2 / 83
一章 少年期編
ギルドの少年【前編】
しおりを挟むタッタッタッ、と小さな足音ががやがやと騒がしい受付ホールに響く。
ここは『クロッシュ地方』、『トーズの町』の冒険者ギルド。
この冒険者ギルドのマスターはディッシュ・ルークトーズ。
ディッシュの妻、アルフィーは受付嬢として現役。
そんな冒険者を支援する事に特化したルークトーズ家の長男として生まれたのが、オリバーである。
「はい! カルさん! Cランクへオススメの依頼書だよ」
「おお、ありがとよ」
「カルさんは弓矢得意なんでしょ? 今度教え
てよ!」
「オリ坊はホント貪欲だなぁ! もう剣の腕は親父さんに認めてもらえたんだろう? 弓矢のスキルも十分なほど覚えたって聞いてるぞ」
「ううん、俺なんてまだまだ!」
首を振る少年。
今年十歳になったオリバー・ルークトーズだ。
そして彼には誰にも言えない秘密がある。
「もっと強くならないと、将来お嫁さんを助けられないから!」
「ははは! 例の夢で見たっていう『お嫁さん』か?」
「そう!」
横から顔を出したのは剣士のガレイオ。
カルとはパーティーを組んでいる。
どちらもCランクの冒険者だ。
そして、オリバーの言う『夢』とは前世の事。
もちろん夢などではないとオリバー自身理解していた。
しかし、そんな事を言って誰が信じるだろう?
(ここがハーレムラノベの世界だなんて……誰も信じない)
みんな生きている。
笑って、怒って、仲間の怪我を悲しみ、案じる。
話をして、頼めば剣や魔法も教えてくれた。
ここは紛れもない現実。
死のある世界。
そして、ラノベの世界あるある……魔物もいれば冒険者もいるし、当然冒険者ギルドもある。
まあ、ここの事だが……。
剣や魔法の世界であり、国は問題を抱え、多種族が入り乱れて思い思いに生きていく。
ここ『クロッシュ地方』は東にあり、『トーズの町』は大陸最大の湖『トーズ湖』の一箇所に隣接する形で作られ、繁栄してきた町。
この付近の領主は『ルークトーズ子爵』……オリバー父方の祖父の事である。
「そうかそうか~、確か十五になったら冒険者になって探しにいくんだったよな?」
「うん!」
カルが酒を飲みながら依頼書をめくる。
その合間にオリバーの『夢の話』を続けた。
こんな子ども相手にきちんと対応してくれる、このコンビは優しい。
このコンビのように冒険者になるには、十五歳という年齢が必要。
オリバーは十歳になったばかりなのであと五年だ。
それまでに『彼女』を救い出せるぐらい強くならねばならない。
(彼女が住んでるのは隣の地方だから、行くのは難しくない。ラノベの世界では公帝暦33年、主人公が自分が転生者だと思い出す。主人公と彼女が出会うのは彼女が十七歳の時だから、俺が冒険者として彼女の過去イベを妨害すればそもそも彼女は主人公に惚れない)
そして、『彼女』を救うためには力がいる。
力、というか『戦う技術』だ。
もちろん、『彼女』の住む地域へ行くためにも戦闘能力は必要不可欠。
なにしろ普通に魔物が出る世界。
戦えなければ金を積んで旅をするしかない。
しかし、仮にも元Aランク冒険者の父を持っておいてそれは許されるはずもないだろう。
「いつか夢で見たお嫁さんを探しに行くから剣を教えて」と父に頼み、五歳の頃から剣を学んではいるものの……このままで本当に『彼女』を救えるのか自信がない。
それに、強ければ強いほど儲かるのが冒険者。
いつか『彼女』を救い出し、このギルドを継ぐために戻ってくる時はせめて父と同じAランク冒険者にはなっていたい。
つまり、本当にまだまだなのだ。
「けどなぁ、オリ坊は大公姫の婿選びに挑めそうな面してるんだ。デカくなったら絶対いい男になるぞ、お前」
「そうだなぁ、今のうちから貴族たちのパーティーに出て、大公姫の婿選びに賭けた方がいいんじゃないか? えーと、五年後だっけ?」
「イ・ヤ・でーす!」
大公の娘──大公姫。この国のいわゆるお姫様──は、ラノベ主人公のハーレム要員の一人だ。
確かに美しいお姫様だったが、主人公に惚れて旅について行き、きゃんきゃんきゃんきゃんと甲高い声で不満を漏らす面倒臭いツンデレキャラ……お断りである。
金髪碧眼の美少女で、ツンデレながらも献身的な面が大いに人気ではあったが……。
まあ、それは今はどうでもいい事だ。
「ねえ、そんな事より受ける依頼は決まった?」
「そーだなぁ。まあ、これにしておくか」
二人がいつもの『ラビット狩り』を選択する。
ラビット……簡単に言えばウサギ狩りだ。
しかし、この世界のウサギ……ラビットは魔物。
数が増えると集団で人を襲う危険生物である。
なので定期的に狩らなければ危険なのだ。
「いつもありがとう!」
「いやいや、こっちとしてもこういう依頼があると食いっぱぐれねーから……」
な、とカルがオリバーの頭に手を置いた瞬間だ。
パターン、と扉が乱暴に開く。
見れば柄の悪そうな少年が三人、入ってきたところだ。
(おお、見るからに冒険者登録に来た田舎者!)
