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王都探索 3

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「というか、今更だがそれすごいな」
「シシリィさんのノートですか? 俺もそう思います」

 情報量で脳みそを殴り、やろうと思えば質量でも人が殺せそうな分厚さを誇るシシリィノート。
 書いてあることは本当にためになる。

(問題はコレを俺も覚えなければならないということだな。……ギルドの受付職マジですげー……)

 しかもこれはほんの一部。
 新店舗などが開店する時や、閉店した店もチェックして常に情報を更新していくというのだから脱帽である。
 これほどのことをさも当たり前として行っているのだ。
 世界はもっと案内や受付に給料を支払うべきでは?
 もはや特殊技能だぞ、これ。

「ところでさー、うちらエルンにお礼言おうと思ってたんだよねぇー」
「え?」
「あ、そうだぁ。エルンのスキルは、まだまだ内緒にしないといけないんでしょ? じゃあこれ」

 店員さんにメニューを注文してから、ティアが『サイレント』の魔法で周囲に声が漏れないようにする。
 魔法が苦手だと言っていたティアの魔法。
 つまり、これは——。

「もしかして、『魔法使い』の職業が会得できたんですか?」
「へへへー、正解! キミのおかげだよぉ! うちさ、ついに銀級迷宮ロジドズスラのボス部屋に到達したんだぁ! 残念ながら踏破はまだなんだけど、それでも光明が見えたって感じぃ」
「本当ですか! よかったです!」
「ワタシもお陰様で『装飾師』の職業を会得することができました。まだまだスキルも少ないし、作品作りは手探りですけど……毎日すごく幸せです。これもエルンさんが『見習い』上限を上げてくれたおかげです」
「いや、そんな」
「「ありがとうございます」」

 遠慮しようとしたエルンに、エナとティアが頭を下げる。
 美女と美少女が嬉しそうに微笑むのは、はやり破壊力が違う。
 それよりも、相変わらずお礼を言われ慣れていなくてエルンは照れて俯いてしまった。

「みゅーん」
「あ……そうだ、ケイトさんは」

 一番深刻そうだったケイト。
 彼女の方を見ると、タイミングを一人逸して「くっ」と悔しそうにしていたが、話しかけられてハッとしたように「そ、そうなんだ!」と瞳を輝かせる。

「家には戻れないし、騎士団に入ろうと思ったら『今更』と言われて入団は拒まれたんだが!」
「え」
「『騎士』のレベルが順調に23まで上がったぞ!」
「え!」

 ちょっと出だしの「家に帰れない」「騎士団に入団を拒まれた」はなかなかの衝撃だったような気がするんだが、本人はあまり気にした様子はない。
 ただ、エナとティアはムッとした表情。
 すぐ様エナが「どうしてですか?」とケイトに顔を寄せる。

「どうし……?」
「『騎士』の職が得られなかったから、家からも騎士団からも追い出されたんですよね? 『騎士』職があれば問題ないのではないんですか?」
「そ、そうですよ。どうしてダメだったんですか?」
「ん? ああ、単純に貴族の家とはそういうものなのだ。私は『騎士』職の才能がないのに、嫁にも行かずに冒険者になって騎士団に入ろうとしたから、父や叔父たちに目障りな者とされたのだよ。騎士団は実質我が血縁が、上にのさばっている状況だ。そんな中で騎士団試験を受けても、通るはずがなかったんだよ」

 仕方ない、と笑うケイトだが、仕方ないことなのだろうか。
 あまりにも、彼女が可哀想だ。
 せっかく『騎士』職を手に入れたのに、家に戻れない——家族だと認めてもらえないなんて。

「えー、なにそれ理不尽」
「そういうものなんだ。貴族というのは。これでも政略結婚から逃げ回ってきたのに、まだ会話はしてもらえるだけマシなのかもしれないな、とすら思っている。まあ、あと二年もしたら完全に行き遅れ。嫁の貰い手などないだろうから、父も兄姉たちも私が諦めるタイミングだと思っていたんだ。それなのに『騎士』を手に入れたものだから、父の面目がかなり、うん」

 丸潰れた、と。
 サイレントの魔法で周囲に声が聞こえないというのに濁すあたり、ケイトは父親を微塵も恨んでいないようだ。
 それは、ケイトが父の背中を見て育ったから。
 騎士道を歩む父に憧れて、騎士になりたいと切望し、しかしその才能がなかったケイトはもがき苦しんでエルンに出会った。
 それによって『騎士』という憧れに手をかけることができたケイトだが、父はもう、ケイトに期待はしていない。
 ただ——。

「父は私に……『普通の令嬢として幸せになってほしかった』と言っていた。それは本当に申し訳ないと思ってる」
「ケイトさん……」

 普通の令嬢として幸せになることが、父の望みだとしても、ケイトはそれで満足できなくなっていた。
 だから仲違いしたままでいいのだそうだ。
 父の言っていることはもっともだと、ケイト自身もわかってる。
 ただ、ケイト自身が夢を諦め切れないだけ。

「だからいいのだ」
「はぁー、人間ってめんどくさいねぇー。知ってたけど」
「ええ、知ってましたけど人間って本当に面倒くさいですね」
「みゅーん」

 貴族の事情は平民のエルンから見ても、ややこしくて面倒くさい。
 から笑するしかないが、ケイト自身が納得しているのならいいと思う。
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