潜在戦争クライシス 〜妖刀の夢と水の王〜

古森きり

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神と獣と人間と

【5】

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舌ったらずな話し方の、幼い子どもの声。
一晴の肩に両手を乗せて、ふわふわ浮かびながら上半身を乗り出す……どこか子どもっぽい仕草。
体は動かないけれど、目線だけを乗り出している人物?へと向ける一が見たのは真っ白な肌。

「……あの……状況が……掴めないのですが……」
『うん、キミは今、妖刀に取り憑かれたんだよ』
「…………よ、妖刀に取り憑かれ……」
『そして体の自由を妖刀に奪われている。要するに操られているんだ』
「なるほど。……………………助けてください‼︎」
『素直でいい子!』
『ちょっと~、ぼくの質問無視しないでよ~。殺しちゃうよ~』
「!」

一晴が刀……妖刀を床に突き立てる。
すると伽藍の足元から黒い刃が突き出して前髪を数本、斬り裂いた。
一歩、退けていなければ首が落ちていただろう。

「伽藍さん‼︎」
『うふふ……『影刃えいじん』っていうんだよ。突き刺した分の切っ先が影の形になって好きな所に飛び出すの♪ 今度は首を落としてあげるね』
『…………! ……キミのお兄さんはこんな力、持ってなかったけど……!?』
『兄さまは持ち主の腕が立ったから、わざわざ使わなかったんじゃない? この技、戦闘中に使うと隙ができちゃうから。……ねえねえ、それよりも兄さまはどこ? 居場所を知ってるなら教えてよぉ』

床から切っ先を引き抜くと『影刃』というものも床へと消えていった。
今度は、などと気にした様子もないが伽藍が戦闘種族でなければ……普通の人間だったら……今ので首が落ちていただろう。
……本当に殺す気できている。

『……折っちゃった』
『は?』
『……折ったよ、俺が。前に戦った時に。……彼、妖力はそんなでもなかったけど、呪いは強力だったから……』

……沈黙が流れる。
冷や汗がぶわりと滲む一晴。
折った?
あの人形のぬいぐるみが?
妖刀を?

(結局事態が飲み込めないのですがっ!?)

人形が妖刀と戦って妖刀を折る、という状況の、謎。
そしてその折っちゃった妖刀が、この妖刀の“兄”だと!?
一晴と全く同じ事を思って表情が変に真顔になる伽藍。
頭にハテナマークが乱舞する。
人形が、妖刀と戦って……折る?
いや、トリシェは神格の高い神だ。
妖刀を折るくらい造作もないんだろうけれど……。

(……その身体で……? 馬鹿な、無理だろ……!)

トリシェのような憑依型の神様は、器の大きさによって発揮できる力にも限度がある。
トリシェが今使っているぬいぐるみの全長は約30センチ。
真顔が疑いの眼差しに変わる頃、紅静子は笑い出した。

『あははは‼︎ 折られたぁ!? 何やってんの兄さま~‼︎ え~、じゃあ死んじゃったの!? ウケる~!』
「…………(ウケておられる……)」

腹を抱えて大爆笑し始めた子どもに一晴は青ざめる。
刀の兄弟関係がどのようなものかは分からないが、一晴には弟や従姉妹が多くいるのでこんな風に笑われるとゾッとしてしまう。

『……さぁ、俺は答えたよ。その子から離れてくれる?』
『無理だよーん! ぼくたち妖刀は一度取り憑いたら離れないもーん』
『折るよ?』
『やってみなよ。この子も死ぬよ、もう魂と同化しちゃったもん♪』
「は!?」
「!?」
『静火兄さまの呪いは斬った人間を数年かけて弱らせて殺す『衰弱』だけど、ぼくは違う。ぼくの呪いは『侵蝕』!  ふふふ、ぼくはぼくを持った持ち主の魂をゆ~っくり喰べて、一体化していく呪いなの! この子の魂はもうぼっくのもの~』

がばりと一晴の首に抱き着く紅静子。
伽藍の横に浮かんだままのトリシェは腕を組む。
表情は人形なので分からない。
ただ伽藍にだけは溜息が聞こえた。

「……あ、あの……お二方、もし宜しければ私を叩き起こしてくださいませんか? どうやら変な夢を見ているようでして」
「うん、心配しなくても現実だぞ。まぁ、待て。今その口喧しい妖刀を黙らせる方法を考えてる、トリシェ殿が」
『まさか妖刀の呪いに種類があったとは……。って事は紅静留も違う呪いを持ってるの?』
『…………。あいつの話はしなーい、あんな生意気なやつ、ぼく知らなーい!』
『あっそう。まぁ、折ってしまえば呪いは解ける。妖刀の呪いはだいたい“核”となる本体を叩き折れば何とかなるらしいしね』
『だーかーらー、ぼくと静留の『侵蝕』の呪いは持ち主の魂を同化して喰べちゃうの! 静火兄さまの呪いとは根本的に別物なんだってば!』
『へぇ、紅静留も『侵蝕』の呪いなんだ?』
『んあ!?』
「……………………」
「……………………」

