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二章 冒険者『Cランクブロンズ』編
VSサラマンダー【前編】
しおりを挟む「おお、タック! ついでに連れてきてくれたのか! ありがとうよ!」
「ありがとうございます。冒険者の方々」
「あんたは?」
村へ帰ると、気の弱そうな男性がゴリッドと一緒にいた。
顔色が悪く、痩せ細っている。
しかしとても優しそうな人物で、ロイドが問うと「町長をやらせて頂いております」と頭を下げた。
「なんとなく厄気だけが理由ではなさそうね……」
「はい……」
サリーザの意見にはオリバーも思わず頷いてしまう。
それ以外……たとえば隣町とのいざこざのせいで胃に穴が開いていそうであった。
「これが『厄石』だ。で、いきなりだがこの『厄石』は俺たちに買い取らせてもらえないだろうか?」
「え!? ど、どういう事でごさいましょうか? こちらとしては願ってもない事ですが……」
「実はこいつが特殊な体質で厄呪魔具が必要なんだ。ゴリッドに作ってもらう約束をしていてな」
「おお、そうでしたか。ええ、もちろん……しかし、お金は不要です」
「「「「は?」」」」
気絶しているタックを除き、その場の全員が声を揃えた。
ロイドは金を払うと言ったのに、それをいらない?
ゴリッドまで「なに言ってんだこいつ」と目を剥いている。
「『厄石』は自然に現れたものです。鉱山から採れたものでも、我が町のものでもありません。依頼して取りに来て頂いたのはこちらですし……。ああ、そうだ依頼料をまだお支払いしておりませんでしたな。僅かばかりしかお渡し出来ないのが心苦しいのですが……」
「は? いやいやいやいや、待ってくれ……あー、あ、そうだ! なら、その依頼料はいらないからコレをくれ!」
ロイドもなにかを察したのか、条件を変える。
依頼料の代わりに『厄石』を譲れ、という事にしたようだ。
確かにそれならば相手もこちらも損はしない。
この世界にありがちな物々交換。
これなら町長も納得するだろう。
「そんな! いけません、『厄石』はこの町のものでもないのですから……! 危険なお仕事をされた皆様には、相応のお金をお支払いします!」
「いや、あの……」
サリーザと顔を見合わせる。
頭を抱えるゴリッドで、全員が「ああ、なるほどな」と理解した。
隣町がつけ上がるのはこういう事なのだろう。
真面目で優しくいい町長なのはよ~く分かった。
しかし、町を守る事においては向いていない人なのだ。
「おい、町長……せっかくこいつらが──」
「ああ、ですが……どうかゴリッドの仕事には相応の報酬をお願い致します。ゴリッドの仕事は素晴らしいのですよ、きっとご満足頂ける事でしょう」
「っぐ……」
「「「…………」」」
ああ、なるほど。
これは逆らえないわけだ。
「……もちろん、ゴリッドの仕事に見合った報酬は支払いますが……」
言い淀むロイド。
サリーザが抱いていたタックをゴリッドが受け取り、ベッドに下ろす。
この子はなぜ、あの場に倒れていたのだろう。
それを考えるには出会いの時、聞こえていたやりとりを思い返すと……。
「あの、差し出がましいようですが町長さん……この町は今かなり困窮状態にあるのでは?」
「え! …………、……はい、やはり……一目見てお分かりになられますか」
「(なぜバレると分かっていてあんな事を言ってしまうのだろう)……はい、まあ……」
町の様子は厄気のせいだろう、人がほとんど歩いていない。
鍛冶場からの音もまばら。
これは鉱山がガスで閉鎖されているせいだ。
本来なら助け合うはずの隣町に関所を作るため、この町が様々なものを搾取され、また同時に押しつけられている事も要因に違いない。
(孤児を引き取る事自体は、責められない。行く宛のない子どもを育ててくれる事は讃えられるべきだ。でも、それで町が傾いているのは……)
ギルドがあれば冒険者が集まり、そこから経済にもよい影響が出るだろう。
だが、時期が悪い。
隣の『ミレオスの町』に関所建設のために人が集まっている。
冒険者ギルドを立ち上げようにもそちらに持っていかれるのは目に見えていた。
ならばどうすべきか……やはり鉱山だ。
鉱山資源があれば、この町はドワーフが大半を占めている。
適正価格で商売をすれば、絶対に立て直せるはずだ。
(少なくとも関所の建設には石材が大量に必要だ。『ウローズ山脈』から石材用の石の切り出しを行っているんだろうけど……職人をこの町からも借り出したいと思っているはず。ドワーフたちは人情を重んじるから、それを拒否しているんだろう。でもそれではダメだ。この町を守るには町長の覚悟が必要。それに……)
鉱山が動かせないのが痛い。
もちろん毒ガスはしばらくすれば抜けきるだろう。
それがいつになるかが分からないのだ。
(……調べてみる事は出来ないかな?)
