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新しい旅路へ

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「アイカ殿」

 それでも彼女に賭けるしかない。
 聖剣は聖剣に選ばれた勇者にしか扱えないのだから。
 俺は、持つ事は出来てもその力を使う事が出来ない。
 膝をついて願う。

「どうかそのお力をお貸しください」
「お願いします」

 セレーナも俺と同じように膝をついて手を組んで祈る。
 ロニ殿とサカズキ殿、ヨルドも同じく片膝を折り、頭を下げた。
 風がどんどん強くなっていく。
 肌で感じる、世界の異変。
 このままだと多嵐デッド・タイフーンで世界が壊れてしまう。

「……やります。私に出来るか分からないのが、不安で、申し訳ないです。でも、やります」
「!」
「私はこの世界で、勇者に選んでもらったので……自分が出来る事を……やります」

 師匠が微笑んで頷く。
 俺も立ち上がって、セレーナに一度微笑みかけた。
 必ず帰るからという決意。

「セレーナさん、ライズさんの力、お借りします!」
「はい。ライズとこの世界をよろしくお願いします!」
「では失礼します!」
「え、わっ!?」

 アイカ殿を横抱きにして、右手に師匠の剣を携え、結界の外に飛び出す。
 完全に砕けた洞窟の残骸を駆ける。
 さすがにここまで来ると俺にも感知できる!

「アイカ殿! 加速するのでしがみついてください!」
「は、はい!」

 首にしがみついてもらい、魔王の城の扉からはみ出ていた黒い紐は突然引っ込む。
 やはり魔王の城を通ってくる。

「あの扉の中ですか!?」
「いえ! 出てきます!」

 引っ込んだ途端、一際大きな揺れ。
 そして凄まじい勢いで出てきたのは、無数の触手を持つ鈍色のなにか。
 気持ちが悪いな!

「突っ込みます!」

 四方八方から触手が飛んでくるが、師匠の剣で切り裂いていく。
 数は異様に多いが、これなら先程のグレインズスネークの方が速かった。
 ただ、この剣は魔力が通らない。
 魔法が使えないから、剣技だけで対処しなければならないのが……。
 ……ああ、そうか、だから師匠は俺にステータス値を伸ばせと言っていたのか。
 右に左に跳びながら、回転を加えながら触手をまとめて切り裂いた。

『ナンデ イタイ ヤメロ』

 ギョロリと気味の悪い目玉が、上の方に五つも現れる。
 だが、本体はあそこではない。
 師匠の剣が反応しているのは、このまま真っ直ぐ!

『イタイ! ヤメロ! イタイ! セッカク、ウマレタノニ!』

 この世界の神に寄生して、ダーダンを取り込んで。
 そしてこの世界になにをするか分からない。
 すでに多嵐デッド・タイフーンが始まっている。
 なにより、神はお前を嫌がって魔王と勇者をこの世界に呼び寄せている!
 それが、答えだ。

「ライズ! 合わせろ!」
「はい! 師匠!」

 黒い炎が剣から発生する。
 師匠の声とともに剣の力が高まるのを感じた。
 これで邪魔する触手をすべて燃やして、取り払う!

「見えた! あれですね!」

 アイカ殿が聖剣を抜き、掲げる。
 師匠の剣の炎は、触手を焼き払い肉の壁をも抉り取った。
 そうして見えた、一際赤い肉。
 俺も感じる。あれが寄生幻虫だろう。
 鈍色の体の部分から見てあまりにも小さい!

「私がここに来たのは、君を倒すためだった。神様が苦しんでる。助けてって言ってる! だから、倒すね!」
『ヤメロ……ヤメロ!』

 真後ろと真上から、触手が再び襲いかかってくる。
 けれどアイカ殿は俺から飛び降りて、自らの足で駆けていく。
 ならば俺は、アイカ殿に触手が届かぬように応戦するまで!

