弟が『姫騎士になる』と言い出したら私が王太子になる事になりました。【連載版】

古森きり

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ザグレの王太子様

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「そういえば、例の鉱石のことなのですが」
「ええ」

 ある日の夜、寝室で、ティーカップを置いたシモンが口を開いた。真剣な声色に、エステファニアもカップをソーサーに戻す。

 舞踏会のときのひと悶着については、もう二人の中ではなかったことになっていた。
 それ以前の距離感を保ち続けていて、特に問題も起きていない。

 例の鉱石とは、以前シモンが話していた、婚姻の神託の前に発掘された新しい鉱石のことだろう。

「しばらく前に研究自体は終わっていまして……魔石、と名付けました。驚くことに、魔力に反応するんです」
「魔力に?」

 そんなものは、聞いたことがない。
 新しいものだとは聞いていたが、そんな、人の想像が及ばないようなものだったなんて。

「魔石を使うことで、魔術師でなくても、擬似的に魔術を使う方法を編み出しました。南の国との小競り合いが続いていますので、近いうち国として宣戦布告し、そこで実戦投入する予定です」

 エステファニアは絶句した。
 もしシモンの言っていることが本当で、それが成功したならば、世界は大きく変わるだろう。
 今までのいくさは、一握りの魔術師と、有象無象の魔術の使えぬ兵で争ってきたのだ。
 しかし魔石により一般兵までも魔術が使えるようになれば、他国の少数の魔術師では、太刀打ちできないだろう。

 エステファニアは確信した。
 おそらく自分をロブレに嫁がせた神託は、このことを見通していたのだ。

「……そんな大事なことを、わたくしに話しても良いのですか?」
「どうせもうあと少しで、世界にばれることです。それに話を聞いたとしても、とても現実のこととは思えないでしょう?」
「それは、そうですが……」
「戦争のことも、もう帝国の方へ話は通してあります。北の国が後ろから迫ってこないように、睨みを効かせていただけるよう、お願いしました」

 ロブレの北の国は、更に北にある帝国とロブレに挟まれているのだ。

 まさか魔石などというものがこの世に存在して、さらに、もうすぐ国同士の戦争が始まるだなんて。
 重大な出来事の連続に戸惑った。
 世界中の様々なところで戦争は行われているが、少なくともエステファニアが産まれてからの帝国は、いくさをしていなかった。
 エステファニアにとって初めての、自分の国が関わる戦争になる。

「……あなたも、戦争に行かれるのですか?」
「ええ。魔術師として、魔石の開発者として、行くつもりです。ですが、大丈夫ですよ。すぐに終わるはずですから」
「そう……」

 ぽつりと呟いて、俯いた。
 目の前の人が戦地に赴くと思うと、どうも落ち着かない。

「もしかして、心配してくださっているのですか?」

 そう聞かれたので、迷った末、素直に頷いた。
 シモンは破顔し、ソファから立ち上がる。
 そしてエステファニアのそばまで来て、跪いた。

「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。我々は、元は一つの国が分裂してできたものですから……日常茶飯事とまでは言いませんが争いは各地でありますし、わたくしも何度かいくさに出て、全て無事に戻ってきております。特に、今回は魔石もありますから、負けることはありません。必ず戻ってまいります」

 いつも以上にやわらかく、優しい声色だった。
 見上げてくるシモンに視線を向けると蕩けたような紫の瞳と目が合って、慌てて逸らす。
 
 舞踏会の……あんなことがあった後でも、シモンは変わらずに笑顔でエステファニアのきつい言葉を流し、望みをできるだけ叶えようとし、一線を越えない範囲で、好意を持っていることを伝えてくる。
 きっと、ヒラソルの血を求めるが故の演技だとは思っているのだが……時折、こうした彼の表情や熱のこもった瞳を見ていると、本当にそうなのか、と疑わしく思ってしまうのだ。

 もし彼の言葉が本心なのだとしたら、エステファニアを求めつつも、迫ってくることもなく、婚姻の条件を守り続けていることになる。
 それが自分への真摯な愛を示しているような気がして、その可能性を考えると、なんともむず痒い気持ちになるのだ。

 その、くすぐられているような不快感を払おうと口を開きかけ――彼は、戦地に行くのだと思いとどまる。
 流石に、そんな相手に強く当たるほど子供ではない。

「ちゃんと、戻って来てくださいね。あなたのいないロブレは……つまらないでしょうから」

 そう言って右手を差し出すと、シモンははっと息を呑んで、エステファニアの手をそっと取った。
 なめらかな手の甲に口付けを落として、手を握ったまま見上げてくる。

「ええ、必ずや。神と、あなたに誓って」
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