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二章 冒険者『Cランクブロンズ』編

作戦開始

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「よし、作戦はこうだ」

 ギルドに戻ってから、応接室にロイドと二人きりになるや切り出される。
 ロイドが考えた作戦は、奴隷商人たちの様子を見に行ってタックに誘惑をかける、というもの。

「…………」
「どうだ? 我ながら完璧な作戦だと思うんだが」
「そうですね(自分でなんとかしよう)」

 だが、それならどうすべきだろうか。
 唇に指を当てて考える。

(しかし、ロイドさんやこのギルドの人たちが信用出来そうでよかった。そうでないとちょっとキツそうだったし)

 それは大きな差だ。
 もちろん完全に信用はしてはいけないのだろうけれど、一緒に戦ったのは大きい。
 彼含め、このギルドの人たちは一定の信用を置いていい人間だろう。
 クローレンスに連絡はついている。
 なので、オリバーが囮となり、内部に侵入。
 証拠、または実際に奴隷がいればその居場所を把握すれば、あとは……。

「ロイドさん、少し無茶をしますけど……俺が一晩戻らず明後日を迎えてクローレンスさんが来た時には、彼女に『オリバーは駐屯地に行ったきり戻らない』と伝えてください。ロイドさんたちとクローレンスさんたちで乗り込んでくれば……」
「なるほど、そうだな。分かった! 任せろ! ……でも、くれぐれも無茶はしすぎるなよ」
「はい、自分の命を最優先にします。……父と母にも、そうすると誓いましたから……」
「………そうか。そうだな、ああ、それでいい」

 頷き合い、手を差し出されたのでロイドを見た。

「協力感謝する。この町の代表者の、代理だが、まあ一人として」
「……同じギルドマスターを目指す者として、ロイドさんはよい手本にさせて頂きます」

 その手に手を重ねる。
 しっかり握ってから、笑い合う。
 一つの町を、支える者として……もっと、成長したいと思った。

「行ってきます」
「頼む」

 魔物との戦闘のあとだが、潜入するにはちょうどいい。
 駐在所の前に来て、仮面とフードを取り払う。
 それから門番に近づいた。
 彼らもオリバーの事は覚えていたのだろう、顔を赤くして背を正す。
 その様に「あ、やっぱり俺の顔って晒してると影響あるんだな」と再確認した。
 これは本格的になんとかした方がいいかもしれない。
魅了チャーム』と『誘惑テンプテーション』……称号にある『+++』の『+』がそれらだとするのならばあと一つ、なにかあるのではと思ってしまう。
 そんなものが発動したら……。

「っ!」

 背筋が冷える。
 考えただけで恐ろしい。
 絶対に『厄呪魔具』が必要だ。

「あ、あの?」
「あ、すみません。先日奴隷商人を連れてきた者なのですが……」
「はい、覚えております」

 複雑である。

「実は、気になる事を思い出して……。もしかしたら彼らには仲間が他にもいるんじゃないかと……」

 しかし、それならば利用しよう。
 今回だけ。今回だけだ。

「取り調べではそのような──」
「タック様にお取り次ぎ願えませんか? お願いします」

 真摯な青い瞳で見上げると、門番たちはカーッ、とますます顔を赤くする。
 そしてなにやらあたふたしたあと、突然の敬礼。

「わ、分かりました! すぐにお取り次ぎします!」
「ありがとうございます」

 とても複雑である。

(おっさん二人に頬を染められるとか……なんか、なんか……!)

 残った一人にデレェ……と見つめられ、言い知れぬ恐怖と寒気を覚えつつ微笑み返す。
 するといよいよ鼻の下が伸びてきた。
 怖すぎる。
 間もなくもう一人の門番が戻ってきて、オリバーを駐在所の中へと招いてくれた。
 通されたのは前回来た狭い部屋。
 椅子とテーブルがあるだけの、レンガ作りで剥き出しの部屋だ。
 しばらく待つよう言われ、言われた通りに待っていると足音が複数近づいてくる。

「お待たせしたね」
「こんにちは」

 すぐに扉が開く。
 入ってきたのはやはりと言うべきか、タックだ。
 にこりと微笑み、立ち上がって挨拶をする。
 ここからどうにか、噂の地下室や奴隷がいるかどうかを調べなければならない。

(気持ち悪いけど、今こうしている間にも誰かが泣いているかもしれない)