おちょくられてる。
妖刀が、人形に。
もっと言えば喋る刀が喋る人形に。
……シュールだ。

『………………。……もうおまえとお話しすること、とくにないから殺すね……!』
『やってご覧』
「ちょっと!?」

何か言い出した。
というか何かとんでもない会話が成立した。
途端に一晴の体を包むように黒い霧が細長く、鋭く変化していく。

『伽藍、妖刀の尾っぽ……『刃尾じんび』だ、気を付けてね。凄く良く斬れるよ、キミの『鎧毛』でも防げるか怪しい』
「おお、了解した」
「ちょっと、ほんとに……皆さん私を置き去りに冷静に話を進めないで頂きたいんですけどーーーー!?」

刀が一閃、振るわれる。
一晴の体が完全に妖刀『紅静子』に支配され、一歩跳んだだけで広い蔵の端から端まで距離を詰めた。

「!?」

確かに剣道は嗜んでいたけれど、嗜んでいた程度でこんな身体能力は持ち合わせていない。
たった一歩でこんな飛距離を出せる訳がなかった。

「伽藍さ……っ」
「人間の身体能力って意外と高いんだな?」
「!? い、いえ、私こんな……! というかっ……」
「……なるほど、確かにただの剣ではないな。純粋な“力”では罅すら入らんか」
『指の力だけで折るのは無理だよ伽藍。それと、妖刀の妖力で一晴くんの体のリミッターがブッ壊されてる。一晴くん、明日筋肉痛かもね~、あはは』
「笑い事ではありませんな!?」
『っ……』

首を落とそうと横に振り切られた刀を指先で掴む伽藍にも驚いたが、危機的状況なのに笑い出すトリシェにはもっと驚いた。
何だこの二人は。
この状況でなぜこんな余裕を見せられる?
おかしいのは自分か?
妖刀?
魂に同化?
人の形になり喋る黒い霧。
自分の自由にならない体が、出会ったばかりとはいえ好ましく想う人へ鋭い刃を振り下ろすこの状況。
夢ではないと言われてしまったが、ならば信じられるかと言われれば信じられるわけもない。

『うるさいよ……!』
「!」

黒い霧から生まれた五本の鞭状の刃……『刃尾』。
自分の背中から生えているそれらは氷のように冷たい。
その冷たさがやはり夢ではなく、現実だと教えるかのようで一晴は歯を食いしばる。

「伽藍さん、逃げてください!」

五本が同時に二人に襲いかかった。
良く斬れる、とトリシェが注告していた通り、五本の黒い刃は蔵の壁を易々貫通していく。

『……いない!?』

妖刀の尾が蔵の壁を抉り取ると夕陽に染まる林が見える。
狙った獲物の四肢をバラバラにしてやったはずなのに、そこには誰もいない。
刃尾は人間が避けられるような速度ではなかったのに。

「あ!」
「え!?」

蔵の中、棚の上に……伽藍はしゃがんでいた。
声の方に振り返る。
夕陽が差し込むお陰で、一晴にはしっかりとその姿が分かってしまう。

「……しまった……! あれ!? 組手の修行の時は大丈夫だったのに!?」
『えぇ……? ……耳と……尾……?』
『修行が足りないな~、伽藍は~。『人形』での実戦初めて~?』
「う……」
『下級下位弟あるあるだね。人の形に慣れないと中途半端に耳や尾が出ちゃうやつ。人間界での修行は『人形体』を保つ修行も兼ねてるんだからしっかりしないと~』
「わ、分かってる!」
「……………………」

耳。
白い獣の耳が頭に生えている。
尾。
腰の辺りから三本の白い尾っぽが揺れている。

「伽藍さん、そんな、私の大好きなケモ耳属性まで備えておいでとは!? 運命ですかな! もはや運命ですな! 萌の塊以外の何者でもありませんぞ! 萌殺す気ですか! 結婚してくだされ!」
『……………………ええ~……』
『………………な、何言ってるの?』
「もえ……?」

神様と妖刀に引かれてても気にしない。
というか鼻息荒い。
静子がその姿に表情を引攣らせる。

『……そ、そっちも物の怪の類だったわけね……通りでぼくに動じないわけだ……?』

話をすり替える作戦できた。

『物の怪とは無礼な。異界の出とはいえ、俺は神様だぞぅ!』
「全くだ。……物の怪ってなんだい?」
『魔物の肉体がないバージョン的なものの総称かな?』
「なんじゃそりゃ無礼すぎだろう! 俺は『理性と秩序の番犬』幻獣ケルベロス族だぞ! 魔物のような低俗なものと一纏めにするとは何事だ!」
『下級下位弟のくせにプライドだけは一丁前だね』
「う」
『……幻獣けるべろす……? 聞いたことあるようなないような……』
「ケルベロス……って……頭が三つある地獄の番犬の……?」
『それはこの世界の“魔獣”ケルベロス。この子は異界で『理性と秩序』を司る番犬、“幻獣”ケルベロス。神々にすら牙剥く最強の戦闘種族の一つさ。……ま、この子はまだ子どもだけどね』

