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二章 冒険者『Cランクブロンズ』編
エンジーナの冒険者【前編】
しおりを挟む「放っておく事は出来ません。……『クロッシュの町』のギルドに連絡を入れてください」
「え? 『クロッシュの町』……?」
「祖父の町です。あの町に駐在する騎士団の隊長さんとは知り合いなので……」
もちろん出身地である『トーズの町』の騎士隊長とも知り合いだ。
距離的にも『トーズの町』の方が近い。
しかし、それでもあえて祖父の町の騎士隊長を選んだ。
理由は至極単純。
「っ、そ、祖父!? 坊主、貴族なのはマジなのか!?」
「はい。フィトリング・クロッシュ侯爵は俺の祖父です。そんな祖父の治める領地内での不正は認められません。『クロッシュの町』に駐在する公帝国騎士団は、この『クロッシュ地方』の全騎士隊の総括を任されている第二騎士団団長。もし派遣されている町で部隊が悪事を行なっていると知れば、クローレンス騎士団長は怒り狂います。そういう人なんです」
『クロッシュ地方』に派遣されている公帝国第二騎士団隊長クローレンス・ヴォフェニアは、家の古い貴族だ。
しかし長男が病弱なため、彼女は武勲で家を立て直す事を選択。
公帝への忠誠心は厚く、公帝の権威を蔑める者を許さない。
公帝の権威は公帝だけのもの。
それを利用し、他者を侵害する事を絶対に許さない……大変真面目な女性なのだ。
厳しい祖父フィトリング・クロッシュ侯爵と気が合うため、祖父にしては珍しく孫娘を可愛がるかのように世話を焼いている。
当然、彼女の方もそんな風に親身にされては祖父が『王国派』の思想を持っていても、強くは出れない。
むしろ最近はその思想にも理解を示してさえいる。
関係が良好であるが故、この町の状況を知らせれば飛んでくるだろう。
「なので、彼女が到着する前に証拠を集めましょう。皆さんは現状に不満があるんですよね? ……騎士団に」
「ああ、だが……、……いや、出来るのか?」
「やりましょう」
「っ……、面白ぇ。やろうじゃねえか!」
「「「おおお!」」」
冒険者たちの腕が掲げられる。
受付嬢たちも、明るい表情になった。
そこに偽りは感じられない。
そもそも全員が演技をしているのなら一人、二人大根がいるはず。
それが見当たらなかった。
全員が、現状をなんとかしたいと思っていたのだろう。
それが伝わったからオリバーも決断する。
「俺はこの『エンジーナの町』のギルドマスターの息子でロイドだ。今はまだ修行中だな」
「そうだったんですね! 改めまして、オリバー・ルークトーズと申します。俺も『トーズの町』のギルドマスターの息子なので、同じく修行中です。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな! 親父は今用事があって町から離れているんだが……証拠集めと言ったな? だったら色々あるぜ?」
「へえ?」
「けどその前に……」
ロイドはアイテムボックスを開く。
ステータス画面から使用出来る『収納魔法』の一種。
誰でも使えるが、カバンにかけられた『収納魔法』つき『収納カバン』より物が入らない。
いわゆる『誰でも持ってる収納』である。
ぽちぽち操作したと思うと、彼の手のひらに舞踏会で使うかのような目元を隠す仮面が現れた。
鉄製なのが、黒銀で凝った模様が彫られている。
手渡されはしたものの、首を傾げた。
「?」
「お前、タックに目ぇつけられてるぞ。手、触られたんだろう?」
「!」
「多分この町にいる間は着けてた方がいい。タックのやつが奴隷商人どもを逃したあと、絶対に報復に来る。それに……そのー、なんて言うか……」
「?」
突然煮え切らない。
その上頰を掻きながら、明後日の方を向く。
そして言いにくそうにしつつ、顔を近づける。
「俺普通に女の子が好きなのに……そんな俺から見てもちょっと変な気分になる」
「…………」
無言で仮面を着けた。
青い目を開く。
視界に問題はないようだ。
それを見た冒険者たちの肩から明らかに力が抜けて、溜息まで出る。
どうやらロイド以外の冒険者たちも『変な気分』とやらになっていたようだ。
(……もしかしなくても称号【世界一の美少年+++】のせい……、だよな? こんなに周りに影響を及ぼしていたのか……)
ロイドは報復に遭わないように、と言っていたが、オリバーの容姿は銀髪青眼と元より大変目立つ。
仮面一つで正体を隠せるものではない。
だからこの仮面は称号効果の軽減が目的だろう。
事実目の前の彼らは効果を得ているようだ。
「あの、俺もしかしなくても……顔を晒していると周りに影響を与えてしまうんですか……?」
「そうだろうな。親はなんにも言ってなかったか?」
「はい……」
「そうか……近くで生活していると、耐性がついて逆に分からないのかも知れないな。お前が入った時から、こん中の奴らはみんなピリッとしたんだぜ? なんつーか、まるで魅了や誘惑みたいなもんが撒き散らされてる感じでな……。原因は間違いなくその顔だ」
「…………」
肩を思い切り落とす。
よもや、そんな事になっていたなんて。
確かにこの町に入ってから、人の視線は気にはなっていたけれど。
『トーズの町』でも年々女性たちからのアプローチがおかしくなっていて、若干の女性恐怖症気味になっていたけれど!
