魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり

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討伐遠征(1)

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 ナフィラに来て三ヶ月半が過ぎ去ろうという頃、ついに先月から話に出ていた王国騎士団の魔物掃討作戦遠征が実施された。
 一週間は引き篭もるように食糧も買い込み、引きこもり期間はクッキー作りに勤しむことにして作ったクッキーはホリーが作戦に強制参加することとなったナフィラの冒険者、兵士、騎士にこっそりと販売してくれることになっている。
 彼らの生存率を少しでも上げるために、ティハもできることをしたい。
 
(僕の家族だった人たちのせいで、人が亡くなるのは嫌だ)
 
 これ以上、彼らの横暴により誰かがいなくなるのは――。
 魔力を小麦粉袋に注ぎながら、しょんぼりと目を閉じた。
 そんなティハの足下にスコーンが乗っかってきて顎を乗せる。
 リンゴも頭を撫でてくるので、彼らにはティハが落ち込んでいるとわかるのだろうか。
 
「んなはははは……大丈夫ですよ~。お店を準備して、販売する時間もクッキー作りに充てられますからね~。いつもよりたくさん作って、ホリーさんに持っていってもらいましょうね~」
「ウキー、ウキウキッ」
 
 なにを言っているのかはわからないけれど、両手を掲げて少し怒っている様子よリンゴ。
 従魔になってから知ったのだが北部支部の外で遊ぶのが好きな子なので、外に出たいと文句を言っているのかもしれない。
 
「お家のお庭ならいいですよ~。スコーン、ガラス戸を開けてあげてほしいです」
「グゥ」
「あれ、違うんですか?」
 
 それともスコーンは外へ出たくないのかもしれない。
 ふわふわの毛並みを撫でたい衝動に駆られるが、今は小麦粉袋に魔力を送るのが優先。
 
「お出かけできないのが不満なんですかねぇ? ごめんね、王国騎士団が来ている間は出ないことにしてるんですよ~」
 
 昨日も言い聞かせたつもりだが、リンゴは納得していなかったようだ。
 元々出かけるのがそれほど好きな方ではないので、リンゴに言い聞かせながらまた、ソファーに横たわる。
 
「そうですね、早くいつも通りに……戻るといいですね……」
「ンキー」
 
 擬似魔門で魔力が抜けていく感覚は心地いい。
 体の中にある熱が出ていって、体が軽くなっていく。
 二匹が頭と足にピト、とくっついている。
 暖かいのに、魔力が抜ける感覚が今までより早い気がして心地がいい。
 気のせいかもしれないけれど。
 
「ホリーさん、早く帰ってこないかな」
 
 そんなふうに思うくらい、ホリーの存在はティハの中で大きくなっていた。
 無意識に溢れた言葉を自覚して、ティハ自身驚くくらい。
 
 
 ◇◆◇◆◇
 
 
「ええい、エリアボスを探し出しておけと言っていたというのに……」
「だーかーらー、エリアボスはそう簡単に見つけられるものではないし、討伐なんてもっと簡単ではないと何回も言い返しているだろう? 君は本当に言葉を理解する能力を欠いているな。本当に君のような人間がカレンラ姫と婚約したのかい? 信じ難いね」
「なんだと!?」
「お兄様! 命じられたこともできない田舎者の煽りなど捨て置けばよろしいですわ」
 
 ギロ、とエイリーが部隊を率いる兄妹を睨みつける。
 一際派手な鎧を纏った兄妹は、王国騎士団の第一部隊隊長のリヴォル・ウォルと第二部隊隊長のマリアーズ・ウォル。
 ウォル侯爵家の長男と長女である。
 ウォル侯爵は何度も騎士団長を輩出している名家。
 しかも、この二人は魔法にも長けた魔法騎士。
 その魔力量は魔法師団のエース級も上回り、剣士というよりは魔力でドラゴンを討伐したこともあるとかないとか。
 久方ぶりの“本物の実力”を持つ騎士ということで、国王からも一目置かれているとか。
 だが、選民思想も濃く騎士団の横暴さを率先して広めている中心人物たちでもあった。
 彼らに対峙し対等に言い返せるのはナフィラ領主一族くらいなもの。
 そしてこの場では、エイリーだけ。
 ダンジョンの第四拠点予定地を進み、エリアボスを捜索する騎士団とナフィラ冒険者、兵士、騎士のパーティー。
 その中に、ホリーもいた。
 
「エイリー様、殺気だっちゃってますね」
「いつどんな魔物が出てくるかわからないのだから、怒りで視野が狭くなるのは命取りなのだが……」
「うわあああああ!」
 
『銀狼のたてがみ』のメンバーが話しかけてきたので、ホリーが答える。
 その時、近くの王国騎士団の小隊が魔物に襲われた。
 超巨大なスライムが、木の上から突如現れて騎士を二人も一気に飲み込んだ。
 物理攻撃は無効化し、魔法か技スキルでなければ倒すことができない特殊な魔物。
 取り込まれた騎士は木の上に連れて行かれ、ボキボキと窒息させられる前に全身の骨を砕かれて絶命する。
 舌打ちした冒険者たちがすぐに武器を手に、戦闘態勢に入るというのに王国騎士たちは突然上から現れたスライムに剣を振るったり弓を射たりと無駄なことをしていた。
 訓練はしていても、実戦経験が不足していて役に立たない。
 すぐさまホリーが技スキルで木を倒し、スライムを地面に叩き落とす。
 
「今だ! エイリー!」
「ファイヤランス!」
 
 取り込まれた騎士の死体が消化される前に、スライムに十本以上の焔の槍が突き刺さってスライムを蒸発させる。
 他の冒険者たちが「木の上だ! 他の木の上も探せ!」と叫ぶ。
 兵士が冒険者の斥候役と共に周囲を探索し始めると、他の木の上にも大型のスライムが潜んでいた。
 
「いだぞ! ここだ!」
「こっちにもいる! すぐに燃やせ!」
「オラァー! 火炎斬!」
「ファイヤアロー!」
「散炎連撃!」
 
 スライムが瞬く間に倒されていく。
 それをただ、苦々しく眺める王国騎士団とウォル家の兄妹。
 
「まったく、被害者ばかり増えて……いったいなんのために来たのやら。死体はちゃんとご遺族のところに帰してやるんだよ?」
「っ!」
「みんな、スライムを倒し終わったら魔法師で周辺を[探索サーチ]するよ! どうやら我々の想像以上に騎士殿たちは使えないようだからね! 被害を増やさぬよう、周辺の警戒レベルを最大に引き上げることにしよう!」
 
 エイリーの呼びかけに、魔法師たちは首を縦に振る。
 それを見て、ウォル兄妹が苦虫を噛み潰したようにエイリーを睨みつけた。
 
「クソ……田舎者が生意気に……!」
「落ち着いて、お兄様。むしろ、これだけ統率が取れているのに未だにエリアボスを見つけられないのはおかしいですわ。きっと嫌がらせに調査を遅々とさせて、一週間の時間稼ぎをして恥をかかせようとしているのです。上手く奴らを使って、エリアボスを探し出しましょう。この任務でエリアボスを倒せれば、カレンラ様もお兄様を受け入れてくださいますわ」
「……そうだな」

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