 確信があるわけではないが、可能性があるなら捨て置けない。
 少なくとも、奴隷商人たちがここで取引をしようとしていたのは間違いないのだ。

「なにか思い出した事があるんだって?」
「はい。彼らに確認させてもらいたいのですが」
「ああ、すまないね。彼らはもう処刑してしまったんだ」
「え?」

 目を剥いた。
 さすがにそんな事は、ありえない。

「さ、裁判もなしに、ですか?」
「したよ?」
「…………っ」

 思わず口を開き、しかし、閉じた。

(ありえない! 裁判は町全体で行われる! 『クロッシュ地方』領主の祖父のところへ記録を送らなければならないし、死刑などの思い刑罰は犯罪の証拠を揃え、町の代表者とギルドマスターの許可が必要……!)

 少なくとも、ロイドはギルドマスターの代理だ。
 ギルドマスター本人ではない以上、そんな重い決断は出来ない。
 それを知っている。
 言い返したい。
 しかしそれを言えばオリバーがこの地方領主、クロッシュ侯爵の孫で、『トーズの町』のギルドマスターの子どもであるとバレてしまう。
 そうなれば追い出されて証拠隠滅をされる。

(なんでそんな嘘を吐く必要がある? これ以上探られたくないって事か? やっぱり、怪しい……)

 取り繕うように、俯いて、一度心を落ち着かせる。
 その様子をどう思ったのか、タックが近づいてきてオリバーの手を握り締めてきた。

(ヒェッ……!)

 顔には出さない。極力。

「賊どものために君が悲しむ必要はないよ?」
「い、いえ、でも」

 そのように受け取られたのか。
 都合はいいが、寒気は増す。
 入り口に佇むタックの部下らしい騎士たちは、見て見ぬ振り。
 当然だが助けなど期待出来ない。

「優しいんだね?」

 ねっとりとした口調。
 顔が近づき、顔の横に……肩に顎が載せられる。

(ひいいいいぃぃぃ!)

 鳥肌でバレていないだろうか。
 いや、この男は相手が鳥肌を立てていようが関係ないだろう。
 むしろプルプルと震えながらも耐えているオリバーの様子を、とても楽しげに眺めている。

「それにしても、本当に綺麗な顔だね。いつまでも見ていられる、芸術品のようだ」
「い、いいえ、そ、そんな……」

 頰に頰がくっつけられた。
 ぞぞぞぞ、と背筋から迫り上がる悪寒。
 生理的嫌悪感から間違いなく震えたのは相手にも伝わったはず。
 それでもやめないという事は、タックは分かっていて、オリバーの反応を楽しんでいるのだ。
 なんという悪趣味。
 顔が離れると、肩から力が抜ける。

「そろそろ夕方だけど、宿は?」
「え? ……えっと……」
「新人の君じゃあ、ギルドから依頼なんて取れないんじゃないか?」

 暗に「仕事をもらえなくて宿なしなのではないか?」と馬鹿にされているようだ。
 少しだけムッとしたが、今夜はここを調べようと思ってチェックインしていない。
 つまり、宿なしは本当だ。

「は、はい、まあ……」
「良かった!」
「え?」

 なにがよかった?
 思わず睨みつけそうになるが、堪えてタックを見上げる。
 心底上機嫌に手を叩き、タックは「ここに泊まっていきなよ、夕飯もご馳走するから!」とオリバーの肩に手を回す。
 またも顔が近い。

「え、ええ?」
「そうだ、冒険者なんてやめて栄光ある公帝国騎士になりなよ! 君みたいな美しい者は大歓迎だよ! 俺が取り持ってあげるからさ~。イチから教えてあげるよ、色々」
「……え、あの、え?」

 なんだか変な方向に話がぶっ飛んだ。
 タックがオリバーの後ろに回り込み、ぐいぐい背中を押して部屋から出る。
「泊まるところがないんだろう?」と微笑まれると、その通りなので黙るしかない。
 そんなオリバーの様子に笑みを深めて、腰に手を回してくる。
 あまりに密着され続けてオリバーもそろそろ順応してきた。
 もちろん、気分はよくない。
 しかしこの人はこういう人なのだろう、と頭が勝手に納得して嫌悪感の感度を下げたのだ。

(気持ちは悪いけど……我慢出来ないほどじゃないし……)

 むしろこれは利用すべきだ。
 そう、若干方向性が間違った方に捉えてへにゃらと笑いかける。
 だが、のちにこれが大きな失敗だったと痛感する事となるのだった。
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