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魔法菓子職人に
しおりを挟む「う……」
目が覚めると、視界が非常に狭くなっていた。
木製の知らない天井から壁を沿うように視線を動かして、部屋の中を確認する。
白い壁と、白い布。
消毒液の匂い。
意識が戻ったせいか、両腕と左眼がジクジクと熱く痛む。
体を起こすと、いつになく楽だった。
目と両腕は痛いのに、普段の気怠さと重苦しさと微熱の感覚がない。
「ここ……どこでしょう?」
「起きました?」
「ひっ!」
白い布は天井から吊るされたカーテン。
それが開くと眼鏡の美少女が現れる。
どこかで見たような顔立ちだが、どう考えても知らない人。
びくりと体を震わせ、うっかり悲鳴を上げて縮こまると白衣を着た少女は「兄を呼んできますね」と言って部屋から出ていく。
少しして戻ってくると「すぐ来ますから」と伝えてティハの腕をやんわりと掴む。
「ああ、自己紹介が遅れましたね。あたしはラーラ・ナフィラ。ナフィラ家の三女です」
「ナフィラ――え? りょ、領主様の……」
「そうです。あと、エイリー・ナフィラはあたしの兄の一人です」
「エイリーさんの……!」
つまり、呼んだという兄は――と口にしかけた時、扉がノックされた。
包帯を撒き直したラーラは立ち上がってドアを開く。
「ティハ! よかった、意識が戻ったんだな。体調は?」
「そんなにすぐにはよくならないわ。神経も傷ついているし、腕の魔力器は塞がったみたいだけれど形は間違いなく歪んでましまっているもの」
「ふむ。ちょっと診せてみなさい」
「ん、んぇぇ……」
兄妹揃ってティハの体を隅から隅まで魔法を使い、調べていく。
あの後どうなったのか、どうして自分はここにいるのか、ホリーの声を聞いた気がするのだがホリーは今どこにいるのか。
色々聞きたいことはあるのだが、調べ終わった兄妹は紙になにかをメモしていく。
「怪我の功名というべきか……うむむ」
「でも彼の体質は非常に興味深いわ。もっと早く教えてくれたらよかったのに。兄さんの意地悪」
「お前に知らせると私より無茶なことをしそうで」
「そんなことしないわよ」
会話が不穏。
「あ……あの~」
「なにかな? あ、ホリー? ホリーもだいぶ回復したし、呼んでこようか。そうだ、君、一週間も眠っていたんだよ。外の空気を吸った方がいいし、中庭に行ってみる? スコーンたちも君が起きるのを待っていたし」
「スコーン、リンゴ……! あ、会いたいです」
「では、ホリーも呼んで庭で散歩でもしよう」
「……あの……」
「うん?」
少しだけ、口籠る。
でも聞かねばならない。
「あの……兄……じゃなくて……リヴォル様と、マリアーズ様は……王国騎士団の騎士様たちは……」
「ああ――」
エイリーが話す、あの後の話。
ホリーが王国騎士団駐屯地を鬼化によって、ほぼ壊滅になるほどに大暴れした。
圧倒的な力の前に無限の魔力を手に入れたはずのマリアーズとリヴォルは瀕死の重傷を負い、禁忌の魔法により現在は歪んだ形に再生して人前に出られないような姿に変貌したという。
ナフィラ領主――エイリーの父は今回の件で堪忍袋の尾が切れ、王城へと登城して国王陛下に直談判……もとい直接クレームを言いに行った。
ことの顛末をエイリーが一緒に報告し、禁忌魔法でエリアボスを怒らせた上、領主子息を暗殺しようとした罪、隣国クロージェスタの王族にまで手をかけようとし、その婚約者に禁忌魔法を用いた罪でウォル家は爵位を剥奪。
取り潰しとなることが決定した。
しかし――ティハの無限の魔力……高速で回復する魔力を欲した王は、ティハ・ウォルは国益になるとして引き渡しを要請してきたという。
それに対して、ナフィラ領主はきっぱりと「もう遅い」と答えた。
「遅い、とは……?」
「怪我の功名というべきか。君の魔力を纏った剣が君の左眼が切り裂いたことで、魔門眼が開いたんだ」
「ん、んえぇ!? ぼ、僕の魔門眼が……!?」
「ああ。その代わり、左眼の眼球は摘出せざるを得なかったが」
包帯が巻かれた左眼を、手で触れる。
つまり、体が楽なのは――魔門眼が機能しているから。
「君は完全に普通の人間より圧倒的に魔力が多い上、眠らなくても魔力が回復する、魔法を使い放題という大陸始まって以来の才能に恵まれた人間に生まれ変わってしまった。ぜひにでも魔法師になってほしいものだね。私なんてあっという間に追い越して、世界の誰も使えない魔法を使える、歴史に名を残す魔法師になるだろう」
「え、え、え、え」
