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町の中

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 それから三日、穏やかで、時々居心地の悪い緊張感と、時々妙な甘さのある空気を反復横跳びしながら過ごす。
 晴虎の「よろしくお願いします」がどういう意味なのかはよくわからないが、もしかしたらセンチネルとガイドの――パートナーとしての申し込みだったのかもしれない。
 衣緒にグイグイと迫られて、晴虎なりに焦っての申し出、だったのだろうか?
 
(その辺はっきりした方がいいかなぁ?)
 
 と、腕を組みながら露天風呂で足を伸ばす。
 温泉生活もあと三日。
 二泊したら帰る予定。
 ちゃぷ、と温泉に浮かぶ兎のスピリットアニマル。
 晴虎のスピリットアニマルは、初日から大きさに変化はない。
 華之寺曰く、マッチング数値の高いガイドがいなくて最盛期の半分以下なのだとか。
 精神具現化能力者エンボディメントの精神負担は通常のセンチネル系能力者の数倍。
 ただ、精神具現化能力者エンボディメントの精神力――シールドが普通のセンチネル系能力者よりも強度が高い。
 それでも、日常生活でさえ精神が削られるセンチネル系能力者にとってやはりガイドによるケアは必須。
 ガイドで精神具現化能力者エンボディメントなのは、今現在においても花ノ宮明人ただ一人。
 しかも、おそらく世界初の、先天性。
 華城晴虎が二番目。
 ジョエル・サーナインが三番目の精神具現化能力者エンボディメント
 花ノ宮明人に関わる者から精神具現化能力者エンボディメントが生まれていることから、やはり花ノ宮明人が特別だったのではないか――と今だに世界の学者たちは議論がなされている。
 
(花ノ宮さんのスピリットアニマルは青い鳥だったって言ってたな。ファンシー……)
 
 青い薔薇の蔓が絡まった青銅の鏡に留まる幸運の青い鳥。
 センチネル系能力者のように精神が磨耗することもなく、精神具現化能力者エンボディメントとしての能力を使えた彼は人類が戦うために進化したとされるセンチネル系能力者の比ではない戦闘能力を誇ったという。
 明人の精神具現化能力者エンボディメントとしての能力に関しての情報は世間一般に開示されておらず、その具現化した能力の美しさに竜血鬼が心を奪われたのが人類の保護を約束するきっかけとなったとか。
 本当に、どこまでも世界に――運命に選ばれた人間。
 明人の話をする時の晴虎の表情は段々と嬉しそうに、懐かしそうに、柔らかく変化していった。
 冬兎も聞くのが楽しかったので、その変化はなんとなく嬉しい。
 きっとずっと周りに気を遣って、我慢していたのだろう。
 死者の話は、悼む人に聞かせると負担になることもあるからと。
 
(晴虎さん、優しい人だな……本当に……)
 
 繊細な人。
 人を気遣える、とても優しい人だ。
 冬兎の気持ちも慮って、自ら血を被ることすらある強さ。
 彼の力になりたい。
 
(僕、晴虎さんのガイドになりたい)
 
 そんなことを考えていて、見事にのぼせた。
 
 
 
「大丈夫ですか?」
「は、はい。おかげさまで、もう大丈夫です。それで、えーと……晴虎さんはなにを買うんですか?」
「まあ、普通におまんじゅうと温泉卵と、適当にお菓子とか見繕おうかと……。冬兎さんはどうするんですか?」
「僕はまだ本部の皆さんの中で知ってるの、烏丸さんや槙さんや辰巳さん、犬飼さんくらいなので……」
「あげる人かぶってますし、二人で、ってことにしますか?」
「それもそうですね」
 
 賛成です、と笑顔で答えるとほんのり頰を染めて顔を背けられる。
 最近そういう表情をされるのだが、あまりにも――
 
(可愛い)
 
 きゅーん、とときめく。
 成人男性で、しかもこんなに大柄な男性にこんな感情を抱くのもおかしいのかもしれないが、そう感じてしまうのだから仕方ない。
 それから二人で射的で遊んだりお土産を選ぶ。
 帰るのは二日後なので、大量にまとめて購入する予約を入れておく。
 
「おや、華城殿ではあるまいか?」
「あ、朔羽さくばさん」
「っ!?」
 
 華城にかけられた声に振り返ると、鼻の長い鴉天狗が浴衣姿で歩いている。
 カタカタ震えながら華城を見上げると、この泉鴉郷都の守護を担う鴉天狗一族の長の息子なのだと紹介してもらった。
 朔羽さんという鴉天狗が一本下駄をからん、からんと鳴らして近づいてくる。
 
「例の親子の件、調べてくれたのか?」
「そっちは別の班が調べてますね。他に困りごとは?」
「劣化吸血鬼が進化して、知性を得た下級吸血鬼になっておったのが入り込んでおってな。例の夫婦が対応しているのだが、一向に被害が減らぬ。我らは夜目が利かぬし、夜は危なくて飛べぬからのう……」
「なるほど……じゃあ、今夜から俺も夜の見回りしてみます」
「よいのか?」
「はい。この町にはゆっくり休ませてもらったので……」
 
 ふと、微笑んだ晴虎に目を奪われる。
 あまり笑うことのない晴虎の貴重な笑顔を見られた。
 
(かっこいい)
 
 それに妖は怖いもの、と思っていたが普通に街の防衛の話もすることに驚いた。
 朔羽は冬兎にも「それはよかった。そちらの客人もゆっくり羽休みできたかのう?」と笑顔を向けてくる。
 