ステータスを開く。
魔法一覧、『探索』『鑑定』『識別』『分析』……使えそうなものはこの辺りだろうか?
「オリバー? どうした?」
「……出来る……」
「? なにが?」
左右のロイドとサリーザが首を傾げる。
ステータスを閉じて、唇を釣り上げた。
「鉱山を調べに行きましょう」
「!? 調べに行く? 鉱山を!?」
「は? なにを調べに行くんだ? 今坑道は毒ガスが……」
「はい、それも含めて調べてきます。そして僕はその調査結果に対して町長、あなたへ報酬を所望します」
「「!?」」
驚いた顔をされるが予想通り。
そして、ここからが重要だ。
「その情報を正しく用いてください。これが俺が町長、あなたへ所望する報酬です」
「……、……ど、どういう事ですか?」
「町長、あなたはとても優しくていい人です。自分が損をしても誰かを助けられる。自己犠牲は美しく、行きすぎなければ讃えられるべき行為だと思います。けれど、あなたのその考え方は町全体を不幸にし始めています」
「!」
「だから、俺が調べてくる鉱山情報を正しく使ってください。他人の幸福を願うなら、まず守るべき町の人たちを笑顔にしましょう」
「……!」
はっ、とした表情。
きっと町長は本当に優しくていい人だ。
それにつけ込まれて、一番守るべきものを忘れてしまっただけ。
みんなそんな町長が好きだからつき合ってきた。
文句も言わず、言えず……。
でも、タックはその事に意を唱えた。
恩人である町長へ……それはどれほど勇気がいる事だったのだろう。
目線を眠るタックへ向けると、町長もベッドの上の幼い少年へと顔を向ける。
「……町長、タックはエアメタルを探しに行ったんだ」
「エアメタルを!? でもあれは、毒ガスが出た一番奥で採れる希少鉱石ですよ!? エアメタルより魔物に見つかる可能性の方が高いくらい……! なぜそんな危険な事を!」
「この町を助けたかったんだ。ガキはガキなりに……理解ってるんだよ。町の状況が苦しい事くらい……」
「!」
町長はもう一度、タックを見下ろす。
その目にじわりと涙をにじませた。
「…………そうですね……分かりました。その報酬で、情報収集を依頼します」
「では、行ってきます!」
「おし、俺たちも行くぜ!」
「ええ。ゴリッドさん、『厄石』の加工をお願いしてもいいかしら?」
「おう、任せろ!」
ゴリッドの家を出て、再び北の出入り口へと向かう。
鉱山の中へと入る広まった場所。
先程『厄石』が落ちていた場所までくると、やはり硫黄の匂いがする。
「なんか少し臭わない? これまさか毒ガスじゃないわよね?」
「違うと思います。これは、多分硫黄ですね」
「イオウ?」
「硫黄」
「「イオウ?」」
今度は二人に聞き返された。
どうやら知らないらしい。
「えーと、元素……結晶の種類ですよ。マッチなどに使われますね」
「へー?」
「絶対よく分かってませんね?」
「つまり鉱石の一種って感じか?」
「まあ、そうですね。…………。まさか?」
「ん?」
オリバーの顔色が変わる。
頭の中に流れるのはこれまでの情景。
顔を上げる。
そして、鉱脈の塊であろう鉱山ではなく硫黄の匂いが強い方へと駆けた。
「は? お、おいオリバー!?」
物置小屋を通り過ぎ、坑道とは逸れた道なき道を進む。
匂いが強くなる。
ほんのりと空気が温かくなり、わずかな湯気が地面から出ている場所に出た。
「俺の考えが、正しければ……」
この土地は元々水が豊富そうなのだ。
そして、山。
地面に触れようとするが、なかなかの熱を肌が感じ取ったのでやめておく。
立ち上がって手のひらを地面に向ける。
(一つの魔法で限界があるのなら、複合させればいい。『探索分析』!)
