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五章 『里帰り』編
呪われた公帝【後編】
しおりを挟む「そ、そういえば……ここに来る途中、女の声で『お前は公帝の座を皇帝家へ返せ』と……そう聴こえたような、気がするが……」
「「皇帝家!?」」
「…………」
「冗談ではない! 皇帝家はもう滅んだ! 余が一番偉いのだ! 死んでもそんな事はしないぞ!」
「へ、陛下、落ち着いてください」
騎士たちがソファーの上で暴れ始める公帝をなだめる。
そう、この条件を、公帝は死んでも呑まないだろう。
当然だ……。
(皇帝を同じ呪いで四十年前に退位させ、代わりにこの国を興したのは現公帝とその父親……。現公帝はその事を自覚しているから、死んでもそんな事はしないだろう。エルヴィン公太子はこの条件を父親に聞かされず、唯一の呪解方法である『呪いをかけた厄呪魔具の破壊』に時間を費やしたが『ワイルド・ピンキー』最終戦最中、志半ばで死去となる……)
細々と残っていた『ペンドラゴ帝国』皇帝家を現公帝の父親が自分の息子を新たな国の公帝にすべくスレリエル卿に依頼して、この呪いで退位させた。
彼らはよもや自分たちが同じ呪いを、何者かに使われるとは思わなかったのだろう。
皮肉な事である。
現公帝はスレリエル卿の存在を知らないため、この世界で彼を探し続けなければならなくなった。
「…………」
公帝は座を降りない。
千年近く生き延びた国の皇族を根絶やしにしてでも新たな国を興し、その王座に着こうと画策した貴族として。
宿願叶ってようやく得た座なのだ。
たった二代で、返上など彼らの血が許さないだろう。
だが、公帝一族は一つ勘違いしている。
(……『カルディアナ王国』と『ペンドラゴ帝国』を粛々と追い詰めてきた貴族はエドルズ家だけではない。『四侯』の中には未だ『王家派』や『皇帝家派』もいる。それ以外の古い貴族……アーネスト・グレインやルネーシス・クインケはその末裔。彼らも覇権を得る事を一族の悲願としていた)
敵が多い事を自覚しているのならばなおの事、一度座ったこの座を降りる事など考えられまい。
死の間際まで座り続ける。
それが彼の一族が選んだ答え。
たとえその血を絶やしても……そう考えているのは、実は現公帝まで。
息子のエルヴィンやエリザベスは命がかかればその座を降りる。
そこまでの執着を持ってはいない。
(少なくともこれでエルヴィンの命は助かるかもしれない……。でも……)
戦争は起こるだろう。
エルヴィンというまだ年若い青年が王座に就くのを、好機として。
(今の政権を維持する事が国のためかどうかは、分からない。でも少なくとも戦争は回避したい。戦争は……関係ない人がたくさん泣くから)
はあ、と溜息を吐く。
そう、戦争だけは許せない。
戦争だけは、回避したい。
ただそれだけだ。
「試してみましょう」
「?」
「ダメで元々とお思いください。なぜかこの城は俺の聖魔法が、阻害されているような感じがするので……。でも、やれる事はやりたい。だから、ダメで元々……。ご理解頂けますか?」
「はーーーい!」
「「へ、陛下……」」
「…………」
ソファーの前に来て、膝をつく。
上着で顔を隠しているのだが、公帝はきゅるるん、と両手を顎の下にして満面の笑顔で返事をする。
オリバーの『魅了』効果は上着で顔を隠す程度では、やはりダメらしい。
「なにを試すんだ?」
ジェイルが不安げに問う。
この話の流れから、予想はしているだろうに。
「もちろん、呪解です」
口許だけは、笑って見せた。
ただし、今言った通り上手くいくかは分からない。
むしろ出来ない可能性の方が高いだろう。
それでも公帝がニコニコしながら「いーよー!」と繰り返すので、誰も止める事は出来なくなった。
「期待はしないでください」
「あ、ああ」
ジェイルに一応、釘を刺す。
ソファーに横たわってもらい、上着を頭から被ったまま目を閉じる。
そもそも、厄呪魔具は『聖霊石』の対なすもの、『厄石』から作られるのだ。
本来ならば呪解の聖霊魔具でも作ればいい。
しかし、それはとても難しいだろう。
手元に呪いをかけた厄呪魔具がないからだ。
実際呪解の聖霊魔具は存在する。
だがその場合毒薬と同じく、他に効くものがない場合だ。
この呪いは呪いを受けた者が呪解条件を満たせば解ける。
だからあえて呪解の聖霊魔具は存在しない。
作るのならば呪いをかける厄呪魔具がなければならない。
だから難しい。
では、オリバーはどうやってこの呪いを解こうというのか。
(……俺の中にある『聖霊石』が使えないかな……)
シヅアがオリバーの体の中に入れたあの『聖霊石』。
あれは風の『聖霊石』だ。
「っ」
「どうした?」
「…………いや、なにか、また……」
「?」
「……これは……炎……?」
「? 炎? 火種になるものはこの部屋にはないぞ?」
「……いえ、なんだろう……なにか……やはり邪魔してくるというか、そういう意図はなさそうなんですが……」
「?」
要領を得ない説明しか出来ないが、オリバーにもよく分からないのだ。
強い『火』のイメージが横入りしてくる。
(そういえば風属性は火属性に弱い……。でも、なんで火属性?)