「なるほど、顔を隠せば良かったんですね」
「けど、お前まだ成長期だろう? これ以上かっこよくなると、その仮面じゃ効果が出なくなるかもな。サイズも合ってないし……」
「…………。オーダーメイド出来る職人さんとかいませんかね……防具屋に頼めば作ってくれるでしょうか?」
「そうだな。魅了、誘惑封じの効果をつけてもうといいな」
「ご指摘、ご助言ありがとうございます」
マジで。
と、心の中でつけ加え、仮面の紐を調節する。
ロイドが「後ろ見えないだろ、結んでやるよ」と回り込んで紐の調整を手伝ってくれた。
「よし、出来た。これで落ちないだろう」
「ありがとうございます」
「話を戻すが、その騎士団長が来るまでに証拠を集めればいいんだよな?」
「はい。一番は騎士団長に踏み込んでもらうのが手っ取り早いのですが、それでも下準備はしていた方がいいかもしれません。なにか考えがあるんですよね?」
「ああ。タックやその父親であるこの町の部隊長は、奴隷商人どもと長年懇意にしている。夜中騎士団の駐在所を通ると、悲鳴が聞こえてくるともっぱらの噂でな……」
「悲鳴……?」
なんて物騒な。
しかし、ロイドたちが何度その事を指摘しても「犯罪者への拷問」と言い訳するらしい。
「絶対嘘だぜ、盗人を取り締まりもしてねーのに!」
「まさか、よそから奴隷を……?」
「まあ、十中八九そうだろう。お前を乗せてきた行商人が仲間だったのを思うと、他の町から見目のいい冒険者も何人か騙されていたのかもしれない」
「……確かに、飲み物に薬を混ぜてありました。手慣れた様子ではありましたね」
たまたま『キュア』を使う癖があったのが幸いした。
おかげで水の中の異物を無効化出来たのだから。
(まあ、あれはあれで称号【無敵の幸運】の効果なんだろうけど)
その幸運にばかり頼っているのは自分の成長に繋がらない。
まして、それがもしかしたら他人の不幸にもつながるかもしれない。
この称号の効果対策も近いうちになんとかしなければ。
「隠密が得意な奴に頼んで、建物の内部を調べてもらおう。地下室辺りが怪しいよな」
「……では、俺が囮になるのはどうでしょうか?」
「おいおい正気か? なにされるか分からないんだぞ?」
「大丈夫です。俺、面白い称号があるので」
「……は? お前、歳いくつだ? しょ、称号?」
「十五歳です。俺のランクが初心者にしては高い理由、それでお分かり頂けませんか?」
「! ……そうだったのか。確かに称号持ちじゃあDランクにしちゃおけねぇかもな。……だが……」
難色を示すのは彼が『良い大人』だからだろう。
冒険者になったばかりの子どもを囮にするなんて、とんでもない。
(確かに俺もまた……あんな目に遭うのは、嫌だけど……)
あの駐在所の中には、それを日々強要されている『誰か』がいるのかもしれない。
そう思うと、恐怖心よりも勇気の方が湧いてくる。
“なんとかしなければいけない”。
そう思う。
(誰かが悲しくて泣くのは嫌だ。それを見てる事しか出来ない『俺』には戻りたくない。救える人間になりたい……!)
それだけは前世から変わらない想いだ。
なにも悪い事をしていない人間が、悲しみに暮れて嘆く姿は見ていて本当に辛い。
そんな人の味方でありたいと思う。
強く、強く──。
「俺がやります。やらせてください」
「俺たちが連中の仲間で、お前が捕まっても放っといたらどうするんだ?」
「ふふ……まとめて捕まえますよ」
「…………。おっし、んじゃあ任す。親父は一週間後には戻る。騎士団長さんとやらもそんくらいには到着するよな? 決行は五日後にしよう。それまで悟られるなよ!」
「「「おお!」」」
ロイドの指示で受付嬢たちが『クロッシュの町』のギルド経由で、『クロッシュの町』に駐在する騎士団に連絡を取った。
オリバーの目の前で、だ。
事情を説明すると、案の定すぐにクローレンスが顔を出し、『相談』という形だというのに即、烈火の如く怒り狂った。
もうこうなると誰も手がつけられないだろう。
「三日で行く!」と言い放ち、水晶の前から消えた。
三日……ロイドの言った五日後は、この瞬間三日後、に予定変更となる。
「や、やべーな、親父より早ぇ……」
「ロイドさん、今のうちに魅了と誘惑封じの効果つき仮面をオーダーメイドしたいんですが、防具屋を紹介してくれませんか?」
「お前冷静だな!? ま、まあいい。分かった、うちのギルドが提携してる防具屋を紹介してやるよ」
「ありがとうございます!」
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