拝啓、大好きなチーレムラノベの負けヒロイン様、ハイスペックに転生した俺が幸せにするので結婚してください!〜ただし主人公、お前は殴る〜

古森きり

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五章 『里帰り』編

聖魔法使い

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「っ」

 ただ、オリバーが思っていたよりも瘴気を浴びたり吸ったりした参加者は多かった。
 避難をさせようと近くにいた騎士も並んで、一つの部屋に集められて寝かされている。
 貴族の親たちはその事にキィキィ甲高い声で叫んでいたが、あの事態で未だ混乱が続く城内では怪我人は一つの場所にまとめておくしかない。
 大慌てで呼ばれた医者たちが治療を始めてはいるものの、瘴気をなんとか出来るのは聖魔法だけ。
 帝都でそれを扱える医者は、いないそうだ。

「おにいさま!」
「フェルト!」
「師匠! うおおお、師匠かっこいいいぃ!」
「ウェルゲム、君はちょっと後ろを向いて。よし。二人とも無事だったのか! 良かった……。エルフィーは!?」
「あっちでおいしゃさまを手伝ってるけど……おにいさま、フェルトの回復魔法がぜんぜん効かないの……! これはなに? なんで治せないの?」
「……! ……フェルト、これは瘴気毒だ。瘴気の毒は聖魔法でしか治せない」
「!」
「っ!」

 部屋に入ると、すぐにフェルトとウェルゲムが駆け寄ってきた。
 二人とも無事らしい。
 そして、フェルトが指差した先にドレスが汚れるのも構わずに血を拭いたり、手拭いを洗って患者の頭に載せるエルフィーの姿があった。
 彼女は自分に出来る事をしている。
 普通の令嬢なら嫌がる事も厭わずに。
 他の貴族の夫人など、エルフィーを使用人かなにかだと思っているのか「ちょっと! うちの子のタオルがもう温かいわよ! さっさと替えて!」と命令している。
 自分でやれと言いたい。
 しかしそれにもエルフィーは即座に「はい!」と返事をして駆けつける。

(天使かな?)

 惚れ直した。

「なんですって! じゃあうちの子はどうなるの!」
「聖魔法でしか癒せない!? ならば使える冒険者をすぐに連れてこい! 金ならいくらでも払う! うちの息子は唯一の跡取りなんだ!」
「なに言っているのよ! うちの子が先よ!」
「なにをしている! さっさと聖魔法が使える冒険者を呼び寄せろ! 早く!」

 側にいた貴族たちが、オリバーの言葉を聞いて叫び始める。
 状態異常:混乱。
 庭での出来事が尾を引いているのだろう……親の貴族たちは冷静ではない様子だ。
 おかげでオリバーの『魅了』も上手く機能していないが、集団の混乱は感染しやすく新たな危険度が増す。
 ──暴動だ。

「早くうちの子を!」
「なにをしている! 早く行け!」
「お待ちください、子どもたちを踏んでしまいます、落ち着いて!」
「怪我人もいるのです! 立ち上がらないでください!」
「聖魔法はどこだ! 使える者を連れてこい!」
「このままじゃわたくしの子どもが死んじゃうぅ! いやぁぁあぁぁ!」
「瘴気毒ですぐに死ぬ事はありませ……」
「俺の子どもが先に治療を受けるべきだろう!」
「なんだと!」

 次は奥の方にいた男性たちが立ち上がってお互いの胸ぐらを掴み始める。
 火がついたのだ。

「まずい! このままでは!」
「…………。ジェイル様」
「? な、なんだ」
「倒れると思うので陛下の件含めあとはお願いしてもいいでしょうか? 明日には起きられるようになると思うので」
「へ?」
「は?」
「お、おにいさま?」

 ぐっ、と上着を握る。
 忌々しい……この顔でしか出来ない事があるというのは。

(でもこのままだと、大人に踏んづけられて子どもたちが……)

 床に寝かされた子どもたち。
 瘴気に毒され、それでなくとも苦しんでいるのに……。
 そんな彼らを救えるのなら、自分の容姿も利用しよう。
 今は──。

「紳士淑女の皆様、どうぞ落ち着いてください」
「「「!」」」

 声が響く。
 上着を取った瞬間に、人心と視線は入り口に立つオリバーへと向けられる。
 スキル『誘惑テンプテーション』。
 総合レベルは関係なく、魅了した相手を操作、誘導出来る。また、反対に美醜感覚が伴わなくとも『魅了』や『求心力』へと導く事が出来る。
 その効果でスキル『魅了チャーム』へと繋げる。
 場は、面白いほど静まり返った。
 全員が頬を染め、彼の声に、一挙手一投足に集中する。

「聖魔法使いならばここにおります。どうかお心を穏やかに。今、皆様のお子様たちを治癒してご覧に入れましょう」

 そう語りながら、真っ直ぐ部屋の中央に進む。
 真正面にはエルフィーがいた。
 この場で彼女だけが……彼女の眼鏡だけが彼女を正気を保たせている。
 目を見開かれ、「なぜ」と言わんばかりの顔。
 その顔に微笑む。

(大丈夫)

 ……ちゃんと笑えたはずだ。

「…………」

 そして目を閉じて集中した。
『聖剣イグリシャクラガ』の影響でオリバーの聖魔法は、効果が阻害されている。
 しかし、瘴気を払う力は庭で確認済み。

(大丈夫、ちゃんと集中しろ。聖魔法に治癒魔法を同時使用……やれる。出来るさ……。やってみせる)

 エルフィーが頑張っていたのだ。
 その姿にもらった勇気を。
 そして、彼女の頬に見えた瘴気毒の影響を──。

(自分も瘴気で苦しいはずなのに、君は他人を優先している。そんな君を見たあとで、自分の顔がどうとかバカバカしい。そうだよね、自分に出来る事をしなきゃダメだよね)

 それでも頭をよぎるあの二人の顔。
 キメラになって、炎で苦しみながら死んでしまった……。
 空へと逃れた方も無事では済まないだろう。
 どこかで苦しみながらのたれ死ぬのか、それともスレリエル卿の元へと戻るのか。
 関係ないとはどうしても言えない。

「聖なる浄化の光……そして、治癒の慈悲……シェイエルキ・ツヴァール・シヅア!」

 風属性の治癒魔法、異常状態回復魔法、活性化魔法、そして聖魔法を複合させた。
 魔力と霊力、両方をごっそり持っていかれる感覚。

(うん、むり)

 意識を保てない。
 魔力と霊力両方が自分の中から抜かれていく感覚にしっかり分かるのが「あ、倒れる」の部分なのはいかがなものか。
 効果のほどを確認出来ないのは悲しいが、こればかりは仕方ない。
 だって保っていられないのだから。

「オリバーさん!」
「おにいさまーぁ!?」
「し、ししょおおおぉ!」
「ルークトーズ殿ォオォ!」
「うわああぁー!」

 そんな声が聞こえた気がしたが、オリバーには最後までそれが本当かどうかは分からなかった。

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