弟が『姫騎士になる』と言い出したら私が王太子になる事になりました。【連載版】

古森きり

文字の大きさ
上 下
1 / 28

弟が『姫騎士になる』と言い出した!

しおりを挟む


「姉様、私、姫騎士になります!」
「は?」

私の名前はセシル・スカーレット・ロンディニア。
ロンディニア王国の第三王女。
そして、私に瞳を輝かせながら夢を教えてくれたのは私の弟にして、この国待望の第一王子セイドリック・スカーレット・ロンディニア。
そう、『待望の』だ。
私の国、ロンディニア王国は男児が後継になる事が法で定められている、今時の近隣諸国からちょっと遅れた古臭い文化を持つ。
その上、私とセイドリックの母上スカーレットは身分の最も低い第三側室。
今はセイドリックが生まれた事で正室に格上げされてはいるものの……元正室や第一、第二側室の方々からは妬みつらみで城から少し離れた場所に邸を用意され、城から追い出されてしまうぐらいにはお立場が悪い。
私も姉たちから醜男&性格最悪の隣国『シャゴイン王国』の王太子、ジーニア様の婚約を押し付けられたり、色々と大変なの。
そ、そんな中、更に来年には十三にもなる王太子の弟が『姫騎士になる!』っていやいやいやいやいやいや。
まずもって『姫』ですらないのに?
性別『女』でもないのに?
王太子が『騎士』になれるはずもないのに⁉︎
全体的におかしいからね⁉︎
純真無垢な瞳で夢を語るのは悪い事ではないけれど、さすがにお姉様もそれは「素敵な夢ね、頑張って」とは言えません!

「セイドリック……貴方は男の子ですし、王太子なのよ? 残念ながら『姫騎士』は無理だわ……」
「なぜですか?」

姉として現実を分からせる事も必要!
純粋に「なんで?」と首を傾げる弟の可愛さに負けそうになるが、ここで退いたら弟が弟じゃなくなる!
確かに私の弟はその辺の貴族令嬢など贔屓目抜きしにしても(確実に贔屓目入ってるけど)可愛い!
間違いなく可愛い!
絶対的に正義的に可愛い!
でも男の子なのよ!
幼い頃などドレスを着せて遊んでいた私が悪いのかもしれないけど、さすが『姫騎士』にさせる事は生物学的にも物理的にも立場的にも色々総合的に無理!

「貴方はすでに『王太子』だからよ。『王太子』から『姫騎士』になるのは無理なのです。そもそも『姫』は私でしょう? あなたは『王子』。そして『王太子』でもあります。『王太子』は『騎士』にもなれません。だから残念だけど無理なのです」
「そんな……でも私、姫騎士になりたいです」

食い下がってきただとぉ⁉︎
いつも私の言う事は素直に聞いてくれるセイドリックが私に食い下がってきたぁ⁉︎
これは…………本気だ!
この子、自分が納得できる事ならすんなり「分かりました」と理解してくれるけど、それでも譲れない時はテコでも動かない!
ま、まずい……!
こうなったセイドリックの頑固さは、お父様でもどうする事もできない!
捨て猫を拾ってきて「飼いたい」と言った時、一番上の異母姉が軽い猫アレルギーだから飼えないのですよ、と言い聞かせたら「でも死ぬわけではないのでしょう? この子猫は捨てたら死んでしまいます。それに、猫の寿命は十年です。我々の寿命より短いです。異母姉様が十年我慢してくだされば良いだけではないですか」と持論を展開し、西に猫専用離れができてしまったほど譲ってくれない!
ちなみにおかげで異母姉たちから私への当たりがキツくなったのは言うまでもない。
いや、私もセイドリックの言う事の方が正しいと思っていたからいいけれど!
セイドリックの為なら、異母姉たちのいじめなど些細な事だけれど!
でも『姫騎士』は私でもさすがに!

