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神と獣と人間と
【6】
しおりを挟む『……は!?』
一晴にドン引きしていた紅静子の体を、強烈な横蹴りが搔き消す。
黒い霧になって霧散する紅静子の姿は妖刀本体に吸収されていく。
蹴りを決めた伽藍は一晴の体の後ろに回って、そのままホールド。
両腕を掴まれ、刀を鞘へとしまわれる。
「我が人生に一片の悔いなし‼︎」
『嘘付け』
キン、と鞘へ完全に妖刀が収められると、トリシェが一晴の肩へ飛び乗った。
はい、嘘です。
伽藍の体が離れると、素直に謝った。
膝から力が抜けて、手に持っていた妖刀が霧のように消えていく。
「…………助かった……?」
『残念、まだ妖刀はキミの中だよ』
「ええ!?」
「今はトリシェ殿がきみの体の中に妖刀を封じてくれただけさ。トリシェ殿がきみの体から離れればまた現れるだろう」
「ま、待ってくだされ! なぜ私の中なのですか!?」
『ゴメンねー、妖刀の呪いに種類があるなんて知らなかったんだよ。魂と同化してるってことは、妖刀を折っちゃうとキミの魂にも影響が出る。下手したら死んじゃうと思ってさ~』
「……死……!?」
『……それにしても、因果かねぇ……紅静火の弟刀とこんな形で会うなんて。ついでに調べておいてラッキー。……なんて、言ってる場合じゃないか。問題は解決してないもんね』
「そ、そうですよ! そもそも、妖刀って……! ………………?」
立ち上がろうとしたのに、立てない。
膝と腰にまるで力が入らない上、腕も上がらない……プルプルする。
「? もしかして腰でも抜けたのかい?」
『いや、人の身は妖力に弱い。当てられたんだろう。一晴くんって意外と霊力は高い方だけど、だから妖力に耐性があるかと言われるとそうでもないしね』
「そうか、なら肩を貸そう。……ところで先程から言ってる“妖力”ってなんだ? 霊力は魔力の別称みたいなもんだと習ったが……」
『そうだね……妖力は魔力に悪意が強く混ざったモノ……かなぁ? 妖力も魔力の別称みたいな感じだけど、そうやって使い分ける世界もあるんだよ。そういうのこの世界以外にも意外とあるものだから覚えておくといいかもね』
「へー……本当に俺はまだまだ勉強不足だな……知らないことがこんなにも多いなんて……」
「……は、はう……伽藍さんの顔がっ、香りが……! ケモ耳がこんなにも間近にっ……!」
「顔は元気そうなんだけどなあ……きみ……」
『……そうだね……伽藍はもっともっと山ほど学ばなきゃいけないことがありまくりだね。とりあえず耳と尾っぽはしまえば?』
「え、そんな勿体無い!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、一度集中したいから……あとで……」
「ずっとこのままでも良いと思いますぞ!」
『やかましい』
一晴をまさかの横抱きで小道を下り始める伽藍は、肩を貸すの意味を知らないのか?