「はい、温泉はいつもとても気持ちよかったです!」
「そうであろう、そうであろう。山の上の方には足湯もあるので二人で行ってみるとよい」
「ありがとうございます」
 
 普通に話ができる上、とても親切。
 頭を下げてお礼を言うと、ニコニコしながら去っていった。
 その背中には、大きな黒い羽。
 
「なんかすごいね、この町」
「うん。でも、他の地方都市もこんな感じ。妖族は日本古来から人間と共生している場合が多いから、土地と契約してる場合もあるし……鴉天狗族は、明人とも仲良かったし」
「そう言ってましたね」
 
 しかし、朔羽がなにやら気になることを言っていたのが引っかかっていた。
 例の親子――と。
 
「あの、猪俣さんと辰巳さんが任務でこの街を調べているのって……」
「詳しい任務内容は俺も聞いてないんです。槙さんに『衣緒と辰巳はどっちも戦闘能力低いから、二人が協力要請してきた時だけ手を貸すように』って言われてるんですけど……」
 
 なるほど、二人に協力要請されなくても~とか言って怒られて、それで槙に怒られたのだろう。
 あくまでも、華城も休息を取るように、と。
 
「親子って、気になりますね……」
「そうですね。……結構ゆっくりできましたし、今夜あたり衣緒に聞いてみましょうか? 教えてくれるかは、わからないですけど……」
「はい」
 
 と、言っても冬兎はまだガイドとして訓練を受けているわけではない。
 夜に少しだけ、華城に皮膚接触――手を繋いでケアをやらせてほしい、と頼んだが「まだ平気」と突っぱねられてしまう。
 実際、温泉地でゆっくりしているのでストレスのようなものは感じない。
 自分自身も、かなりストレスが軽減されている感じがした。
 それでも華之寺のようにストレス値を握手しただけで計測してしまうのは、もはや特殊能力の領域だろうけれど。
 
「本部に帰ったらガイドとして色々勉強しないと。スピリットアニマルによって、能力が異なるんですっけ……?」
「えーと、うん、まあ。肉食獣系は攻撃に特化しているのが多いし、草食獣系は治癒系や幻覚や補佐系が多い。鳥類は偵察や感知系。俺は身体強化のサイコキネシス――念力ですね。烏丸と槙さんはどちらも鳥系なんですけど、烏丸はライチョウで広範囲感知。夜は少し精度が落ちる空間認識能力の、カテゴリとしては透視能力かな。槙さんは大鷲で夜も精度がそのまま。攻撃力も高くて追撃も得意な念力系ですね」
「わあ……う、兎は……兎はどんな能力なんでしょうか!?」
「兎のスピリットアニマルは調和……サイコメトラーが多いと聞きます。感情の読み取りですね。ガイドに多く、兎のスピリットアニマルのガイドは優秀な人が多いそうです」
「へ、へえええっ」
「衣緒もサイコメトラー能力です。ただしあちらは触れたものの記憶を読み取る能力なので、使い方によっては攻撃に転じることにもなります。扱いが難しい能力ですね……」
 
 さらに辰巳も透視能力系。
 しかし、これらの超能力に関してセンチネル系能力者とガイドで雲泥の差が出る。
 これらの超能力を、ほぼ100%の状態で引き出せるのがセンチネル系能力者。
 ガイドは引き出せても10%前後。
 ただ、ガイドは誰もが共感能力を保有しておりそちらの能力を引き出すにはセンチネル系能力者とのマッチング数値が大きく影響する。
 兎のスピリットアニマルが優秀と言われるのは、感情感知能力者が多く、それが共感能力と非常に相性がよくて能力が高めあうから――らしい。
 
「まだまだ勉強しなきゃいけないことがたくさんあるんですね」
「全部覚えても別に得なこととかないです。現場で違うこととか稀によくあるので」
「え、あ、え、えーと、り、臨機応変にってことですか」
「まあ……そうですね」
 
 深い世界……いや、深淵か。
 宿に帰る最中、坂道を降りていると辰巳が建物から出てくるところに遭遇した。
 辰巳に続いて、衣緒も出てくる。
 
「あれ、散歩中だったん?」
「うん、まあ。そっちは?」
「仕事に決まってんだろ。って言っても、話にならんね。困ったわ」
「手伝う?」
 
 頭を掻く辰巳に、晴虎が首を傾げる。
 こういう仕草も可愛い、と思ってしまう冬兎はそろそろ末期症状なのか。
 
「朔羽さんが夜、低級吸血鬼が出るって。鴉天狗は夜苦手だから、この町のセンチネル夫婦に助けてもらってるけど、手こずってるみたいって」
「そこまで聞いてんのか……。どうする? 猪俣」
「そうだなぁ……確かに正直手詰まりにはなってきてるんだよね。息子さんもどこにいるのかわからないし……」
 
 と、腕を組む衣緒。
 会話が不穏だ。
 親子、夫婦、息子――そんな話を聞くと、どうしても自分と重なってしまう。
 
「あの、僕もなにか手伝えることはありますか?」
「もちろーん! 冬兎、ボクのガイドに――」
「お前今回のパートナーは俺だろ」
「あいたっ!」
 
 ガバリと抱き着こうとしてきた衣緒を、派手に殴る辰巳。
 しかも下の名前で呼び捨てにしてんじゃねぇ、と追撃。
 
「じゃあ、一度宿に戻って話そうぜ。往来で話す話でもねぇし」
「ん」
「わかりました」


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