「…………。そもそも、なぜ姫騎士になりたいと思ったのですか?」
「姉様を守りたいからです! 私は昔、姉様に着せてもらった可愛いドレスなどが大好きです! それにかっこよくて強くて姉様を守れるものといったら騎士です! だから姫騎士になるのが、姉様をお守りするのに一番良いと思いました!」

天使……!
胸キュンで死んでしまう!
ああ、セイドリック! 私の可愛い弟!
なんて眩しい笑顔なのでしょう!
言い返したい事は山のようにあるのに言葉が全て封印されてしまったかのように出てこない!
無理、そんな事言われたら私……!

「仕方がありません。多分無理とは思いますがお父様に相談してみましょう」
「はい!」

多分というか絶対無理だと思うけど。
そう思いながらも、セイドリックの手と手を繋いでお父様の執務室へと向かうのであった。
…………ところで私、この後ダンスのレッスンだったような?
まあ、いいか。




「は? 姫騎士になりたい? は?」

お父様のお部屋でセイドリックは冒頭のセリフをお父様へ伝える。
お仕事中のお父様は目を丸くして素っ頓狂な声を出した。
ですわよね!
そしてちらり、と私を見る。
『説明を求む』と。
私はセイドリックに先程の『理由』をお父様へ伝えるよう促す。
そして、全てを聞き終わったお父様は私が押し負けた理由も理解して乾いた笑いを浮かべながら頭を抱えた。
すみませーん。

「…………。いや、しかしな。セイドリックは剣のレッスンが嫌いだろう? 騎士とは剣を扱えねば」
「練習します!」
「だが今だにセシルに勝てぬと聞くが?」
「うっ、そ、それは……」

いや、まあ、人には得手不得手がありますから仕方ありませんよお父様。
姉の立場で弟が心配すぎて一緒に剣を嗜んだものの先生に「才能がおありです!」と満面の笑みで断言されてしまった私が言うと変な感じになるので言わないけれど。

「ふむ、だが、しかし騎士か。そうだな、隣国ザグレに留学の話があっただろう?」
「え? はい?」
「確か、来年からザグレの王太子様も通われるので、一緒にどうか、とのお話でしたわね」

隣国ザグレの王太子は私と歳が近い。
ザグレは大国で、軍事的にも国土の広さ的にも経済的にも、この大陸では他の追随を許さない。
なのに今の王は先代と違い平和的な思想が強く、他国——主にその恩恵を受けているのは我が国とシャゴインだろう——に対してはその自治権を尊重し、融和的に接してくれている。
他の周辺の近隣諸国もそうだろう。
だが、一度あの王と面会すればそれが『眠れる獅子を起こすべからず』と分かる。
あの王は爪を隠した鷹だ。
絶対に怒らせてはならない。
もちろん、その政策に関しては歓迎すべきもの。
ぷちりと潰されるくらいならへつらって仲良くしていたい。
どの国も今の所考えは同じ。
そして、その考えのもと、ザグレの王太子とお近付きになる『留学』は絶好の機会。
誰も断りはしない。

「ちょうどいい、お前たち一緒にザグレに行って来なさい」
「「はい?」」

私とセイドリックが首を傾げる。
だって私たちの年齢は三つも違うのだ。
確かにあの国の学校は歳など関係なく、能力で下級、中級、上級とクラス分けされると聞く。
在籍できる年数は二年間。
二年間、上級クラスにしがみつくのは相当に難しいらしい。
年齢は関係ないが、王太子様とお近付きになるなら、上級クラスにいなければならないだろう。
わ、わたしとセイドリックにそれをやれと言うの?
ほとんどの国の王族貴族がザグレの王太子目当てに殺到するのに?
そ、そんな無茶な!

