上 下
11 / 39

長期休み

しおりを挟む

 ――花真かしんの月。
 花の季節。
 前世でいうところの四月である。
 
「ずずずずずず……ずび、ず、ず……ぶちーーーーーん!」
「今年もひどいですわね、フィエラ」
「ええ……でも、今年は自作の祝石ルーナのおかげで、結構マシです」 
「それで……? 例年通りに見えますけれど……」
 
 鼻水をティッシュに出す。
 一応ここは自宅の寝室。
 ユーフィアは私のお見舞いに来てくれたのだ。
 ハーヴィエル月――前世の六月くらいまではずっとこのまま、引きこもるつもり。
 二ヵ月の引きこもりは休学届を出して合法的に行っている。
 こう見えても成績はいいのと、この国に来た理由も申請しているので休学届はすんなりと通るのだ。
 花真かしんの月は、特にヤバい。
 涙と鼻水は止まらないし、微熱は続くし、目と全身は痒いし、もう最悪。
 それでも、二ヵ月耐えればまた出歩けるようになる。
 ただ、この時期は本当に……本当にダメ。
 断れないけれどユーフィアにも来てほしくない。
 なぜなら外からユーフィアが花粉を持ってくるから――!!
 でも、心配してきてくれているのはわかるから、もちろん会うんだけれど。
 
「そういえばニグム様はお見舞いに来られましたの?」
「いえ、ニグム様はお手紙だけ。花粉を持ち込んでしまうからと」
「花粉を持ち込むって?」
「えーと」
 
 ユーフィアにも何度かこれまでもお見舞いは結構ですわ、と伝えているのだけれど、やっぱり花粉症じゃない人に理解してもらうのは大変みたいだ。
 なので、毎年説明している内容をもう一度丁寧に「花粉は目に見えない。服や髪にくっついて移動する。花粉症の人は花粉に反応してしまうので、外から花粉をつけてきた人に会うとついている花粉に反応して症状が出てしまうんです」と説明すると、なんとユーフィアがハッと驚いた表情をする。
 
「ヤダ! それってわたくしがフィエラの花粉症を悪化させていたってこと!?」
「あはは……まあ、そう、ですわね」
「帰りますわ。それでニグム様はお手紙だけで済ませておりましたのね。ごめんなさい。今後のお見舞いはお手紙や食べ物にいたしますわね」
「あ、ありがとうございます。ではあの、また二ヶ月後に学校で」
「はあ、二ヵ月も会えないんですわね。ものすごく寂しいですが、フィエラを苦しめたくないので仕方ないですわ……。ええ、ええ、絶対にたくさん手紙を書きますわね」
「はい……ありがとうございます」
 
 ものすごく渋々。
 でも、寂しそう。
 私もユーフィアに会えなくて寂しいけれど……春は特に花粉がすさまじいから仕方ない。
 主に、杉とヒノキが。
 
「本当にこの時期はひどうございますね」
「お掃除いたしますね」
「ええ。でも、やっぱり今年は祝石ルーナがあるので、本当に体がいくぶん楽ですわ」
「はたから見るとそうでもございませんが……」
 
 そうなのか。
 まあ、幼少期から私の花粉症症状を見てきたコキアとハゼランから見ると、そうなのかもしれない。
 ずっとベッドに引きこもっているわけにはいかないから、自室で土の幻魔石にアレルギー抗体が暴れないよう試行錯誤してみる。
 フラーシュ様が『何度も同じ内容を染み込ませるとええで』と言っていたので、細かい内容をびっしり書いて、何度も張りつけて埋めた。
 鉢は窓辺に置いて、日光を浴びさせる。
 これもフラーシュ様にアドバイスしていただいた。
 
「はあ……今回も失敗か」
 
 土の幻魔石観察日記に一号から十号まで全部失敗。
 全部同じ内容を五日間。
 そろそろ別な内容にしてみるべきか、他の内容を入れるようにしてみるか。
 新しい鉢を用意してもらい、次に夏の稲花粉用と秋のブタクサ花粉用とヨモギ花粉用のものも作れないものか試してみよう。
 うん、七番から十番はアレルギー物質への抗体反応を抑える方向のものに進路変更しようか。
 メモメモ……と。
 
