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五章 『里帰り』編
呪われた公帝【前編】
しおりを挟む「どうだ? ハルエル、倒したのか?」
「ああ、なんとか。ルークトーズ殿は?」
ジェイルがまだ燃える魔物を『鑑定』するハルエルに歩み寄る。
だがハルエルの視線はあの、ルークトーズ令息に向けられていた。
「体調が悪そうだな。あと、『魅了』にうちのやつらが五人やられた……」
「ええ? でも『魅了』は彼の意思ではないんだろう?」
「そのようだな、ずっと上着を被っている。だが、それでもだ」
「!」
「普通のスキルではないな。……それに……」
ちらりと周囲を見渡す。
美しく咲き誇っていた庭が枯れ果て、一部の土は腐り、変色している。
瘴気に当たった者は今も治療中。
彼の妹君が異常状態回復系の魔法を覚えていたので、幼いながら手伝ってくれている。
しかしあの幼さだ、すぐに魔力が尽きるだろう。
それに、瘴気毒は普通の毒とは違う。別物だ。
だからこそ、公帝が間もなく騒ぎ始めるだろう。
なんとか意気消沈している彼を動かして……。
「公帝陛下のところへ連れて行かなければならない。手伝え、ハルエル」
「……わ、分かったよ。でも、本当にいいのかな……陛下はこれまで聖魔法をバカにしておられたのに」
「言うな。……皆分かっている」
「……っ」
あれは、聖魔法だ。
だが、聖魔法の中でも瘴気を消す、結界を張る、は誰でも即座に出来るものではない。
そして、公帝はこの場で瘴気を見た。
見ただけだ。
だが、具合が悪いと言い出すだろう。
そして、瘴気を消したオリバーを治療に呼べと言い出す。
あれだけ聖魔法を馬鹿にしていたのに。
この周辺にいた者たちの中には重傷者もいるはずだ。
瘴気の毒はすぐ死ぬものではないが、苦痛は普通の毒よりも長く残る。
それを消すには聖魔法しかない。
この帝都で聖魔法を使えるのはオリバーだけだろう。
だから、公帝はオリバーを連れてこいと言うはずだ。
「……分かった。ルークトーズ殿!」
まだ仮面は見つからない。
どこへ飛ばされたのか。
ともかく、ハルエルがこの中で一番魔法耐性が高い。
厄呪魔具で抑え込むほどのスキル効果でも、多少は大丈夫だろうと甘く見ていた。
「大丈夫か? 体調が悪いと聞いたけど……」
「あ……は、はい。聖魔法は使うと精神的に疲れるので……」
「そうなんだ」
それは本当に初めて知った。
心から感心してしまうが、それどころではない。
「興味深いからあとで詳しく教えて欲しいんだけど、まずは公帝陛下の無事を一緒に確認しに行ってくれないかな? その間に仮面は探しておくから!」
「……! しまった! これが狙いか!?」
「え!?」
「すぐに陛下のところへ行きましょう!」
「うわ! めっちゃイケメンだな!?」
「な、なにを言ってるんですか」
「あ、ご、ごめんつい!」
顔を上げたオリバーを正面から見て、するりと心の声が出た。
そう、心の声が。
実に真っ当な心の声が出たので、『魅了』や『誘惑』関係なく彼はイケメンというやつだとハルエルは思う。
単純に顔が美しい。とても。
作り物のようだ。
しかし今はそれにどこか憂いのようなものが加わり、艶かしく、放っては置けない……そんな空気を醸し出している。
「確かにこのイケメンはヤバいな! 同じ男だというのになんかいやらしい気持ちになってくる!」
「貴方は心の声だだ漏れな人なんですか?」
「うっ……。へ、平民出なんだ……これでもかなり抑えてるんだけど……」
「ああ、本当にそういう人だったんですね。でも、今は陛下の無事を確認しに行きましょう! あの時の仮面の男が俺の知る厄呪魔具使いだとしたら、陛下の身が危険です! 厄呪魔具の呪いは、瘴気のように消す事は出来ません!」
「!」
彼がなにを案じていたのか察した瞬間、ジェイルがダッシュでオリバーとハルエルのところへ駆けつけた。
そして二人を抱えると、強化魔法で加速する。
「話は聞いた! 陛下のところへ急ぐぞ!」
「ぐぎぎぎぎ!」
「うえええっ」
……なお、近衛騎士団団長ジェイル・ハグレードは通り名を『忠義のジェイル』という。
公帝に対して忠誠を尽くしているからこそ、公帝の振る舞いにはやや頭を抱えていた。
しかしオリバーが案じていた話は、到底聞き捨てならない。
聖魔法を使える事で利用される彼を哀れんでいた思いなど一瞬で消え去る。
人が歩いていようが関係ない。
公帝が避難した一室に、迷わず突き抜ける。
「へーいかぁぁぁぁあ!」
ドガンバダダダダ!
