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三章 冒険者『Cランクプラチナ』編

VSリッチ【前編】

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「…………っ!」
「どうした!?」
「なんだ、この反応……!」

 そして、現実に向き直った途端とんでもない反応を感知した。
 村の中心部から外れた、西の方にある屋敷。
 この規模の村に似つかわしくない、貴族の屋敷のような、そんな建物。
 あれだ、あそこから村の中心部にかけて、アンデット系の魔物の気配が夥しい。

「……っ……、……ダメだ、引き返しましょう……」
「どうした、なにを感じたんだ?」
「『探索』にはなにも引っかからないぞ?」
「リッチの側にもう一つ、得体の知れない反応があります……。なんだ、これ……複数の小型の魔物が、入り混じっているような……」
「なんだそりゃ。……複数の小型の魔物……なにかでかい魔物に喰われてるんじゃないのか?」
「そういう感じではないんです! なんか、こう、混ざる直前みたいな……!」

 こんな反応は知らない。
『探知』は使えるようになって日が浅いが、少なくとも『異常』である事だけは分かった。
 小さな魔物が、虫に喰われて数珠繋ぎのように繋がっているような……そんな反応が見えるのだ。
 イメージとして頭の中に入ってくるそれに背筋が冷える。

(というか……これ、まさか……)

 魔物が虫に喰われるように……。
 その光景に、一つ思い当たる事がある。
『ワイルド・ピンキー』に出てくる、主人公シュウヤの宿敵役……呪いの伯爵、ミシェラ・スレリエル卿だ。
 彼は亡くなった妻を蘇らせるために、魔物や人間を殺して、つぎはぎしながらあらゆる命への冒涜の限りを尽くす。
 彼にとって自分と妻以外のあらゆるものは『資源』。
 シュウヤもまた、六巻でミシェラの『素材』として捕まってしまう。
 その時に描かれた魔物や人間を混ぜ合わせる工程に彼の扱う厄呪魔具……【浸食虫具】の効果に、あの反応は似ている気がした。

(無理、無理、無理……スレリエル卿なんてチート持ちのシュウヤでも倒すのに三巻もかけたんだぞ? あいつは人間を『資源』としか考えてない。無理だ! もしここがあいつの隠れ家の一つなら、逃げないと……! みんな殺される!)

 ミシェラ・スレリエルが強いわけではない。
 彼の作り出すつぎはぎの魔物が恐ろしく強いのだ。
 チート持ちの主人公シュウヤは、ヒロインを守りながら戦うし、その魔物はどれも普通ではない。
 ミシェラは主人公が魔物と戦う隙に転移魔法で消えて逃げてしまう。
 いたちごっこが続き、最終決戦までに三巻分もの巻数を要したのだ。
 そしてそれらの魔物は、ランク分けするならどれもAランクレッド……ここのメンバーで対処出来るものではない。

「小型の魔物も出なかったのは、リッチが呼び寄せて仲間にしようとしていたからかもしれない。これ以上アンデットを増やされて軍勢になると困る。リッチなら十一人もいれば叩けるだろう。調査を続けるぞ」
「反対です! 戻るべきです!」
「敵はリッチだけなんだろう? あとは小型の魔物がでかい魔物の腹に詰まってるってだけならいけるさ」
「っ! それでもBランクの冒険者ですか!?」

 楽観的すぎる。
 そのお気楽発言に思わず声を荒げてしまった。
 だがその時に気がつく。
 他の冒険者たちも、リーダーズロンスに賛成だったのだ。
 オリバーだけが白い目で「慎重すぎる」と笑われているのだ。

「大丈夫だって。一応お前は『探知』が使えるから、一緒に来てもらいたいんだが……怖いなら待ってるか?」
「…………」

 慎重になって然るべき場面。
 しかし、ズロンスはヘラヘラ笑っている。

(まずい……完全にスレリエル卿の厄呪魔具の効果だ)

 ミシェラ・スレリエル卿は厄呪魔具の使い手。
 その呪具の数々は、少しずつ蝕むものから一思いに殺してしまうものまで様々。
 中でも恐怖心や警戒心を緩ませるものは、戦場でこの上なく危険なものとなる。

(多分、俺の場合は『仮面』が阻害してる。厄呪魔具同士は効果を阻害、または相殺するから)

 同時に使えるのは、同じ使用者の厄呪魔具のみ。
 特に精神系に作用する厄呪魔具は、別の使用者の厄呪魔具と効果がぶつかり合うと相殺されて無効化される。
 オリバーの『魅了』や『誘惑』はもろにその精神影響系だ。

「っ……分かりました。どうなっても、ありのまま報告しますからね」
「へいへい、大丈夫だって」

 冒険者証の腕輪に付属する記録機能をオンにする。
 冒険者証所持者の魔力が削られるので、あまり皆好んでは行わないが今回は話が別だ。
 しっかり記録して、報告する。

(この人たちにも帰る場所がある。帰りを待つ人がいる。……その人たちを、悲しませないためにも……)

 腰のポシェットに収納魔法を常用展開し、いつでもマジックポーションが取り出せるようにしておく。
 魔力切れを起こすと致命的だからだ。

(完全に蜘蛛の巣にかかった獲物だな……)

 村に一歩踏み込んだだけで、空気が変わる。
 調査メンバーは気づいているだろうか?
 先程、村に入るよりも笑顔と雑談が増えた。
 ありえない。
 彼らも長年のプロのはずだ。
 調査中……それも、素体によっては強さがAランクにもなるリッチがいる村の中で、この緊張感のなさ。

(……なるほど、厄呪魔具……)

 しかし、だからこそ今回の一件、魔物がまったく現れなかった理由も合点がいった。
 厄呪魔具は基本的に魔物の動きを止め、倒すために使用される。
 特定の魔物を探し出すために、小型の魔物に厄呪魔具で呪いをかけ、餌として使ったり、魔物寄せの匂いを放って周辺の魔物を大量におびき寄せたりもするのだ。
 そういう事を繰り返していけば、時間が経てば経つほど魔物の数は減っていく。
 スレリエル卿ほどの厄呪魔具使いならば造作もないだろう。

「! 見つけた」
「ん? どうした?」
「リッチです。……地下ですね」

 村の中心部、地下だ。そこに隠れている。
 ついでに言うとリッチの周囲にはゾンビやスケルトンの気配もびっしり。
 今は昼間であるため、眠っているようだ。
 だから『探索』では害意が掴めず、無人の村のようになっているのだろう。

(……リッチの総合レベル764……ギリギリBランク)

 Aランクの魔物も、一応目安がある。
 総合レベル、800以上──と。
 しかし総合レベルは本当に目安に過ぎない。
 知性が高く、同族に影響を及ぼすタイプ……マスタートロールやリーフ・ティターニアなどは総合レベルは700前後と言われているからだ。
 リッチの場合も同じで素体によって落差が激しい。
 764ならば、Bランクと位置づけてもいいだろう……周りにゾンビやスケルトンなどの『従属軍』がいなければ。

(見たところゾンビやスケルトンの総合レベルは100~200。弱いけど……それってつまりこの村の人間だったって事だよな……)

 問題は数。
 そのレベルの魔物が村の中に数百……オリバーが感知した範囲ですで数えきれない数がいる。
 あの得体の知れない反応を除けば『ギリギリBランク』。
 だが、あの得体の知れないものを入れればAランク。
 もし凶暴ならばオレンジかレッド……。

「地下ってどこから行くんだ?」
「…………」

 ズロンスの笑顔の問いかけに、イラッとするオリバー。
 おかしい、彼はここまでポンコツではなかった。
 道が分からないなら道を探すべく仲間に指示を飛ばせる冒険者だった。
 それがオリバーに頼り切りのようになっている。

「(厄呪魔具の効果が強まっている)……では、探索で探してみます。地下にはゾンビやスケルトンの反応もあるので、火の魔法が使える方を前にしましょう」
「おお、任せる任せる」
「(あー本格的にダメだこりゃ)……はい」

 他のメンバーも似たような感じだ。
 これは頭が痛い。
 だが、同時に恐ろしくもある。

(これがスレリエル卿の厄呪魔具の力。戦場で警戒心を奪われるのがこれほど恐ろしいとは……。……んん、どうやら同じ地下でもリッチがいるのはあのおかしな魔物とは別な部屋みたいだな……地下への道は……やっぱりあの屋敷から続いてるけど)

 村の中心部にまで伸びた通路。
 屋敷から、真っ直ぐに降るような形だ。
 村の地下には四つの部屋。
 一番広い部屋にリッチとゾンビ、スケルトンが密集している。
 その真上に、オリバーは立った。

「ふむ……」
「道は分かったか~?」
「はい、まあ」

『探知』を使っても生きた人間の気配はない。
 つまり──……ミシェラ・スレリエル卿はここには、いないという事。

(その点は安心すべきかな。多分研究拠点の一つなんだろう。スレリエル卿は『瞬間転移』の魔法が使えるから、廃村に住む必要ないしね……)

 しかし、厄呪魔具が起動している点は気になる。
 破壊しておかないと周辺の生き物が集まってリッチにより捕縛。
 あの小型魔物が数珠なりになっている、スレリエル卿お手製人工魔物の素材にされるだろう。
 厄呪魔具を破壊すれば拠点が破壊されたとスレリエル卿に知れる。
 だが、彼としてはそんな事はどうでもいいと思うはずだ。
 登録していない厄呪魔具から持ち主を割り出すのは、不可能。
 魔力の流れからそれを探る、なんて芸当は誰にも出来やしない。
 彼の事だ、自身に繋がるような物的証拠など屋敷にも地下研究所にも置いてなどいないだろう。

「問題は厄呪魔具の位置が分からない事かな」
「え?」
「まあいいです、戦闘準備をお願いします」
「え?」
「大地を砕け!」
「「「え?」」」

 剣を引き抜く。
 そして垂直に持って、振り下ろす。
 長剣武器スキル──

「地岩砕剣!」
「うおおおおおお!?」

 半径二十メートル四方が粉砕され、大穴が開く。
 地下に広がっていた部屋に落下する石と土と天井。あと冒険者。
 眠っていたリッチ、ゾンビ、スケルトンたちは、突然の崩落に顔を上げた。
 だが、アンデット系は太陽に弱い。

『ギィァァア……!』
『アアアアァァ……』

 ゾンビ、スケルトンのステータスの総合レベルが下がる。
 太陽の下に引きずり出されたアンデット系は、デバフをかけられた状態となるのだ。
 無論、もっとも強敵だったリッチもその対象だ。
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