終わらせてあげるよぉ?』
「……殺して、戻す……お前を、逆時御剣と、融合ゆゆゆゆユユ融合……させるぅ……!」
「……何やら様子がおかしいようですが……」
『そりゃあ、自分のじゃない神器なんて長く持っててもいい事ないよ。神器は神の力そのものなんだから。まして、譲り受けた物でもないんでしょう? いくら『光属性』と『水属性』の神器でも、借り物を乱用するから心が壊れるんだよ』
「……哀れですな」

妖刀の柄を握り込む。
腰を落として、一歩踏み込んだ。

『にゃっはははは! 木偶なんて斬る価値もな~い!』

群がった木偶。
風を守るように集まるそれらを霧炎を纏った状態で薙ぎ払えば、トリシェや伽藍がやったように塵になって木偶は消え散った。
木偶の鎧の隙間から顔半分の風が驚愕する。
霧炎の隙間から五本の刃尾が伸びてのたうつ蛇のように地面を這い、木偶を真っ二つにして焼いていく。

(おお……!)
(……木偶は彗殿の神器から作られている。だから相反する属性の妖刀のーー闇の力に弱いのか……! 全ての属性の効果を無効化し、吸収する『闇属性』……)
(……彗が神器と離されて弱体化していたように、彗から離された『サカトキノミツルギ』も弱体化していたわけだ。……確かに……そんな状態では所有者として認められ、妖刀の真の力を使えるようになった一晴くんの敵ではないな)

舌打ちした風は更に距離を取りながら、残りの木偶の核を全て己に纏わせる。
膨れ上がっていく姿に一旦、木偶狩りをやめた一晴は伽藍たちが囚われる水泡を見やった。
伽藍たちを捕らえる水泡と木偶は健在。

「フフフ……カッコ良く救出と参りますかな」
(助けたところであの獣が惚れるとは思わないけどね……)
「筒抜けですぞ!」
『チッ、そうだった』

霧炎を纏った一振りで、伽藍たちを捕らえていた木偶は簡単に灰になる。
水泡は呪縛のなくなった伽藍と月が落下して出てくると、勝手に飛び散って消えた。

「一晴! すまん、助かった。きみ無事だったんだな、驚いたぜ」
「い、いいえ、こちらこそありがとうございます!」
「? 何がだ?」
「い、色々です!」
「? どう致しまして……?」

残念ながらツッコミが得意なトリシェは月の中。
その月は

「彗!」
「ぶっ」

降りるやいなや一晴を突き飛ばして彗の元へ。
突き飛ばされた先になぜか箒が落ちていて、首を傾げる一晴と紅静子。

「助けてもらっといてなんだけど、アレはほっといていいのかい?」

そういう伽藍の視線の先にはぶくぶくと木偶を吸収し続けて巨大化していく風。
紅静子が『あんなに太っちゃ霧炎で燃やすの難しいかも』と言う。
どう考えてもそれ対策だ。

「ピンチになると巨大化するなんて、日曜朝のヒーロータイムのようですな。何か策はありますか?」
『……でかいやつは基本“足”! ……だけど……』
「……根を張ってやがるな」

樹木なので豊富な水と土のあるこの空間はまさにホームグラウンド。
根を張り、足のようなものはない。
そのまま更に育っていく。

『フン! 大きくなったって神器が持ち主に戻ってるんだから! あの水の神様が目を覚ませば直ぐにあいつは木偶を操る力を失う!』
「それに、あの男の精神汚染は末期だ。……いつ精神崩壊を起こしても不思議じゃない。力を失うのが先か、自滅が先か。無理に倒す必要はないかもな」
「こちらは時間稼ぎをすれば良いと言うことですな?」
『影刃と刃尾で削っていってもいいけど……』

と、紅静子が言いかけた時、上から何か降ってきた。
とっさに避けると、それは種。
だが、でかい!
ヤシの実ほどはある。
ついでに重い。
避けた種が地面に半分ほど埋まっているじゃないか。
こんなものが頭に直撃したら死ぬ。

『…………。炎と刃物では死なないって言ったけど、アレは当たりどころが悪いと死ぬね』
「や、やはりですかな……?」
「な、なんかすごく嫌な予感がするんだが……」
「わ、私もです……」

恐る恐る、二人と一振りが天空を見上げる。
ヒュルルルル、と嫌な落下音が聞こえてくるではないか。
一つじゃない。
無数の、数え切れない重い種が落ちてくる。
そして育ちに育った木偶はもう顔も見えないほどの大樹となっていた。
ジャックと豆の木の豆の木ってこんな感じかなぁ、なんて呑気に考えたが全力でそれどころじゃない。

「でか! でかすぎだろ! 育ちすぎだろあれ! 俺の原形よりでかいぞ!」
『ちょ、ちょっとお! あいつこの空間の神気を全部養分にしてるんじゃないのぉ!? 人間がここまでやれるもんなのぉ!?』
「そういえばこんな時こそ助言キャラのトリシェ殿の出番ではないのですかな!? 何してるんですかあの神様!?」
『そうだよ! あの小煩い神さまは『光属性』なんでしょ!? 防御壁くらい出してもらおうよ!』
「トリシェ殿は今大怪我している月の中だ! ……って、そういえば彗殿と月は無事か!?」
「!」

バッ!
振り返る二人と一振り。
頭上も注意しつつ、沼のほとりにいるであろう二人を確認する。
……いない。
というか、沼そのものが根に呑み込まれて、なくなっている。

「まさか!」
「おいおいおいおいおいおいー!?」

神様二名、と月ーーー根に呑み込まれた?