「王国側も正式に謝罪するので、王国魔法師団に招きたいと言ってきているよ、父が『本人に決断させる』と答えてきたけれど……君はホリーの――クロージェスタ王家の王子の婚約者という立場になっているから断ってくれて構わない。自由に選んでくれていい」
「え、え……え~? 婚約者……って……あ」
「そう。ホリーの婚約者……ということになっている。さすがの国王陛下も、鬼人族の王族の婚約者を無理矢理手元に戻すことは無理だからね」
つまり、抉られた目は魔門眼が開き、機能を始めた。
無制限に魔力を使えるとんでもない存在が、この世に生まれたということになる。
王家がティハを手元に招きたいと言ってきたが、ホリーの正式な婚約者となっているので無理強いができない。
ティハの意思で、今後の身の振り方を決めてよい、と。
「どこに住み、どう行きたい?」
「え~~~~……んんんん~? えっと……その前に、僕の腕……って、またクッキーを作れるようになりますか?」
それが一番、今気になるところ。
エイリーの隣に座ったラーラが、ティハの腕を掴む。
「神経を繋ぐ手術をすれば、後遺症は残らないかと。左目も義眼を入れれば、窪みは気にならないと思いますよ」
「またクッキーを作れるようになりますかね~?」
「ああ、なるほど。そうだね、ラーラに任せれば、手術は必要だが――大丈夫」
それを聞いて、それならばと顔を上げた。
「それなら僕、ナフィラでお店を開きたいですね~。お菓子屋さん……魔法のお菓子屋さん!」
「おっと!」
「んぇァ!」
中庭に案内されて、スコーンとリンゴが寄り添うその反対で、全身に包帯を巻いたホリーが転びかけたティハを支えてくれる。
禁忌魔法に使われた魔力を無理矢理、鬼人族の王家の者のみが使える強力な魔力操作で扱った反動が、ホリーの全身の筋肉をズタズタに切り裂いたのだそうだ。
本来ならこんなことにはならないのだろうが、生まれつき魔力器が小さなホリーには強い負荷になってしまった。
それでもやはり回復力は人間の数倍の速さ。
包帯は残るが、歩けるようにはなっている。
数日後には退院できるだろう、とのこと。
「んなははは~。まだ慣れないですねぇ~」
「無理もない。だが……良し悪しだな。体調はどうなんだ?」
「体が楽ですよ~。すっごいです! これが健康ってことなんですねぇ。体が~、重くないんですよ~。びっくりです」
「……そうか」
複雑そうだが、安心したようなホリー。
ホリーを見上げながら、この人が助けてくれたんですねぇ、と思いながらふと思い出す。
「あ、魔門眼が機能するようになったんなら、僕、ホリーさんの赤ちゃん産めますね!」
「へ、あ!?」
「あれ? 結婚して子どもを産む時って、魔門眼から出てくるっていうお話ししてなかったですっけ? 前の僕は無理ですけど~、今の僕なら埋めると思いますよ~。国王様にも僕、ホリーさんと婚約しているっていう話になってるらしいですし~」
カァ~、とホリーの顔がどんどん赤く染まっていく。
なにか変なことを言っただろうか、と首を傾けるティハ。
口を手で覆ったホリーが、消えそうな声で「そ、そのつもりが……あってくれるのか」と言う。
またこの人は、わけのわからないことを。
「違うんですか~?」
「いや、その、ちが、違わないんだが、その……」
「んなは――んあああ!?」
「危ない!」
石に躓いて、また転びかける。
片目が見えないだけで、こんなにバランスが取れないもんなのか。
驚きつつ、また腰に手を回して転ばないよう助けてくれたホリー。
顔が近かったので、ニコ、と笑うと複雑そうな顔をしながら額に唇を当てられた。
「?」
なんだ、今のは。
見上げると顔を背けられた。
それがキスとも知らない。
今のはなんですか、と聞こうと口を開きかける。
「おい、嘘だろ? 婚約までしたのに額って。そこは唇に――」
「堂々とお前が覗いてるのがわかっていたからなぁ!!」
「あ、エイリー様」
「そりゃ怪我人だけにはしないさ! ……それよりも、ティハの腕の手術日についてなんだが」
「手術? ティハ、手術するのか?」
「はい。腕の神経を治してもらいます~。えっと……お店を……お菓子屋さんを、やりたいです~」
そう言うと、ホリーが嬉しそうに微笑んでくれる。
腕が治ったら、魔法菓子職人と名乗れるように店を出したい。
今までと同じように作れるかは、わからないけれど。
「楽しみだ」
「はい、頑張りますね~」
終
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