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五章 『里帰り』編
帝都のお茶会【後編】
しおりを挟む「エルフィーは分からなくていいと思う」
「え、ど、どうしてですか」
「向こうも何気なく言っただけのようだから。俺が少し過敏に反応しすぎたんだと思う。……多分ね」
「?」
そうこうしている間に、子どもたちの挨拶は終わり、フェルトによって改めて開会の挨拶が行われた。
堂々としており、なおかつ公帝を後ろにしてもまるで怖気だ様子もない。
お茶会が始まれば場の空気もずいぶん変わる。
ワイワイ、ガヤガヤと子どもたちの笑い声が時折響く程度には。
「…………」
「? オリバーさん?」
ふと、エルフィーの頭上で動く気配がした。
オリバーは相変わらずエルフィーが奇異の目に晒されないよう守るように立ってくれている。
そんな中で彼が動いたので、エルフィーも辺りを見た。
人が少しずつ動いている。
「陛下への挨拶目的みたいだね」
「陛下へのご挨拶、ですか?」
「そう。陛下はあまり人前に出てこないんだ。今回みたいな状況って滅多にないから、挨拶するいい機会だと思ってるんだろう。陛下の誕生日はまだ少し先だしね」
「ご挨拶する事は、いい事、ですよね?」
「正式な場ではないから、本当はやめた方がいい。特に今回は『四侯』の誰も来ていないし」
「そうなんですか……?」
「公帝陛下への挨拶は『四侯』が挨拶を終わらせてから、『四侯』が選んだ十人まで。そう、ルールづけがされているんだって。暗黙の了解というやつだね」
え、と目を見開く。
それでは、数千人の貴族たちは一生に一度も挨拶が出来ない者が出るのでは。
もちろん、没落しているエルフィーは公帝陛下を見る事さえ叶わないと思っていた。
今回、一目拝めただけでもありがたい。
挨拶は恐れ多くて絶対出来ない、と思う。
だが、それでも公帝陛下の役割として……貴族の事を覚えているのは当然なのではと頭の片隅で思っていた。
公帝陛下にとっての貴族とは、言わば使用人よりも上の部下だ。
部下の仕事がどんなものなのかを把握して、必要なら指示を出すのが公帝陛下の仕事だろう。
少なくともマグゲル伯爵は部下に対しても使用人に対しても仕事を把握して適切に振っている。
だが、たった十人ずつ……『四侯』が選んだ者しか挨拶出来ないとなれば……。
「エルフィーが思ってる通りだけどそのまま口にはしないでね」
「は、はいっ」
「だから、好機と思ってそう、だなって」
「…………」
明らかに保護者席の目線が公帝陛下に集中している。
確かに、普段制限がかけられているのなら、これはチャンスだろう。
けれどオリバーは見るからに難色を示している。
(もしや、公帝陛下はあまり人の顔や名前を覚えるのが……お得意ではないのでしょうか……)
だとしても家臣をまったく知らないわけではないだろう。多分。
そもそも、そんな空気をまるで感じ取っていない公帝陛下は運ばれてきた新しいステーキをワクワクしながら覗き込んでいる。
まだ食べるらしい。
というか、本格的になにしに来たのだろう。
『主役』を試すためならば、もうその目的は終わっているような……。
「…………っ」
「?」
ぼんやり、公帝陛下のお肉を眺めているとオリバーがまた反応した。
見上げると先ほどとは比べ物にならないほど強い警戒心を剥き出しにしている。
一瞬で「おかしい」と理解出来るほどだ。
「オリバーさん? 今度はどうしたんですか?」
「厄呪魔具の気配だ」
「えっ」
かつん、かつん、と一直線に公帝陛下に近づいていく仮面の紳士がいる。
オリバーはエルフィーに「ごめん」と一言言うと、速足で公帝陛下の前へと向かう。
ゆっくりと向かう仮面の紳士。
オリバーよりも歳上で、三十~四十代だろうか。
とても美しい金刺繍が施されたジャケットを身に纏い、迷いなく公帝陛下の方へと近づいていく。
その様子に、他の保護者たちも目の色を変えた。