公帝が火属性の得意な人なのかと思うが、このイメージは庭での戦闘時からあるので多分違う。
ハルエルやジェイルにちらりと「得意な属性、もしかして火ですか?」と聞くが二人とも首を振る。
「もしかして、帝都のどこかにあると言われる『聖剣イグリシャクラガ』のイメージかなにかかな?」
「それだ!」
「マジでそれなの!?」
「多分。……とても強い火のイメージです。霊器からの影響なら十分あり得る」
「そ、そうなのか。ではやはり上手くいきそうにないのか?」
「うーん、霊器のならば……逆にその霊器の力を借りられれば、あるいは……」
「「え?」」
公帝以外が顔を見合わせる。
無理もない、『聖剣イグリシャクラガ』は十数年前に帝都を襲ったドラゴン強襲事件の折に行方不明になっているのだから。
公帝は元々聖霊信仰嫌いであったため、探しもせずに放置。
「……せ、聖剣の力を借りる? そのような事が出来るのであるか? いや、聖剣の力を借りねば呪いが解けぬと?」
案の定、とてつもなく嫌そうにしている。
『カルディアナ王家』や『ペンドラゴ帝国』の面影をとにかく排除したいのだろう。
だが……。
「霊器には聖霊が宿っているので……。俺が加護を与えて頂いた聖霊は風の精霊。この地の聖霊と相性が悪いのでしょう」
と、いうのは予想である。
だが、聖魔法でここまで影響があるのを思うと他に考えられない。
帝都は『聖剣イグリシャクラガ』の地として有名。
行方不明なりに影響は残っているのかもしれない。
「お前『聖霊の加護』を持っているのか?」
「まあ……はい」
本当は『聖霊の寵愛』だが、言うとややこしくなる。
(しまった。そういえば瘴気が効かない事もバレてしまった気がする……なんとかごまかしておかなければ……!)
でないと後々面倒な事になりそうだ。
「なので、一定期間……数分なら瘴気の中でも動けるようです。俺は自分で自分の中の瘴気毒も多少緩和出来るので……あ! そういえばあの場にいた人たちは大丈夫だったでしょうか!? 瘴気にやられた子どもは……」
「いる。あとで治療を頼みたい」
「も、もちろんです! ……そうだ……陛下、『クロッシュ地方』へお越しください。クロッシュ侯爵家の敷地内であれば俺に加護を与えてくれた聖霊の力が借りられます。瘴気毒に冒された者たちを治癒してきますので、その間にお支度を!」
「へ! ……あ、お、おう?」
「すみませんが、祖父に陛下が行く事を伝えてください。あちらも陛下をお迎えする準備が必要だと思うので! では、先に子どもたちの治癒に行って参ります」
「あ、ああ! では案内しよう! 行くぞハルエル!」
「はーい!」
……このオリバーの判断と指示の速さに、ジェイルとハルエルは思った。
((勢いって大切なんだな))
と。
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