「この場合どうなるんですか……?」
『肉がぐちゃぐちゃになってお亡くなりなんじゃないの』
「え、縁起でもないこというな! ……す、少なくともトリシェ殿が一緒なら防御壁でぐちゃぐちゃは回避するはずだ!」
『…………でもさ……あいつ、ぼくとあの神器を融合させるとか言ってたよね。防御壁で生き延びていても体は人間でしょ? 何日も保たないよね? ……ということは……』
「……きみたちまで取り込まれたら……元の木阿弥か」
「い、意外と効果覿面ですね巨大化……!」

種を避けながら打開策を考える。
紅静子の言う通り、この空間全てを養分にしようとしているのなら一晴たちが逃げ回る大地もその内消えるだろう。
現に、根がどんどん地面から生えて風へと合流していく。

「妖刀! 何か策はないのか!?」
『はぁ!? おまえ戦闘種族なんでしょ!? そっちこそなんかないの!?』
「俺の黒炎では、あれを燃やし尽くすのは無理だ……。悔しいが……逃げるくらいしか思いつかん」
『つ、使えない……! ……なくもないけど……』
「え、何かあるのですか!?」
『ぼくの妖力をギリギリまで一晴に貸して、最大級の影刃で核になってる八草風を真っ二つにするの。影刃は大きさも長さも自由だから、ここからでも……って言いたいところだけど前! 前!』
「!」
「! 」

地面の終わり。
崖のような場所に、二人は急ブレーキをかける。
落ちてくる種が向こう側の真っ暗な空間に吸い込まれて消えていく。
これは……。

『空間の隅っこ……!』
「ここから先は空間魔法が使えるトリシェ殿や彗殿が一緒ではないと行けないな……落ちると空間の狭間でバラバラになるぞ」
『おまえは行けないの!? 戦闘種族なんでしょ!?』
「う……。……お、俺はまだ未熟で空間魔法は扱えない……」
『ほんとに使えないんだけどおまえ~!?』
「………………仕方ない……一晴、乗れ!』
「え!?」

黒い霧が伽藍を覆った、と思ったら、そこに現れたのは大型の獣の姿。
乗れ、とは、まさか……。

「う!」
『!? ど、どうした、どこかやられたのか!?』

思わず鼻を抑える一晴。
冷めた目でそれを見下ろす紅静子。

「い、いえ、違う事を考えておりました」
『な、何を考えていたんだ、余裕だな!? いいから俺の背中に乗れ! 飛ぶぞ!』
「飛べるんですか!?」

白い毛皮に跨るや、四本脚が地面を蹴る。
間一髪、一晴たちのいた場所に根が生え出す。
空に逃げて、態勢を立て直すことができた……が、状況は未だ変わらず。

『それで、さっきの続きだ妖刀! 影刃って地面に突き刺して使う技じゃないのか!?』
『別に壁でもなんでも突き立てられる場所があるなら使えるよ。出現させる場所も自由だし……。でも、対象物しか存在しなくなった場所では使えな~い』
『それって振り出しに戻ったって事じゃないか!?』

つまり、媒介する場所がなくなった。
通常の刀の状態では、どう考えても核には届かない。

『それに何より核の場所が分からないしね~』
『それなら、俺が分かる』
「え、分かるんですか!?」
『匂いでな。もう少し上だ。かなり奥の方だな』
『…………なら、最大級の刃尾で貫くしかない……。刃尾は影刃より貫通能力低いから、核の真上から最短ルートじゃないと……』
『……届くのか? 中心部だぞ?』
『……届かせるしか……ないでしょ……こんな状況じゃ無理とか言えない。やるしか、ない』
「………………」

正直なところ届くか届かないか微妙なところ。
魂越しに思考を共有しているから一晴には分かる。
紅静子は“きっと届かない”と思っているのだ。
紅静子がそう思っているのなら届かない。
貫通能力の高い影刃でなければ、やはり核……八草風にはーーー。

(どうすれば……、……このままではトリシェ殿も彗殿も月さんも……それに我々だって逃げ場が……!)

今も絶えずに種は落ちてくる。
その落ちてくる種を伽藍が上手い具合に避けながら、伸びに伸びた木偶の鎧を登っていく。
核の位置に到達しても、奥の奥に隠れた八草風へ刃尾を届かせる術がなければ一晴たちの負け――死だ。


『どんな絶望的な状況でも、最悪の事態でも、諦めずに戦った者に一筋の希望の光を与える神様なんだよ』


全ての音が消えて、全て光が消えた世界に逆戻り。
そんなのは絶対に嫌だ。
冷静に。
心を鎮めて周りを見る。
諦めない。

(……諦めない……!)