と、普段聞かないような音がして、次に「おおお~、ジェ~イル~! 今呼びに行かせたところだったのじゃ~」と甘えた声で縋りつくおっさん。
「陛下! ご無事ですか!? 妙な呪いなどもらっておられませんか!?」
「のののの呪いぃ!? 余、呪われたのか!?」
「ルークトーズ殿ぉ! 調べる事は出来ますか! 陛下は呪われてしまったのでしょうかぁ!?」
「ま、待ってください、げふっ……ちょ、ちょっと運び方が雑……」
「わ、わかる……これだからジェイルは……げふっ」
オリバーとハルエルがうえー、となり、それでも一分ほどで持ち直して立ち上がる。
「で、どうなのじゃ? 余、呪われたのか?」
「お待ちください、今、調べます」
「うわあ! お主めちゃくちゃ美しい顔をしておるな! 美しい! 美しい~!」
「くっ!」
「ど、どうしたらいいのだそれは!」
「もっとよく見せよー」
「陛下失礼ながら後ろを向いて頂けませんか!」
「いやじゃいやじゃ、そちの顔が見れん~」
「だ、誰かぁぁあ!」
「陛下ぁ!」
……されど進まない。
「近う寄れ、近う寄れ~!」
「お前たち、陛下をルークトーズ殿に近づけさせるな!」
「はい! ルークトーズ様は我々が必ずやお守り致します!」
「なんなりとお申しつけください! ルークトーズ様!」
「……だめだ、陛下付きの近衛兵まで『魅了』されている」
「恐ろしい威力だな……」
「ぼくは魔法耐性が高いからだけど、ジェイルはよく平気だね?」
「私は異常状態耐性スキル持ちだからだろう。それでもなかなか、まあ……クるものはある」
「し、調べます」
「た、頼む」
いつまでも構っていられない。
『探知』『鑑定』『分析』を同時使用。
「…………」
「どうだ? 分かったか? 陛下は大丈夫か? どうなんだ?」
「ジェイルうるさいよ」
ぐい、とハルエルに顔を押されるジェイル。
目を開く。
被っていた上着を前へ引いて、顔を改めて隠す。
だが、振り向けばまた色々面倒ごとになりそうだ。
「厄呪魔具と厄呪武具対策は早急にしてください」
「は? あ、ああ、もちろん?」
「……これ以上呪われては、多分対処出来ません」
「「「!!」」」
上着を握り締める。
(やられた……)
さすがは『ワイルド・ピンキー』のラスボス。
公帝は『呪い』にかかっている。
状態:肥満、そしてその横に【呪い】と出ていた。
この表記は一時的な呪い状態の表記とは異なる。
「ま、まさか、陛下は……!?」
「状態:肥満となっていますが、その横に【呪い】と出ているので厄呪魔具による呪いがかけられています。この呪いは普通の呪いではなく、固定化……時間経過では解けない、むしろ悪化していく類の呪いの表示となります……」
「くっ!」
「そ、そんなぁ! どうすれば解けるのじゃ!?」
「呪いをかけた厄呪魔具か、厄呪武具を破壊する。……これしか方法はありません」
「っ……」
振り返らずとも分かるほど、場の空気はお通夜のように沈む。
あまりの事態に、ハルエルは「く、詳しいね」と場違いな事を口にしてしまう。
これでは協力者であるオリバーの立場が危うくなるかもしれない。
分かっていても口をついて出てしまった。
「この顔なので」
「「あ、ああ……」」
一言で簡潔に解決してしまった。
誰もが納得する一言。
「厄呪魔具に頼るしかなく、調べた時に」
「なるほど……」
ますます上着を深くかぶるオリバー。
(と、いう事にしておこう。……しかし……このままでは間違いなく戦争が起きる……!)
プルプル震える公帝は、死の間際になっても自分が呪われていると気づかなかった。
そして、その息子エルヴィン公太子が「これは呪いだ」と気づく。
だが、その呪いを解く方法は厄呪魔具を破壊するか……あるいは……。
「陛下、厄呪魔具を受けたのは本日だと思うのですが、なにか心当たりはありませんか? 厄呪魔具の中には対象の行動によって呪いが解けるものがあるらしいので、もし陛下が呪いを受けた時に使用者から『こうすれば助かる』と言ったような話を聞いていれば、もしかしたら……」
「ぬ……! ……ぬ、ぬ、ぬ……」
「陛下! なにかお心当たりが!?」
「なにか言われたのですか!? 犯人の顔を見たり!?」
オリバーはその「条件」を物語を読んで知っている。
公帝にとって、それは絶対に受け入れられない。
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