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五章 『里帰り』編
帝都のお茶会【中編】
しおりを挟む確かに王冠を剥げた頭に載せ、ちょび髭をちょいちょいと指先でつまみ、なぞのドヤ顔で用意された一際高い場所に設置された豪華な椅子に座り、すぐさまワイングラスを手渡され、そのグラスに赤ワインが注がれていく。
さらに小さなテーブルが運ばれて来て、その上には焼き立てのステーキ。
従者がフォークで切り分け、露出の高いメイドがフォークで「あーん」をして食べさせる。
咀嚼しながらワイングラスを傾け、満足げに「ふう」と溜息を吐く。
「「………………」」
あれはひどい。
来ている子どもたちが、「あ……ステーキ……」という様子で見上げているではないか。
ついでにまだ『主役』であるフェルトは開会の挨拶をしていない。
今回の茶会は『四侯』の誕生日の前祝いでもある。
その親族の子どもたちが、次代の『侯爵』との繋がりを持つための茶会。
当然『主役』とされる子どもこそが、その茶会で一番目立たなければならない。
((なぜ、来た/のでしょうか!?))
なぜ! もっとも目立つ位置に現れたのか!
なぜ! 主役であるはずの子どもたちをそっちのけで、そこで昼食をおっ始めたのか!
保護者席もまた「えぇ……」というどうしていいのか分からない空気に包まれる。
やっちまったとしか言いようのない、なんとも残念な空気!
もうこれだけでこのお茶会は『残念』である。
「フェルト……」
そんなお茶会クラッシャーの存在が際立つ会場で、フェルトはムシャムシャとステーキを食べる公帝に気がついたらしく、振り返った。
そして目を見開く。
幼い少女にも、その男の所業は理解出来たのだろう。
けれど、それでもフェルトは笑顔を浮かべ、堂々と公帝陛下へと近づく。
「しつれいながら、もしや公帝陛下ではあられませんか?」
「いかにも」
保護者席の場の空気が「いや、『いかにも』じゃ、ねーよ!」という半ば怒りの混ざったものになる。
半分は呆れも入っていただろう。
そして、そんな状況でまだ七歳の幼女がどう対処するのかを……固唾を飲んで見守る。
万が一の時は出て行く、とオリバーがエルフィーを見下ろした。
もちろんだ、その時は自分の事など構わないで欲しい、とエルフィーも頷き返す。
「まあ! うれしゅうございます! はじめまして、わたくしフェルト・ルークトーズと申します。クロッシュ侯爵家の、すじのものです。いご、なにとぞおみしりおきください」
「おお、そなたがクロッシュのひ孫か」
「孫でございます!」
おお……と、保護者席が感嘆の声が上がる。
七歳の幼女が公帝に向かってしっかり挨拶をし、見事なカーテシーを行う。
その上で、にこやかに対処し、受け答えもする。
「陛下にこんなに早くおめどうりできで、わたくしたいへんこうふくでございます! 陛下、どうかほかの子どもたちにも、陛下へご挨拶するおじかんをおあたえいただけませんか? みな、このくにでいちばんのとのがたに、ご挨拶をしたいとおもうのです!」
「ほ、ほほほっ! よいぞよいぞ、許す!」
「ありがとうぞんじます! ……では、わたくしとおなじ侯爵家のものから……」
ちらり、とフェルトがシードを見る。
即座に、シードはそれぞれの侯爵家筋からの参加者の名前を呼んだ。
横に逸れ、いきなり公帝に挨拶する事になった子どもたちは青ざめる。
だが、みな、緊張しながらもなんとか名前と身内の関係性を告げて挨拶を終わらせていった。
親たちもその姿に涙。
ハラハラとしている親御さんも多いが、その間もフェルトはニコニコ笑顔を崩す事なく子どもたちを見守った。
少し失敗しそうになる子どもにも寄り添って「こちらの方は刺しゅうがお得意だとお伺いしております。他にもなにかお得意なものはあるのですか?」等、フォローを入れて行く。
その姿の、なんと立派な事だろう。
「…………」
「っ、っっ……!」
「ハ、ハンカチ……」
「ありがどゔございまずっ!」
兄も感動で前が見えなくなっている。
「素晴らしいわ、クロッシュ侯爵家の次期当主は……」
「ああ、あの事態を逆に子どもたちが陛下へ挨拶をする場にするなんて」
「もしや陛下は彼女を試されに、ここへ?」
「いやあ、陛下も素晴らしい」
と、どんどん貴族たちは都合よく話をすり替えていく。
しかし、実際フェルトの成した事はかなりすごい事だ。
同じ事をエルフィーやウェルゲムが出来るかと言われると、絶対に出来ない自信がある。
「失礼」
「!」
そんな光景を眺めていたオリバーとエルフィーのところへ、騎士団の人間らしきローブの男が近づいてきた。
エルフィーは思わず体を固くする。
見るからに、偉い人っぽいからだ。
(こ、この方は先ほど陛下のお側に控えておられた騎士様……!?)