正直トリシェとしてはあんまり甘やかすなと言いたい。
だが妖力に当てられてこんにゃくみたいになってる一晴を見ると肩だけでは足りないだろうと、溜息をつく。
『……仕方ないな~、もう……』
へにゃへにゃな一晴の胸元に転がってバランスを取るトリシェは、丸い手を胸にあてがう。
これでも高位の神様なので、妖刀の悪い気を浄化する事など造作もない。
だが小さなぬいぐるみの器では時間が掛かる。
伽藍が屋敷に運んで、畳に寝かせても……顔は幸せそうなんだが……浄化はイマイチ終わらない。
「しかし、トリシェ殿、それで……妖刀を彼の魂から引き剥がすにはどうしたらいいんだい?」
『方法はいくつかあるんだけど……』
「あの、それよりも伽藍さん、もし宜しければ膝枕をしていただいても……!」
『少し黙ってて』
「私当事者ですけど!?」
『余計黙って聞いてて。……俺が憑依して妖刀を弱体化させてから取り出して叩き折るのが一番確実。けど、そうなると一晴くんの人格が休眠状態になってしまうからこれは却下』
「膝枕ってなんだ?」
「正座していただいても宜しいですか!? その折った膝の上に私の頭を乗せて……」
『伽藍はまず耳と尻尾をしまいなさい』
「あ……そ、そうだな」
「お待ちを! お待ちくだされ! そんな勿体無いぃ~~!」
『キミちょっと自分の状況分かってる!? 俺がいないとまた妖刀に操られるんだよ!?』
冷静なのか、現実逃避しているのか。
それとも正真正銘のアホか。
トリシェが腹の上にいるのにがばりと起き上がって耳と尻尾をしまう伽藍の腰にしがみつくアホ。
怒られたって「リアルにケモ耳ケモ尻尾のある美人などおりません!」と騒がしい。
そりゃそうだろうけれども。
「……耳や尾が出てしまうとは『人形体』の維持修行もまだまだ足らんなぁ……」
「ああ……! 勿体無い……!」
「……も、勿体無くない! 耳や尻尾が出るのは恥だ!」
「恥などではありませんぞ! 可愛いです!」
『……すっかり伽藍の耳と尻尾を受け入れてるとこ悪いけど、これに関してはビビったり説明を求めたりはしない訳? 普通の人間には耳と尻尾はないよ?』
「可愛いは正義です故、伽藍さんなら何でもいいですな!」
『オッケー、その辺り今後は流すね。じゃあ妖刀の話なんだけど~、聞く気はある?』
「ありますとも!」
良かった、妖刀の話には興味を失っていなかった。
正座した一晴に、伽藍が「体が動くようになったんだな」と感心する。
「……そういえば……? 先程はまったく動かなかったのに……」
『体の表面に残っていた妖力は浄化しておいたからね。けど、明日筋肉痛は和らげる事しかできないから』
「……筋肉痛は確定なのですか……」
『人間の体は寿命を保つために細胞レベルでリミッターが掛かっているからね。……それをブッ壊すと、下手をすれば人の枠を外れてしまう。妖刀『紅静子』は『呪い』を使って取り憑いた人間の肉体のリミッターを壊し、自分に都合の良い操り人形にしてしまうのさ』
「……妖刀は人間を操り人形にして何がしたいんだ?」
『少なくとも『紅静火』は持ち主の意思を尊重するところがあった。でも他の二振りは到底そんな感じじゃないね。だから目的は良くわかんない。特に『紅静留』は無銘の美術刀としてとある神社に奉納されたが、その神社は御神木が捻じ切れ倒れたばかりか本堂が火事で焼けてしまったという。奉納されていた『紅静留』は住職と一緒に行方不明……』
「……………………そ、それは、私が今日取り憑かれた刀と同じ刀なのですか……?」
『いや、『紅静留』は『紅静子』の弟刀。『紅派』の妖刀は三振りある。俺の息子が『紅派』始まりの妖刀『紅静火』を奉納されていた神社から買い取ってしまってね……心配で調べたら他に弟刀が二振りもあるって知って所在を確認したらそんなことが分かったんだ。……足取りが全然分からなかった『紅静子』がこんな場所にあるなんて思いもしなかったよ』
「……こんな刀が他に二振りもあるのか……!?」
『静火は俺が折った。……今は打ち直しされて短刀になってる』
「思いっきり残っているのですか!?」
『息子が静火と仲良くなっちゃってさ~……どうしても手元に残したかったんだって。打ち直ししたから人格……いや刃格は消えちゃったけど……九十九神として新しく生まれ変わる事はあるんじゃないかな』
この世界はそれができるから。
というか、妖刀と……仲良くなる?
