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妖刀の夢
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夕暮れ時。
人気のない、真っ二つになった土蔵を漁る男が数人。
一様に黒いスーツとサングラスをかけた男たちだ。
彼らは丁寧に残骸を退かしていく。
そして人の手で探せるであろう範囲全てを探してから、雇い主の男を振り返る。
「駄目です、これ以上は。格上の者でなければ……」
「そうか。……そうだろうなぁ。……分かった、手配は終わっている、後は奴らに任せろ。屋敷の方はどうだ?」
「いえ、屋敷の中は物がもうほとんど片付いておりますので……あるとすればやはりこの瓦礫の下かと……」
「…………やれやれ、厄介な事だな」
グレーの刀袋を執事に持たせた三十代半ばの男は髭をなぞる。
そうは言いながらも顔は笑っており、確信があった。
この土蔵の崩壊跡は誰が見ても異様だ。
まるでナイフで半分に切られたケーキのような切り口。
硬く、大きく立派な土蔵が真っ二つに割れて崩壊している。
こんな事は男の“探し物”以外にできるはずもない。
「風様、そろそろティータイムになされてはいかがでしょうか?」
「そうだな……」
執事から刀袋を受け取って、大切そうに中身の重みを感じる。
真新しい土蔵の残骸を一瞥した男は笑みを深めた。
もうすぐ、もうすぐだ。
「八草様、ご報告が」
「なんだ?」
「実は屋敷の囲炉裏に火を使った痕跡が……蔵の破壊跡と同様かなり真新しいもののようです。もしかしたら土蔵を破壊した者と何か関係があるのでは……」
「? 誰かがこの屋敷を訪れていたというのか? ここの家主は亡くなって三ヶ月以上経つと聞いていたが?」
「……もしや縁者の者が訪れていたのでしょうか? 遺品整理は終わっていると聞いておりましたが……」
「……だとしても妖刀を持ち出す事は不可能だ。無事立ち去ることはできまい」
「……確かに。土蔵の子の様子を見るに、間違いなく、紅静子は目覚めたのでありましょう」
「であれば出るのはその縁者の死体かな。ははははは」
***
「ここが私が所属している事務所です」
伽藍とトリシェが一晴に出会った翌日。
夜の10時を回ったくらいに都内のとあるビル、地下駐車場に一晴は車を停めた。
その肩にはトリシェ。
筋肉痛でミシミシする体を引きずりながら、地下駐車場からエレベーターで最上階へと登っていく。
『へぇ、さすが立派なビル持ってるね~』
「……なんか気持ちの悪い感じの部屋だな……」
「あ、伽藍さん、これはエレベーターという乗り物ですよ。この一室は箱になっており、電気の力で上下階を楽に行き来できるのです」
「こ、これも乗り物だったのか!?」
「知らなかっ……、か、可愛いですなっ……!」
『……うん、伽藍は異世界……この世界のことを何も知らないのと同じだから……その調子で色々教えてあげてね……』
半ば放り投げるかのようにいうトリシェ。
顔半分を手で押さえていた一晴はむしろ嬉しそうに……いや、嬉しいのだろう、満面の笑みで「喜んで!」と頷いた。
……押さえていたのが鼻だったのが一抹の不安を覚えさせるが……。
だが実際問題、伽藍は一族の中でもかなり箱入り。
体が弱かったせいで他の兄弟よりも世間知らずなのだ。
逆にその事で好奇心も旺盛なようだが、その辺りはまだトリシェしか気付いていない。
エレベーターが最上階に到着し、到着を知らせる音とともに扉が開く。
そこは玄関で、すぐに部屋となっている。
『え、何これこんな事ある!?』
「こちらの最上階へは地下駐車場からの直行エレベーターからしか行けません。エレベーターへの扉自体、知っている人間が少ないので」
『いや、え? ここ家なの!?』
「はい、彗さんのご自宅ですよ」
マジか~、と豪勢な天井を見上げるトリシェ。
伽藍はそれがどういう事なのかよく分からない。
ただ一晴の祖父の屋敷とは全然違う、ということだけ。
ほんの少し薄暗い玄関を通り過ぎると、一人の男が現れる。
