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三章 冒険者『Cランクプラチナ』編
フェアリーとの遭遇
しおりを挟む『スゲラスの森』に向かう。
なかなかに鬱蒼とした、手入れのなされていない森だった。
そして仮面を外して数分……体の不調はどんどん消えていく。
「うーん、やっぱり厄呪魔具の影響だったのかな……」
ざく、ざく、と森の奥へと進む。
獣道すら見当たらず、鳥の鳴き声もしない。
これは、おかしい。
(ゴリッドさんが……この森の木は鍛治に使うから、昔は木こりに頼んでよく手入れを兼ねて切りに来ていた、と言っていたけれど……)
隣町とのいざこざが増えた事で、自然に手は離れていったらしい。
しかし、それも去年あたりからの話。
(たった一年でこんなに荒れるわけがない。なにか、ある)
考えられるとすれば『土属性』系か、『風属性』系の魔物。
森の荒れ具合を思うと『土属性』だろうか。
主に植物に強い影響を及ぼす魔物となるとかなり限定されてくる。
(どちらにしてもこの規模となると間違いなくランクはA。マスタートロールのように瘴気を発さないタイプだが、こんな事が出来る魔物となれば考えつくのは二種類)
剣で蔦を斬り、道を開きながら進む。
もう少し広いところでなければ、ファントム・ジャックとも戦いづらい。
(『リーフ・ティターニア』か……『ブラックバタフライ』……)
どちらも知性が高く、なおかつ美しく小さな魔物とされている。
住処を定期的に変え、森を広げ、人が立ち入れないほど荒らしたあと立ち去っていく。
森はその魔物が滞在中、凄まじい勢いで成長するが、それは森の育つ力を吸い上げられているためであり魔物が立ち去ったあとはゆっくりと廃れて滅ぶ。
森そのものを操る魔物であるが故にランクはA。
しかし理性的で賢いため、対話が可能。
そのためカラーはグリーン。
「リーフ・ティターニア……だとしたら、ちょっと相談してみようかな」
リーフ・ティターニアには『祝福』という特殊な魔法があり、それを指輪などの装飾品に与えられ、その装飾品を想い人に贈ると上手くいく……という言い伝えがあるのだ。
それが事実なら是非あやかりたい。
「!」
チカッと目に入る光に、即座に頭を下げた。
するとカッ! と小気味良い音がして、オリバーの横にあった木の幹になにかが突き刺さる。
「……これがファントム・ジャックか……確かに危ないな」
そこに刺さっていたのは小さなナイフだ。
相当勢いよく襲ってきたのだろう、深く突き刺さりすぎて抜けなくなっている。
踏ん張っているようだが、抜ける気配がなくてどことなく哀れに思えるほど。
「えい」
「ギャ」
叩き折るのは簡単で、木に刺さった部分を指で摘んで引っこ抜くと比較的楽に抜ける。
『鑑定』してみればなるほど、確かに『鉄【品質:最良】』と出た。
「ふーん……これを集めるのか……」
カラーレッドではあるが、『鑑定』で見る限り総合レベルは24程度。
冒険者ならばDランクブロンズでも倒せるだろう。
(でも、物理攻撃力と俊敏に特化している。初心者では間違いなく苦戦するし……並みの冒険者でも……)
森を見渡す。
木、木、木……葉が太陽の光を隠し、蔦が進路を阻む。
視界がとにかく悪い。
手入れがされていない事で木々の間隔が狭く、スゴウの言う通り長剣は役に立たないだろう。
さらに言えばファントム・ジャックは『浮遊』特性により矢のように飛んでくる。
上手く避けなければ間違いなく怪我をするし、当たりどころが悪ければ即死だ。
(刃先は短剣程度と長くはないから内臓までは到達しなさそうだけど、首に刺さったり斬りつけられただけでも死ぬな。まあ……)
どす!