どんな絶望的な状況でも、最悪の事態でも。
諦めずに、戦う者にのみ与えられる――希望。

『! あそこだ! あそこに八草風がいる!』
『! どこ!? うえ、何これ木偶の頭?』
『その下だ! ……あの光ってる部分の真ん中!』
「……な、なんですかこれ……」

ようやく辿り着いた最上部。
木偶の頭が無数に呻く台地。
その下に根に覆われ、青白い光の漏れる部分がある。
全ての木偶の核が集合しているのだろう。
そしてその中心に、奴がいる。

(…………静子、一つ確認なのですが……………………)
『! ……………………』
(……………………できるのですね?)
『……ほんとろくなこと考えないね、ほんき?』
「私はみんなで帰りたいのですよ。妖刀の主らしく、強欲なのです」

思考のみで確認を取った後、笑む。
顕現している紅静子が忌々しそうに、しかし楽しげにも見える笑みで返す。
一人置いてけぼりの伽藍は振り向いて『なんだ』と顰める。

「影刃で貫きましょう」
『? それは……媒体になる大地や壁の類がないと無理なんじゃないのか?』
「はい。だから、伽藍さんにもご協力頂きたいのです」
『?』

一晴の考えを聞いて、しばらく無言になる伽藍。
しかし、それから楽しげに喉を鳴らす。

『いいね、そういう無茶、俺は嫌いじゃないぜ』
「伽藍さん……」
『確かにそれなら俺が適任だな。よし、やろう!』
『命知らずのバカがもう一人……いや、一匹? どうなっても知らないよ~、影刃のそんな使い方、誰もやったことないんだから』

呆れたように紅静子が言う。
それを二人、笑いながら聞き流して伽藍はほんの少し、不思議な感覚になった。
誰かと一緒に、協力して戦うなんて……誰にも教わったことがなかったのに。

(……そうか……ケルベロス族は個々の能力が高いから、人間みたいに群れて戦ったりしないから……誰も教えてくれなかったんだ。……俺は未熟でまだ弱い……これは本当なら、恥ずべきことなのかも知れないな……)

術を解く。
幻獣ケルベロス族は、原形体があまりにも巨大だ。
そんな巨体で集団生活はできない。
ほとんどのケルベロスは小型化する。
小型化しても虎や狼サイズなのだが。
伽藍はまだ子どもだがそれでも……その身の本来の姿は――――

(……でも、悪くない……)

背に一晴を乗せたまま、本来の原形体へと変化する。
三十階建てビル一棟分に相当する巨体が吠えると、空気がビリビリと揺れた。
若干顔を青くする一晴。

「で、でかいとは聞いていましたが本当にでかいのですな……」
『俺はまだ小さい方さ。兄様たちはもっとでかいぜ、俺の数倍はあるだろう』
『こいつだって日曜朝のヒーロータイムの敵みたいじゃん!?』
「私は静子が日曜朝のヒーロータイムを知っていることに驚きましたぞ」
『ば、ばかにしないでよ! ぼくだってテレビのある家にいたことくらいあるやい!』
「え、いえ、別にそこは馬鹿にはしていませんけど。……な、なるほど?」

確かに昨今、テレビのない家はない。
しかし見ているイメージがどうしても、ない。

『ほら、これだけでかけりゃ“出所”としては十分だろう?』
「……はい、ありがとうございます」
『……じゃあ次はぼくたちだね。……いくよ、一晴! ぼくの妖力、最大出力! 今回だけの特別なんだから!』
「はい!」

一晴が両足を開いて踏ん張っても問題ない背中。
掲げた妖刀が赤黒い霧状の妖気を噴出する。
着物の姿に妖力が加わり、武者のような鎧姿に変化していく。
肌にも赤い模様が走り、耳が尖った。

(…………ここら辺が限界! これ以上妖力を混ぜると人間に戻れなくなる。……ほんとならまだぼくの妖力に馴染みきっていないきみにはやらせるつもりなかったんだからね!)
「グッ……う……っ! ……! …………ッ」
『一晴……、大丈夫か!?』

重い。
鎧のせいではない。
息苦しく、重苦しく、全身の血が噴き出してしまいそうなのだ。
中身が全部外に出て、丸ごと入れ替わってしまいたいと疼くように。

『力の制御はぎりぎりまでぼくがやる! やっちゃえ一晴!』
「うおおおおおおおおおお‼︎」

振り上げた妖刀を、雄叫びと共に己の腹へと振り下ろす。
巨体となった伽藍の脇腹から黒く太い刃が同じ勢いで飛び出した。
媒体となるのは、一晴と伽藍の体。
黒い影の刃が真っ直ぐに光を放つ木偶の幹へと突き刺さっていく。
瞬間、一際青白い光が爆発するように強くなる。
空間全てを呑み込んだ木偶が消え去る程、光は強く強くなって――――全てを呑み込んでいく。





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