この冒険者ギルドではよく見る光景。
受付にいる母は、ニコニコと自信満々な表情のひよっこたちを眺めている。
その姿に溜息が出そうになり、またカルたちがにやにやしているのを見て眉尻が下がった。
「……こんにちはー!」
仕方がない、とカルたちに軽く挨拶してからオリバーはズカズカ入ってきた三人に声をかける。
これも仕事のうちだ。
声をかけたオリバーを、リーダーらしき真ん中の少年が小馬鹿にしたように見下ろし「アァ?」と不満げな声を出す。
「俺はこのギルドの業務員見習いでオリバーっていうんだ。お兄ちゃんたちは登録に来たんでしょ? 説明してあげるね!」
「はあ? いらねーよ!」
「でも登録に来たなら説明は受けなきゃダメなんだよ。俺はまだ見習いだけど、権限はあるから心配しないで──」
「うっせぇ!」
足を上げた少年。
オリバーを蹴り飛ばそうとしたのだ。
腰から上をわずかにずらし、顔の横を通過したその足を、掴む。
「⁉︎」
「それじゃあ説明するね」
笑顔のオリバーに、三人の少年の顔色があからさまに変わる。
周囲の冒険者たちは始終にやにや意地の悪い笑みを浮かべていた。
遅かれ早かれこういう奴らは“こう”なるのだ。
なら、自分から飛び込んだ方が早い。
足を放り、手を払う。
「冒険者にランクがあるのは当然知ってるよね? でもまずはランクから説明するよ。冒険者のランクは大きく分けてA、B、C、Dに分かれてる。でも、そのランクの中でもまたさらに上からプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、と四段階にランク分けされてるんだ。一般的なのはCランクのシルバー、ブロンズだよ」
「っ、し、知ってるぁ! んくれぇ!」
「だよね。じゃあ次。冒険者登録には十五歳以上の年齢証明と試験が必要になるんだ。お兄ちゃんたちは年齢証明は持ってきた?」
「っ! これだろう⁉︎」
少年たちが突き出してきたのは村長の書いた年齢証明書だ。
どうやら一通り調べてはきているらしい。
そして、こういうイキったガキは大体『試験』のために近隣の森で魔物を退治している経験がある。
「オッケー。それじゃあ次は試験だね」
「おい待て! 冒険者ランクって狩った魔物のランクで上がるんだろう⁉︎ 俺たちはCランクのラットを倒した事があるんだぞ!」
「ランクを上げる方法については試験の後で説明するよ。はい、ついてきてー」
「くっ!」
にやにや、にやにや。
冒険者ギルド内のそのからかうような空気に、ようやく少年たちは気がついたようだ。
母がにこやかに手を振るのを、面倒くさい気分で眺めながら中庭へと彼らを案内する。
すでに彼らからは余裕の笑みは消えており、不快感を隠しもしない表情になっていた。
受付カウンターから右側の通路を進むと、大きめの扉がある。
その奥は宿屋の玄関ホールへと繋がっているので、ここで試験を受け、登録を済ませた後は宿への誘導だ。
……とてもどうでもいいが、宿屋の隣にはやはりルークトーズ一族の武具屋が建っている。
宿屋で休んだ後はそちらへと誘導されるのだが、今の彼らはそんな事を知る由もない。
扉の先にある広い運動場。
ここで冒険者に必要な戦闘能力を測定される。
「じゃあ最低限の戦闘能力について調べるね。ラットを倒したっていうくらいだし、余裕だと思うけど」
「はあ? あったりめーだろう?」
「冒険者登録の試験は『個人』の戦闘能力を見るから、一人ずつ受けてもらうね。カモーン! ゴーレム!」
「「「⁉︎」」」
ドッ、と大きな音がして、オリバーの足下に魔法陣が浮かぶ。
その魔法陣が三つに分かれ、その三つの魔法陣からゴーレムが三体、生まれる。
この世界の魔法はラノベあるある……本来ならば『詠唱』が必要と言われていた。
そう、言われていた……──過去形だ。
(……ラノベ主人公以外は詠唱を使ってたけど、実は必要ないってパターンだったんだよな。試してみたら本当に必要ないんだもん)
無詠唱で魔法を使えるか試してみた時、この場所で、魔法使いの冒険者アリエルという女性に教わっていた。
オリバーが無詠唱で使ってみたところ使えてしまったものだから、彼女は悲鳴を上げてギルドホールまで戻り「オリバーが! 天才が!」とわけの分からない事を口走りながら大騒ぎ。
その大騒ぎは、彼女の要領を得ない説明を理解したホールの冒険者たち、母や父、叔父叔母たち、従兄弟、祖父たちに至るまで瞬く間に広まり……まあ、あとは言わずもがなである。
「な、なっ……! なんで、え、詠唱もなしに⁉︎」
「さ、倒してみて。一人一体。大丈夫、総合レベルは20に設定してあるから」
「「「そ、総合レベル20⁉︎」」」
総合レベルとは『生き物の持つ総合基準』の事だ。
物理攻撃レベル、物理防御力レベル、魔力レベル、魔防御力レベル、俊敏レベル、総合運レベル……最低限、この六つがステータスに記載してある。
(ステータスは本人しか開けない。俺の今の総合レベルは──)
【オリバー・ルークトーズ】
総合レベル:202
物理攻撃レベル:15
物理防御力レベル:10
魔力レベル:35
魔防御力レベル:32
俊敏レベル:10
総合運レベル:100
(……武器や防具が装備出来ればまた上がるんだろうけど……今の時点じゃ魔法関係のレベルアップくらいしか出来ないんだよな)
なぜか生まれつき総合運のレベルはマックスだという100。
もしかしたら、これが巨人のおっさんが言っていた『死なない加護』なのかもしれない。
確かに運が100もあればそうそう事故死などしないだろう。
ある意味『事故死』だった自分としてはありがたみがものすごい。
なんにせよ、ステータスは努力次第で底上げが出来る。
そして、今のオリバーはその努力を決して怠らない。