長身で、細身に見えるがなかなかがっちり男らしい体型。
黒髪の映える、非常にイケメンだ。
観音開きの扉を開き、微笑んだ男へ一晴は「月さん、彗さんの体調は……」と心配そうに問う。
「うん、今日はまだ大丈夫だな」
「良かった。お会いできますかな?」
「ああ、一晴が来たら通せと言っていた。何か用があるのだろう? ……因みに……そちらは?」
「ん?」
「あまりに美しい方ですのでナンパ致しました。将来的にはぜひ我が妻にと!」
「おお、そうかそうか」
「ちょっと待て! 何言ってるんだ!?」
はっはっはっ。
笑い合う二人に置いてけぼり状態の伽藍。
(なるほど、同類か……。相変わらず変なやつばっかり取揃えるな……)
と、トリシェはがっくり頭を下げた。
彼はどうも昔から部下に世の中の爪弾き者やら、奇人変人の類を選ぶ事が多い。
彼自身がそうだからか、そういう人間しか彼についてこれないのだろう。
それにしたってまたおかしい奴が現れたもんだ。
『因みにこちらは?』
「望月月さんです。彗さんの大学時代からのご友人で、主治医兼ご友人兼秘書……ですかな? ……因みにこの事務所のトップモデルも務めておいでのチート野郎です。基本的に人の話は聞きません」
「?」
『要するになんでもできる変人って事さ。あんまり話し掛けないようにね』
「わ、分かった?」
初対面なのにすでに扱いが酷い。
「はっはっはっ、立ち話もなんだ、中へ入ってくれ」
『お邪魔しまーす』
「おう、邪魔するぜ」
と、促されるまま入室しようとして、ハッとするトリシェ。
いや、待て、この男が主治医兼友人兼秘書だのと言っていたが、まさか……。
『え、この人もここに住んでるの!? 彗くんと一緒に住んでるの!?』
「はい。彗さんはすぐ体調を崩されるので月さんが付きっきりですな」
『……! ……そんなに悪いの……』
「あと、一応未成年ですので。彗さん、お父様と同居しておられんのです。成人男性が同居しているのはいいんですが……月さん、彗さんに下心しかない変態です故、心配ですな」
『は?』
「こらこら、一晴、そんな本当の事を……恥ずかしいではないか」
はっはっはっ、と笑いながら肯定するあたりなるほど、変人だ。
いや、それ以前に……。
『彗くんって、歳……確か……』
「十四歳です」
『月って人は……?』
「二十六歳ですな」
『ショタコンの変態じゃねぇかあぁ!』
「はっはっはっ、恋に年の差など関係ない」
『キメ顔で何言ってんの、イケメンでもアウトじゃボケェ!』
「しょた……?」
「ははは、伽藍さんにはまだ早いですな」
見るからに歳上だな、とは思っていたが十二歳も年上ではないか!
そりゃ医師免許もあるモデルなんてハイスペックイケメン以外の何者でもないのだろう。
だがしかし、それとこれとは話が別だ。
確かに世の中には年の差婚というものもある。
けれど相手は十四歳だぞ、十四歳。
中身は神様なので精神年齢的にも逆年の差はあるものの、それもまたそれはそれ、これはこれである。
「彗、一晴が来たぞ」
「お帰りなさい。ずいぶん賑やかでしたね」
「ただいま戻りました。……体調は大丈夫ですか?」
扉を開けてすぐにリビングルーム。
大きなソファとテーブル、奥にはカウンターキッチン。
広々としているが夜だからか、薄暗い。
一晴が声をかけた人物は車椅子を動かして近づいてくるが、ガツンとソファに車輪がぶつかる。
「ああ、彗、良い、俺が連れて行く」
『! ……彗くん、キミ、……目が……』
「すみません月。……こんばんわ、トリシェさん、お久方ぶりです。一晴はお帰りなさい。体調は大丈夫ですよ」
と笑顔で言うのはふわふわのピンク髪の少年。
伽藍にもトリシェにもすぐに分かった。
彼は歩けないし、目も見えないのだろう。
一晴の声のした方に顔は向けているが、目が合わない。
(……神器を騙し取られて長いと聞くが、ここまで弱っておられたとは……。人の身に転生できたのが奇跡的じゃないか)
伽藍もこれには少し動揺した。
体調は大丈夫だと言ってはいるが顔色はあまりよろしくないように見える。