「ごめんなさい!」

 どこまでも優しい少女だな、と思う。
 そう言って、長年神に寄生して苦しめていた幻虫に聖剣を突き立てた。
 聖剣はユイ殿を送還した時のような激しい輝きを放ち、鈍色の肉の塊をまるで土壁のようにして砕いていく。

『アアアアアァァァ! セッカク、ウマレタノニィ! セッカク……タクサン、タマゴウモウトオモッタノニィ!』

 最期におぞましい言葉と断末魔を残して、崩れていった。
 残ったのは聖剣を持ったままの勇者、アイカ殿と元『グレインズのダンジョン』だった洞窟の残骸。
 風がゆっくり止んでいき、空の色も元に戻っていく。

「ライズ!」
「らいずー!」
「セレーナ! タニア!」

 ぎゃー、という情けのないステルスの声は、タニアが飛び降りたせいらしい。
 いや、確かにあの高さから俺に向かって飛び降りてきたならば、俺も悲鳴をあげるけれども。
 ギョッとして手を伸ばすより先に俺の鎧の胸部に隠れていたレトムが飛び出して、タニアを背中に確保する。
 ……コイツ……そういえばずっと隠れていやがった。

「良かった……!」
「……うん」

 セレーナを胸に抱き締め、レトムから飛び降りてきたタニアをセレーナと二人で抱き留めて、しっかりと抱き合う。
 爽やかな風に寄生幻虫のいた場所を振り返ると、アイカ殿の真正面に龍のような光の塊が佇んでいた。
 まさか、あれが……。

『魔王ステルス、役目は終わりだ。ご苦労』
「なんだ、もういいのか。まだ我はこの世界を滅ぼしていないというのに」
『寄生幻虫を勇者が倒してくれた。我が願いの通りに——。十分だ。……勇者はこの世界を、存分に楽しんでから元の世界へ戻るといい。我が声に……そして、我が子らと我を救ってくれた事、心から感謝する』
「!」

 光の粒が弾けるように消えていく。
 気づくと師匠の剣も、もうそこにはなくなっていた。

「師匠、ありがとうございました」
「鍛えておいて良かっただろう?」
「はい」

 でもちょっと厳しすぎです。
 ……怖くて言わなかったけれども。

「ヤクモ様! 俺も弟子にしてくれ!」
「ん?」
「ライズに勝ちたいんだ!」

 そう言い始めたのはヨルドだ。
 正直言って師匠の修行の厳しさを知っている俺とセレーナは「マジかアイツ」とドン引きしたが、師匠が笑顔で「よいよ」と言ったものだからそっと顔を背ける。
 そして、笑い合った。
 ちょっと諦めの意味の割合が多いが、それ以外は安堵の笑みだ。

「セレーナ、『タージェ』に帰って結婚しよう」
「え! い、今それ言う!?」
「今じゃないと言えない気がしたから」
「結婚式ですか!? 私も行っていいですか!?」
「あ、愛夏様!? え、え、あ、あの、でも……!」
「ええ、是非。この世界を救った勇者に祝福してもらえるなんて、最高の結婚式になりますよ」
「も、もおおお!」

 あ、やばい。
 と、思った時にはもう遅く。
 タニアを咄嗟にレトムに預けた俺はすごいと思う。

「ゲボォォッ!」

 ——この一撃で俺のステータス値が九割封印される事になったのだが、神に「契約終了」を言い渡された魔王ステルスがこの世界をさった事で世界は一気に十年前のような穏やかな世界に戻り始める事になる。
 セレーナは『拳の聖女』として名を馳せ、俺は『剣聖』のまま故郷『タージェ』は戻り、セレーナと結婚。
 それでも、師匠やイヅル様の勧めで八つの町は予定通り泉議会室ドル・アトルに移転され、大型結界石を集めた超大型結界の中に世界の人口をすべて納める事になった。
 単純に、超大型結界は町一つを覆う事しか出来ない大型結界石八つ分の広さではなく、大陸全土まで広がる結界だから。
 俺やセレーナの出身の村のような、爪弾きが出なくなるのだ。
 そして近く、魔物は元の姿を取り戻し鶏肉以外も食べられるようになるだろう。
 師匠はヨルドとタニアを鍛えるためにまだもう少し、この世界にいてくれる事となり、世界を救った勇者アイカ様は神に言われた通りこの世界を観光してから元の世界に帰る事にしたそうだ。
 それから、これは余談だがアマード氏に多嵐デッド・タイフーンの事を教えたのはダーダンではなく、『神託』によるものだったらしい。
 神殿に恨まれるのが嫌で、黙っていたとの事。
 納得である。

「さあ、愛夏様、タニア! 冒険に出かけましょう!」
「わーい! タニア今度こそぱーとなーのマモノ、テイムする!」
「私も、ヨルドさんに勝ちに行きます!」
「やれやれ、結婚してもセレーナは落ち着きがないな」
「ふふ、いいでしょ別に!」

 新たな勇者パーティーは、多分、追放されないだろう。
 なぜなら今度の旅は世界を救うものではなく、観光だから。


 そう、新婚旅行である。





 了
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