上 下
38 / 83
四章 冒険者『Bランクブロンズ』編

エルフィー・エジェファー【中編】

しおりを挟む

「ああ、良かった。エルフィー、言いつけを覚えてたんだね」
「露店の前ではぐれたんだって?」
「はい」
「ごめんなさい、エッダさん、ジェニーさん。だってすっっっごいイケメンがいたんですよー! 仮面被ってましたけど間違いありません! あれはとんでもない美形です!」
「まーたこの子は……」
「装備もお高そうだったし、きっと高ランク冒険者……いえ、あの気品……もしかしたら貴族かも! あーん、名前だけでも教えて欲しかったぁ~ん」

 くねくねと悶えるミリィ。
 どうやら裏路地から彼女好みの冒険者を見つけて、声をかけたらしい。
 ミリィがこんなに興奮しているのは珍しいが、反対にエッダとジェニーは冷ややかな目を向けている。

「お? 可愛いメイドがいるじゃん」
「あん? お前ミリィじゃねぇか? 下町の」
「伯爵の屋敷に奉仕に出てたんじゃねーのか? つーか、少し見ないうちに美人になってんじゃねーか」
「ギャハハ」
「げっ」

 その時、エルフィーの後ろからミリィに向けて下品な声が聞こえてきた。
 身なりの小汚い男が四人。
 背筋が冷える。
 同じメイド服のエルフィーは……しかし無視された。
 エルフィーを通り過ぎ、ミリィに近づく男たち。

「っ」

 だが後ろ二人の男たちが立ち止まったのはエルフィーの真横だ。
 人質のつまりだろうか?
 無駄だ、ミリィはエルフィーの事などたやすく見捨てるだろう。
 エッダとジェニーは果敢にも「なんだいあんたら」と睨みつけるが、一人の男の手がエルフィーの肩を掴む。
 血の気が引く。

「ちょっと下町で遊んでいけよ」
「そーそー、いつも貴族様の相手で大変だろう? たまには俺たちみたいなやつも相手にしておいた方がいいんじゃねーか?」
「貴族にやるご奉仕ってやつを俺たちにもしてくれよぉ~」
「い、行きましょうエッダさん、ジェニーさん……こんな奴ら無視していいと思います」
「そうだね。ほら、エルフィーを離しな」
「いやいやいやいや、なに言っちゃってんだよババァ。オメーに用なんかあるわけねーだろう」
「っ……!」

 肩を掴まれる力が強くなる。
 皮脂や洗っていない服の饐えたような匂いに眉が寄った。
 それだけではなく、吹きかけられる口臭。
 恐怖に体が震える。

「ちょーっと酒注いでくれるだけでいいんだからよー」
「そうだぜぇ、他にはなーんにもしねーよ。多分」
「なあ、いいだろ?」
「嫌に決まってるでしょ! 遊んで欲しいなら今あんたたちが掴んでるその子に頼めばいいじゃない!」
「……」

 やはりだ。
 身を縮める。
 男たちは「いや、この子は決定済みだし?」「ひゃっひゃっ」と笑う。
 連れていかれる。
 そして、なにをされるのか。
 恐怖で体が動かない。

(嫌……)

 腕を引っ張られて、涙が滲んだ。
 声も出せないほど怖いと感じたのは初めてだった。
 なんの力もない、価値もない。

(嫌、いや……)

 それでも、なにをされてもいいと思っているわけではない。

(いや……誰か……)

 無力な自分が大嫌いだ。
 だから無価値なのだと思い知る。
 それでも祈ってしまったのはなぜなのだろう。
 価値がないからなにをされてもいいわけではない。
 幸せになりたければ、もっと図々しくなれ。
 マグゲル伯爵の言葉が、今になって……その本当の意味を理解した気がする。

「嫌!」
「いいから来いって。ほら、ミリィお前も──」
「あ?」

 エルフィーの手を掴んだ男の手首を、別な誰かが掴む。
 ハッとした。
 銀の髪がハラハラと風に揺れている。
 目を見開く。

(……仮面……だけど……)

