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妖刀の夢
【4】
しおりを挟む明日は早めに起きてシャワーを浴びて、ストレッチして声を整えておかなければ。
幸い仕事は昼からなので移動は一時間前に着くくらいでいいだろう。
そんなことを考えていたら、目の前が炎に包まれる。
夢だ。
炎の中に黒い髪の年端もいかぬ少女。
十代前半くらいだろうか、ツインテールが炎の隙間から見える。
危ない、あんな場所にいたら死んでしまう。
声をかけようとしたら、一晴はその少女を見上げていた。
少女は頭から血を滴らせ、涙を流して表情を目一杯歪める。
「静子……あたし、なんであんな男の言う事、信じちまったんだろう……みろよ、このザマ……ははは…………もう用済みだってよ……! あはははは……!」
『束、ぼくを使えば助かるよ! ぼくの妖力を最大限に使えば炎くらい支配できる! 刀は炎の中で生まれるんだ、炎くらい、ぼくが!』
「………………むりだよ……炎がどうにかできたって……ここはビルの地下だぜ? 見ろよ、天井がミシミシいってらぁ……。ここはもうすぐぶっ壊れる…………あたしは炎じゃなくて潰されて死ぬのさ。どぶネズミにはお似合いの死にざまだね」
『束……』
「……赤ちゃんなんて産むんじゃなかった……あんな男の赤ちゃんなんて……。そしたらおまえにあたしの体をあげられたのに……。静子……ごめんな、ずっと守ってくれて…………ありがとう……」
『やめてよ、束! 諦めるなよ! 大丈夫だよ、生きて出られるよ! ぼくを使って! ぼくが束を守るから、だから……束! 束! ……束ーーー!』
少女がぎゅっと刀を抱き締める。
世界は暗くなった。
音で何かが落ちてきて、何かが潰れる。
『たばね…………返事をしてよ…………一緒に世界に復讐するんでしょ……? きみを捨てた両親を殺して、きみが悪い子だって決めつける先生や同級生、世間の奴らみんな……みんな殺すんでしょう? あの男だって、あの男がきみを騙して産ませた赤児だってぼくが殺してあげるから……だから…………ねぇ……返事をしてよ……? たばね……たばね……? ………………たばね……』
返事はなかった。
ただ、声が耳元で聞こえる。
少女を呼ぶ妖刀の声が。
『…………………………』
瓦礫が消えたのはそれから行く日も過ぎた後。
少女の亡骸は発見される事もなく、潰れ、焼かれ、コンクリートの残骸に埋もれ、見つかったのは紅静子だけだった。
作業員が無傷の刀を手袋をした手で持ち上げ、値打ちものかもしれないと騒ぎ出す。
それが警察官の手に渡り、売りに出され、美術品として幾人もの人手に渡った。
ああ、そうか、と一晴は納得した。
(これは妖刀の、紅静子の夢……)
一心同体だから、夢も共有できるのか。
妖刀も夢を見るものらしい。
そしてある男の元に来たときに、その男を訪ねてサングラスをかけた男たちが数人現れ訪ねた。
その刀をずっと探している方がいる。
売って欲しい。
金ならいくらでも出す。
だが男はその言葉に欲を出した。
値を釣り上げるだけ釣り上げようとしたのだ。
調子に乗って数億の値を言い出した男に、サングラスの男たちは顔を見合わせる。
そしてそこから、サングラスの男たちは手のひらを返す。
所有者の男はあっという間に仕事を失う。
金に困り、一晴の祖父から金を借りるようになり、借金のカタに妖刀『紅静子』を手渡した。
祖父は刀に興味がなく、刀袋を開けもせず蔵へと置いて行く。
だが元所有者の異様な何かに違和感を覚えたのか……祖父は、蔵に新しい鍵を付けた。
しかし、遅かったのだ。
元所有者が自殺して、一晴の祖父も間も無く病に倒れる。
それは妖刀『紅静子』から発する邪気の影響。
例え直接触れずとも、妖刀の妖力は強力なのだ。
『ぼくはぼくを持つ者を不幸にするんだよ』
だって妖刀だから。
『ぼくを持った人間は死ぬんだ。必ずね』
「……人はどの道、いつか死にます」
『そうだよ、遅いか早いか。でも、ぼくを持った人間はすぐに死ぬ』
「……貴方に直に触れ、所有していた少女は……なぜ貴方に乗っ取られなかったのですか?」
『束のこと? 束がぼくを所有した時、あの娘は妊娠していたんだ。ぼくは男を弄ぶ女を殺すために生まれた刀。妊婦は殺せない。だって妊婦は、魂が二つある。ぼくが侵蝕できる魂は一つだけ』
暗い、真っ暗な空間に膝を抱えた紅静子。
黒い髪が宙に浮く。
左右色違いの瞳に良く見ればバッテンの様な印があった。
その瞳が恨めしそうに一晴を睨んでいる。
あんな年端もいかない少女が妊娠していた?
