冬の兎は晴の日に虎と跳ねる。【センチネルバース】

古森きり

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華城晴虎(3)

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 なにが正しいのかとかはわからない。
 でも、温泉休養を言いつけられて強制的に連れて来られてから冬兎さんと話すと自分が変なことにこだわってたのかも、とか“普通”ってこういうことを言うんだなぁ、とか……今まで考えて来なかったことを考える。
 思えば、俺と明人は『普通』とはかけ離れた人生だったから、冬兎さんのように“普通”の人とこれほどたくさん話したのは初めてかもしれない。
 冬兎さんは本当につい最近までミュートだったから、ミュートの視点って「へー」って思う。
 この人と話していると、俺……というか……明人はかなり……呼び名の通り『異端』だったんだなぁと再確認する。
 貴族の始祖吸血鬼を倒したセンチネル夫妻――英雄の息子。
 始祖吸血鬼の兄を持ち、生まれながらのパーシャルにして始まりの精神具現化能力者エンボディメント
 十二歳でガイドに覚醒。
 十三歳で家族を実質失い、十五歳で会社を立ち上げる。
 その後、ジョルジュに殺されるまでの五年間で世界中のセンチネル、パーシャル、ガイドを保護する制度を整えた。
 竜血鬼、ロッカと対話。
 盟約を交わして日本から人狼族と吸血鬼族を追い出した。
 それだけでなく、海外の人狼族と吸血鬼族の支配領域の一部を人間のものに取り戻す。
 この国は明人にだんだん傾いて、寄りかかろうとしていた。
 そんな時に、明人は死んだ。
 
「晴虎さん、もうそろそろお夕飯だそうですよ」
「あ、今上がります」
 
 部屋の露天風呂に浸かっていたら、冬兎さんから声がかかる。
 パーフェクトマッチってことで、多分長い付き合いになるだろうから名前で呼ばせてほしいとお願いしたらあっさりと下の名前で呼ばせてもらえることになったけれど……ガイドらしくお人好しだな、と思う。
 特に、明人のことを話しても嫌がらない。
 明人はもう、教科書に載ることになっていた。
 俺も時々取材の依頼が入る。
 たったの二十年しか生きていない、俺の幼馴染。
 五年で世界を変えた英雄。
 風呂を上がって浴衣に着替えて部屋に戻ると、浴衣姿の夜凪さんがすでにテーブルの前に座っていた。
 浴衣色っぽい。
 ……ん? 自分の思考がなんか変なような……?
 
「温泉気持ちいいですよね。最近体も肌も調子いいです」
「うん」
「でも、一応明々後日までですよね? 明日お土産見に行きませんか?」
「そうですね。行きましょうか」
 
 眼鏡の奥で目を閉じて微笑む。
 綺麗な笑顔だな、と思う。
 
「明人さんも甘いものが好きなんですよね。和菓子もお好きだったんですか?」
「はい。好きでしたね。和菓子もたまに作っていました。おはぎとか」
「おはぎ、僕も好きです」
「俺も」
 
 明人の話を気兼ねなくできる人、初めてかもしれない。
 ジョエルは明人に傾倒しているから、なんか、俺と違って明人のことを神様だと思ってる。
 なんというか、俺とは、熱量の差が……。
 あと、俺は明人を神様だとは思っていない。
 神様という括りではないというか。
 幼馴染として明人が家族に対して狭量なところとか、苛烈な一面があるところとか、茄子の食感嫌いなこととか、拗ねると面倒臭いとか、実は結構な引きこもり属性なとことか知ってるし。
 ジョエルは違うんだよね。
 明人はトイレ行かないと思ってる。絶対。
 
「冬兎~! ケアお願いしたいなー!」
「うわ! 衣緒さん……!? だ、だから僕、ガイドの仕事は――」
「まあまあ固いこと言わないで~。触ってくれるだけでいいからさ」
 
 隣の部屋からノックも了承もなしに入ってくる衣緒は、冬兎さんにパートナーになってほしいらしい。
 衣緒は特定のパートナーがいたことがない。
 衣緒は触覚、味覚特化のパーシャルだ。
 普段は鑑定・鑑識・分析チームにいる。
 触れたものの記憶を読み取り、過去を覗き見ることができる能力。
 それは人にとって嫌がられる能力だ。
 冬兎さんはそれを伝えても、こうして衣緒に普通に触れさせる。
 衣緒にとって、きっと堪らなく嬉しかったんだろうな。
 受け入れてもらってるって、そう感じてるんだろう。
 ――とてもよくわかる。
 俺たち、センチネルやパーシャルにとってガイドはいないと命に関わるけれど、ガイドは俺たちがいなくてもなんにも問題なく生きていけるもん。
 センチネルとパーシャルは超能力があって、感覚が優れているけれど……その能力や感覚を自分では制御できない。
 ガイドの優しさがないと、自分で自分の能力に食い殺される。
 冬兎さんはお人好しだから、優しい人だから……衣緒みたいな性格ひねくれているやつのことも受け入れるんだろうな。
 でもせめて冬兎さんは、シールドが張れるようになってから衣緒のガイドになればいいと思うんだよね。
 でないと、記憶見られ放題になる。
 気にしてなさそうだけど、個人情報ダダ漏れになってるって言ってるのに……。
 