くいくい、頭に生えたケモ耳を引っ張るトリシェに言い返すことができない伽藍。
むしろ未熟さが……耳と尾っぽという目に見える形で出てしまったことに俯いて恥ずかしそうに目を逸らす。

「伽藍さんが萌滾可愛いのでなんでも構いませんな‼︎」
『も、もえたぎ? さっきからきみ何言ってるの……?』
「……何かの呪文か……?」
『…………呪文だね……効果は特にないけど……』

すぅ、と一晴の頭の上に寄りかかっていた紅静子が上半身を起こす。
若干、顔はまだ引いているが……。

『(なんか妙に精神力の強い人間だなぁ。まっ、ぼくの『侵蝕』の呪いはゆっくり進んでいくものだから多少精神力が強くても意味ないけど)……さってと~、人間じゃないのが分かったからもう容赦しないね』
『そう? じゃあこっちも本格的に封じさせてもらうね。俺はそういうのが得意な『光属性』の神様だから』
『…………………………』

伽藍の白い耳の間に座る人形のぬいぐるみ。
そういえばずっと発光っている。
その光がじんわりと伽藍の体にも広がっていく。

『妖刀はその性質上どうしても『闇属性』だ。俺が妖刀であるキミの“お兄さん”を“折った”……この意味が分からないほどお子様じゃあないよねぇ? ま、さ、か』

つまり妖刀にとって相性が悪い相手。
正直一晴には頭のハテナマークが取れるどころか増えるばかりなのだが……。

(もう訳が分かりませんが……約束してくださった通り、トリシェ殿がなんとかしてくださるという事ですかな……?)

体は相変わらず妖刀に支配され、自分の自由にならない。
自分の体が自分の思い通りに動かない違和感。
まるで他人の体に視界だけ乗り移ったかのような、そんな感覚だ。
それにしても睨み合うだけなのに凄まじい緊迫感。
剣道の試合や映画、ドラマ撮影の現場でもここまでの緊迫感は感じたことがない。
どちらかと言うと千秋楽の舞台前に似ているだろうか。
もちろんそれとはまた全然質が違うけれど。
棚の上から見下ろす伽藍の冷たい眼差しに胸がドキドキする。

(あれ、私どちらかというとSっ気の方が強かったと思うんですけど、伽藍さんのあんな……AVを観て自慰し終わった後の彼氏の丸めたテッシュでも見るような眼差しに見つめられていると……はああああ~っ、伽藍さんになら何をされてもいい気持ちになってしまいますなっ)
『ちょっと、さっきから変なことばっかり考えないで! 気が散る!』
「え!?」

その瞬間、棚の上から伽藍の姿が消えた。
妖刀の影響で、妖刀の動体視力だから見えた、消えた伽藍の体が足下に現れて足払いをしてきたのが。
いかん、反応できない。
不思議と妖刀とその認識が通っているのを感じた。
思った通り見事な足払いを食らって倒れる、と思ったが背中を冷たい帯が支える。
『刃尾』だ。
残り四本が四方へ伸び、内一本が伽藍の頭を狙って突進していく。
まるでブレーキを掛けていないトラックが突っ込んだかのような轟音。
先程『刃尾』が開けた穴から蔵の外へ『刃尾』によって運ばれる一晴の体。
近接戦闘では分が悪いと感じた。
刀は普通近接戦闘の武器だろうに、妖刀はその括りではないのか一晴の体が妖刀を地面へと突き立てる。
これは――――

『影刃』
「伽藍さん!」

蔵が突き出した黒い刃で真っ二つになった。
先程の比ではない巨大な『影刃』。
こんな事までできるなんて。
大きな音を立てて崩れる土蔵。
突き立てた刃を引き抜き、舞い上がる砂埃が収まるのを待つ。

「あ……ああ……」

自分が迂闊に、こんな刀を抜かなければ……。
出会ったばかりだったのに。
これから口説いて、必ず自分のものにと思っていたのに……!

『たがら、変なことばっかり考えないでよ。きみの思考はぼくにも流れ込んでくるんだよ!?』
「ふ、ふざけないでくだされ! 伽藍さんは私の理想を固めたような方だったんですぞ! なんてことしてくれるんですか! リアルにケモ耳ケモ尻尾のある伽藍さん級美少女がこの世にいるとでも思っとるんですか!?」
『…………だ……だから何言ってるの、きみ……』

ドン引きである。

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