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トリニィの新迷宮 2

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 実際トリニィの町には、すでに稼ぎ時を今か今かと待ち構えるベテラン冒険者が増えつつある。
 彼らは万が一に魔獣大量発生スタンピードが起こっても、対処に協力してくれるそうだ。
 むしろ、新迷宮の一番乗りを望む者は魔獣大量発生スタンピード対処の覚悟と実力も必要、ということ。
 改めて迷宮の恐ろしさを実感する。

「あー、どうやら部屋のあるタイプじゃないみたいだぉ」

 壁に沿うよう、螺旋状の坂道を上ると大きな穴が見えてきた。
 穴を通ると、今度はあらゆるものが巨大なジャングル。
 部屋があるタイプではない、というのは、上へ登る階段、または坂道の前に部屋があり、その中でボスが迎え撃つタイプではない、ということ。

「ボス部屋の有無って、なにか問題あるんですか?」
「ある。まず転移陣が敷けない」
「!」

 ギルマスが答え、それに驚く。
 転移陣が敷けないとは、つまりホームへ逃れることができないということだ。
 もしボスのいるところまで辿り着いても、武器や防具の不備、回復道具不足で冒険者が一度体制を整えようとしても、それが叶わないということ。
 死亡率の上昇にもつながってしまう。

「ここより上の層ならボス部屋があるかもしれないけど、二層目に転移陣が敷けないのはちょっと不安だぉ。危険度5~7の魔獣が多いのに~」
「準金級迷宮に格上げした方がいいかもしれませんね」

 唇を尖らすアンジェリィに、シシリィがつけ足す。
 準金級とは、金級迷宮ほどではないが通常の銀級迷宮より、攻略が困難な迷宮に対して用いられる。
 魔獣の強さが銀級冒険者相当であっても、迷宮の攻略難易度が高い——または、迷宮攻略難易度が一本道などで容易くとも、魔獣の危険度が6~8の場合などはこれに該当する。

「そうだな。万が三層、四層にも転移陣を敷くことができそうにないなら金級迷宮認定もやむを得ん。とりあえず五層まで登ってみるぞ。五層まで登ってボス部屋がなければ金級に認定する。ボス部屋がないのは、銀級冒険者にとっても致命的になりかねん」

 つまり、銀級迷宮は取り消し。
 準金級にほぼ確定、ということだ。
 銀級迷宮であれば銅級冒険者も入れるが、準金級となると銅級冒険者は入れない。
 冒険者の命を守るために、そのような決まりがある。
 それには、その決まりを守らないならば命はない、という脅しも含まれていた。
 エルンはまさしく他のパーティーメンバーが白銀級だから、ここにいられる。

「ボス発見だぉ。ジェイドストーンスネークだぉ」
「宝石蛇の一種か。ジェイドなら大した硬さじゃねーが、でかいな」
「金になるな!」

 このように。
 ボスを目の当たりにしても頼もしい人々である。
 シシリィだけが穏やかに笑っているが、ジェイドストーンスネークは全身が宝石の魔獣。
 例えばこれがダイヤモンドストーンスネークならば、凄まじい硬度で動き回る上、蛇独特の毒牙攻撃なども仕掛けてくる。
 厄介なことこの上ない。
 ただ、宝石蛇シリーズと呼ばれるそれらは総じて高価なドロップ品が約束されている。
 全身が宝石であるため、傷つけずに死体を解体すれば大量の宝石が手に入るのだ。
 当然それらは高値で売れる。
 まさしく動く宝石。
 その価値に目が眩み、宝石蛇シリーズを狙う冒険者——もといハンターまでいる。
 体を傷つけないために毒で倒そうにも、蛇であるため毒が効かない。
 それを失念してやられてしまう冒険者が非常に多いという。
 なお、ジェイドストーンスネークはその宝石蛇シリーズの中では人気はそこそこ。
 下の中あたり。

「エルンさんは私とこちらで待機。たまにですが、ボスが手下を呼び寄せることがあるので、そうなった場合の対処を担当しましょう」
「は、はい! わかりました!」
「父さんたちとパーティーを組んでいますから、なにもせずとも経験値は入ってきます。エルンさんは『見習い』のレベルを10にするのを最優先してくださいね」
「は、はい!」

 視線を宝石蛇とギルマスたちの戦いに戻すと、ベリアーヌが囮になり、宝石蛇の顔を右に向けた瞬間ギルマスが首を一刀両断した。
 あまりにも見事。
 そして、凄まじいスピード決着。
 ズズズ……と、傾いて落ちた宝石蛇の体をそのままアンジェリィが空間倉庫に放り込む。

「…………」

 え?
 終わり?

「エルン! ステータスを確認してみろ!」
「は、はひ!」

 ギルマスがその場からエルンに大声で指示を出す。
 言われてようやく我に返り、ステータスを開く。
 メイン、サブ、どちらも設定していた『見習い』がレベル10に達していた。
 さすが準金級迷宮のボス。経験値がパネェ。

(『魔法使い』と『魔獣使い』が取得可能になってる……す、すげぇ……)

 一回の戦闘でカウンターストップ。
 それを見て、ふと、ギルマスが以前言っていたことを思い出した。
『剣士見習い』の上限を20にして、カウンターストップまであげたら『剣士』職のレベルまで底上げされていた——という話。

(取得前にレベル上限を上げたらどうなるんだろう? やってみよう)

 取得可能になった上位職ではなく、『魔法使い見習い』と『魔獣使い見習い』のレベルをまずは20にしてみる。
 本当は他の職種をどんどん覚えていく方がいいのだろうが、やはり自分の固有スキルは一度自分で試してみたい。

「終わったか」
「はい!」
「じゃあ上に行くぞ」
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