「「――」」
 
 目が合う。
 ものすごく挑戦的に見られた。
 冬兎さんのこと、本気なのだろうな。
 目を逸らしたのは俺が先。
 だって、冬兎さんが誰をパートナーにするのかは冬兎さんの自由だし。
 衣緒が積極的に口説いて、冬兎さんがそれを受け入れたら……俺は口を挟む資格はない。
 マッチング数値が運命級ってだけで、彼の心は彼のものだもん。
 烏丸と槙さんみたいに恋人になるなんて、俺には無理だもん。
 
『晴虎くんまで僕みたいにならなくてよかったのに』
 
 なんて明人は言っていたけれど、実の父親が自分と同い年の男の子の胸やら腹やらにしゃぶりついてんの見たら興味もなくすよ。
 ズボンから完全にフル勃起してるモン取り出してるの、しかも自分の父親の――あんなの見たら自分に同じもんがついてんのもキッモって思うでしょ?
 ……うん、思い出すのやめよう。
 ご飯が不味くなる。
 
「余裕ですね、華城先輩」
「え?」
「ボクが冬兎にケアしてもらってても心ここに在らずってことは、華城先輩はボクと冬兎さんが恋人になってもなーんにも気にしないってことでいいんですか?」
 
 なんか面倒臭い絡み方してきたな。
 
「それとも、もうセックスしちゃいました?」
「し! してません!」
「し! してない!」
 
 冬兎さんは衣緒に抱き寄せられてもあんまり抵抗しない。
 それに少しだけモヤっとしたものを感じるけれど、セックスなんて絶対無理。
 
「ああ、華城先輩のアレ、三十センチなんですっけ? 太さも500mlペットボトルくらいあるって噂ですよねー」
「……!? なん……っで……」
「医療チームの人たちが万が一の時に華城先輩にセックスケアする時のことを想定して、情報共有してましたよ」
「……っ!」
 
 よ、余計なことを……!
 いや、ガイドの人たちにとっては仕事だし仕方ない。
 規格外の自覚はある!
 俺、両親共に生粋の日本人だし親類縁者に外人もいないのになんでこんな体格もアレもデカくなったのか、さっぱりわからないけど……自分で好きにデカくなったわけじゃないのにっ。
 
「さ……三十センチ……ペットボトル……」
「だから……できないし、しないよ」
 
 想像もつかない、と宇宙を背負う冬兎さん。
 まあ、そういう反応になりますよね。
 俺のはそもそも、なんの訓練もなしに挿入るようなモンじゃない。
 どう考えても男同士でそういうことをするってやり方も知らないでしょ。
 かと言って俺の体格じゃあ冬兎さんのを挿入してもらうのも危ない。
 寝惚けてベッドの柵とか、八回くらい壊して結局頭の上に柵のないベッドに落ち着いた。
 力の加減を間違えたら……冬兎さんを、多分殺す。
 抱く方でも、抱かれる方でも、俺は人に触れていい人間じゃない。
 
『そうかな? 僕はそうは思わないですよ。だって晴虎くんは僕には普通に触れるじゃないですか。君は本気で愛した相手には、必ずセーブができますよ。晴虎くんは僕と違って、人を心から愛すことのできる優しい子ですから』
 
 明人は、そう言っていたけれど自信はない。
 女の子とか触っただけで壊れそう。
 冬兎さんも小さい細いし触ったら折れそう。
 いや、砕けそう。
 明人には確かに触れたけど、明人は――だって明人は……「君に守られるほど弱くないですよ」って言うじゃん。
 ねえ、明人。
 明人は、本当に誰のことも本気で愛したことないの?
 
『人類皆平等に愛してますよ。晴虎くんは愛してますけど、君は僕の眷族ですからその中でも特別です』
 
 一つ一つ、ちゃんと覚えている。
 やっぱり俺の中の一番は明人。
 明人より特別はいらない。
 セックスも一生しなくていい。
 俺は――
 
「猪俣ぁ! また隣の部屋に勝手に来てんじゃねーよ! テメェの今回のパートナーは俺だろうが!」
「ひい!」
「あ、辰巳」
「悪いな、毎回毎回」
「いや……まあ、別に……」
 
 昨日合流してきた辰巳に、衣緒が回収されていく。
 耳を引っ張られ、ずるずる引っ張られるので「痛い痛い痛い! やめて辰巳ー! 許して、自分で歩くからー!」と叫ぶ衣緒。
 確かにアレは痛い……。
 
「あ、あの……」
「はい?」
「食事、大丈夫ですか? 今日、お魚ですけど」
「大丈夫ですよ。俺は味覚特化のパーシャルほどじゃないですし、ケアをしてもらってシールドがしっかり機能しているので」
 
 味覚特化のパーシャルは原材料まで遡ってしまうけれど、センチネルはそこまででもない。
 醤油は水で薄めれば、素材の味だけで十分美味しく食べられる。
 
「でも、旅館のお料理も美味しいですけど……やっぱり明人と冬兎さんの作ったご飯の方が俺は美味しく食べられます」
「あ……じゃあ、あの……本部に帰ったら、また作るので……食べてくれますか?」
「本当ですか? 嬉しいです」
 
 それは本当。
 けれど同じくらい不安もある。
 この人の母親を殺したのは俺だ。
 親を殺した相手に、なんの恨みもなく手料理を作れる人間なんていないだろう。
 もし、そんな人間がいるとしたら――その人間は明人並みにイカれてる。



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