あの少女はなぜ、あんな亡くなり方を?
祖父の前の所有者の元に現れたサングラスの男たちは何者なのか?
聞きたいことはたくさんある夢だ。
だが、それよりも何よりも。
「……なぜこんな夢を……?」
『おかしな事を聞くんだね。見る夢を、きみは選べるの?』
「……選べませんな……」
『ぼくにだって選べないよ……』
同じ体を今は共有している状態だから、一晴には妖刀の夢が見られた。
妖刀の夢。
不思議で悲しく、目を逸らしたくなる様な、記憶。
「妖刀も夢を見るのですね」
『当たり前でしょ、こう見えてぼく、きみよりずっと長く生きてるんだから。……なのになんで……ぼくは束の夢ばかり見るんだろう? ……きみは、なんでだか分かる?』
「………………好き、だったのでは?」
あの少女を、妖刀紅静子は、好きだったのではないのか。
だから忘れられずに夢に見る?
『好きだと夢に見るの?』
「夢の中でも会いたいものです。現に私は伽藍さんの夢を見たいですよ」
『あれはきみとは違う生き物なのに?』
「……そうですな、例え違う生き物でも……美しい人ですから……」
『美しいものが、良いものとは限らないよ』
「………………そうですな……」
目を閉じる。
暗闇から紅静子の姿が消えた。
夢の中なのになんてリアルなんだろう。
『……それを分かっているならいい事教えてあげるよ。ぼくたち妖刀は一定期間、血を啜らないと眠りにつく。ぼくたちは殺すための刀だから…………。……そうだね、半年くらい……誰も殺さず、傷付けずに過ごせたら、ぼくは眠る。『侵蝕』の呪いも今より更に進行が遅くなるよ』
なぜ、そんな事を教えてくれるのか。
なぜ、そんな切ない声を出すのか。
心の中に染み入るように広がり、沈んでいく。
「………………」
次に目を覚めました時にはカーテンが明るい光で透けていた。
携帯を引き寄せると朝の7時。
頭を掻きながら上半身を起こす。
『おはよう。良い夢は見れたかい?』
「…………おはようございます……。……良い夢なのかはわかりませんが、静子と話をしました……」
『そう。なんて言ってたの』
「…………妖刀は、半年程血を啜らないと……眠りにつくそうです……。呪いの進行もほぼ停止するとか……」
『へー、そうなんだ? ……とは言え、眠りにつかれても魂から離れてくれるわけじゃないもんね。なんとかしなきゃいけないのは変わらないよ』
「そうですね……」
ベッドから降りて身仕度を整え、まずシャワー。
……の、前に隣室の扉をノックした。
「おはようございます、伽藍さん。起きておられますか?」
『………………。……いいや、開けちゃって』
「え、い、いいんですか……?」
『なぜ顔が嬉しそうなのか分かりたくないけど、伽藍はケルベロスの中でも若く人間の生活サイクルをまだ全然分かってないんだよね』
「…………そういえば……一昨日の夜も全く寝ておられませんでしたな……?」
それは出会って、妖刀に取り憑かれて、そして寝袋で一晴が眠った後。
伽藍とトリシェは一切眠らなかったのだ。
翌朝起きた一晴はそれを聞いて驚いたが……。
『ケルベロスは基本、一度の睡眠が人間の時間感覚で数百年に及ぶこともある。伽藍はそのあたりまだ分かってないからなぁ』
「…………起こしましょう」
入りますよー、と一言かけて扉を開く。
ベッドの上で白くて細長い毛玉がゆっくり上下している。
恐る恐る近付くと、でかい!