公帝の近くには二人の偉そうな騎士がいた。
近づいてきたのはそのうちの一人。
「はい、なんでしょうか」
スン……とエルフィーの頭上でオリバーが背を正す。
涙は一瞬で消えた。
「あれ?」
「?」
「……あ、いや、すまない。仮面をつけてボロ泣きしていたから不審者かと思って」
不審者って。
と、思うが、まあ、確かに……と、納得せざるを得ない状況。
「ああ、そういう事ですか。すみません、妹があまりにも立派に振る舞っていたのでつい……。あとこの仮面は周囲に『魅了』や『誘惑』を撒き散らさないための厄呪魔具ですので、ご容赦ください」
「! ……そ、それは大変そうですね……失礼ですがお名前を伺っても?」
「オリバー・ルークトーズと申します」
「ああ! ルークトーズ嬢のお兄様でしたか。なるほど! あ、ぼくはハルエル・イディンテッドです」
「ああ、やはり第五騎士団団長の……」
「!?」
驚いてオリバーを見上げてしまう。
第五騎士団団長……六つある騎士団の一番偉い人の一人だ。
「そちらは?」
「へ、あっ、あ……」
「俺の婚約者で、エルフィー・マグゲル伯爵令嬢です。本日、マグゲル伯爵家のウェルゲム様も来ておられますから」
「そうでしたか、良い縁談を結ばれたのですね」
「……は、はい」
「…………」
褒められた、とエルフィーは受け取ったのだが、背中から感じるオリバーの空気に怒りが混ざり一瞬で冷や汗に変わる。
なぜ? 今の怒るところだったか?
よく分からなくて恐る恐る振り返る。
「ハルエル様は元平民と伺っておりますが、貴族の社交をよく理解されておられるんですね」
にっこり。
オリバーが微笑むと、エルフィーの背中にまたゾワゾワが走る。
(な、なんだかとっても怒ってらっしゃいます!?)
理由が分からない。
オリバーが怒る要素が、どこにあったのか。
「っ……そ、そう言って頂けるのは光栄ですが、ぼくなどまだまだ……。なにか失礼がありましたら申し訳ない」
「そうなんですか」
対して、ハルエルの方を見ると少し焦りの色が見えた。
彼もオリバーが怒っているのを感じ取ったのだろう。
なにが、どうなっているのか。
エルフィーには分かりかねる状況だ。
「では、ぼくは陛下の護衛の仕事に戻ります。なにかありましたら、お呼びください」
「ご苦労様です」
オリバーが笑顔で彼を見送るので、エルフィーも頭を下げた。
ほとんど逃げるように立ち去っていった騎士団長。
一体なにがどういう事なのか。
見上げると「ああ」と不愉快そうに顔をしかめている。
こういう時、彼の仮面は別な意味で便利だ。
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