「鉢の数が増えてまいりましたし、裏庭に温室を作ってそちらで鉢の観察をなさいますか?」
「うーん、そうね。今から建設してどのくらいかかるかしら?」
「王都の大工に相談してまいりますね」
「ええ、おねがい。ずずずずず……」

 この世界に転生しても結局花粉症になってしまったけれど、この世界には幻魔石があるし地位はお姫様のおかげで色々融通は聞くし、悪いことばかりではないわよね。
 ああ、でも……怠い。
 目を開けていられない。痒い。目ん玉取り出して洗いたい。
 この世界にもボックスティッシュがあってよかった。
 ……今まであんまり疑問に思ったことなかったけれど、ボックスティッシュが普通にあるのって不思議。
 東部の島国発祥って聞いたけど、日本みたいな場所があるのかしらね?
 
 
 
 ◇◆◇◆◇
 
 
 そんな二ヵ月を過ぎてハーヴィエル月。
 だいぶ花粉も流れてこなくなり、外に出てもくしゃみや涙や微熱も治まり学校に行けそうになってきた。
 やはり祝石ルーナがあるからか例年よりも回復が早い。
 夏場の稲花粉はそれほど強く現れる方ではないから、自作の祝石ルーナで抑え込めると思う。
 とはいえ、やっぱり抗アレルギー祝石ルーナはまだ完成していないのよ。
 ランク2の土の幻魔石では難しいのかもしれない、とフラーシュ様に言われてしまったので、ランク3~4の土の幻魔石を発注しているし、水の幻魔石でも試してみたい。
 ああ、色々試すことがあるので毎日がめちゃくちゃ楽しくて充実してる。

『よお!フィエラシーラ姫!』
「明日から登校再開と聞いた」
「え、ニグム様、フラーシュ様!?」
 
 学園の寮に帰ろうと思ったら、庭にニグム様たちが待っていた。
 待って待って待って、コキアもハゼランもニグム様たちが来てるって言ってなかったじゃない!?
 言わなきゃダメじゃない!?
 王太子が来てたら、いや、お客様が来ていたら、私に報告義務があると思うんですが!?

「な、なんで!?」
「迎えに来たんだ。まあ、寮までだが」
「そんな……ニグム様は普通に登校日でしょうに」
「二ヵ月会うこともままならなかったのだから、いいだろう、別に。なんだかまた距離ができていそうで……忘れられていなかっただろうかと、心配で……」
 
 胸が、きゅーんとした。
 年下の男の子のツンデレ感というか。
 いや、精神年齢的な話。
 肉体年齢は同い年だし、私のやることを否定せず応援してくれるし、二ヵ月間ほぼ毎日学校の授業の話を手紙に書いてくれたマメさと健気さ、私のことを本当に考えてくれているって……会わなくてもちゃんと伝え続けてくれていたのに登校可能になった途端直接会いに来てくれるなんて――そんなの……!

「あ、ありがとうございます……あの、あんなに、ほぼ毎日お手紙をくださっていたのですから、忘れることなんてありませんよ。その……お手紙を読む度にニグム様のことを思い出しておりましたもの……」
「え、え、あ……そ、そう、か……」
 
 顔を合わせられない。
 な、なにこの甘酸っぱい不思議空間……!?

「では、あの、行こうか」
「は、はい……」

 馬車の中は無言だったけれど、お互いずっと顔を合わせられないくらいずっと照れ照れしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~

華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。 貧民街の生活が改善し、診療所も建て直せそうか……と思いきや、獣人らからも助けを求められることに。大聖女のチート技で温泉の源泉を発見!今度はおばあちゃんの知恵を使って温泉宿を経営することに。『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画の進捗状況はやはり停滞中です。 『悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜』の続編となります。 『小説家になろう』で2万ptを達成しましたので、番外編を不定期で更新していきたいと思います。 また新作『盲目の織姫は後宮で皇帝との恋を織る』も合わせてお楽しみいただけると幸いです。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

処理中です...