クイーンサイズのベッドがシングルに見える程度には、その毛玉はでかい。
「でか……でかいですな……!?」
『そりゃそうだよ、ケルベロスの原形体は平均でも50階建てビルに相当するもの。伽藍はお子様だから原形はそこまでじゃないけど、伽藍の兄たちは比べ物にならんくらいクソデッケェよ』
「お、おおう……。……って、原形?」
『幻獣ケルベロスは文字通り“獣”だ。人の姿になるのは戦闘種族として武術や剣術など人間の生み出した戦闘方法を学び、習得するためなんだって。彼らはとにかく戦うという行ためには貪欲であり前向きなの。そんな彼らはの本来の姿が、コレ』
すやすや。
なんとも平和な寝息を立てる獣。
尾は三本。
尖った耳が時々ピククッ、と動く。
動物園で見た事のあるライオンや虎などの猛獣の類ぐらい、でかい。
だがライオンや虎と違い体毛はフサフサのふわふわ。
鼻筋は長く尖っている。
やはりこの世界で彼らに一番姿の似ている獣は狼だろう。
違うのは尾の数と……。
「……? おでこに黒いものが……」
『触っちゃダメだよ。幻獣ケルベロスには三本の尾と三つ目の眼がある。おでこのそれは第三の眼だ』
「なぜそん何尾や目が必要なのですか?」
『尾はレーダーの役割もあるみたい。眼は一族が何千万年と培った知識の共有に使えるそうだよ。それと、毛はふわふわしているように見えて鎧の役割を持つ。……というかいい加減起きろ! 近くでごちゃごちゃ話してるのに起きないって戦闘種族としてどうなの!? お前の事だよ伽藍! 思っクソ気ぃ抜いて原形に戻ってるしさー!』
『んぶあ!?』
トリシェが投げつけた小さな光の玉が直撃して伽藍だという獣は顔を上げる。
そして周りをキョロキョロ見回してから、一晴とトリシェの顔を見るなりベッドから飛び降りた。
普通に立った状態の一晴の、胸元に鼻先がある伽藍は獣の姿。
獣の姿で、四本の足で立った状態で、一晴の胸元に顔があるのだ。
(で、でか……!)
『で、でか……! ちょ、マジでかくないこの犬……犬? 狼よりでかくない!?』
紅静子までもでかいでかいと繰り返す。
いや、マジででかい。
純白の毛並み、赤みがかった瞳の獣が、一晴を見上げる。
この立派な獣が……あの美しい伽藍?
「お、おはようございます、伽藍さん?」
『…………………………』
二歩、一晴より下がる獣。
獣は白い霧に包まれ、それが晴れると昨日と同じ姿の伽藍が現れる。
「おはよう」
『おはよう、じゃ、なーーい!』
「おはようございます!」
「伽藍さん!?」
トリシェの放った小さな光の玉が伽藍の頰にクリーンヒット。
第二球投げました! ……なんて頭で謎の解説者が叫ぶ。
伽藍の綺麗な顔に!
それ以上にあの小さな光玉、なんという威力。
伽藍の体がベッドの方まで吹っ飛んだ!
『仮にも戦闘種族がマジ寝とか、何、具合悪いの!?』
「具合悪くないですぅ……大丈夫ですぅ…………ごめんなさいぃ……」
「はう! 弱々しい伽藍さんも可愛らしいですな!」
『慣れてきた自分がいやだな……』
人の姿に戻った……正しくは人の姿に化けた伽藍がトリシェに怒られてしょんぼりしている。
そんなしょんぼり伽藍も一晴には可愛くて仕方ない。
『っていうかきみ、お風呂は?』
「あ……」
妖刀に言われてようやく思い出した。
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