 少年だった。
 年の頃の近い。
 だが──。

「女性に遊んで欲しいなら、もっと誠意を見せた方がいいと思いますよ。怖がる女性とお酒を飲んでも楽しくないでしょう?」

 柔らかな口調と声色。
 でも仮面から覗く青い瞳は笑っていないし、穏やかではない。
 陶器のように整った肌色と輪郭。
 白と青を基調とした冒険者服。
 紺色のマントがはためいて、その隙間からは立派な装飾のついた長剣が見えた。

「ぼ……冒険者……」
「は、はっ、なんだまだガキじゃねーか……」
「ガキはママのおっぱいでも吸ってな!」
「ははは! その通りだぜ!」
「おい、坊主、女の前でいい格好するにはぁちいと早すぎるんじゃあねぇかあ? ひゃひゃひゃひゃ」
「いい格好も出来ない方々からのご忠告は参考にならないので結構です」
「なんだと……」

 ざわ、と空気が変わる。
 憩いの場であるはずの噴水広場は、一触即発の空気。
 一人、ミリィだけは顔を輝かせて「助けてください!」と少年に駆け寄った。

「こいつらがワタシの友達を人質にひどい事を……! お願いします! 助けてくださったら、なんでもしますから!」
「っ……」

 今し方、エルフィーを見捨てようとした女が同じ口から真逆の言葉を紡ぐ。
 仮面の少年はミリィには見向きもしないが、笑みは深くなる。
 エルフィーの手を掴む男の手。
 その手をさらに強く握っていく。

「ぐっ」

 男が呻いた。
 少年の目が細くなる。
 まるで「どうする?」と問うかのように。
 エルフィーの手を掴む男の顔色が、だんだんと赤く、そして、紫色に変わっていった。
 こんな子どもに、と言いたげだ。

「おうおう、喧嘩か? オリ坊」
「手伝うか~?」
「いらねーだろ」
「ハハ、だな」
「おい、ごろつきどもやめときな。そのガキ『Bランクブロンズ』だぞ」
「ガキにはっ倒されたくなきゃ手ェ引いた方が利口だぜー?」
「それはそれで見てみてぇかもなぁ! ははははは!」
「っ……」

 少年の後ろから十人近い冒険者たちが現れて、笑う。
 全員その腕に光るのは『Bランク』の冒険者証だ。
 そして、少年の手にはまっている腕輪もまた、『Bランク』の冒険者証。
 エルフィーたちに絡んでいた男たちの顔が一瞬で青白くなる。
 彼らはこの町の冒険者ではなさそうだ。
 人数からいって『傭兵団』かもしれない。
 素人でも一目で分かる、この空気の差。
 それは、おそらく潜った修羅場の差、実力の差だ。
 どちらにしても町で粋がるごろつき風情がたった四人で相手に出来るはずがない。
 いや、この町のごろつきが束になっても、おそらくこの中の一人とでもまともには戦えないだろう。

「……どうします?」

 戦るか、という問いかけだ。
 にっこりと微笑む少年に、エルフィーの手を持つ手が剥がれる。
 それを見届けてから、少年も男の手を離した。
 ごろつきの目は完全に畏怖に染まり、歯をカタカタと鳴らして震えている。
 彼らは冒険者のように魔物と戦う度胸もないのだ。
 自分よりも弱い者しか相手にしない、臆病者の集まり。
 集まる事で気が大きくなるが、当然、実力がそれに伴うわけではない。
 まして『Bランク』冒険者ともなれば、中の上。
『Aランク』の魔物と戦う事もある。

「あ、いや、いやだな、ははは……じょ、冗談ですよ、冗談……」
「そ、そうですよ。そんな、いやー、すみません……じゃ、じゃあ、俺たち用があるんで、この辺で」
「そうですか。でも、昼間からお酒は体に悪いと思います。明日からお仕事を探された方が健康にもいいと思いますよ」
「そ、そ、そーっすねー……ははは……」
「そ、そんじゃ……」