体を支配された一晴には到底理解できない。
『兄さまとぼくは呪いも違えば妖力も違うからね~』
「うわあああぁ!?」
『うわあ、びっくりした!? えぇっ、何何!?』
急に聞こえた声に跳ね上がる。
あの子どもの声だ。
左右を見回すが廃れた部屋には伽藍と、一晴の膝の上に乗っているトリシェだけ。
『ぼくの声はきみにしか聞こえないよーん。ついでにきみの思念はぼくに筒抜けだから』
「よよよよよ妖刀の人の声が頭の中からします‼︎」
「妖刀が頭の中にいるのか!?」
『いや、違うでしょ。妖刀は魂に同化してるって言ってたし、そこから思念を共有しているんだ。『紅静子』の呪いは『侵蝕』……直ぐには同一化せずゆっくり、少しずつ妖刀に魂を食われていくことになるんだろうね』
「そ、そんなっ! ……助けてください!」
『素直でよろしい!』
でも、と腕を組むトリシェ。
先程トリシェが最も有効な手立てとして上げたやり方は、ある意味妖刀よりも余程悪質。
一晴の人格を眠らせ、何年も使って取り憑いた妖刀を弱体化させるというもの。
「だがさっき言っていた方法が最も確実なんだろう?」
『でもナンセンスでしょ。一晴くんの人生を何年奪うことになるか分からない!』
「そんな、困ります! 来週から次の舞台の読み合わせとドラマの仕事と映画吹き替えにCMの撮影が……!」
『俳優さんって言ってたもんね。つまりそれ以外の方法』
「他の方法……というのは?」
ごくり。
伽藍と一晴がトリシェの言う“他の方法”をジッと待つ。
『俺がこのぬいぐるみ以外の大きな器を得る事! 理想は俺が人だった頃と同じ様な体だけど、さすがにそれは贅沢言い過ぎだからーーー』
「マネキンにAIを移植するんですか?」
『オッケー、まず改めて自己紹介しよう! 俺の名はトリシェ・サルバトーレ! 異界で奉られた『光属性』最高位の神格を持つ神様だよ! ゴメンね、ぬいぐるみの中に機械が入ってるわけじゃない! ぬいぐるみの中には神様が入っています!』
「神さま!?」
しゃきーん、と謎のポーズ。
本当にこういうところふざけた神様だ。
なので一晴の目が盛大に疑いを含む。
「神様……」
「……疑わしい気持ちは分かるが事実だぞ。数少ない、人より昇格した神故にどうにもこういう所が抜けないらしいが……神格は最高位だ。きみたちの世界の神がどういうものかは知らないが、余り雑に扱ってくれるなよ」
「……伽藍さんは……確か幻獣ケルベロス、なんですよね?」
「そうだぜ。『理性と秩序』を司る番犬と言われ、世界の秩序を乱すものを裁く権限を与えられている。……って言っても、俺はまだ未熟でな……兄様たちのように何を悪とし、何を裁けばいいのかまだ分からん!」
「……何やら凄いお役目をお持ちなのですな……」
「一応神に連なる獣の一族だからな」
『それにしてもすっかり陽が落ちて暗くなってきたね……伽藍は暗がりでも見えるけど、俺や一晴くんは灯りがないと良く見えないもんね……仕方ない……点・灯!』
「ま、また神力をそんなくだらないことに……!」
ぺかー!
光り出す神様。
眩い光が部屋を照らす。
明るさになんだかホッとする。
ぐうううう……。
「…………申し訳ありません……」
『伽藍、台所からたらい持っておいで。もう正体バレちゃったから魔法でお湯作っちゃおうぜ』
「その方が早いもんな」
「ま、魔法!?」
「……でもなんでお湯?」
『いいからいいから。面白いものが見れるよ』
聞き間違いかと思ったが、台所からたらいを持ってきた伽藍は両手を突き出すやいなやたらいを球体状の浮いた水の中で洗った後、畳に落とした。
囲炉裏にたらいを置くとまた何もないところから水を生み出し、気が付けば囲炉裏は薪もなしに燃えている。
開いた口が塞がらなくなる一晴。
「魔法少女属性までも……!」
『違うよ。ケルベロス族は体内魔力が人間の数万倍なんだ。この世界のように魔法を使える程、自然魔力のない世界でもこの子たちのように体内魔力が豊富なら魔法は問題なく使えるの』
「……萌要素が止まりませんな……!」
『……カップ麺持ってこい』
「うぶっ!」
五センチくらいの細い片腕にぶっ叩かれて痛いのは、このぬいぐるみ人形の中身が神様だからだ。
発光するぬいぐるみを肩に乗せ、持ってきた荷物の中から食料……カップラーメンを取り出す。
すごすごと囲炉裏の横に戻り、ふたを開ける。
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