「お父様、私は姫騎士になりたいのですよ? なんでザグレに留学しないとならないのですか?」
「セイドリック、お前はこの国の王太子。いずれ私の後を継いでもらう。しかし、お前の夢もまた尊重したい。そして、セシル、お前はもう十六だ。本来ならシャゴインのジーニアに嫁がなければならない」
「…………」

はい、と答えるべきなのに声が出ない。
行きたくない。
嫁ぎたくない。
会った事もないけれど、残念な噂しか聞かないあの王太子のところへは……。
会った事もないからこそ余計に嫌だ。
お父様に、見透かされているのかしら。
俯いてしまうと、セイドリックが手を強く握ってくる。
心配させまいと微笑むけれど、セイドリックの表情は険しい。

「だが、ザグレの国へ留学が決まったとなれば向こうも婚姻を急いたりはできんさ。二年間は自由に楽しい思い出を作りなさい。そのあとはあの国の王妃としてしっかりと立派に務めを果たすんだよ」
「……お父様……!」

自由な時間!
素敵な思い出作り!
お父様……!

「待て、話はこれで終わりではない。セイドリックの夢もまた叶えてやらねばならないだろう?」
「え? あ、はい」
「はい! そうですよ! 私は姫騎士になるのです!」
「自由にはして良いが、王族である事を忘れてもらっては困るからな。お前たち、ザグレに入学したらセシルはセイドリック、セイドリックはセシルと名乗って生活しなさい。卒業までセシルは我が国の王太子セイドリックに。セイドリックは我が国の王女セシルになるんだ」
「「は?」」

今度は私たちがそう聞き返す番だった。
おおおおおおおお父様、今なんと⁉︎

「セイドリックはそれで『姫騎士』になれるし、セシルはセイドリックのように王太子として自由に過ごす事ができるだろう? セイドリックの婚約者は国内で探すから、どこぞの国の王女や令嬢に言い寄られても断って構わない。セシルに婚約者がいることは周辺諸国周知の事実。どうだ、良い考えだろう? 問題は全て解決!」
「本当です! お父様すごい!」
「全然解決しておりません! 確かに私とセイドリックは姉弟……顔は似ておりますが二年間も隠し通せるわけがありません! バレます! 絶対バレます! 一国の王子と王女の入れ替わりなどバレたらどうなさるのですか!」
「バレないように頑張りなさい」
「お父様⁉︎」
「姉様!」

はっとする。
手を握ってきたセイドリックの満面の笑み。
キラキラ輝く瞳。
こ、これは!

「一緒に同じ学校に通える上、二年間も異母姉様たちの事を気にせず一緒に居られるなんて私は幸せです!」
「っぅううう!」

お父様がニヤリと笑う。
終わった。
なにか、王女として大切なものが。

「……………………私もです、セイドリック……」



こうして、来年私はセイドリックとしてザグレの国へ留学する事が決まった。
このことを知っているのは私とセイドリック、お父様と私たちの従者たちのみ。
でもこれもセイドリックの夢を叶える為。
セイドリックが立派な王太子になる為に必要な試練、し、試練? あと必要?
い、いやいや。

「楽しみですね、姉様! あ、えーと、セイドリック!」
「そ、そうですね。姉様……」

こうして私の試練のような留学が決まったのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

いつの間にかの王太子妃候補

しろねこ。
恋愛
婚約者のいる王太子に恋をしてしまった。 遠くから見つめるだけ――それだけで良かったのに。 王太子の従者から渡されたのは、彼とのやり取りを行うための通信石。 「エリック様があなたとの意見交換をしたいそうです。誤解なさらずに、これは成績上位者だけと渡されるものです。ですがこの事は内密に……」 話す内容は他国の情勢や文化についてなど勉強についてだ。 話せるだけで十分幸せだった。 それなのに、いつの間にか王太子妃候補に上がってる。 あれ? わたくしが王太子妃候補? 婚約者は? こちらで書かれているキャラは他作品でも出ています(*´ω`*) アナザーワールド的に見てもらえれば嬉しいです。 短編です、ハピエンです(強調) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

処理中です...