「っ!」
その瞬間を、エルフィーは心の底から恐ろしいと感じる。
人の欲望が一瞬で表面化した。
そんな感覚。
公帝陛下の方を見ると、オリバーがその紳士の前に立つ。
二人の仮面の男。
エルフィーはオリバーが仮面の理由を知っているので、あの紳士もなにか、理由があって仮面をしているのだと思う。
ただ少しだけ、オリバーが言い残した言葉が引っかかる。
──厄呪魔具。
使い方によっては人を守るものだ。
オリバーは厄呪魔具に守られている。
怖い印象はあるが、悪いものではないとエルフィーが認識していたそれ。
だが、やはり危険なものなので所持には許可が必要。
胸がドキドキと早く鼓動を打つ。
(なに? なんだか、嫌な予感がします……なんででしょうか……)
人が動き出す。
公帝陛下というもっとも強い権力に向けて。
エルフィーの存在など目にも入っていない。
慌てて、柱の影に移動した。
そうでないと突き飛ばされる勢いだったからだ。
「…………」
オリバーの方を見る。
公帝陛下の前に立ち、仮面の紳士と対峙するような形になっていた。
先ほどエルフィーたちに近づいてきた騎士団長がオリバーの近くに降りてくる。
ここからではなにを話しているのかよく聞こえない。
でも、公帝陛下は少し怯えた顔をして隣の、もう一人の偉そうな騎士をチラチラ見上げていた。
貴族たちはその会話が終わるのを待っている。
様子がおかしいとは思わないのだろうか?
(オリバーさん……)
恐ろしい。
貴族たちのあの顔。
目が、オリバーにまるで敵意のように向けられている。
「公帝陛下に近づきたい」……それが前面に出ている目だ。
(……こわい……)
まるで砂糖菓子に群がる蟻ように……列をこさえて待っている。
口は笑っているが目は笑っていない。
そんな人間の壁。
間もなく仮面の紳士は頭を下げて、元来た道へと戻ってきた。
壁となっていた貴族たちは間を空けて、彼を通してやる。
そしてその間から溢れるように貴族たちは公帝陛下のところへ押し寄せていく。
すっかりガラガラになった保護者席。
そこをゆっくり戻る仮面の紳士。
「……公帝陛下はよい家臣をお持ちですね、本当に」
そう、呟いた仮面の紳士の口許は弧を描いていた。
それを見たのはエルフィー一人。
「…………」
その姿が恐ろしく感じた。
背中がぶるりと粟立つ。
ぞわぞわ、と足下に良くないものが近づいてくるような、そんな不思議な感覚。
手を握り、オリバーの方をもう一度見た。
人の波に潰されないようにそっと道を開けて戻ってくる。
その表情は呆れ果てているように見えた。
(オリバーさんが……戻ってきてくれる……)
それなら、大丈夫。
彼が側にいてくれるなら怖くなくなる。
そう思って、笑顔を浮かべそうになった自分にハッとした。
(な、なんで……)
彼に自分は相応しくないはずだ。
それなのになぜ縋ろうとしているのだろう?
(……浅ましい……)
身の程を弁えなければ。
ブンブンと一人首を左右に振っていた時、あの仮面の紳士が出て行った扉から入れ替わりにメイドが一人入ってきた。
「? っ……!?」
給仕と同じ格好のメイドだが、なぜか恐怖で足が竦んだ。
体がガクガク震え始める。
なぜ? 分からない。
メイドは笑っている。
笑顔は基本だろう。
だが、そういう質の笑顔ではないのだ。
(な、なんですか、あれ……!)
分かる。
体が『アレは人間ではない』と告げている。
ぞわ、という感覚。
「に……逃げ、逃げてください!」
本能が、彼女に目覚めつつあった【優しき憶病者】という称号が持つ効果『危険察知』が発動した。
貴族たちに向かって叫ぶ。
その声に、後ろにいた貴族たちは振り返った。
「お退きくださいごみくずども。邪魔でございましてよ」
その冷たい声は、鮮血を周囲に散らす合図となった。
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