 そそくさ、とはこういう時に使うのだろう。
 男たちがへこへこと頭を下げながら去っていくのを見て、ぽかんと口が開いてしまった。
 言葉の出ないエルフィーの代わりにミリィが「きゃー、かっこいい!」と飛び跳ねて叫ぶ。
 その声にハッとして少年の方を見ると、ミリィが彼の胸に抱きついているところだった。
 お礼を言わなければ。
 しかし、今はやめておくべきだろう。
 ミリィの機嫌を損ねてしまいかねない。

「あーん、ありがとうございます、素敵な方~! お礼にお茶でもいかがですか! あ、まだ自己紹介してませんでしたね、ワタシはミリィと申します!」

 エルフィーは、俯く。
 タイミングが分からない。
 自分の靴の爪先。
 見慣れたそれを、じっと見つめた。

「やっと見つけた……」
「?」

 そんな言葉と共に、靴の爪先に白い手袋をした指先が重なる。
 いや、そう見えただけだ。
 だがなぜ、とほんの少し顔を上げて手袋の先を目でたどる。
 ラインの入った袖。
 それも辿ると、跪いた仮面の少年が微笑んでエルフィーへ手を伸ばしていた。
 目を丸く見開く。

「貴女に会いに来ました。間違いない……夢で会った、俺の初恋の人……!」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます

あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。 腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。 お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。 うんうんと頭を悩ませた結果、 この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。 聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。 だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。 早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ――――――――――――――――――――――――― ※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。 ※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。 ※基本21時更新(50話完結)

オカン公爵令嬢はオヤジを探す

清水柚木
ファンタジー
 フォルトゥーナ王国の唯一の後継者、アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレは落馬して、前世の記憶を取り戻した。  ハイスペックな王太子として転生し、喜んだのも束の間、転生した世界が乙女ゲームの「愛する貴方と見る黄昏」だと気付く。  そして自身が攻略対象である王子だったと言うことも。    ヒロインとの恋愛なんて冗談じゃない!、とゲームシナリオから抜け出そうとしたところ、前世の母であるオカンと再会。  オカンに振り回されながら、シナリオから抜け出そうと頑張るアダルベルト王子。  オカンにこき使われながら、オヤジ探しを頑張るアダルベルト王子。  あげく魔王までもが復活すると言う。  そんな彼に幸せは訪れるのか?   これは最初から最後まで、オカンに振り回される可哀想なイケメン王子の物語。 ※ 「第15回ファンタジー小説大賞」用に過去に書いたものを修正しながらあげていきます。その為、今月中には完結します。 ※ 追記 今月中に完結しようと思いましたが、修正が追いつかないので、来月初めに完結になると思います。申し訳ありませんが、もう少しお付き合い頂けるとありがたいです。 ※追記 続編を11月から始める予定です。まずは手始めに番外編を書いてみました。よろしくお願いします。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】雇われ勇者の薬草農園 ~チートスキルで薬草栽培始めます~

近衛 愛
ファンタジー
リュウは設計会社に勤務する一般男性だ。 彼女がようやく出来て、一週間後に勤務中に突如幻想世界に転移。 ラノベは好きだが、テンプレ勇者は嫌いだ!! 人類を滅ぼそうとする魔王を倒すため、女神と王により勇者として、召喚された。 しかし、雇用契約書も給料ももらえず勇者である僕は、日々の生活費を稼ぐべく、薬草採取、猪の討伐、肉の解体、薬草栽培など普段なら絶対しない仕事をすることに。 これも王と女神がまともな対応しなのが悪いのだ。 勇者のスキル「魔女の一撃」を片手に異世界を雇い雇われ、世界を巡る。 異世界転移ファンタジー。チートはあるけど、最弱ですけどなにか。 チートスキルは呪いのスキル、人を呪わば穴二つ。勇者と世界の行く末は。 『僕は世界を守りたい訳じゃない!目の前の人、親しい知人であるチル、君を守りたいんだ!』

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

処理中です...