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第13話
しおりを挟むああ、しかし、あの日から『優しい兄のような人』は兄のようであって兄ではないのだと考えが変わった。
あの人は兄のようであったが、兄ではない。
そして……甘い声ではしたないヒオリを責め立て、意地悪な言葉で高ぶらせ、痛みを与えて昇らせる。
こくん、と思い出す度に喉が鳴った。
あの人に与えられるものが全て気持ちいいと思うようになって、兄ではなく……『あの人』自身を見るようになっていったような——。
(?)
胸がぎゅっと詰まる。
今更寂しさが押し寄せてきたようだった。
会える。
会える、会える、あの人に会える。
その期待が、寂しさを圧迫して別な苦しみで胸を抉っていく。
クッションを抱き締め、目をきつく閉じた。
早く、早く、早く、と頭の中で繰り返す。
肌に触れて欲しい。
声を聞きたい。
抱き締めて、その胸に閉じ込めて欲しい。
頭の中が黒曜帝の事でいっぱいになって、満ちていく。
思い出せば胸に満ちるものがまた変わっていった。
温かさが広がる。
切なさと寂しさ、会いたい気持ちが、どんどん混じり合って温かいものが苦しい。
「なにか祈っているのか?」
「…………」
足音に瞳を開いた。
声がした時、耳から脳が痺れていく。
ゆっくり目を開けて、天蓋カーテンの隙間から長い指が入ってきた。
黒い髪。
弧を描く唇。
「あ……」
切れ長の紅玉の瞳。
視線が舐めるようにヒオリの全身に絡む。
胸が熱くなる。
やっと、会えた、と。
「へ、陛下……お久しぶり、です」
「久しぶり、などと……一週間ばかりだろう」
ベッドの縁に腰掛けた黒曜帝の指先がヒオリの頰に伸びる。
その指が頰と、髪を撫でて親指で唇に触れた。
期待が高鳴る。
近付いてくる黒曜帝の顔に、目を細めた。
口付けを——。
「で? 一週間……どのような調子だ?」
「!」
期待が裏切られるように、体が離れていく。
しかしその質問は、行為への入り口のように思えた。
「あ、あの……あまり……上手く出来なくて……」
「ほう?」
「えっと、なので……」
黒曜帝に、貫かれたい。
しかし、思い出すのはあの鈍い違和感と異物感。
奥へ張り型を推し進めると感じるぐずぐずとした痛み。
一週間、黒曜帝に教え込まれたあの気持ちのよさを忘れてしまいそうなほどだ。
「なので、調教師に手伝って頂きたいのですがっ! あのあの、聞いたところによれば僕の世話係に二人、調教の出来る方がいるとの事なので、二人に手伝ってもらってもよいでしょうか!」
「ならん」
…………とてもいい笑顔で却下された。
しゅん、とうなだれるヒオリ。
「な、なぜですかぁ……」
「ならん」
やはり満面の笑みで却下する黒曜帝。
質問の答えになっていない。
ヒオリの願いは黒曜帝のモノを受け入れたい、という、黒曜帝のためにもなる……と思われるもの。
それを説明しても、初めて見るのではないかと思うほどの輝く笑み。
だんだん恐怖まで感じてきた。
「……どうしても調教師の世話になりたいと言うのか?」
「え? ……ええと、どうしても、というか……そう、ですね……」
ここ一週間、休み休みだが書物でも男同士の性行為について理解を深めている。
そこには八割型調教師の存在が出てきた。
つまり、男同士の性行為には調教師に体の開発を行ってもらうのが一般的……であるというのが、ここ一週間で構成されたヒオリの認識。
それを言うと黒曜帝の表情が一度固まる。
口許ヒクヒクと動き、まるで笑っていない目がヒオリを見下ろした。
深い溜息を吐き、ヒオリを覗き込む。
「俺に頼まぬのはなぜだ?」
「え?」
「調教師などに頼まずとも、俺が手ずから貴殿をの奥を開拓してもよいのだぞ? なぜ、俺という選択肢が出・て・こ・な・い?」
「……。……え、え……?」
「当たり前だろう? 貴殿をここまで開発したのは俺だぞ? 調教師に出来て俺に出来ないはずもない」
自信満々に言い切ると、ヒオリをベッドに沈める。
顎を掴まれて見下ろされ、その瞳に見つめられた。
深い色に呑まれそうになりながらも、目を逸らす事が出来ない。
こくん、と喉を鳴らす。
(食べられたい)
その獣のような眼差しに、視線だけで犯されていくような甘く痺れるような感覚。
身を捻るが逃げられるはずもない。
大きな手が肌を滑る。
顔の距離が縮んで、唇に黒曜帝の唇が触れた。
(口付け……)
ん、と吐息とともに目を閉じて受け入れる。
口付けは黒曜帝が始めてヒオリに与えた行為の一つ。
最初はとても優しく触れるだけだった。
今のような、とても拙い、幼い口付け。
あの頃はこの口付けに“その先”があるなんて思いもしなかった。
思った通り、その先を教えられたヒオリは深くなる口付けに胸を高鳴らせる。
期待通りに角度を変え、時折唇を舐めるように肉厚な舌先が動く。
唇のシワをわざとなぞるように舐められ、唇を塞ぎ、下唇を食む。
啄ばむように数回。
そのあと、いよいよ舌が唇と歯を割って入ってくる。
始めて舌を入れられた時は驚いたものだ。
まさか、と目を見開き、困惑して固まった。
黒曜帝は今のように優しく微笑み、身を委ねろ、と告げて更に深い口付けがあるのだとヒオリに教えてくれる。
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