それは別に、部屋が薄暗いせいではないだろう。
一晴が「時になぜ部屋がこんなに薄暗いので?」と先程からの疑問を月に対して投げかける。
「うむ、この方がロマンチックだと思ってな、俺が」
「聞いた私がアホでしたな、失礼」
「違いますよ、月が夕飯が済んでから今の今までソファで寝ていたから、僕が弱めておいたんです。なんですかその理由の分からない格好の付け方」
「はっはっはっ、おかげで目が冴えているぞ」
「………………」
『………………』
「………………」
しょうもない人だというのは、分かった。
「ああ、月は僕が神なのを信じてるんだか信じてないんだか分からないので話を始めて構いません」
『いいの?』
「俺は彗から離れんぞ」
「……何を言ってもどうせ聞きませんよ」
「はあ……」
『そう? じゃあ遠慮なく、経緯を説明させてもらうね。一晴くんにもまだ話していない事があるから、とりあえず最初からかな?』
「?」
なぜか一晴の頭の上に移動したトリシェが語り始めたのはそもそも、トリシェと伽藍がこの世界に訪れた本来の理由。
この世界にはトリシェの友人たる神、今の人間としての名前は春日彗。
彼がとある人間に神器を騙し取られた事が発端だ。
二十年周期で転生を繰り返す彗のために、幻獣ケルベロスの一族から下級下位弟で異世界修行未経験の伽藍を借りて来て、彗の神器を騙し取った人間から取り戻すのが目的。
しかし、情報もなくとりあえず彷徨っていたトリシェと伽藍が出会ったのが一晴だった。
『んで、一晴くんはまさかの妖刀『紅静子』に取り憑かれ、魂に同化されてしまいましたとさ』
「なんと運の悪い……」
「そんな短編物語風に終了しないでくだされ!?」
「うん、彗は神器を奪われたせいで生れつき目が見えんのだったな」
「はい。……あれ、その話信じてたんですか?」
「俺は彗の言う事ならなんでも信じているぞ」
『あれ? じゃあ脚は?』
車椅子の彗。
てっきり歩けないのも、神器を奪われていた影響かと思っていたのに。
「ああ、いえ、神器の影響は生れつき見えない目だけなんです。……その、脚は……五年ほど前に事件に巻き込まれて……脊髄損傷で下半身が動かなくなってしまったんですよ」
『……キミ相変わらず何かしらに巻き込まれて一度は必ず生死の境彷徨うよね……』
「そうですね。二十歳までしか生きられないのと同じように、それもまた僕の呪いなのでしょう」
「神なのに呪い持ちなのか?」
「神だから、ですよ。若いケルベロス」
『俺の治癒術も半分呪いだからね~』
「そ、そういえばそうだったな……」
「え、え? なんだかとても不穏なのですが……!?」
『心配しなくても一晴くんは大丈夫だよ。俺の呪いは負の吸収。あらゆる悪いものを身代わりに引き受ける呪いなの。神格化した今では、その呪いも形を変えているしね』
「……み、身代わり?」
それはあまり良いものではないのでは。
妖刀の悪い何かがトリシェに吸収されるから、一晴は今も“鶴城一晴”でいられているだけなのだとしたら……。
「トリシェさんは『一人の人間が一生で体験するありとあらゆる苦痛と絶望』や『一人の人間が一生で救済する不幸と生命』を遥かに超えてしまったことで神格化した神様なんです。とても高貴なお方なのですよ」
これでも。
……なぜだろう、社長の笑顔にそんな言葉が付け加えられたような気がしてならない。
「……そういえば伽藍さんもトリシェ殿は最高位の神様だと……」
「そうだぞ、トリシェ殿は神の中でも最高位の地位に位置する。本人にその自覚が足らんような気もするが……」
『え……それなりに自覚はあるつもりなんだけど……』
「ご自覚足りませんよ。僕が言うのもなんですが、人の世に干渉しすぎです」
『ほんとにキミにだけは言われたくない!』
「彗はどの位偉い神様なんだ?」
マイペースなのか、話を逸らしにかかったのかは分からないか月がのほほんと彗の耳元に顔を寄せる。
近い近い近い。
目の見えない彗にも吐息が届く距離。
絶対にわざとだ。
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