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帰り道

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「俺の妻になるのは不服と」
「そ、そういうわけではありません! ただ、フラーシュ王国の王族は、ハーレムが基本と聞いておりますので、なんというか、まだそういう覚悟がなくて」
「ああ、それな」
 
 おや、とニグム様が浮かべた表情があまりにも不愉快丸出しで驚いた。
 フラーシュ王国の王は妻が多ければ多いほどいいと習った。
 妻の数が王の甲斐性を現す、と。
 歴代の王の中には四百人もの妻を抱え、何月何日の妻、みたいな一年に一度しか妻の閨に通わなかった王もいるとか……。
 
「俺の父もそう言っていたが、その習慣のせいで後宮は毎日血が飛び散っていた」
「え」
「後宮は臓物の匂いがする場所だ。甘ったるい香水でどんなにごまかそうとしても、生臭さが漂ってくるような場所なんだ」
 
 本当に忌々しそうに眉を寄せ、窓の外を睨みつける。
 その眼差しの先にご自分の故郷があるのかと思うと、なんだかとても悲しい。
 だって私は祖国に帰りたいんだもの。
 お父様やお母様や生まれている直系の弟二人、スティールとクロード。
 側室の継母様にラフィア様、マルティ様。
 異母妹のユリ、リップ。
 弟妹にはスティール以外話したこともない。
 っていうか、生まれたのも手紙で知った。
 毎月四人と両親に手紙を送り、ちゃんと返事もくれる。
 弟妹はすごく可愛くて、スティールに至っては『来年にはサービール王国に留学するから』と言ってくれた。
 私の弟最高に可愛い優しいー!!って思っていたけれど……。
 
「ニグム様、ご兄弟はいらっしゃいますの?」
「弟が二人。妹が一人だな」
「え!?」
 
 なんとなく兄弟仲の話を聞いてみようかな、と思ったらまさかの三人。
 なんで!? だって私よりも兄弟が少ない!
 そんなことある!?
 私の反応が意外だったのか、フッと微笑まれた。
 
「毎晩百人近い女の閨をふらふらしていると、逆に子ができないようだ。俺たちが生まれた頃はまだ父の妻は五人しかいなかったのだが、十人増えたら一気に誰も孕まなくなった」
「――な、そ、そうなのですね」
 
 あー、なるほどな~。
 ハーレム奥さんの排卵日と陛下の気分が面白いほどに被らないんだろうな。
 あとそのくらい奥さんがいると体質的に合わなくて妊娠しづらい人もいるだろう。
 まあ、専門家じゃないから分からないけれど。
 確かに女性が多くても排卵日や相性が合わなければ、妊娠確率はむしろ下がるんだろうな。
 
「それに曽祖父や祖父の代で子どもが多く、元王族の貴族が増えて国の予算を圧迫しているんだ。だというのに、父はまだ子作りに励んでいる。それでなくとも王位継承権でごたごたしているというのに。だから俺は妻を一人だけにして、子どもも二人くらいでいいと思っている。男子が生まれなくとも、王家の血筋の子どもには困っていないからたった一人、癒してくれるような女性がいればそれで……」
「あ、え……」
「あ……」
 
 顔が熱を持つ。
 いやいや、いやいや、待って。
 ニグム様、それは――
 
「あ、では、その……また明日。その、よければ次の休日、今度は君の話を聞かせてほしい。俺にここまで話をさせたのだから、いいだろう?」
「あ、は、は、はい!」
 
 え、別に私が聞きだしたわけじゃないんだけど……。
 って、思ったけれどいつの間にか寮に辿り着いていた。
 御者が扉を開けると馬車の後ろに乗っていたコキアとハゼランが待機している。
 くっ、絶対会話聞かれてた。
 
「また明日
「は、はい。送ってくださりありがとうございます」
 
 そう挨拶をしてから、御者がニグム様を男子寮に送っていく。
 後ろからの圧が、圧が……!
 
「お部屋に戻ってからお出かけの日の準備をいたしましょうか」
「気が早くない!? 休日って三日後よ!?」
「早い方がいいでしょう?」
「姫様のことなので前日や当日まで悩むのですから、早い方がいいです」
「うっ!」
 
 確かにお洒落に関してはまったく自信がなくて優柔不断になりがち!
 最近ドレスも着ていないから、サイズとかもチェックしなければいけないでしょうと言われると……。
 
「わ、わかりました」
「ではいきましょう!」
「夕飯後も靴や鞄も決めておかねばなりませんからね」
「わ、わかりました。やりましょう」
 
 さっさと決めて、アレルギー薬の研究を再開しよう。
 なにか他の方法とかも検討しないと。
 そう、たとえば――幻魔石とか。
 
 幻魔石というのはこの世界の大地や川、海、火山、鉱山などから採集できる魔力がこもった石。
 大きさによってランクが1~6まで振り分けられる。
 大きければ大きいほどランクが大きくなるのだが、市場に出回るのはランク1~3まで。
 ランク4~6のは王族の城や貴族の屋敷、幻魔神殿のご神体、研究用など。
 幻魔神殿というのは幻魔石は神からのギフトだ、という教示で祈りと寄付を集めている。
 まあ、利権とかいろいろあるらしいし、信仰はないよりもあった方が人民の心の支えになるだろうから、私は信仰こそしていないが存在には文句ない。
 幻魔石の研究に関しては、この幻魔神殿がもっとも幻魔石の研究が進んでいる。
 そういう面で、卒業後はのんびり幻魔神殿に勤めて幻魔石でアレルギーを抑えたり、治療したりできないものか研究してみるつもりだったんだけれど……。
 
「このまま本当にニグム様の妻になったら、アレルギー研究ができないと思うんだけれど……本当にまさか王太子なんて……はあ……」
「まったく、姫様は贅沢をおっしゃる」
「そうですわ。それにニグム様のお考えを聞く限り、弟御に王太子の座を譲ることも問題ではないと言いたそうでしたわ。そのあたりをデートの際にお聞きしてみては?」
「他国の王太子の座に、私が口出せるわけないでしょう」
 
 ハゼランったらなにを言っているのだろう。
 そりゃ、頼めば「いいぞ」って言いそうだけれど。
 それは国の行く末に関係することなのだから、小さな他国の姫な私がそんなこと頼めるわけない。
 私が叱るとハゼランはコキアにも窘められている。
 
「も、申し訳ありません……」
「ですが、姫様が懸念しているハーレムの件は解決なさったのでは?」
「それは……まあ……。いえ、でも、私を本当に妻になさるかどうかはまだわかりませんし!」
「「はあ……」」
「溜息吐かないでっ!」
 
 だって仕方ないじゃない!
 前世の記憶から四十年くらい彼氏いなかったのよ!
 恋もしたことないのにいきなり十六歳の男の子、しかも本物の王子様にもしかしたら求婚されるかもしれないとか……ハードルが!高すぎるのよーーー!!

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