と、また木になにか刺さる。
ファントム・ジャックだ。
また抜けなくなって、ウゴウゴしている。
柄の部分を剣で叩き折ると残るのは刃のみ。
それを引き抜いて集める。
「うーん……困ったな~……」
カン、とおかしな音のあと、また木にファントム・ジャックが突き刺さる。
それを叩き折る。刃を集めるためにしゃがむと、頭上にスコン、と別なファントム・ジャックが幹に突き刺さった。
「…………」
その後も似たような事がひたすら立て続けに起きる。
残念だ、ファントム・ジャックの攻撃はどうやら完全な運任せ。
スコン。
「…………はあ……」
つまり──【無敵の幸運】持ちであるオリバーとは、戦いにならない。
***
「結構溜まったんだけど……」
『鉄【品質:最良】』がかなりの量が溜まった。
森も中程まで進んだだろうか。
「んー……」
ステータスを開いて確認する。
その間も、勝手に逸れて幹に突き刺さるファントム・ジャックたちを叩き折り続けた。
もはや作業である。
「なぜか俊敏の数値が少しだけ上がったけど、装備でどうにか出来る程度……。いや、俊敏はあんまり高くなかったから嬉しいんだけど……でも、2、かぁ……」
スコン。スコン。スコ、スココン。
「……帰ろう」
そろそろファントム・ジャックが可哀想に思えてきた。
小型の魔物なので数が多いとは思っていたが、本格的にギャグ要員みたいになっている。
数が減るのはいい事だとは思う、もちろん。
しかし、こうも無抵抗な相手を叩き折り続けると、オリバーの人としてのなにかが損なわれていくような気がする。
「ん……?」
きらり、と視界の端に眩しいものが映った。
またファントム・ジャックかと思ったが、そうではないようだ。
「湖……」
スコン。
と、またファントム・ジャックが近くに突き刺さる。
叩き折り、湖へと近づいた。
「……!」
空気が張り詰める。
そこにいたのはキラキラ光る空飛ぶ小人……妖精……フェアリーだ。
魔物、フェアリー。Cランクイエロー。
攻撃しなければ攻撃してくる事はなく、強さも大した事はない。
しかし集団でいる事が多く、下級種であっても魔法を使う事の出来る危険な魔物だ。
「? ……あれ?」
だが様子がおかしい。
湖の真ん中で集団が固まって飛んでいる。
まるでなにかに怯えているようだ。
いや、というよりも怯えている。
(変だな……? フェアリーは花畑など花の多い場所を好む……森より山や平地にいる事が多いはずなんだけど……)
首を傾げていると、またスコン、と目の前をファントム・ジャックが通り過ぎて木に突き刺さった。
すこん、すこん、と飽きもせずに。
(俺はそろそろ飽きてきたな……)
スコンスコン、スココココン。
先程よりも数が増える。
いや、森の中より明らかに飛んでくるファントム・ジャックが多い。
「ん」
しかし、湖の辺りは広い。
つまり剣を抜いても問題はないのだ。
飛んでくるファントム・ジャックの姿もよく見えるため、剣で叩き落としついでに叩き折る事も難しくない。
オリバーが叩きおらずとも行き先は木の幹。
「!」
カン、と金属音。
叩き落とそうとしたファントム・ジャック同士が側面衝突して相殺する。
他にも、後ろ、斜め向かいと衝突して相殺していく数がどんどん増えていく。
(うわ、すごいな……これが──)
称号【無敵の幸運】の効果。
(無敵すぎでは……)
三分程度で、ファントム・ジャックは襲ってこなくなる。
「…………拾うの面倒くさいな、これ……」
地面に落ちた『鉄【品質:最良】』。
大量すぎて面倒だが、せっかくなので拾わなければもったいない。
せっかく高く買い取ってもらえる、と助言されているのだ。
お金があればここ二ヶ月泊めてくれた宿屋にも多少恩返しが出来るだろう。
「ん?」
『ありがとう』
『ありがとう、人間』
『拾うの手伝ってあげる』
「…………え……」
ヒヤ、と心臓が冷えたような感覚。
フェアリーが湖の中央からオリバーの周囲に集まっていたのだ。
いつの間に──……。
(いや、え? 今なんて? 喋……!?)
確かに意思疎通は可能、という話は聞く。
基本的に悪戯程度の悪さしかせず、話しかければ笑って興味深そうに聞いたりもする、と。
だが『喋る』フェアリーの話は聞いた事がない。
それも、複数。
(こいつら、フェアリーじゃないのか!?)
だが『鑑定』しても『フェアリー』と出る。
では、これは……アレである。
背筋が冷える。
マスタートロールという上位種に統率された、トロールと同じ──……。
「ありがとうなのだわ、旅の人間」
「!」
振り返ると、美しい緑色の髪を靡かせた大きめのフェアリーが宙に浮いていた。
はっきりとした声に、目を見開く。
「! まあ! なんて素敵な方……! わたしたちを助けてくれた上、こんなに美しい方だったなんて……! 素敵! ねえ、旅の人! お礼にここに住まわせてあげるのだわ! ずっとここにいてもいいのだわよ!」
「……え、あ……いや……」
ふわりと近づいてきたそれは……上位種『リーフ・ティターニア』。
間違いない。だからここのフェアリーたちも喋れるのだ。
マスタートロールのような念話ではなく、自身の口で話すあたり人と構造がとてもよく似ているのだろう。
だが体は小人。
人の手のひらサイズ。
なにより、魔物だ。
「なぁに? そんなにじっと見られると恥ずかしいのだわ」
「え、あ……す、すまない。まさか本当にリーフ・ティターニアがいると思わなくて……」
「リーフ、てぃ……? それはわたしの名前?」
「え?」
名前というか、種類?