(彼女を救うんだ。そのためにこの世界に生まれてきたんだから。……相手はチーレムラノベのチート持ち主人公。万が一遭遇しても、きっと俺に勝ち目はない。……だけど……)
簡単には負けたくない。
だからもっと強くなる。
そして──。
(そして……『彼女』を……エルフィーを……)
彼女を、エルフィーを、救う。
負けヒロインなどに、しない。
0
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます
あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。
腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。
お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。
うんうんと頭を悩ませた結果、
この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。
聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。
だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。
早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
―――――――――――――――――――――――――
※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。
※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。
※基本21時更新(50話完結)
無欲のクリスと不思議な貯金箱
小日向ななつ
ファンタジー
感情表現が薄い少女、クリスが通う魔術学園で大きな事件が起きた。
それは友達が先生の出来心で行った儀式によって貯金箱に変えられてしまったという事件だ。
しかも先生は自分をフッた元彼に復讐しようと禁術に手をつけていた。
とんでもないことが目の前で起き、クリスは困惑する。
だが、禁書に呪いを解く方法が書かれていた。それはどこかに飛び去っていったルミナスコインを集めれば、友達は元に戻れるということだ。
こうなったら旅に出るしかない。
ルミナスコインを求め、クリスは友達の姿を戻す旅に出る。
様々な出会いと別れを得て成長する少女達をご覧あれ!
この作品は重複投稿しています
虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~
すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》
猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。
不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。
何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。
ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。
人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。
そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。
男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。
そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。
(
聖なる幼女のお仕事、それは…
咲狛洋々
ファンタジー
とある聖皇国の聖女が、第二皇子と姿を消した。国王と皇太子達が国中を探したが見つからないまま、五年の歳月が過ぎた。魔人が現れ村を襲ったという報告を受けた王宮は、聖騎士団を差し向けるが、すでにその村は魔人に襲われ廃墟と化していた。
村の状況を調べていた聖騎士達はそこである亡骸を見つける事となる。それこそが皇子と聖女であった。長年探していた2人を連れ戻す事は叶わなかったが、そこである者を見つける。
それは皇子と聖女、二人の子供であった。聖女の力を受け継ぎ、高い魔力を持つその子供は、二人を襲った魔人の魔力に当てられ半魔になりかけている。聖魔力の高い師団長アルバートと副団長のハリィは2人で内密に魔力浄化をする事に。しかし、救出したその子の中には別の世界の人間の魂が宿りその肉体を生かしていた。
この世界とは全く異なる考え方に、常識に振り回される聖騎士達。そして次第に広がる魔神の脅威に国は脅かされて行く。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
超時空スキルを貰って、幼馴染の女の子と一緒に冒険者します。
烏帽子 博
ファンタジー
クリスは、孤児院で同い年のララと、院長のシスター メリジェーンと祝福の儀に臨んだ。
その瞬間クリスは、真っ白な空間に召喚されていた。
「クリス、あなたに超時空スキルを授けます。
あなたの思うように過ごしていいのよ」
真っ白なベールを纏って後光に包まれたその人は、それだけ言って消えていった。
その日クリスに司祭から告げられたスキルは「マジックポーチ」だった。
誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる