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神と獣と人間と
【7】
しおりを挟む「これがこの世界の食料なのか……」
「ええまあ……カップラーメンと言いまして…………ん? カップラーメンをご存知ないのですか?」
「かっぷらーめん?」
『幻獣ケルベロス族はリーネ・エルドラドという世界に住んでるんだよ。簡単にいうと異世界だね。だからこの世界の事は全然知らないの』
「異世界に滞在して、その世界のことを学ぶ修行があるんだ。俺はその修行に来たばかりでな!」
「い、異世界……」
「それで、このかっぷらーめんというものをきみたちはどう食べるんだ?」
「……………………」
ワクワク、と好奇心いっぱいの目で見上げられ、つい魅入る。
陽があった頃とはなんだか伽藍の雰囲気が違う。
興味を隠しもしない。
『……食べ方見せてあげて』
「え、あ、はい……」
どうせ食べるのだから別に構わないのだが、なんだかジッと好奇に満ちた眼差しで(好みどストライクの顔に)見つめられながらカップラーメンを食べる、というのはなかなかに恥ずかしい。
何しろカップラーメンだ。
料理は作れるが、遺産整理で一日か二日程度しか滞在するつもりがなかったので持って来た食料は全てインスタント……。
たらいに沸いた湯を伽藍の魔法で適量カップの中に落としてもらい、三分待つ。
三分後、マイ箸で解れた麺を持ち上げると伽藍の目は今までにないくらい輝いた。
「おお~!? 塊がにょろにょろしたものになったぞ!」
『乾麺というんだよ。人間が科学力を用いて瞬間乾燥させる事で、適量の熱した水分を与えると元に戻る仕様になっている便利な保存食、携帯食だよ』
「魔法がない世界で発達するやつだな!? すごいなこんなことができるのか!」
「……………………」
大興奮されてる。
『早く食べないと伸びちゃうんじゃな~い?』
「ひい!?」
「どうやって食べるんだ? どんな味がするんだ?」
『あれ、顔色が悪いけど……そんなにお腹空いてるなら俺たちに遠慮しないで食べていいよ? 俺はもとより伽藍も別に食事はあんまり必要としない生き物だから』
「……い、いえ……妖刀が……また話しかけて……!」
妖刀に言われた事は地味にごもっともだったのだが、頭の中で知らぬ何かが喋る感覚というのが慣れない。
慣れないというか慣れたくない。
一気に食欲が減退したが、ワクワクした伽藍の眼差しに敗北感のようなものを感じて渋々口をつける。
安定の美味しさに変に安心して、食が進み始める……人の身の悲しさかな。
『それな。……さて、妖刀をなんとかするために、俺が力を振るって問題ない器が欲しいんだけど……』
「俺の体を使っていいって!」
『嫌だよ、キミの体『人形体』が不安定なんだもん』
「うっ……」
「……その、トリシェ殿の力をどうのというのはどういう……?」
『俺は神様なの。妖刀とは対極に位置する『光属性』の神様! ……妖刀はその性質柄どうしても『闇属性』だからね、俺みたいな『光属性』でないとどうにかするのは無理だろう』
「はぁ……? 何やらゲームみたいな設定ですな」
『設定って訳でもないんだけど……この世界ではそうだろうね』
それで、そのトリシェの『光属性』の力を振るうには体……器が必要だという。
今使っているような布の柔らかい素材の人の形をしたものが好ましい、らしい。
そして大きさは大きければ大きい程いい、という。
トリシェの力は発揮するのに器の大きさが関係してくるそうだ。
スマートフォンのネットオークションなどでそれらしきものを検索するが、気持ち悪いマネキンやビニール風船のような人形しか出てこない。
当たり前だがそんな布製の人間の等身大人形とか怖すぎる。
「なんで布製がいいんだ?」
「ですな。なぜマネキンではダメなのです?」
『いや、別に布製じゃなくても宿る事はできるんだけど……相手は妖刀だよ? ……関節硬いと動作が遅くて返り討ちにされるよ』
「ど、動作的な問題ですか……」
「それにしても、このすまほというのは凄いな! 薄いツルツルした板にしか見えないのに……一体どうなっているんだ?」
『俺はこんな田舎でWi-Fi使えることに驚いたよ。よくルーターが機能してるね』
「本当ですな! ……しかしトリシェ殿はこの世界の神ではないと仰っていた割に、伽藍さんよりこの世界についてお詳しいですな」
『…………ああ、まあ、そうだね……今はこの世界に暮らしてるようなものだから……』
「そうなのですか? 神様にも移住とかあるんですか?」
「あー……いや、トリシェ殿の世界はもう滅んでいるんだ。……その……惑星ごと……」
「………………」
わくせいごと……?
わくせい……。
『惑星』
チーン。
頭の中で繋がった異世界=惑星に血の気の引く音がした。
「トリシェ殿は宇宙人と言うことですかな!?」
『そういう考え方もできるけどね。次元そのものが違う場合もあるから一概には言えないねぇ。少なくとも俺と伽藍の出身地はこの世界とは次元が違うよ』
「うちゅうじん?」
『別の惑星の生命体の総称だよ。この世界はまだ惑星の外の生き物と交流がないんだよ。……あ、君のところもないか』
「星の外にも生き物がいるのかい? そいつは興味深いな! トリシェ殿の生まれた世界はうちゅうじんがいたのかい!?」
『いたよ。異界人も俺に縋りに来る世界だったから、本当に色んな人種がいたねぇ……』
「異界人!?」
『そう。一晴くんからすれば俺と伽藍は異界人になるんじゃない? ま、俺は人じゃなくて神様だけど』
「それなら俺も人じゃないぜ」
『異界獣ってか? はははは!』
「……異界人……」
宇宙人ですらワイワイ騒がれるこのご時世。
まさか宇宙人より先に異界人(?)と出会う事になるなんて。
人生分からないものだと天井を見上げる。
『っていうかこの人形、完全にぼくに勝つつもりみたいだけど……こんな弱っちい神さまがぼくに勝てると思ってるの?』
「…………………………」
……ついでに妖刀に取り憑かれてもいた。
「あの、それで、トリシェ殿は本当に私の中から妖刀を追い出す事ができるのですか?」
『器があればね』
「……因みにそのお体ではなぜダメなのですか?」
『生前の体に近い方が、力も同じように使えるからだよ。逆にこんな感じの生前とかけ離れた器では力の半分も出やしない』
生前……。
今さらりと怖い事を言ったような。
「……トリシェ殿は亡くなられているのですか……?」
今目の前で喋っているのに。
『何千年も昔にね』
「……死んだ人って本当に神様になるんですね……?」
『普通は死んだところで神様にはならないよ。神様になるのはそんなに簡単じゃないから。……俺も別になりたくてなった訳じゃないし』
「仏の道に準じた修行僧の方とかではないのですか!?」
『え……俺そんな厳格な生き方したように見える?』
「ちっとも見えませんな」
『でしょ? ……まあ、世界の数だけ神様になる方法はあるものなんだ。生きたまま神になった奴もいる。そういう奴は体があるけど、俺は体を失った神様。神様って言っても意外と制限や不可能な事は多いし、自分の司る“概念”以外の事は基本苦手だ。幸い、俺はその“概念”に基づいて治癒系は得意だから、キミの魂に張り付いた妖刀を分離させる事は可能だよ。ただし!』
「……生前に近い姿の器が必要……というわけですな……」
それはなんとも難しいお題だ。
伽藍以外で、一晴のために体を貸してくれるような人間……。
『あとさ、実はもうひとつ問題がある。一晴くんは俳優って言ってたけど……』
「は、はい?」
『俺を四六時中、肌身離さず持ってる事はできる? 俺が少しでも離れると、多分妖刀にまた操られると思うんだよね。……人の多い場所で妖刀に操られたら……間違いなくキミは人殺しになるよ』
「は………………」
口許がひくついた。
この女児が喜びそうな人形を……しかも地味にそれなりに邪魔な大きさがあるこの人形を……24時間肌身離さず持ち歩け、だと?
「無理です! 舞台や吹き替えの仕事はともかく、ドラマやCMの撮影は衣装が用意されてるんですぞ!?」
『だよねー』
「いやいや、無理などと言うがトリシェ殿が妖刀を封じなければきみの魂は妖刀に喰われ、体は妖刀のものになってしまうんだぞ? そうなればきみの体を使って何をするか……」
『うふふ、そうなったらたくさん女を殺すんだ~! 目につく女は皆殺し~!』
「女人皆殺しとか恐ろしい事をほざいとります!」
『紅静子が? そう言ってるの? ……そうか、妖刀『紅派』は刀工が好きになった女性に振られた腹いせで打たれた刀だもんね。妖刀の目的は『女性への復讐』なんだ? ……酷いね……』
「全くですな……! 完全な逆恨みではありませんか!」
『ふん、そんなの人間の都合でしょ~? ぼくはぼくの存在意義を果たすだけだもんね~っだ』
冗談ではない。
一晴は都心に近い場所に住んでいる。
仕事場でも女性はそこかしこにいるし、いない方が珍しい。
むしろ、絶対いる。
舞台やドラマは特に、絶対。
青褪めていく一晴。
「ど、どうしたら……!? ……いえ、それってつまりトイレやお風呂にもトリシェ殿が同行なさると言う事ですかな!? 嫌です! それなら伽藍さんもご一緒に……!」
『……俺もできれば野郎の風呂にもトイレにも同行したくねぇよ……』
『んふふ、なんか簡単にまた自由になれそう♪ 自由になったらその人形を真っ先に真っ二つにしてやる☆ ぼくの刃は神だって斬れるんだから』
「トリシェ殿のそのお体を真っ二つにすると言っとりますぞ!」
『え、ああ、そうなの? 別にこの器が真っ二つにされたところで俺は消えないけどね? 妖刀が斬れるのはこの世界の理に縛られた神だけだから』
いや、そもそも妖刀ってそんな凄いものなのか。
ドン引きする一晴だが、更にトリシェは『妖刀が斬れる神にも種類はあるだろうけどね』と続ける。
紅静子はその見た目からトリシェを“斬れる神”の類だと思っているようだ。
「……しかし、思いのほか状況は芳しくないものだな。トリシェ殿の器は入手が難しそうだし、妖刀を封じ込めるためにトリシェ殿が一時も離れられんとは」
『うん、確かに思いのほか厄介な状況だね。……妖刀相手じゃあ仕方がないけれど……』
「そういうものなのかい?」
『そりゃあ、この国に限らず魔剣の類は厄介だろう? ……あ、伽藍は魔剣の類も初めてか』
「う……。ああ……」
『妖刀、魔剣なんかは総じて呪いを孕んでいるものさ。人間の悪い部分を具現化したような存在だからね。まあ、そういうものに限らず道具に意思が宿っているところは多く見てきたけれど……さすが日本だね、妖刀が九十九神として顕現するなんて初めて見たよ』
「九十九神……? 神? 妖刀なのにですか?」
『そう。だから驚いたの。……この世界の、この国ならではなんだろうねぇ。……紅静子が俺を斬れると思っているのは、同じ神の位にいるからだろう。でも、残念。俺はこの世界の神じゃないし、例えこの世界の神だったとしても最高位の『光属性』の神様だから妖刀の九十九神如きには斬れないんだよーん』
『むかつく!』
「…………………………」
なんてレベルの低いやりとり。
仮にも神様が……。
伽藍が呆れたような顔をしたあと、誤魔化すように咳払いをする。
「一晴の仕事の関係者に妖刀のことを説明したらいいんじゃないか?」
「伽藍さん……! 初めて私の名を呼んでくださいましたな!?」
「え? あ、そ、そうだったか……? ……いや、あの、今はそんな話ではなくて……」
『そうだね、でも残念ながら妖刀に取り憑かれたからと言っても普通の人間は信じない。この世界はそういうものを信じることがなくなっている』
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