そう言い返しそうになってそれもなにか違う気がして飲み込む。
しかし、リーフ・ティターニアは響きが気に入ったのか嬉しそうに手を叩いた。
「素敵! わたしの名前! リーフ! リーフティターニアですって!」
「あ、あの……ま、待ってください……リーフ・ティターニアは、えーとその……フェアリーの女王を、我々が勝手にそう呼んでいるだけで……」
「そうなの? ではわたしはなんていうの?」
「……、……り、リーニア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「リーニア? それがわたしの名前?」
「は、はい」
状況がわけ分からなくなっている。
リーニア……リーフ・ティターニアに名前をつける事になるとは。
(まあ、魔物に名前をつけたところでなにか起きるわけでもないけど……)
それにしても魔物と対話するのは生まれて初めてで混乱する。
見上げると、他のフェアリーと踊り始めたリーニア。
どういう状況なのだ、これは。
『ねえねえ、拾ったよ』
『たくさん拾ったよ、見て見て』
『わたしの方がたくさん拾ったよから!』
「え、あ、ありがとうございます……?」
他のフェアリーたちが砕いたファントム・ジャックのかけらを拾って、わざわざ運んできてくれる。
あっという間に袋がいっぱいになるので、それを収納魔法の中にポイと入れて新しい袋を取り出す。
その様子を不思議そうに眺めているフェアリーたち。
「……あれ? みんな怪我をしていますね……痛そう……」
『うん……痛い』
『痛いけど、もう痛い事するやつらは飛んでこないから』
『旅の人がみんなやっつけてくれた』
『ありがとう、もう好きなところを飛んで大丈夫』
「……!」
ファントム・ジャックは知能がない。
動くものに反応して飛んでくる、傍迷惑な魔物。
しかも一度狙われれば執拗に追ってくる。
「もしかして、あなたたちはファントム・ジャックに襲われて湖の真ん中に固まっていたんですか?」
「そうよ! あいつらわたしたちよりも速いから、避けられないのだわ。追い詰められて、見通しのいいこの場所でやり過ごしてたのだわよ……」
「そうでしたか……」
魔物も魔物に困る事があるようだ。
それに対話が出来るなら共存していけるのでは?
「ふむ……」
それならば、と手のひらを地面に向ける。
「光の慈悲よ。エリアヒール!」
『!』
『わっ、わっ!』
「! まあ!」
羽が傷ついてる者、腕に切り傷が残る者、周りに集まっていたフェアリーたちの傷が癒えていく。
光が消えれば、フェアリーたちはドッと大騒ぎし始まる。
『治った!』
『すごい! 治った!』
『治った、羽! 見て! 元どおり!』
『すごい! 旅の人すごい!』
「フェ、フェアリーは魔法が使えると聞いているんですが……」
『治癒魔法なんか使えないよ!』
「さようでしたか……」
きゃー、と叫んで踊り回るフェアリーたち。
リーニアと名づけたリーフ・ティターニアが、オリバーの肩に留まる。
「わたし、知ってるのだわ! こういう時はこう言うんでしょ? 結婚して!」
「お断りします。俺はもう心に決めた人があるんです」
「ぶー」
どこで得た知識だそれは。
突っ込みたいが、突っ込んでも分からない気がするので無視だ。
「でもお礼はしてあげるのだわ! なにか望みを言いなさいなのだわ! リーニアは名前ももらったし、仲間を治してくれたしあなたにとても恩を感じているのだわ! お礼したいのだわ!」
『お礼したい!』
『お礼、お礼!』
『お礼する!』
謎なテンションだ。
だが、感謝されるのはとても嬉しい。
「では、この森の成長する力を奪うのをやめてくれませんか? リーニア。このままでは森が成長しきって、滅んでしまうんです」
「分かったのだわ!」
「…………」
まさかの即答。
「他には他には!?」
「ほ、他にもいいんですか!?」
「いいのだわよ!」
軽くはあるまいか?
いや、しかしやってくれるというのなら……。
「では、この指輪に『祝福』を与えてくれませ──」
「いい事あれ!」
「…………」
キラキラとセリフに反して大変美しい光の粒がオリバーの取り出した指輪に降り注ぐ。
若干それでいいのかと思う適当さのような。
「他には他には!」
「ほ、他!? ま、まだ頼み事をしてもいいんですか!?」
「当たり前なのだよ! 旅の人はわたしたちを助けてくれたんだから!」
『お礼する!』
『もっとお礼したい!』
『命の恩人、お礼!』
「えーと……では……」
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