『探索』と『分析』の魔法をかけあわせ、同時に使用する。
上手くいくかは分からないが、重ね合わせて使うと勝手に混じり合い『探索分析』という新たな魔法となってオリバーの新たな魔法の一つとなった。
その成果は──。
「!」
「オリバー! 急にどうしたんだ?」
「なにここ、なんか熱くない?」
「ロイドさん、サリーザさん! 武器を! 魔物です!」
「「!」」
途中だというのに、思いもよらないものを感知してしまった。
剣を引き抜く。
ロイドが前に出て、サリーザは杖を突き出す。
二人も『探索』くらいは使えるので、すぐに魔物の位置を察知した。
いや、しかし……この反応は……。
「デカイ!」
ロイドが睨みつける先。
ずるり、と出てきたのは巨大な赤い蜥蜴。
「サラマンダー、だと!」
「これがそうなの!? っ、オリバー、魔物の情報をお願い!」
「はい、サラマンダー、Cランクレッド! 気温と湿度の高い場所を好む『中位種』です! 属性は火。体躯の割にとても素早く、毒のある牙で噛みついてきます! 魔力技は『吐火炎』と『猛毒吐霧』! 四足歩行型の魔物なので、弱点は後ろ足です!」
「おっしゃ! そんじゃあ、ま、いつものでいくぞ!」
「「了解!」」
素早く、四足歩行の魔物はサラマンダーに限らず様々いる。
道中現れたワーウルフやレッドウルフなどのウルフ種は代表的だろう。
しかしサラマンダーは四足歩行型の中でも、かなり独特な動き方をする。
細い体をくねらせながら、人間が想像しているよりも素早く予想もつかないところへ動き回るのだ。
そのためまずは動きを鈍らせなければならない。
「ロック・バンプ!」
「!」
熱を持つ地面をでこぼこに変える。
サリーザには無詠唱で魔法を使える事を教えてあるので、『どんな魔法を使ったのか』が分かるよう魔法名だけは叫んでもらう。
尖った岩が突き出て、サラマンダーがたじろいだところへオリバーが水魔法を発動させる。
「コールド・ランス!」
それでもサラマンダーは素早い。
突き出した岩の間をすり抜ける事はしないだろうが、岩を叩き折りながら無理やり進める巨体を持っている。
なのでオリバーは水魔法の一種、当たった場所を凍らせる『コールド・ランス』を放つ。
「ぎぃ!」
巨体だからこそ、それは避けきれない。
チョロチョロ動いていた巨体を、氷が縫い止める。
「ここだ! 『剛打爆砕』!」
回り込んでいたロイドのウォーハンマーが、サラマンダーの左後ろ足に叩きつけられた。
その瞬間爆発が起こり、爆風に乗るようにロイドはサラマンダーから上手く距離を取る。
よろけたサラマンダーがカウンターよろしく火炎を吐き出す。
しかしすでにその場にロイドはいない。
「コールド・ランス!」
「ギィッ」
火炎で溶けた地面を、再びオリバーが魔法で凍らせる。
だが、誤算があった。
(まずい、地熱で溶けるのが早い……)
『コールド・ランス』は初級の魔法であるため、薄い氷しか張れない。
これより上の魔法は魔力消費が激しいので、サラマンダーの体力を思うと無駄撃ちすべきではなかった。
(氷以外……水も熱されてしまう……どうしたら……)
サラマンダー自身を凍らせる。
その魔法を使うにはもう少し動きを鈍らせたい。
「──!」
「なんだ!」
蒸気が上がる。
地面の氷が一瞬で溶け、蒸発した。
「地面の熱が上がってるんです! まずい……ロイドさん、サリーザさん、下へ降りましょう! ここは危険だ!」
「!」
「りょ、了解よ!」
迂闊だった、普段なら三人で問題なく倒せるランクの敵だ。
だが、場所が悪すぎる。
「くそ! フィールド効果持ちか!」
「っ!」
サラマンダーが首を擡げた。
喉が赤く腫れ上がり、その高熱ぶりを遺憾なく晒す。
警告に近い。
地面が呼応して赤くなっていく。
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